この建物を見ると、2つの意味で苦い思いに襲われる。知り合いの建築家が以前、そう語っていた。建物とは愛知県の明治村に残る帝国ホテル旧館を指す。米国人フランク・ロイド・ライトが設計を手がけ、老朽化で玄関周りだけが都心からここに移築保存されている。
▼苦い思いとは何か。1つはこれほどの傑作も建て替えられたという事実。もう1つは、その決断の原因が巨匠の設計そのものにあったことだ。ライトはいくつかの建物を船のように軟弱な地盤に浮かべ、間をうまくつなぎ1つの大きな建物に見せる特殊な工法を採用。杭(くい)を深く打ち込むより工期は短く、費用も安く済んだ。
▼これが結果的に誤算だった。竣工間もない関東大震災で、まず重い宴会場が沈み始める。その後40年余、場所場所がまちまちに沈む「不同沈下」が進み、廊下は波打ち、客室係はワゴンを使えず、1階の事務室は半地下同然だったと社史にある。文化人などは保存を訴えたがこれでは一国の顔は務まらず、取り壊しとなる。
▼建築は、目に映る部分がいかに魅力的でも、見えない基礎を間違えれば使い続けることは難しい。その象徴ともいえる。いま横浜市で大きなマンションが傾き、全面建て替えが検討されている。地下の杭をきちんと打たなかったのが原因らしい。家とは住む人が命を預ける箱のはず。作り手のプライドはどこへいったのか。
建築、帝国ホテル、春秋