「neco眠る」について

2003年結成の青春ビザールディスコバンド。 様々な音楽、場所、食べ物等に影響を受け、マイペースに独自の形を模索していく中、ライブハウス/クラブ/盆踊り会場/老人ホーム/野外フェスティバル等、多種多様な場でのライブを中心に様々な活動を行い2010年末ドラマー脱退に伴いライブ活動休止。 2012年秋より森雄大、NEGURA、伊藤コーポレーション(株)、BIOMAN、栗原ペダル、三木章弘の6人編成でライブ活動を再開。2014年冬、長かったブランクを経て約6年ぶりに2ndフルアルバム「BOY」を発売。パンク、ゲーム音楽、UKベース、辺境民族音楽、チェンバーミュージック、EDM、はたまた童謡、演歌、etc...。2014年11月26日、6年ぶりとなる2ndフルアルバム『BOY』をこんがりおんがくよりリリース。また同日1stアルバム『ENGAWA BOYS PENTATONIC PUNK』ミニアルバム『EVEN KICK SOYSAUCE』をカクバリズムより再発リリース。公式サイト

アルバム「BOY」について

バラエティ豊かな全17曲。2回目、3回目...50回目...聴き続けるたびに曲の随所から溢れ出る面白さを発見できるスルメ的アルバム。それぞれのタイトルから曲の雰囲気を膨らませるのも楽しい。今回のアルバムではメインコンポーザーをBIOMAN(Syn,Per)が担当。「いままでのneco眠るのイメージを汲みつつも、ちょっとはみ出た奴をやりたい」という意識のもとで作成されているのだとか。(※発売記念座談会より)アルバムについての考察は、発売記念座談会CINRAでのインタビューで解説されています。

このサイトについて

アルバム「BOY」を聴いて衝撃を受けた都内在住のOLが、少しでも多くの人に「neco眠る」というバンドに興味を持ってもらえたらいいなという気持ちでつくりました。そして「BOY」に収録されている一部の曲を聴いた際に感じたイメージをもとにショートストーリーを書きました。音源を聴きながら読んでいただけると嬉しいです。neco眠るいいわ〜!と思った方は、ライブへぜひ!音源も良いですが、ライブで聴くのが最高に最高です。

※「neco眠る」の組織、人物には一切関係ありません。(非公認)
※物語はフィクションです。
※ご感想やご意見などはこちらまで

陽気な奴

イマムラは点取り占いで「こんにゃくみたいなやつだね」と一方的につっこまれるような結果がでても、財布を落としたことに気がつかずにバスに乗った後に気がつき途中で降りられずに終点に到着してから車掌に説明するはめになっても、いつもより多少奮発して買ったばかりのマイナスイオンが出るドライヤーをすべって落とした結果マイナスイオンが半減するドライヤーになっても、ひょんなことから知り合った人に高い壺を買わされそうになっても、ツイッターで友達のアカウントをみつけて気分転換にこっそりみたらdisられていても、買ったばかりの白シャツに見覚えのないシミがついていても、朝帰りに寝ぼけて画面をバキバキに割ったiPhoneを使い続けたらガラスが指に挟まって病院にいくことになっても、観たかったバンドのライブのチケットを取り忘れて3倍近く値上げされてるのを仕方なしにオークションで買っても、不定休のお店にいくとだいたい定休日でも、Facebookで好きだった人が結婚してるのを友達がタグ付けされているタイムラインで知っても、1時間並び続けたお目当てのコロッケが手前の客で売り切れても、外国の友達からもらった日本じゃ買えない大事なグラスをすべって落としていつもなら割らないのにそのときだけ綺麗にまっぷたつに割れて元どおりにならなくても、これは最高にかっこいいと思って真っ先に買った服が売れ残って50%オフの大セールで売り出されているのに「在庫あり」になっていて自分のセンスのなさに肩を落としても、昼間に真面目に歩いてるだけなのに職務質問されても、「まあ生きてればこういうことはあるからね」といって滑って半分かけた前歯をフォローしながら毎日楽しそうにいきている最高にポジティブで陽気な奴。

ハワイで正月過ごす奴

ハワイで正月過ごす奴ってどこのセレブだよと突っ込んでいた自分がハワイにいる。オーシャンビューを一望できる黄昏時のテラスカフェで何層にも淡い色が重なって作られたブルーハワイというカクテルを飲みながらハワイにいる。とても信じられないが辰巳商店街の「パシフィックサマーリゾート抽選会」の1等賞「ハワイ旅行ペアチケット」をどうしても当てたいと興奮して止まないヤマザキにくっついていき、たまたま持ってたレシートで参加したら俺が当たってしまったいう絵に描いたような出来事の結果だ。とても信じられないが一緒に行こうぜと約束をしたヤマザキが一週間前に高熱で倒れ、他に誘うアテもなく、結局俺ひとりでこの絶景を独り占めすることになっている。まだ夢見心地だ。時差ボケなのか。しかし周りは見渡す限り外国人ばかりである。ようやく俺はハワイに来たんだと納得しかけた。だが、海外にゆかりも縁もない28年間ずっと下町一筋で生きてきたこの俺が、正月になると必ず実家で年越しそばを食べ、みかんを食べ、こたつで暖を取りながら爪を切り揃え、ゆく年くる年の除夜の鐘を聞く前に神社に到着し甘酒をいただきながら来年のことを思うこの俺が、日本を離れハワイにいるという事実を飲み込めていないのだ。人は皆、海外に出ると開放的になるという。そうかもしれない。いつもなら飲まないおしゃれなカクテルを飲んでいるのだから開放的になっているはずだ。日が沈みかけた頃、ブルーハワイ代とチップを払って店を出た。ホテルまでの道すがら、熱で倒れているヤマザキを思い出し、忍びない気持ちになり、近くのABCマートへ立ち寄ることにしたABCマートは土産の買えるコンビニのような店だ。中へ入ると客のテンションを煽るような独特のダンスミュージックが流れている。店内をぶらぶらしていると、従業員の女性と目が合って微笑まれた。どっしりした体格と日に焼けた肌にはえる真っ白な歯。この地に馴染むような朗らかな雰囲気を醸し出している。こちらも精一杯の笑みを返すと、「Hi! このチョコおいしいわよ」と小さな猫がフラダンスをしているパッケージのマカダミアンナッツチョコレートを差し出した。「ありがとう」と言って受け取ると、店員はさらに微笑んだ。そして「この棚の商品はオススメよ。日本でも売ってないわ」と早口で説明したあとに肩をたたいてその場を去っていった。その棚を見ると、フラガールのスノードームや、キルトで作られたパッチワークのコースター、ヤシの木が描かれた灰皿など、見ただけでハワイを感じさせる南国感でいっぱいの商品であふれていた。日本にいるヤマザキがこの土産の数々を受け取ったときの顔を想像した瞬間、一気に肩の力が抜けた。ああ、そうか。もしかしたら、俺は初めての異国の地で緊張していたんじゃないか。土産にしても、周りの人も、この地にしっかり馴染んで楽しんでいるじゃないか。もっと楽しめばいいのか。そうか。そうか。正月にハワイに行くやつはどこのセレブだと上から目線で語ってたが、そうじゃないんだ。こうやって日本にはないハワイの良さを見つけて素直に楽しめばいいんじゃないか。俺は買い物カゴをしっかりと持ち直し、スーツケースいっぱいにヤマザキへの土産を買って帰ることにした。

走る子ども

「かまきりのしっぽははえてくる!」「かまぼこ」「にさんかたんそ」「妖怪ウオッチ」「じばにゃん」「ホームラン」 「にしこりせんしゅ」「スイカバー」「あいこちゃん」「ホームランアイス」「プール」「盆踊り」「あさがおのかんさつきろく」「お父さんのiPhone」「ひややっこ」「たけのことさときのこのさと」「泡風呂」「シャワーキャップ」「チョコバナナ」「ジバニャン」「かき氷」「すもう」「どくしょかんしょうぶん」「どくしょかんそうぶん」「カブトムシ」「なつめそうせき」「ドッチボール」「けいたんちの駄菓子屋に売ってるきなこ棒」「カレーライス」「ハンバーグ」「ロケットえんぴつ」「かいけつゾロリ」「つゆき先生」「セロハンテープ」「カメハメ波」「そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!はい、おっぱっぴー!!」

目をつむって、あたまの中をまっしろにさせる。いろんなことをかんがえて気をまぎらわすんだ。
でも、つゆき先生のおおきい声にはんのうして、すこしだけちびってしまった。
まわりをみわたしても、まだばれていない。まだ、だいじょうぶだとおもったけど、
“げんかい”が近づいているようだ。
終礼のチャイムがなるまで、がまんできそうにない!ここでおもらしするぐらいなら、あとで怒られたほうがずっといい。いまにも漏れそうなおしっこを必死に我慢しながら、ぼくは、いきおいよく教室をとびだして2年生の廊下を全速力で走った。

泥酔してるとき

あたしは大衆居酒屋「よっちゃん」の入り口に立っている。タケオに似ている男が可愛い子と一緒にいるという情報をバイト仲間の郁ちゃんがLINEで流してくれたからだ。郁ちゃんはさっきまで、よっちゃんで飲んでいたそうで、でも近くで見た訳じゃないからわからないけど...と遠慮がちに言っている。そんなことあるわけないと思いつつ、居酒屋の前までたどり着いて急に不安が襲う。もしこれでタケオが浮気していたら、どうしてもやりきれない。入り口付近でうろうろしていたら「お連れ様をお探しですか?」と店員に尋ねられたので、「あ、そうです。探してみます」と言ってそそくさと中に入った。焼き鳥の香ばしい匂いで立ち込めている店内は金曜日にのっかって賑やかで騒々しい。店員がせわしなくホッピーを運ぶ横を通り過ぎ、カウンターの角を曲がった瞬間にあたしは驚いた。タケオがいた。可愛い子とタケオがいた。あれは間違いない、タケオだ。顔を真っ赤にさせて、もつ焼きをつまみながらニコニコと会話をしている。本命だった企業の最終面接でお祈りされたこと、朝の満員電車でお気に入りのネックレスが千切れてしまったことそのほか等々、いろんなむしゃくしゃが重なってどうにもやりきれない気持ちを抱えていたのに加えてタケオが他の女の子といちゃついてるのをみたら何かが弾けた。可愛い子が店員を呼ぼうとした瞬間にあたしは、空いていた椅子の上にドカッと乗っかり「ここ空いてますよね」と目を見開いて座った。タケオは状況を飲み込めていないのか、かたまっている。私はこめかみの血管が浮き上がりそうなぐらい口角をあげて笑い始めた。そんな鬼気迫る雰囲気に酔いが覚めたのかタケオが切り出した。「あ、あ、玲子、あのな、この子紹介するよ、たまきちゃん、大学の後輩で。サークルの相談にのってて..」というその横で「私、タケオさんに口説かれてました。」と可愛い子がきっぱりと言い出した。...勝負だ。もう勝負に出て賭けるしか道はない。

「そうだったんだ。いい根性してますねえ」
「いやこれはその...そんなつもりじゃ....」
「よし。グラス持て」
「はい?」
「倒れるまで飲んで、あんたが倒れなかったら別れてあげる」
「え」
「ほら飲め!いますぐのめえええ!!」

あたしは勢いよくアルコールを体内に流しこみ続ける。タケオも戸惑いながら飲み続けている。人間酔えば本音が出るもんだ。時が流れ、タケオは泣き顔で釈明し始めた。空きっ腹で飲んだのがよくなかったのふわふわした気分になって、何もかもどうでもよくなってきて、でも飲まずにいられないこの状況のなかで、今まで越えたことのない限界を飛び越えようとしていた。それから..それから...

え、えーと。上記のようなやりとりは2時間前のことでして...。
あ、「泥酔してる時」をお聴きのみなさんこんばんは!
先輩の彼女さんのかわりに私が状況をまとめています、たまきです。お二人はハイボール3杯とジントニック、芋焼酎のロックを立て続けにたのみまして、ピッチあげながら次々にグラスを空にしました。先輩って顔は赤くなるけどざるらしくて、結局、彼女さんのほうが先に倒れちゃいました...。かわいそすぎる...。私は先輩のこと好きじゃないし、浮気されてるって思われてるのは心外なんですけど、あの状況だと説明できなかったんですよ...。いまは泥酔して立てなくなってしまった彼女さんを先輩が介抱してますね。
なんだかんだ言って、二人ともお互いのこと好きなんですよきっと。彼女さんみたいに、賭けたいぐらい好きになれる人を私も見つけたいなっ思っちゃいました。あっ、そろそろ終電の時間だ。明日バイト入ってるんでこのへんでお先にしつれいしますっ!

修学旅行

中学最後の修学旅行。僕はけんじと違う班を選んだ。
同じ弓道部で仲のよかったけんじと、引退前の大会で起きた些細なことで言い合いになった。
喧嘩とは違う。でもお互いわだかまりを抱えたてすれ違ったままだ。

あんなに笑って何も考えずに楽しかった日々は、
「今」から離れて、遠い「過去」になって消えていくのかもしれない。

残り少ない中学生活もエスカレーター式で付属高校に上がる生徒が大半をしめているから、受験独特のピリピリした空気もなく、教室の雰囲気はまろやかだ。僕は付属高校には進学せず、都外の私立高校の工業科へ行くことになった。どこかぼんやりとした気持ちで窓の外を見つめると、校庭をゆっくり歩くけんじの姿があった。弓道部を引退してからは、よく休むようになり、登校する日でもしょっちゅう遅れて来ている。

「やっぱり清水寺かなー」
「金閣寺も外せないよな」
「鹿せんべいたべたいんだけどぉ」
「時間ないからタクシーでまわる?」
みんなが口々に行きたい場所を言い合う。

ホームルームの時間は何も考えなくて楽だったけど、
ここ最近は当日の予定について話し合うことが増え、
その度に僕は早く時間が過ぎればいいと願った。

そんな投げやりな態度を見抜くように目の前の春山さんが
「ねえ、山下くん聞いてる?どこ行きたい?」とパンフレットを押しやった。
「みんなが行きたいところについてく」
「ひとつも行きたいところないの?」
「いや、どこも楽しそうだしそれでいいかなって」
「ふーん。じゃ、これで決定ね」

春山さんは少しめんどくさそうに早口になってその場をまとめた。
終礼が鳴り、椅子の横にかけていたカバンを持ち上げた瞬間、
「ちょっと話があるから」と、春山さんが僕の手をひいて強引に教室を飛び出した。

「あのさ、けんじとなんかあったの?」

人気のない理科室の中で、黒板の端っこをしけたチョークでなぞっている。
ぱらぱらと白い粉が舞っていくのを吸い込んだのか、春山さんは少し咳き込んだ。

「いや、何もないよ」
「嘘だ。あんなに仲良かったのに、同じ班じゃないし」
「それは人数的に合わなかったから」
「それにしたって最近おかしくない?けんじ、学校に来ない日も多いし」

春山さんはけんじと幼なじみということもあり、気にかけているようだ。

「このままさ、学校休む日が多くなったら、高校上がれないかもしれないんだよ?私から言っても何も聞いてくれないから。お願いだから山下くんから...」
「ごめん、今日、急ぎの用があるから」

核心的なことを言われる前に、僕はその場から逃げるように立ち去った。
卒業すれば「今」は「過去」になる。
僕は、早く「過去」になればいいと思いながらグラウンド横の歩道を足早に歩いた。

修学旅行当日になってみれば、億劫だなぁと思っていたことを忘れるぐらい楽しかった。みんなで清水寺をまわった後に、清水寺門前に並ぶ試食の八つ橋をこぞって食べ、豆腐ジェラートを食べ歩きながら、スマホのカメラで自撮りをする女子の横でわざと男子3人組が顔を出し合い、きゃあきゃあ言いながら集合時間に遅れないように旅館へと向かった。

集合時間よりも少し早く着いて手持ちぶたさにしていると、けんじたちの班が戻ってきて、そこでふいにけんじと目があった。僕はドキッとしてすぐに目を離し、隣にいた石井とたわいもない会話でその場をしのいだ。あいつは逃げない。逃げているのは僕の方だった。スニーカーのつま先が熱くなった。

就寝時間になっても、恒例の枕投げ大会、誰が誰を好きだなどの恋バナからスマホのゲームに熱中している者、一向に眠る気配のない男子部屋にうんざりした。担任が見回りにやってきたのを見計らって、飲み物を買いに出ることにした。まだ明るい廊下をそのまま出歩けば、担任に捕まってしまうかもしれない。ダンジョンのなかにいるようにすばしこく、身をかわすようにコーナーごとに俊敏に走っていく。自動販売機の前に立ち止まった瞬間、春山さんからメールが届いた。

「ちょっと話があるから、3階非常階段の踊り場まで来て。もし来なかったら、先生に山下くんが出歩いてることを言いつけるから。」 出歩いてるのは同じだろうと少しカッとなったが、このまま部屋に戻るのも退屈だし、修学旅行最後の夜という空気にのっかって、僕はポカリスエットを買ってから非常階段へ向かった。胸のあたりがすこしざわざわしている。

しんとした踊り場の非常階段に、春山さんはいた。
パタンと扉の閉まった音の方を振り向いて僕を見ると、震えた声で
「けんじが屋上にいる。もしかしたら死んじゃうかもしれない」と駆け寄ってきた。
乾ききっていない髪の毛は束になり、そこから少しだけ雫が滴り落ちている。

「なんで」
「さっき、お風呂から戻ってきた時に、けんじが非常階段の方に行くの見えたの。たぶん屋上にいると思う。最近おかしいから、このまま屋上から飛び降りたり...」
「そんなことあるわけないだろ」
「あるよ!」
「え」
「この前、けんじと話した時に言ってた。はやく今から逃げたいって。はやくもっと先のほうに飛んで行きたいって。
それってもしかして、死にたいってことじゃないのかな?」
「あいつが簡単に死にたいなんて思うわけないよ。あんなに部活頑張ってたし」
「でも今はなんかおかしいんだって。いつもぼうっとしてるし」
「大丈夫だって」
「私じゃだめなんだよ。山下くんじゃないとだめなんだよ」

春山さんの髪からぱらぱらと雫が落ち続けている。
でも、それが髪の雫ではなく頬を伝う涙だと気がついた瞬間、
僕は春山さんの手をとって非常階段を必死に駆け上がっていた。

明日この旅行が終われば、卒業に向かって各々の思い出作りが加速するんだろう。
そうしたらこの微妙なあいだが消えてなくなって、
僕たちの日常は「今」から「未来」に向かっていってしまう。
その前にあいつにあの時のことを謝ろう。あいつは絶対死なないから。

屋上の扉をいきおいよく開けると、けんじがフェンス越しに立っているのが見えた。
フェンスの端を掴んで下を見上げている。

「おい、けんじ!し、死ぬな!」
「えっ」

振り向いたけんじが驚いた顔で振り向いたとき、僕は泣いていた。
そこから詰まらせていたものが一気に流れ込んで、素直な言葉がその場に響いた。

「ごめん、俺が悪かった。許してほしい。ごめん。」

けんじは大きい目を丸くさせて、
「ふたりともどうしたんだよ?」と言って笑った。

それからすこしして「この旅館の下がどうなってるのか見てたんだよ」と静かにつぶやいた。
そうか、死なないよな...死ぬわけないか..とやっとの声で絞り出した後、それまでの緊張がほどけ、その場にぺたんと座り込んだ。
その後ろで春山さんがしゃくりをあげて泣いていた。

僕と春山さんが必死になって階段を駆け上がってきたことがおかしかったのか、
けんじはげらげらと笑い始めた。

「いきなり扉があいたと思ったら、泣いてるし、息上がってるし」
「だって、最近様子おかしかったし、ほんとに死んじゃうかと思ったんだもん...」
「はー」

けんじはひとしきり笑ってから、ゆっくりと話した。

「なんか誤解させてたみたいだけど...。
耕太郎、俺も悪かった、ごめん。あと、友里にも迷惑かけたみたいでごめん」

けんじは転がり落ちたポカリスエットを拾い上げ、
「笑ったら喉乾いたわ。これもらう」と言って一気に飲み干した。

「お前、アクエリ派だったろ」
「今日からポカリ派になるわ」
「...私だけ取り残さないでよ」

そのあと、僕たちは冷たいコンクリートの床に大の字になって寝転がった。
けんじと話したのはいつぶりだろう。ほんとうは話がしたくてたまらなかった。
そしてほんとうは、すれ違ったまま卒業を迎えるのが怖かった。
しんとした静けさを優しく包む風がふいて、少し雲がかかった夜空を見上げる。

「なんかさー、青春っぽいなこういうの」
「だね」
「うん」

「なんかうまく言えないけど、あたし、いまを大事にしたい。未来のこととか、先のことばっかり考えて不安になってたけど。でも、いまを大事にしなきゃって思った。うん。」

春山さんがひとりごとのように、小さくくぐもった声で言った言葉が体にしみこんでいく。
今が「過去」になるとしても、この瞬間は「今」だけなんだ。

また少しだけ風がふいて、
空になったポカリスエットがカラカラと音を立てながら遠くの方へと転がっていく。
僕はこの時間が続くといいのにと思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

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