中野晃
2015年10月19日20時35分
安全保障関連法の成立から1カ月。国会に法案を出した政権側も質問に立った野党議員も、ほとんどが戦後生まれだ。「戦争を知らない」世代の論議にもどかしさを感じた元日本兵は、「戦場の現実」を語り続ける思いを新たにしている。
■中国戦線「通ったあとは焼け野原」
「戦争の危険性が多分にある法律だ。もう少し体力があったら、国会前に行って戦場の実態を話したかった」。兵庫県芦屋市の藤田博さん(89)は語る。
徴兵され、19歳だった1944年11月、中国の山西省に送られた。陸軍第一軍独立歩兵第14旅団第243大隊に属する中隊で、上官の命令で大砲の照準をあわせる任務を担った。味方の陣地が襲撃されると、周辺の集落に「腹いせのよう」に砲撃を浴びせた。
新たな支配地域を広げる作戦では、ひと月の予定でも1週間分しか食糧を準備せずに出発。行軍中、「現地調達」の名で農家に押し入っては食糧を奪い、家畜を肉にした。「抵抗する住民は時にその場で殺し、家を焼いた。日本軍の通ったあとは焼け野原になった。それを中国のあちこちでやった」。数年前まで、そんな中国戦線にいる夢にうなされたという。
安保法制の議論で気になったのは、国会の内外で「中国の脅威」が盛んに挙げられたことだ。「政治家やテレビのコメンテーターが中国人を蔑視する発言を平気でする」。隣国との緊張と優越意識があおられる状況が戦時中と重なってみえる。
法成立で、自衛隊が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」かどうかを時の政府が「総合的に判断」することになる。藤田さんは「戦争には表と裏がある。抽象的な言葉で、裏にある権力者の本音を国民に隠しているのでは」と警戒する。
藤田さんは毎月、阪神地域の住民が平和への思いや取り組みを語りあう集い「石ころの会」に足を運ぶ。6日の集まりでは、安保法制について「日本はかつて『お国のため』と国民をがんじがらめに縛り、戦況が不利になると真実を隠した。政府の都合のいいように運営するのではと心配でならない」と述べた。
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