何を頓珍漢なことを言っているのだろう。

ユネスコへの拠出金を削減しようという日本政府へ、「まったく恥ずかしい話です」と河野洋平氏が断じている。

だが、ユネスコに巨額の拠出金を提供しつづけなければならない根拠などないのではないか。

今回、政治的な意図が明らかな「南京大虐殺」に関する文書が記憶遺産として登録された。

保守派からは「南京大虐殺がなかったのだから、今回の登録はおかしい」との声があがっている。

私は、こうした主張を根拠として、拠出金を削減すべきではないと考えている。

何故なら、それは政府が歴史修正主義に立って、横暴なことをしていると受け止められる可能性が高いからだ。残念ながら、一般的に南京大虐殺は「史実」として認識されている。私自身はその「大虐殺」の存在に懐疑的な一人だが、日本の教科書にまで登場した事件を全くなかったと断ずることは、政府にとって難しいだろう。

だが、今回、何よりも問題なのは、記憶遺産の登録手続きだ。その資料が資料と呼ぶに値するかどうかの検証が出来ない点が問題なのだ。これは、別に南京大虐殺に限る話ではない。資料検証を経ないで、「記憶遺産」として登録がなされるというプロセス自体に問題がある。

だから、日本政府としては、こういう曖昧で、出鱈目な過程を是正するようにユネスコに働きかけるべきなのだ。そして、仮にユネスコが検証過程の透明性を高める努力をしないというのであれば、そういう不透明な組織への拠出金は削除するのが当然だ。

日本人が気に食わないことを記憶遺産としたから、拠出金を削除するというなら、横暴と言われても仕方のない部分がある。だが、不透明な手続きに関して、透明性を高くせよと主張して、それを聞き入れないというならば、そんな出鱈目な組織に日本国民の血税を投入する必要はないだろう。

河野氏は「まったく恥ずかしい話」と断じているが、不透明な手続きを放置することのほうが、恥かしい話ではないだろうか。

ちなみに、ユネスコの拠出金にふれた日本外国特派員協会の会見の冒頭で、河野氏は次のように述べている。

「国会議員を辞めてもう6年になりまして、神奈川県の箱根山の麓にこもっておりますので、少し話が頓珍漢になるかもしれませんが、最近のことについて私の感想を申し上げたいと思います。 」

 別に山に籠ったからというわけではないだろうが、確かに頓珍漢だ。自分でも頓珍漢なことを言っていると思うならば、黙っていればいい。


親中派と評される自民党の二階俊博氏が「協力ばかりさせられて、われわれの国の主張は一顧だにされない。のうのうと引き下がっていいのか」と述べたというが、こちらの方が正解だろう。


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