内科医・酒井健司の医心電信
2015年10月19日
胆管がんで亡くなった川島なお美さんのブログによれば、「病理検査もしてないのに」「とりあえず切りましょう」と勧めてくる「とんでもない医者」がいたそうです。「良性かもしれないのに外科手術はイヤです」と患者さんが思うのも当然です。
ただ、説明不足ではあったかもしれませんが、診療の手順としては必ずしも間違っていません。
胃がんや大腸がんといった消化管のがんの場合、手術する前に必ず病理検査、つまり組織を採取(生検)して顕微鏡で観察し、がんであることを確認をします。ところが肝臓のがんの場合、病理検査なしでがんと診断し、切除手術をすることもあります。というか、肝細胞がんの場合は、むしろ病理検査をしないことのほうが多いのです。
その理由は主に二つあります。
一つ目は、患者背景や画像診断から、病理検査なしでもかなりの確度で肝細胞がんと診断できることです。肝細胞がんの多くは慢性ウイルス性肝炎の患者さんから発生します。頻回に画像検査を受けることが多いので比較することもできます。また、典型的な肝細胞がんの画像所見は、良性腫瘍にはない特徴を持っています。
たとえば、C型肝炎ウイルスによる肝硬変の患者さんにおいて、「半年の間に急に大きくなってきた」「造影CTで早期に造影される」腫瘍は良性腫瘍ではなく、肝細胞がんである可能性がきわめて高いと判断できます。
病理検査をせずにがんと診断して手術を行う理由の二つ目は、肝臓の腫瘍の組織を採取する検査(肝腫瘍生検)は、低いとはいえリスクがあり、不確実なことがあるからです。
肝腫瘍生検はエコーで観察しながら、長い針を刺して組織を採取します。まれですが、生検針で胆管や血管を傷つけることもあります。また、がん組織を採取するときに、がん細胞をばらまいてしまう可能性(播種)があります。胃がんや大腸がんのように粘膜表面から組織を採取する場合は播種の心配はありません。
生検の対象となる腫瘍が小さかったり、あるいは腫瘍組織の中の細胞が死んでいたり(壊死)すると、本当はがんであるのに、がんではないという結果が出ることもあります(偽陰性)。生検で「がんである」という結果が出た場合はほぼ間違いなくがんですが、「がんではない」という結果が出た場合は間違っているかもしれません。
まとめると、画像所見等にて肝細胞がんの可能性がかなり高いと判断できる場合は、病理検査なしでがんと診断し、治療をしてしまったほうがいいのです。もちろん「良性なのに外科手術をされてしまう」リスクはゼロではありません。しかし、そのリスクは、「生検で合併症を起こしたり、がん細胞をばらまいたり、正しく診断されなかったりしてしまう」リスクよりも小さいわけです。
肝細胞がんと同様の理由で、肝内胆管がんも、病理検査なしで切ってしまったほうがいい場合もあります。画像所見、腫瘍の大きさ、腫瘍マーカーなどを総合的に考えて判断されます。もちろん、これらの所見によっては、腫瘍生検をしたり、経過を観察して腫瘍の大きさの変化を見たりすることもあります。
読者のみなさんの中には、今後、肝臓のがんと診断される方もいるかもしれません。肝臓のがんでは、病理検査をせずに、外科手術をする場合もあることを覚えておいてください。私たち医療者も、十分な説明を心がけます。
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