東京地方検察庁公安部に対する手塚 空の勾留延長の回避を求める意見書
勾留延長の回避を求める意見書
平成26年1月27日
東京地方検察庁 公安部 御中
被疑者 手塚 空
弁護人 神原 元
上記被疑者に対する暴行被疑事件について 上記被疑者に対する暴行被疑事件について、弁護人として下記のとおり意見を申し入れる。
第1 申立の趣旨
1 本件については、勾留を延長することなく、被疑者を釈放して在宅で捜査すべきこと。
2 本件については、速やかに不起訴処分を下すべきこと。
第2 申立の理由
1 はじめに
本件は、刑事訴訟法60条1項2号、3号の事由があるとして、被疑者の勾留された事案である。
しかし、本件勾留は逮捕前置主義に違反する上、被疑者においては、被疑事実とされる「体当たりをする」の行為が認められず、犯罪の嫌疑が存在しない。また、罪証隠滅のおそれも逃亡のおそれもなく、勾留の必要性も存在しない。
加えて、10日間の勾留期間を経て、必要とされる捜査はすべて完了し、又は完了すべきものであるから、勾留の延長請求をするべきではない。
以下にその理由を述べる。
2 本件逮捕に至る経緯
(1)現場状況
ア 被疑者は、平成26年1月18日午後3時過ぎ頃、「日韓断交」等の排外主義的主張を路上にて展開するデモ行進への抗議の意思表示のために東京都港区六本木付近にいた。
被疑者は、同時刻頃、六本木交差点から外苑東通りを東に向かう車道二車線のうち左車線を進行するデモ隊の先頭を歩いていた「在日特権を許さない市民の会」(通称:在特会)会長である桜井こと高田誠(以下、単に「高田」という。)に対して直接口頭で抗議をするため、同車道の右車線からデモ隊を自転車で追い越し、デモ隊先頭から一定の距離で被疑者自身の運行に係る自転車にブレーキをかけて停止しながら、高田に接近しようとしたものである。
被疑者が高田に接近した直後、付近にいたデモ隊メンバーや司法警察職員らが被疑者と高田との間に割って入り、被疑者は司法警察職員に抱えられるようにしてその場(以下、「接近現場」という。)から引き離された。
その後、高田の傍にいたグレーのジャケットを着た男(おそらくMと考えられる)が司法警察職員に対し、「衣服のボタンを引きちぎられた」等と虚偽の被害を申告したため、被疑者は司法警察職員とともに麻布警察署に同行させられ、事情聴取を受けながら、被疑者が暴行の被疑事実で逮捕された旨を告げられた(以下、司法警察職員に対して「被疑者に衣服のボタンを引きちぎられた」との申告をした自称被害者の男をMという。)。
以上の経緯は、インターネット上に複数アップロードされたデモ行進の動画から明らかである(資料1の1ないし8:動画を撮影した写真)。
(参照:http://www.youtube.com/watch?v=eop5dQPMJrg)
イ 被疑者は、上記態様によりデモ隊先頭の高田に自転車で接近はしたものの、高田とは接触していない(以下、この行為を「自転車による接近行為」という。)。
また、被疑者は、高田の傍にいた黒いジャケットに黄色いシャツを着た男とも接触しておらず(資料1の5)、かつ、被疑者はすぐにデモ隊から引き離され警察官に取り押さえられるとともに、その手は自転車のハンドル部分を握っていたのであるから(資料1の7)Mの衣服のボタンを引きちぎる行為(以下、この行為を「ボタンを取る行為」という。)をする余裕などなかった。
ウ Mによる被害申告があったため、被疑者を接近現場から引き離した司法警察職員のうち一名が、「被疑者がボタンを取ったところを現認した者はいるか。」「いないならそのまますることになるが。」等と警察無線を通じて他の司法警察職員らに対して訊ねたが、「自分が現認した。」との回答は他の司法警察職員からは返ってこなかった(「ボタンを取る行為」を被疑者がしていない以上当然である。)。それにもかかわらず、当司法警察職員は、「とりあえず車を呼んで乗せましょう。」と述べ、警察車両に被疑者を同乗させ麻布警察署まで同行せしめた(この時点で被疑者に対する逮捕の宣告は行われなかった。)。
(2)麻布警察署に連れられた後の経緯
ア 同署に連れられ、被疑者に対する写真撮影がなされる前に、同署司法警察職員同士による「(被疑者を)逮捕しているのか。」「まだ逮捕していません。」とのやり取りが被疑者の眼前でなされた。それにもかかわらず、同日午後3時30分過ぎ頃、麻布警察署内の取調室にて、Mに警察署内で「この男に間違いない」との人定をさせたうえで、司法警察職員から被疑者に対して「逮捕します。」「あそこ(接近現場)で逮捕されてたのですよ。」ときわめて不可解な宣告がなされた。
イ その後、暴行の被疑事実での弁解録取において、被疑者は、同署司法警察職員により、被疑者の人定や2014年1月18日午前からの行動経過の他、暴行の被疑事実としてはもっぱら「ボタンを取る行為」をしたかどうかについて聴取された。
ウ 弁護人当職は、同日午後3時27分に同署内にいる被疑者の携帯電話に架電した際に「まだ逮捕されていないが、麻布署内にいる。」旨を電話口で被疑者から申し向けられた。そのため、当職は同日午後3時40分頃に同署に赴き、被疑者と即刻面会させるよう同署受付の者に要請した。もっとも、かかる要請は容れられず、同日午後7時頃に至ってようやく被疑者との初回接見が同署内面会室にて行われた。
エ その後の取調べにおいて、被疑事実が、ボタンを取る行為のみならず、自転車でデモに参加していたMの右脇腹に体当たりをした行為(以下この行為を「体当たり行為」という。)が被疑事実であるとされた。
しかし、弁護人当職らが、検察官に対し、被疑者の防御方針の検討のため、行為態様、被害者の特定等被疑事実の内容について説明を求めても何ら具体的な説明はされないままである。
オ そのため、被疑者は、逮捕当初、本件にかかる事実関係等を正直に述べていたが、突然「体当たり行為」が被疑事実とされ、認否の対象も判然としないことから、弁護人当職らの指示により、黙秘をするに至っている。
2 逮捕前置主義違反
本件被疑者、逮捕の状況に照らし、「ボタンを取る行為」を被疑事実として逮捕されたものと思料されるが、その後の取調べにおいて、「体当たり行為」を被疑事実とした取調べが行われ、勾留状においても「被害者M(当時21歳)の右脇腹に体当たりするなどの暴行」との記載しかなされていない。
勾留を行うには逮捕手続が先行していなければならないところ、逮捕の被疑事実となっていない事実をもって勾留することは許されないのであるから、「ボタンを取る行為」をもって逮捕したにもかかわらず、「体当たり行為」を被疑事実として勾留をすることは逮捕前置主義に違反する違法な勾留と言うべきである。
3 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由のないこと
本件において、誰に対するいかなる態様での暴行行為が被疑事実として措定されているのか、被疑者において未だ明らかでないため、以下、各具体的行為を区別したうえで、本件勾留に理由のないことを述べる。
(1)被疑者の本件接近行為が暴行目的でないこと
被疑者は、本件接近行為につき、なんら暴行等の目的はなく、在特会によるデモをやめさせるため、間近で直接抗議をするために、デモ隊のリーダーである高田に接近しようとしたに過ぎない。被疑者は2013年11月23日に行われた在特会の杉並でのデモに対し、自転車は用いていないものの、高田へ本件と同様の接近行為を行っているが、そのときの動画においても手を振り上げたり体当たりをしようとするなど暴行を加えようとする様子はなく、口頭での抗議をしようとしていたことは明らかである(資料2:昨年11月のデモの動画の写真)。
(参照:http://www.youtube.com/watch?v=BwfCYPfvII4&feature=youtu.be&t=16m)
このときの被疑者が暴力行為に及ぶ意思を有していなかったことは、当事者である高田が自身のツイッターでの投稿において認めるものである(資料4:高田の通称である「桜井誠」による平成25年11月23日のツイート「当然、桜井を殴ることもできたろうに突然手前で停止してがなり立てるだけでした」)。
すなわち、被疑者は、昨年11月の口頭での抗議が、高田に対しデモを思いとどまらせる一定の効果を有すると考えて、今回も同様の抗議を行おうとしたものであって、なんら暴行の故意を有していなかったのである。
(2)「ボタンを取る行為」について
ア かりに被疑事実がMを被害者とする「ボタンを取る行為」であるならば、誤認逮捕というほかない。
Mは高田の身辺を警護するボディガードとしての役割を担っており、接近してきた被疑者にいち早く気づき(資料1の5)、腕を伸ばして被疑者に体をぶつけるようにして被疑者を制止している(資料1の4及び5)。
たしかに、被疑者の接近行為を受けて、被疑者とMはもみ合いのような状況になったものの、その時間もごく一瞬であり、すぐさま警察官が間に入って被疑者を取り押さえている(資料1の7及び8)。
また、被疑者がデモ隊から引き離される際、自転車の前輪が持ち上がるような形で押しやられており、被疑者の両手が自転車のハンドルを握っていたことは明らかである(資料1の6及び8)。
とすれば、被疑者には、Mのボタンを引きちぎるような行為ができるはずもなく、かつそのような行為をするような時間的余裕がなかったことも明らかである。そのことを示すように、実際にも多数の者が接近現場を注視していた状況の下、「ボタンを取る行為」を現認した者は存在しない。
イ また、実際にボタンが取れていたとしても、制止の際に自転車に引っかけてボタンが外れたことが十分に考えられ、その場合に被疑者において暴行罪が成立しないことは明らかである。
ウ したがって、「ボタンを取る行為」を被疑事実とする暴行罪につき、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由は認められない。
(3)「体当たり行為」
ア かりに、Mの右脇腹への「体当たり行為」を被疑事実とするのであれば、当該事実をもって暴行罪の構成要件たる違法な有形力の行使ということはできない。
前述のとおり、被疑者は、高田への接近行為の際、制止される以外に、デモ隊参加者になんら接触していない。前述した黄色いシャツを着た男も、被疑者に気づいてターンするようにして距離をとっており、ぶつかった様子は認められない(資料1の5)。
Mについては、もみ合いになったという点で接触したこと自体は事実であるが、それが被害者を制止するためだとしても、高田のボディガードを勤めるMの方から、被疑者に近づいてきたものである。同人に対し、被疑者からの一方的な体当たりがあったとすることはできない。
イ そもそも、被疑者は、接近行為に及ぶ前に、抗議活動のメンバーであるYに対し、「今日は自転車で来ているので、最初は自転車で併走して、その後ちょっと歩道の方に行ってみます」と告げただけで、体当たりのような暴力行為に及ぶことは何ら話していない。また、直前のLINEのやりとりにおいても、高田の場所を確認しているにとどまり、体当たり行為等に及ぶような発言はなんらされていない(資料3:LINEの画像)。
在特会のデモに対して抗議活動をする団体は、車道側から自転車等を用いてより近くから抗議の声を上げたり、プラカードを示したりする活動も行っており、直前の被疑者の発言を踏まえれば、本件の行為も暴行目的のものではなく、上記抗議活動に類するものといえる。
加えて、自転車に乗って、デモ隊の先頭に追いついた被疑者は、高田への接近を試みる前にブレーキをかけ、かつ、地面に足をついて、足でこぐようにして自転車を進ませている(資料1の1ないし4)。自転車による体当たりを目的としていればそのような減速をする必要はないのであるから、被疑者は口頭での抗議をするために接近したに過ぎず、その際に体が当たったとしても暴行に及ぶ故意など存在しない。
(4)「自転車による接近行為」について
ア かりに、被疑事実に高田を被害者とする「自転車による接近行為」が含まれるとしても、同行為は暴行罪を構成しない。
被疑者は、上述した通りあくまでも自身の運行に係る自転車のブレーキをかけながら、罵声を浴びせるために高田に接近したに過ぎない。高田と接触していないことは勿論、自転車を迫らせることで高田を驚かそうとする意図等もなかった被疑者の行為は、およそ「デモ隊に体当たり」「自転車で突っ込む」等と巷で報道されているような行為とは程遠く、これを高田に対する有形力の行使と評価することはできない。
イ なお、本件においては、「自転車による接近行為」を問題と捉えて接近現場付近で被疑者を現行犯逮捕したものではないと思料され、弁解録取においても当該行為がことさらに問題とされた事情は伺えない。そのため、かりに「自転車による接近行為」が被疑事実とされ勾留に至る場合、逮捕・勾留手続に逮捕前置主義違反による違法の疑義が生じうると思料される。
ウ 以上より、「自転車による接近行為」を被疑事実とする場合でも、実体的に暴行の罪責を問うことはできない。
(5)小括
以上のとおり、本件において、被疑者が上記行為により暴行をしたとすることは、いずれも客観的証拠に反し、または合理性を欠くものといえるから、被疑者において、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由は存在せず、勾留の理由もないものというべきである。
4 罪証隠滅や逃亡のおそれが無いこと
(1)罪証隠滅のおそれが無いこと
本件は、犯行現場以外の場所から物的証拠が発見される可能性のきわめて薄い暴行被疑事件であるところ、司法警察職員ら複数名により現場状況の動画録画がなされている。
逮捕手続に関する違法性の疑義は措くとしても、上記事情からして、本件では証拠収集等に困難はなく、隠滅すべき罪証も存在しない。なお、被疑者には本件に関連する余罪は無い。
加えて、現場には多数の警察官が警備のために存在しており、公判となった場合には彼らの目撃供述が重要となるところ、捜査機関である警察官に対し、罪証隠滅のための働きかけをすることは考えられない。
また、被害者とされるMに対しても、デモ等で対立する団体であり、自身に有利な供述をするよう働きかけても効果のないことは明らかである。
(2)逃亡のおそれが無いこと
被疑者としては、本件被疑事実が「ボタンを取る行為」である場合については勿論、「体当たり行為」「自転車による接近行為」である場合も無罪を主張することを予定している。
各具体的行為のうち、「ボタンを取る行為」については上述したとおり、有罪判決が下されることはありえない。また、「体当たり行為」「自転車による接近行為」について万が一、裁判所により有罪判決が下されるとしても、どんなに悪くても罰金刑が相当な事案であると思料される。
被疑者において、自身の潔白を主張する機会やその学籍を放棄してまで逃亡する主観的な動機が無いことは明らかである。
また、今後の取調べへの協力や公判への出頭につき、東京大学文学部思想文化学科倫理学専修課程に在学し、今後も学業の継続を望む被疑者には逃亡のおそれは認められない。
5 勾留の必要性もないこと
捜査機関においては、前記第2第3項(1)で述べたとおり、現場以外で証拠が発見される可能性は低く、映像等の客観的証拠もあり、目撃者も多数いるうえ、被疑者宅の捜索も完了していることからすれば、これ以上被疑者の勾留を続けて捜査を継続する必要性はない。
一方で、被疑者は、東京都文京区白山に在住し、上記のとおり東京大学文学部に籍を置く学生であり、長期の勾留は、被疑者の学業への影響も大きい。
また、本件は仮に暴行が認められたとしても、ごく軽微な事案であるとともに、被疑者に何ら前科前歴は無く、犯罪傾向も認められない。
かかる事情からすれば、捜査のために被疑者を勾留する必要性は乏しく、あえて被疑者の学業や生活に生じる数多くの支障を押して勾留を継続することの弊害の方が過大であるのであるから、勾留の必要性も認められない。(なお、言うまでもないことであるが、被疑者が罪状を否認している事情を勾留の理由として勘案することも、当然ながら認められない)。
6 勾留延長の必要性のないこと
勾留を延長するに当たっては、「やむを得ない事由」(刑訴法208条2項)が必要とされ、「やむを得ない事由」とは、事件の複雑困難、証拠収集の遅延もしくは困難等により勾留期間を延長してさらに捜査せねば終局処分が困難な場合をいう(最高裁昭和37年7月3日判決民集16巻7号1408頁)。
本件においては、現場での証拠収集の可能性の低い事案であるとともに、当初から動画等の客観的証拠は十分にそろっており、追加の捜査の必要性は乏しい。また、目撃者の多くが警察官であることからすれば、10日間の勾留期間において参考人の取調べを完了でき、かつ完了すべきものといえる。
10日間の勾留期間において十分な証拠収集が可能であった以上、さらに被疑者の勾留を延長すべき「やむを得ない事由」があるものとは考えがたい。
よって、勾留延長についてもその理由はないものと考えられる。
第3 結語
以上のとおり、弁護人は、被疑者に対しては勾留の延長を請求することなく速やかに釈放して、在宅で捜査されるべきであり、かつ、不起訴の処分がなされるべきものと思料する。
御庁担当官殿において適切な判断がなされることを切に希望し、本書面をもって意見する次第である。
以 上