阪神文化論


【第10回】 あなたが裁判員になる日(11月22日)

講師:豊 秀一(朝日新聞大阪本社社会部次長)

司法改革なるか~検察の「フェア」な姿勢と、裁判員制度の成否がポイント

CIMG0808.JPG豊 氏22日付朝刊は、逃亡している3人を除いて、すでに逮捕されているオウム真理教の幹部らの一連の裁判が、すべて終わったことを伝えた。この日の授業で、元論説委員の豊秀一・朝日新聞大阪本社社会部次長は、オウム真理教事件とその裁判、あるいは裁判員制度と検察の問題を中心とする司法改革について述べた。受講生同士のグループ討論も取り入れ、「自分が裁判員になったとしたら」との仮定で、実際の事件をどう考えるかを問いかけた。

 オウム真理教が山梨県上九一色村でサリンの製造に成功した1993年、私は甲府支局におり、当時自民党の大物だった金丸信副総裁への建設業界からのヤミ政治献金資金問題を追いかけていた。巨大なサティアンが建てられた地元の村民たちが、県庁へ陳情に来たことを山梨版に書くくらいだった。

 95年3月の地下鉄サリン事件のときは、東京本社社会部へ異動していた。現場へ行くと、病院へ搬送された通勤客たちの瞳孔は拡大していた。医師たちは「サリンがまかれたのではないか」と口にした。その日から検察庁の担当になった私は、麻原彰晃がいつ逮捕されるのか、逮捕容疑は何かという取材に没頭した。

 2004年9月、麻原に死刑判決が下された。論説委員だった私は「何がオウムを生んだのか」という社説を書いた。麻原は法廷で真面目に答えず、実のあることを一切しゃべらなかった。幹部の井上嘉浩死刑囚は、歌手の尾崎豊に憧れていた。幹部には高学歴の若者が多く、1人1人は真面目でいいやつだという。息苦しい世の中への反発・反抗があったのだろうと思うのだが、何がオウムを生んだのか、答えはまだ出ていない。我々の社会が真剣に考えなくてはならない問題であり、当事者たちにもっと語ってほしい。

 私はまた、2000年前後から司法改革をフォローしてきた。09年6月19日、鹿児島県で資産家の夫婦殺害事件が起きた。この事件で逮捕・起訴された被告の裁判の裁判員に、あなたたちがなったと仮定して、グループ討論をしてもらう。

 殺害されたのは91歳の夫と87歳の妻。息子が遺体を発見した。顔や頭を何度も殴られた跡があり、凶器のスコップが近くに落ちていた。妻の寝室の整理ダンスの引き出しが数カ所、開けられていた。恨みをかうような夫婦ではなかった。目撃者もいない。

 10日後、70歳の男が逮捕された。男は「現場へは行ったことがない」という。網戸に残された細胞片のDNA型が被告と一致し、ガラス片からは指紋が、整理ダンスなどからは指掌紋が出た。被告はカネに困っており、当日のアリバイがなく、総合すれば被告を犯人と認められる、死刑求刑しかない、というのが検察の論理。
CIMG0814.JPG
 一方、弁護側は、肝心のスコップからは指紋やDNA型が見つかっていない、指紋やDNA型も捏造された可能性がある、当日は散歩をしたり、車の中で仮眠したりしていた、被告に土地勘はなく、事件後、カネ使いが荒くなったこともない。執拗に殴っていることから、恨みを持つ、被告とは異なる人物の犯行だ、と主張した。

 受講生たちが3~4人のグループに分かれて議論した結果、決定的な証拠がなく「疑わしきは被告人の利益に」との原則に立ち、「無罪」とした受講生の方が、「状況証拠でも合理的な疑いがない」と「有罪」とした受講生の数を、少し上回った。実際には、40日間の論議の末、1審は「無罪」となった。

 裁判員制度が導入されたのは、裁判に国民の感覚を反映させることで司法の信頼が高まり、司法参加を通じて国民が統治の「客体」から「主体」となることが期待されたためだ。職業裁判官による裁判は全体として精度が高いとされるが、容疑を認めない限り身柄拘束が続く「人質司法」である点や、捜査段階の調書に依存しすぎる、法廷が「真実の発見」の場ではなく、検察捜査の追認の場である、などと批判されている。

 郵便不正事件に絡んで、大阪地検特捜部の検事が、自分の筋読みに合わせようとして、証拠のフロッピーディスクの日付を改竄したことを昨年、朝日新聞がスクープした。特捜部を残すべきか、解体すべきかの議論が起きたが、特捜部だけの問題と言えるだろうか。茨城県の強盗殺人事件で無期懲役が確定した被告2人の再審が決まった「布川事件」では、「被告らではない」と述べた目撃者の調書が法廷に出されず、自白テープにも編集の跡があることが判明。群馬県の女児殺害事件で再審・無罪が確定した「足利事件」では、当初は一致したとされるDNA鑑定の結果が、いまの鑑定では不一致とされ、捜査官の自白誘導も指摘された。検察には、公益の代表者であることを意識した、フェアな行動が求められる。


【朝日新聞社の講師・担当教員から】

CIMG05312.jpg

井野瀬 久美恵 教授

誰もがなる可能性のある裁判員、すなわち、誰もが自らの判断に悩む未来――裁判員制度を日本が採用して以来、あなた方全員に、もちろん私を含めて、そんな未来が待ち受けています。そこから逃れられないことをまずは覚悟してください。そして、それならば、世の中で起きている様々な出来事や現象を「他人事」ではなく「自分事」として捉え、考えるためにどうすればいいか――そこに少しだけ、思考をめぐらせてみてください。事件を自分や自分の家族に起きた出来事と想定して、事件や出来事を眺め直してみてください。そんなふうに意識するだけで、事件を、広くは社会で起きている事柄を見る目が大きく異なってきます。
 「他人事」ではなく「自分事」として考える――これは、いわば癖、習慣の問題です。学生のうちにそうした癖を、思考方法を身につけてください。それがまず試されるのは、おそらく就職活動において、でしょう。すべてがあなた方の将来につながっている・・・。それをどうか忘れないでください。

CIMG0802.JPG

豊 秀一 氏(朝日新聞大阪本社社会部次長)

裁判員制度を作るきっかけとなった政府の審議会での議論から、裁判員の取材・デスクワークを担当してきました。ずっとプロの裁判官任せでやってきた日本の刑事裁判に市民が参加する日が来るとは、つい10年前まではだれも想像もしなかったことです。歴史の転換点にいるのです。多くの人が「裁判員を経験してよかった」と述べています。取材で見えてきたのは市民の力でした。責任ある主体として裁判にかかわることは、自分たちが主人公になって社会を築いていく民主主義の質を確かなものにすると信じています。

ゆたか・しゅういち=1965年、福岡県生まれ。1989年、大学卒業と同時に新聞記者となり、主に社会部で司法・憲法問題を担当。青森、甲府両支局員、東京本社社会部、論説委員、千葉総局次長、東京本社社会部次長を経て、2011年2月から現職


【受講生から】

CIMG0824.JPG

服部 舞子さん(文学部歴史文化学科4年生)

裁判員制度には反対です。今日の授業を聴いても、その気持ちは変わりませんでした。裁判は素人が手を出すべきものではなく、だからこそ、その道のプロがいるのだと思います。自分が裁判員に選ばれたら、ぜひやってみたいとは思いますが、検察側の立証を聴けば検察側へ、弁護側の弁論を聴けば今度はそちらへ、気持ちが傾くのではないかと思います。