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四章 ダイジェスト
春祭りも無事終わり、季節は夏になっていた。
そんなある日、イツカのダンジョンを訪ねるものがあった。
ロックハンマー侯爵旗下、百人隊長のセブエル・ブラハンだ。
彼はロックハンマー侯爵の指示を受け、ダンジョンの査察にやってきたのである。
書類などで報告はあがっているものの、実際にダンジョン内部を見た国側の人間は少ない。
張り切りながらも緊張気味に、イツカは最新の罠の紹介を含め、ダンジョンの詳細を説明する。
その様子は珍しくまじめなもので、酒を一滴も飲まずに挑むレベルであった。
このころ、イツカの能力は「レベル2」という段階に強化されていた。
そのため、扱える罠の数などが増えていたのである。
増えた罠は、三種類。
ひとつは、転送罠。
上に載っているものを、対になる転送罠の上へとワープさせる。
もうひとつは、通話罠。
ダンジョン内にある場合に限り、ほかの通話罠との音声のやり取りが可能。
最後のひとつは、魔力を奪う罠。
常時相手の魔力を奪い続けるという、凶悪なものだ。
ただ、奪える魔力は微量であり、完全に奪いつくすにはかなりの数を設置する必要がある。
これら三つの罠は、現在とある箇所にふんだんに使われていた。
ムツキを収容する牢獄だ。
外部とのアクセスを転送罠だけにすることで、完全な封じ込めを可能に。
通話罠によって、言動などを常時監視。
映像によるかんしも、ゴーレムの目を通して行われている。
そして、極め付けが魔力を奪う罠による封じ込めだ。
罠で奪える魔力は少なく、ムツキの魔力は膨大。
本来ならば奪いつくせないところを、数の暴力で解決したのである。
数千という数を投入しての奪われる魔力量は、一日に二万二千G以上にもなった。
ちなみに、Gとはイツカのダンジョンで使われる魔力量の単位だ。
一Gで、ゴーレムを一体作ることができる。
実に膨大な魔力量である。
だが、これには難点もあった。
魔力を奪う罠を一日中稼動させるためには、大体二万Gの魔力が必要だったのだ。
奪う、というだけあって、奪った魔力はダンジョンに貯蓄することができる。
だが、奪うために魔力を使うから、収益は差し引きで一日約二千Gになってしまう。
なんとも微妙な数字だ。
とはいえ、ダンジョンで一日に消費するのは、通常営業では一日百G程度。
大規模訓練などの場合でも、一万前後だ。
そこまで消費することはめったになく、今まで通り牧場からの魔力回収分もあるので、大きな視野で見ればかなりのプラスになる。
こういった説明を、セブエルはあっという間に理解していった。
最初は説明に時間がかかるかと思っていたイツカも、これには驚く。
セブエルはかなり優秀な人物だったようだ。
ただ一人困惑して胃痛を抱えているのは、視察に付き合っているハンスだけであった。
セブエルがダンジョン査察に訪れる、少し前。
隣国に引き渡されたセルジュ・スライプスは、ある判断を下そうとしていた。
このまま国に戻るか、脱出するか、のどちらかである。
別に、現在の扱いに不満があるわけではない。
裏仕事に徹してきたセルジュにとって、「実験部隊の隊長」として捨て駒のように扱われるのは、特に怒りを覚えることではなかった。
自身もそういう仕事をさせたこともあるし、自分がいつそういう扱いをされる覚悟もしてきたからだ。
問題は、現在の国内の情勢である。
とある人物が出現して以降、セルジュが所属する国の風向きは、確実に変わっていた。
あまりよろしくない、きな臭い方向にだ。
セルジュはその人物を、心底警戒していた。
それこそ、「直接顔を合わせることを避ける」ほどに。
だが、セルジュが「坊や」と呼ぶその人物は、今回のセルジュ引渡しに大変尽力してくれたらしい。
魔獣の扱いにもかかわるその人物は、国に戻り次第セルジュと直接会いたいといっているようだった。
これは、うまくない。
戦争や裏仕事で培ってきたセルジュの勘が、大音量で危険を知らせている。
結局、セルジュは部下を引き連れ、出奔することを決意した。
しばらくは情報収集などを行いながら、潜伏することにする。
こうして、“雷光の”セルジュ・スライプスが、野に放たれることとなった。
ちょうど、同じころ。
ハンス達の世界に、新たな日本人がやってきていた。
名前はナナセ・ナナナ。
両親に「一生ハッピーでラッキーに暮らせるように」という願いをこめて与えられたきらきらネームをもつ、かわいらしい少女だ。
ナナナが降り立ったのは、森の中だった。
混乱するナナナの前に、一冊の本が現れる。
タイトルは「ポイントカタログ」。
それはそのまま、ナナナの持つ能力の名前でもあった。
定期的に加算される「ポイント」を消費して、「ポイントカタログ」から「能力」「物品」などを選択し、購入することができる。
特殊能力から、ステータスウィンドウの強化。
食料から武器武装、果ては巨大な建築物まで。
ポイントさえ払えばさまざまなものが購入できる、とてつもない能力だった。
ひとまず能力を確認したナナナは、それを駆使して人里を目指すことにする。
ステータスウィンドウに簡易地図を追加し、クロスボウで武装。
幸いなことに、大型の魔獣などには遭遇することはなかった。
ただ、道中「呪眼球」「ツチノコ」「妖精」とほぼ同時に遭遇。
それぞれ「マヒ」「毒」「睡眠」を受けてしまう。
絶体絶命レベルのピンチだが、ここでポイントカタログが役に立った。
一定条件をクリアしなければ購入できないという、レア能力が購入可能になったのだ。
その名も「状態以上完全無効化」。
いくつもの悪い状態を負っていなければ購入できないものらしく、必要ポイントも膨大だ。
無事購入できたナナナだったが、幸運だったのか不幸だったのかの判断は微妙なところだろう。
命あってのものだね、という言葉がこの世にはあるのだ。
この後は特に大きな問題は起きず、ナナナは目的の人里へとやってくることができた。
小さな農村である。
たどり着けたことにほっとしたナナナは、思わず腰を抜かしてしまった。
村にたどり着いたナナナに、意外な事実が知らされた。
この周辺を収める領主が、日本人を探しているというのだ。
見つけた場合は、必ず知らせるようにと言明しているらしい。
知らせた村には褒美として減税がされるらしく、ナナナは村人に暖かく迎え入れられた。
そして、その翌日には、ナナナを確認するために派遣された人物達が、村へとやってくる。
その中の一人は、ナナナと同じ日本人であった。
イチゴ、と名乗ったその少女は、ナナナにさまざまな質問をする。
簡単な質問ばかりだったが、その内容は日本にかかわることばかりだった。
ナナナが本当に日本人なのかを、確認するための質問だ。
無事に日本人だと確認されたナナナは、領主館へと案内されることとなるのだった。
領主館は、広く美しい町に建っていた。
そもそもその町は、領主館の城下町であるらしい。
感心しながら館へと入ったナナナは、領主の息子という人物と対面した。
ファヌルス・リアグリュックと名乗ったその人物は、現領主の養子であるという。
緊張するナナナに、ファヌルスは二人の日本人を紹介した。
落ち着いた雰囲気を持つ少女、ニコ。
熊のぬいぐるみを抱えた少女、ミクル。
ほかにも二人の日本人がいるというのだが、現在はここにはいないのだという。
驚いているナナナに、さらに驚くような事実が告げられた。
日本人は全員、特殊な力を持っているというのだ。
まず、ナナナを迎えに来た、イチゴ。
イチゴの能力は「多種類強化魔法」。
自他問わずさまざまな効果を持つ強化魔法をかけることができる。
ニコは「武器召還」。
自身にだけ扱える武器を、種類数問わず召還することができる。
ミクルの能力は「ダンジョンマスター」。
その名のとおりダンジョンを作り上げ、モンスターなども生み出すことができる。
彼らはそれぞれに、ファヌルスの手伝いをし、町や国のために働いているという。
日本人の能力は、どれも強力であり脅威だ。
持っているだけで、危険視されるといっていい。
そのつもりがないことを示す意味もこめて、彼らは領主であるファヌルスの手伝いをしているという。
そのかわり、ファヌルスは領主の息子という立場から、日本人を大きく支援しているらしい。
彼らの関係は良好なようで、どちらかが一方的に命じているようには、ナナナの目には見えなかった。
確かに、話に聞いたほかの日本人達の能力も、驚異的なものだ。
ナナナの能力も、かなり危険であることは間違いない。
国、貴族からの保護をもらえるのは、とてもありがたいことといえる。
ファヌルスはナナナに、できれば自分達に協力をしてほしい、告げた。
その方法は、ナナナ自身に見つけてもらってもかまわないという。
そして、ファヌルスはナナナに驚くべきことを教える。
ファヌルスは、元日本人の、転生者なのだという。
だからこそ、今こうして日本人達の身の上がたつように、協力しているのだ、と。
呆然とするナナナに、ファヌルスは考える時間は十分に用意すると告げる。
ナナナは宛がわれた領主館内の一室で、今後のみの振り方を考えるのであった。
領主館にやってきてから、数日。
ナナナはさまざまな場所を見学していた。
自分の能力を、町や国の役に立てることはすでに決めていた。
どんな仕事をすればそれができるのかを考えるために、あちこちを見て回っているのだ。
町は、ファヌルスが集めたという職人達が多く暮らしていた。
彼らの仕事は、さまざまな魔法の道具を作ることだ。
照明や台車の消耗軽減など、そのようとは実にさまざまにわたっている。
その中心になる材料のひとつは、魔石と呼ばれるものなのだという。
魔石は貴重な鉱石で、採掘量はあまり多くないらしい。
それを知ったナナナは、あることを思いついた。
ポイントカタログを使い、魔石鉱山を作ったらどうか、というものだ。
ちょうどよさそうな商品が、ポイントカタログにいくつも追加されていたのである。
ファヌルスに相談すると、ちょうどよさそうなことを教えてくれた。
なんと、近海の海底に、魔石を採掘できると思われる場所があるというのだ。
場所が場所だけにまだ確定ではないが、方法さえあれば魔石鉱山として成り立つだろう、という。
魔石が供給されるようになるのは、国にとっても大変ありがたいことらしい。
ナナナはファヌルスの紹介で、海軍の将校と会った。
紹介された戦艦に乗り込み、一路件の魔石が採掘できるかもしれない、という海域へと向かう。
問題の海域へとたどり着いたナナナは、早速ポイントカタログの力を使った。
購入したのは、「量産型サハギン」と「海亀型魔獣」という、海中作業を得意とするモンスター達だ。
彼らはあっという間に水にもぐり、件の場所の調査を開始した。
ほどなく、結果がわかる。
やはり海底には、魔石の鉱山があった。
ナナナは早速、会場拠点となるものをポイントカタログで購入する。
メガフロート。
鉄筋コンクリートと金属で作られた、数百メートルを超える巨大な筏だ。
筏といっても、物が巨大であるだけに安定性はすさまじいものがある。
地球では空港などとしても利用可能だと考えられているというのだから、そのあたりの性能は折り紙つきだ。
ナナナはその上に、魔石の加工場や貯蔵施設、住居スペースなどを、ポイントカタログを使い設置していく。
そして、作業員として、「量産型ゴブリン」を購入。
その日のうちに、「魔石鉱山」を作り上げてしまう。
同行した戦艦のクルー達は、驚愕のしどうしだ。
彼らには、日本人やその能力についておおよそ説明がされていた。
だが、目の前で見せられるのとでは、衝撃の大きさが違う。
敵でなくてよかった、という思いとともに、味方としての頼もしさを強く感じる。
ナナナによってもたらされる影響は、大きく国を富ませることになるだろうと、確信するのであった。
その頃。
ハンスとケンイチ達日本人の元に、ロックハンマー侯爵からある要望が届けられた。
内容は、国境沿いの漁村近く、海上に出現したものの、調査依頼だ。
辺境であり、隣国とも近い手の出しにくい場所なのだが、そこで黒髪黒目の人物を発見したというのである。
突然海の上に巨大な物体が現れたことも合わせて考えれば、その人物が日本人であるかもしれない、という恐れは否定できない。
危険だが、場所が場所だけに兵士は派遣できなかった。
となれば、ハンス達にお鉢が回ってくるのは、ある種当然の事だろう。
国に関係なく、個人として日本人を鎮圧できる武力を持つのは、今の所同じ日本人だけなのだ。
ちなみに、ハンスはストッパーとして参加することになっていた。
休暇中にたまたま来ていたという設定である。
大掛かりな軍隊を動かせば問題になるが、休暇中の地方騎士がたまたまその場に居合わせたぐらいならば、問題ないというわけだ。
港町からハンス達の街までは、かなりの距離があった。
そこで、キョウジが考えた、新しい鳥カゴが試験運用される事となる。
床面を「ダンジョン化」させ、中央に「転送罠」の出入り口を設置した、「移動式ダンジョン」とも呼べる代物だ。
転送罠があることで、その鳥カゴさえ運び込めば行き来が自在になり、一気に大人数を展開することも可能である。
しかも設置後はそこを拠点にすることもできるという、優れものだ。
一度運んでさえしまえば、転送罠を使っての移動はほぼ一瞬。
大人数を移動させることや、移動時間を考えれば、これ以上効率のいい手段もないだろう。
まず、この「移動式ダンジョン型鳥カゴ」を一隻。
そして、最新型の水中で自走可能な「推進動力つき鳥カゴ」を三隻。
合計四隻が、鳥型の魔獣達によって、件の漁村近くへと運び込まれた。
さっそく、転送罠を発動。
ハンス達は、街から漁村へと一瞬で移動するのだった。
コウシロウの千里眼で確認すると、海上の物体はメガフロートであるらしいことがすぐに分かった。
そして、その上に日本人らしき少女の姿も確認する。
奇妙な生命体も沢山居るということだったが、それらはその日本人の少女が関わっているのだろう、という推測がなされた。
海上から近づくのは危険が多いだろうという判断から、まずはミツバが投入される事になる。
鳥型の魔獣に上空へと運んでもらい、そこからミツバを強行着陸させるという荒業だ。
ミツバの能力も「レベル2」になっており、「自重自在」という力を追加で得ていた。
自分の体重をある程度自由に変化させられるこれを使い、落下速度や衝撃を調整する事ができる。
それを使えば、高高度からの落下にも対応できるのだ。
もともとの能力である「超身体能力」も組み合わされば、軽い隕石落下レベルの威力から、羽毛が落ちてくるレベルまで調整も可能であった。
破壊してしまわない程度の衝撃でメガフロートに降り立ったミツバは、目の前の日本人と思しき少女をがんみする。
少女の外見を一言で言うと「ロリ巨乳」だった。
顔も、すこぶる可愛い。
その少女の正体は、いわずもがな、ナナナである。
ナナナを護衛している隣国の兵士達も見守る中、ミツバは名乗りを上げた。
休暇で海に遊びに来ている、ハンス・スエラーの従者である、と。
隣国の兵士達の間に、緊張が走った。
自国では英雄であるハンスは、敵国側から見れば悪鬼羅刹のようなものだ。
ナナナの有能さを知った彼らにとって、ここでナナナを失うという線はなかった。
例え命に代えても、守りきらなければならない。
そこからの行動は、実に早かった。
ミツバを牽制しつつ、ナナナを逃がそうと動き出したのである。
だが、相手が悪かったといわざるを得ない。
ミツバは常日頃から国内最高峰の騎士に訓練を受けた、「超身体能力」を持つ化け物なのだ。
そして、その騎士自身も、メガフロートへと向っていたのである。
海上のメガフロートに、三隻の鳥カゴが向っていた。
二席には、イツカの作ったゴーレムが満載していある。
残り一石には、ハンス、レイン、コウシロウ、ムツキが乗り込んでいた。
捕まって投獄されていたムツキだが、減刑を条件に協力をしているのだ。
レインの遠話魔法により、ミツバが攻撃された事を知ったハンス達は、強行接岸を試みる事にした。
ムツキによる複数種類の魔法の行使で、海中、海上で妨害しようとしてくるモンスターを退ける。
「一般魔法超適正」という能力と無尽蔵の魔力を誇るムツキにかかれば、例え相手が水中に居ようが関係無い。
あっという間に、ゴーレムを乗せた二隻がメガフロートへと接岸する。
丁度そこにはナナナと護衛の兵士たちが居たのだが、接近を阻もうとする魔法は、ムツキの魔法と、コウシロウの狙撃によって無効化されていく。
ハンス達の乗る船も、無事メガフロートへ接岸。
そうなってしまえば、あとはあっという間だ。
兵士たちを無力化し、ナナナの身柄を確保。
その頃には、ミツバも対峙していた兵士達をすべて倒していた。
こうして、ハンス達はメガフロートを制圧したのであった。
無事に戦いを終えたハンス達だったが、この後の問題は山済みだ。
まず、ハンス達はまだメガフロートに居た人物達の正体を知らなかった。
ナナナが日本人であろうことは分かっていたが、他の人物が何者なのかが分からないのである。
ただ、ハンス自身が戦った感触として、正規の訓練を受けた兵士であるだろうと判断していた。
これは、かなり悪い情報だ。
メガフロート内は既に軽く調べてあり、内部にかなりの量の魔石を溜め込んでいたことも分かっていた。
つまり、日本人を使い、魔石を集めていたと言う事になる。
現在関係がきな臭くなっている相手国が、そういったことをしていた。
歓迎すべき事とは、いえないだろう。
日本人の能力は、どれも強力無比だ。
それこそ兵器として使われたら、とてつもない事になるだろう。
そもそも、隣国は大量の魔石を手に入れようとしていたのである。
魔石は様々な魔法の道具に使われる素材だが、その中には兵器も含まれていた。
それらの材料がすぐに最悪の想定、戦争に直結するわけではない。
だが、なんともきな臭いというのは、否めないだろう。
そんな中、ナナナとの対話に当たっていたキョウジが、とんでもない情報を持ってくる。
どうやら隣国にはナナナ以外にも、複数の日本人が居るらしい、というものだ。
面倒ごとが山積みである。
ハンスに降りかかる受難は、まだまだこれからであった。

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