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 18歳選挙権について、5月にフォーラム面で大学生とともに考えました。今回、主権者教育に焦点を当て、それを担う教師たちに期待と不安、現状と課題を語ってもらいながら、再び考えます。

■「中立とは」揺れる現場

 この夏、公立高校教師らが東京で開いた「全国公民科・社会科教育研究会」の全国研究大会でアンケートを実施、56人が回答してくれました。

 自民党は高校の教師が「政治的中立」から逸脱した場合、罰則を科すよう提言しています。この動きについて多くの教師が「現場を萎縮させる」と見ています。(以下、●はアンケートからの抜粋)

●「中立とは様々な視点で考えることであって、ハレモノに触るようなものではないことを自覚すべきだ」(石川・30代男性)

●「生徒が政治的発言を控えざるをえないような環境から、自由な発言をどう引き出すかがカギ」(北海道・40代男性)

●「何が自民党のいう中立なのか知りたい。憲法に戦争放棄がうたわれているのに、戦争反対といえば中立でないとされるのだろうか」(東京・30代女性)

●「一定の根拠にもとづいて決断できる生徒を育てる必要があるなかで、教員だけが中立性に縛られることに矛盾を感じる」(広島・20代男性)

●「教員と生徒が問答により理解を深めていくために、時として自分の意見を表明するのも必要だ。そうでないと、何も掘り下げられない」(岩手・40代女性)

●「政治的中立は絶対に必要で、教員が考えを押し付けることはあってはならない。だが、自分の意見を聞かれて答えられないような現場も問題」(東京・30代女性)

●「罰則が科されるなら自粛ムードが広がる。どこまで許され、許されないのかが分からないことが、これを助長させる」(神奈川・60代男性)

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 アンケートに答えてくれた教員歴20年以上の都立高校教師3人にさらに話し合ってもらいました。次のような論点や思いが語られました。

◆中立性はこれまでも守るべきものだったが、罰則まで取りざたされるようになれば、面倒なことは避けようとする人が出てくるだろう。その結果、選挙制度の説明だけで終わる授業や、生徒が調べて発表するだけの授業が増えるかもしれない。

◆悩ましいのは、学習指導要領にある「主体的な学び」を深めていくと、現実の政治に批判的な見解も生まれることだ。そのことをもって「中立ではない」とするのはおかしい。批判精神を持ちたいという生徒の思いに応えたいが、これからはやりにくくなるかもしれない。

◆例えば成立した安全保障法制は、立憲主義の観点から問題も指摘されている。それを教えないことと、中立性を保つことは別ものだ。取り上げて批判されたら「価値判断はしていない。政治思想の原則を解説しただけ」と説明するしかない。

◆保護者からクレームが出ることもあるだろう。スマホで授業を録音し、発言の一部だけを切り取られて「偏っている」と言われる可能性もないとはいえない。それにしても、罰則を検討するほど、我々は信用されていないのだろうか。

■問題意識の芽生え期待

 アンケートでは、主権者教育の担い手としてどう受け止めているかについて、7割近くの教師が「負担を感じるが、好機だ」と答えました。

●「どのように考え、判断し、投票するか、生徒が自分のこととして考えるよい契機になると思います」(神奈川・60代男性)

●「自分たちができること、やらねばならぬことを現実感をもって考えさせたり、伝えたりしやすくなる」(東京・40代男性)

●「他人事ではない自分の問題として現実の問題を提起しやすくなる」(兵庫・60代男性)

●「若者の投票率を下げ止める可能性がある」(東京・50代男性)

●「選挙に行って授業に参加することで新たな問いが生まれる可能性がある」(東京・30代女性)

 主権者教育を充実させるために何をすべきかについては、「授業時間の増加」と「教師の研修」の必要性を訴える声がありました。

●「公民の授業で扱う内容はきわめて広範囲で、教科書の内容を教えるだけでも週2時間では無理。時事問題が重要だが、授業時間が足りない」(千葉・40代男性)

●「教材を準備する時間も指導する時間も足りない」(福岡・40代女性)

●「教員も手探り状態なので、まずは教員研修が必要だ」(東京・30代男性)

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 今年4月、法政大学「現代メディア論」の受講生に「18歳選挙権」についてアンケートしたところ、回答した238人の4分の1が政治について高校で教わってこなかったとして「主権者教育の必要性」を指摘していました。全体の3分の2にあたる学生は「今のままでは自信をもって投票できない」と答えています=グラフ。

 ベテラン教師3人の話し合いでは次のような指摘がありました。

◆投票年齢が下がったから主権者教育が必要だと言われるが、これまでも教えてはいる。ただ、受験科目じゃないから授業中に「内職」をしている子が多く、ほとんど覚えていないのかもしれない。

◆選挙について教えるのは「現代社会」か「政治・経済」。いずれも2単位で、授業時間にすると年間約50時間しかなく、文科省の作成した高校生向け副教材が勧めるディベートや模擬投票をする余裕はない。

◆選挙では安全保障ではA党、社会保障ではB党、候補者ならC党というようにテーマごとに支持する政党が異なることがある。生徒に意思決定の基準を持たせられないと投票できるようにならないのではないか。

◆選挙はワンイシューじゃないから難しい。でも、難しいからやめるのではなく、「自分はこれが一番気になると考えて選べばいいのでは」と声をかけている。間違えたと思ったら、次の選挙で別の候補や政党に投票すればいい、と。

◆身近な選挙ほど争点も身近なものになるので、生徒の関心を引きつけやすい。もし都立高校に関わる政策が争点になったらどうするか。

◆来年の参院選前には、教室の中でざっと3分の1が18歳以上の有権者、3分の2は18歳未満で投票できないということになる。生徒の意識が異なる中、どう教えていけばいいのか。簡単ではないが、やりながら探っていくほかなさそうだ。

■政治活動か議論か、判断難しい

 高校生の政治活動は、学生運動が激しかった1969年の旧文部省の通知により、学校内では禁止、校外でも厳しく制限されていました。18歳選挙権の導入を受け、文科省は校外での政治活動については認める方向で通知の見直しを進めています。

●「校外で行われていることは必ず校内にも持ち込まれる」(大分・50代男性)

●「特定の主義主張や政党への投票を促すものでなければ、投票を呼びかけるなどの活動は認めてよいのでは」(島根・40代男性)

●「教育活動に妨げが生じる場合には、制限を加えるべきだ」(神奈川・50代男性)

●「政治に興味を持つ生徒が増えて『デモをします』と言うようになるのだろうか」(東京・30代女性)

●「生徒の一部が選挙に行くようになれば、政治的党派の影響も出てくるだろう。学校とは、異なる考え方を認めるべき場所だが、投票行動をめぐって人間関係に悪い影響が出るのではないか」(東京・20代男性)

●「受験や就職で必死な生徒はもとより、無関心層が動くとは思えない」(神奈川・女性)

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 3人のベテラン教師たちの話し合いでは――。

◆認められない例として分かりやすいのは、政党や特定の候補のビラを配る行為だろう。その場合は、生徒指導として、学校は選挙応援をする場所ではないのでやめなさいと言えばいいわけだ。

◆選挙運動になるような演説は認められないが、演説なのか主張なのか判断が難しいこともある。生徒が教室で自分の考えを述べることを、政治の話題だからと一律に禁止することはできない。

◆授業で取り上げられたことについて生徒たちが議論するのは良いこと。議論するなかで、自分の考えも明確になる。ただ、休み時間に教室で政治の話になった時、どこまでなら大丈夫なのかは判断が難しい。

◆生徒のほとんどがスマートフォンを持ちLINE(ライン)を使って朝から晩までやりとりをしているなかで、学校の内と外とで活動を分けようとすることには限界がある。

■圧力増すばかりの現場

 せっかく18歳で一票を持つのだから、自分で考えて選べるようになってほしい。だから、政治や社会の「今」と絡めて教えたい。でも授業時間は足りず、「政治的中立性」への圧力は増すばかり。

 「できることには限りがある」。定義があいまいな「中立」という言葉に縛られた教育現場の本音が耳に残ります。

 18歳選挙権をめぐる様々な課題については、これからも考えていきます。(諸永裕司)

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◆諸永と北郷美由紀が担当しました。