[編集長コラム]米国電子出版停滞に思う -EPUBのさらなる進化が必要
2015年10月16日 / 電子メディア雑感
このところ、米国電子出版市場が停滞しているというニュースが複数報告されています。米国の書籍出版売上に占める電子書籍の売上比率が30%前後で伸びない、または対前年比でマイナスになっているというものです。
この見解の解釈には注意しなければならない点があります。この見解は、米国出版社協会(AAP)が発表している調査結果が主なニュースソースになっていると思われますが、その母集団はビッグ5と呼ばれる米国の大手出版(ペンギン・ランダムハウス、アシェット、ハーパーコリンズ、サイモン&シュスター、マクミラン)を中心とした伝統的出版社の数字が元になっているという点です。この中には、新興の電子出版社やセルフパブリッシングによる売上は含まれていないとのことです。別の調査では、セルフパブリッシングの販売部数がビッグ5と拮抗してきたという調査結果も出ています。
冷静に見て、AAPの調査結果から言えることは「伝統的出版社の書籍売上の中で電子書籍の売上比率が停滞している」、ということでしょう。しかし、これはこれで大きな問題ではあります。近い将来には紙はなくなり、ほとんどの書籍が電子出版に切り替わっていくだろうと予測していた人もいたわけですから。
この要因としては、ビッグ5がアマゾンの寡占化を嫌い、または紙書籍の販売を堅持するために電子書籍の価格をつり上げたためという見解が多数を占めているようですが、本当にそれだけが原因なのでしょうか。
私はこの問題の本質として、現在のEPUBの表現力限界があるように感じています(Kindleが採用しているmobiもEPUBと同様)。たとえば、前にこのコラムでも報告したように、まだ索引が表現できないことがあります。また、数式が表現できないのも専門書の電子化を遅らせている原因でしょう。それに加え、DTPで培ってきた複雑なレイアウト(多段組やビジュアルな誌面)も表現できません(米国ではEPUBの固定レイアウトは利用が抑制されている)。
EPUBの利用環境にも課題があります。たとえば、ビューワによって性能や操作法が異なることは初心者の参加を妨げているでしょう。Eペーパーがモノクロしか表示できないことも課題です。スマホはカラー対応ながら画面が小さい、タブレットはコスト高。パソコンで最もユーザーが多いWindows環境では、標準のEPUBビューワすら用意されていないという状況です。
これらの機能や環境から来る制約の中で商品化ができたのが、全体の3割程度だったということではないでしょうか(もしかしたら、これは素晴らしい数字かも知れません)。
本にはさまざまな種類があります。いま電子出版の主流であるペーパーバック(日本で言えば、文庫・新書・ラノベ・一部の文字もの書籍など)の他に、専門書・写真集・コミック・辞書・事典・図鑑・絵本などなど。これらすべてを電子書籍として商品化できるようになるには、まだまだ技術的、環境的な進化が必要だと思います。
EPUBのいまのバージョンは日本では3.0(多言語、縦書対応)ですが、米国ではまだ2.0が主流なのです。EPUBの規格はバージョンアップされていますが、実際にユーザーが利用するEPUBビューワのバージョンアップが遅いのが気になります。
電子出版が完成するまでには、まだ10年単位の時間が必要でしょう。それだけ複雑で困難なテーマであり、重要なものだと思います。関係企業には、目先の利益や自社の利益だけのために動くのではなく、大きな利便と市場作りを目指して競争しつつ、どんどん進化していってほしいと思います。過去に成功したOSやWebブラウザーがそうだったように。
インプレスR&D発行人/OnDeck編集長 井芹昌信