東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。
黄金伝説展開催中 10/16-1/11

トップ > 東京 > 記事一覧 > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【東京】

「絶歌」揺れる図書館 都と7区は購入せず

写真

 神戸市の連続児童殺傷事件の加害男性が刊行した手記「絶歌」の取り扱いをめぐり、公立図書館の対応が割れている。二十三区では七区の図書館が購入しておらず、都立図書館も未購入。理由に社会情勢や、不買を求める区民の声をあげる図書館もあり、周囲の干渉に左右されたり自己規制したりせず資料を広く収集する「図書館の自由」が失われないよう、専門家や図書館関係者らはあらためて確認している。 (石原真樹)

 手記は六月、著者名を「元少年A」として太田出版(新宿区)が出版。被害者遺族が出版の中止と回収を同社に求めたが、出版は継続。「加害者が印税を手にするのは許せない」など批判がある中、九月末現在で二十五万部出版された。

 事件の地元の神戸市は購入しないと決め、滋賀県の教育長は未成年への閲覧制限を表明した。こうした動きに対し、図書館の全国組織、公益社団法人日本図書館協会(会員は公立や大学図書館、図書館員など)は六月末、協会の「図書館の自由に関する宣言」に基づき、すべての資料の収集(購入など)を制限すべきでないとする原則を確認。手記は、人権侵害やわいせつ出版物と認める判決など例外的に提供(貸し出しなど)を制限する要件に該当しないとの見解も示している。

 購入していない図書館では、北区が「買わないでほしいと区民の声がある。選書基準に反してはいないが社会的影響が大きい」と区民の声を理由に挙げた。荒川区も区民の声や「社会的評価が定まっていない」とし、ほか「被害者遺族の感情に配慮」(江戸川、港)、「ベストセラーになっていないなど評価が定まっていない」(都立)、「人権に係る図書の選定は慎重に検討するという区の要綱に照合した」(杉並)、「必要ない」(台東)、「ほかに買うべき本がある」(千代田)。

 一方、購入した区は、足立などが「宣言」や図書館協会の見解に従ったとした。ほか、「対立意見があるものは広く収集するのが原則」(目黒)、「死刑囚の手記などもあり、特別ではない」(墨田)などとした。新宿は購入したが貸し出しは未定。練馬は「遺族の感情を慮(おもんぱか)って」とメモ付きでの貸し出しを検討したが、通常の貸し出しとした。

 二百件以上予約が入っている区もあり、都内のベテラン司書は「各館の収集方針に合致してリクエストがあるなら購入しない理由はない」と言う。

 協会の「宣言」は一九五四年、戦前に図書館が検閲に屈し、国民の知る自由を妨げた反省から生まれた。協会の「図書館の自由委員会」の西河内靖泰委員長は「収集を自ら制限していたら戦前と同じ」と危ぶむ。

 日本図書館情報学会の山口源治郎東京学芸大教授は「図書館がそれぞれの方針で本を選ぶのが原則で、本が選ばれないからといって必ずしも不当とはいえない」と前置きした上で、「『絶歌』は社会的関心が高く、対立する見解のある本こそ議論するためにも所蔵すべきだ」との考えを示す。「購入したからといって図書館が著者の主張を支持しているのではなく、市民に判断材料を提供するだけ。社会も理性的に判断すべきだ」と話した。

 <図書館の自由に関する宣言> 「図書館は資料収集の自由を有する」とし、対立意見のある問題は各視点に立つ資料を幅広く収集▽著者の思想、宗教、党派的立場により著作を排除しない▽個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾を恐れて自己規制したりしない−などを挙げる。

 

この記事を印刷する

PR情報