人を超えたか コンピューター将棋
10月16日 22時45分
将棋のトップ棋士に勝つことを目的に、コンピューター将棋の開発に取り組んできた学会のプロジェクトが「目的を達した」として終了宣言を出しました。果たして、将棋の世界でコンピューターは人間を超えたのか。ネット報道部の副島晋記者が解説します。
4、5年先だと、もはや対戦の意義がない
10月11日「情報処理学会」のホームページに掲載された宣言文。「コンピュータ将棋プロジェクトの終了宣言」です。
コンピューターの研究者らでつくる情報処理学会は、トップ棋士に勝つ「頭脳」を持ったコンピューター将棋の開発を目的に5年前にプロジェクトを立ち上げ、日本将棋連盟に「挑戦状」をたたきつけました。そのプロジェクトを終了すると言うのです。
学会では、ここ数年のプロ棋士との対局データを元に分析した結果、「トップ棋士に統計的に勝ち越す可能性が高く、目的を達成した」としています。
プロジェクトの責任者で公立はこだて未来大学の松原仁教授は、「4、5年先になれば、コンピューターが圧倒的に強くなっていて、対戦する意義がもはやないのではないかと考えた」と話しています。
対戦実績でコンピューターが優勢に
コンピューターの将棋ソフトの開発が始まったのは今から40年ほど前。情報処理を学ぶ学生が開発したのが先駆けと言われています。10年ほど前からは、プロ棋士との本格的な対戦が始まり、ハンデなしでもコンピューターが勝つケースが増えていきました。
3年前からコンピューターとプロ棋士が対戦している電王戦では、通算でコンピューターの10勝5敗1引き分けとなっています。
(主な対局と結果)
○平成19年3月
ボナンザ 対 渡辺明竜王(当時) 渡辺竜王の勝ち
○平成22年10月
あから2010 対 清水市代女流王将(当時) コンピューターの勝ち
○平成24年1月
第1回電王戦 ボンクラーズ 対 米長邦雄永世棋聖(引退棋士) コンピューターの勝ち
○平成25年3月~4月
第2回電王戦(団体戦) コンピューター3勝 プロ棋士1勝 1引き分け
○平成26年3月~4月
第3回電王戦(団体戦) コンピューター4勝 プロ棋士1勝
○平成27年3月~4月
電王戦FINAL(団体戦) コンピューター2勝 プロ棋士3勝
コンピューターの実力「羽生四冠に並んだ」
40年前からコンピューター将棋の開発に携わっている東京農工大学の小谷善行名誉教授は、コンピューターとプロ棋士の実力を「レーティング」という数値に換算して解析しました。
レーティングは、棋士の実力をはかる指標としてチェスなどでも用いられています。
小谷さんは去年7月、ここ数年の対局のデータから、コンピューターがトップレベルの棋士と対局した場合のレーティングを新たに算出し、どちらがどのくらいの確率で勝つのかを予想しました。その結果、去年7月の時点で、最強のコンピューターソフトは、プロのA級と対局すると63%の確率で勝利するという結果になりました。
さらに、このデータを基にシミュレーションしたところ、コンピューターはどんどん進化し、ことしの2月の時点で、プロ棋士の中で最もレーティングが高い羽生四冠と互角の勝率になったという結果が出たのです。
小谷さんは「その後もコンピューターソフトは進歩していて、レーティングはさらに上がっていると考えられるので、現在、羽生さんと1局だけ戦った場合、コンピュータが勝つ可能性が高い」と話しています。
革命を起こしたコンピューターの「機械学習」
コンピューターが人間に勝ち越すほど強くなった背景には、ハードウェアの性能向上に加え、「機械学習」と呼ばれる技術の普及があります。
初期の将棋ソフトは、プログラマーが自分の経験や過去のプロの対局などを参考にしながら、この局面はこのように指すというさまざまな条件を設定して、プログラムを組んでいました。そのため、強さは、開発者の棋力を大きく超えることはありませんでした。
革命とも言える変化が起きたのは10年程前に開発された「ボナンザ(Bonanza)」というソフトです。
開発者は将棋の初心者でしたが、このソフトには、コンピューターが自動的に学習する「機械学習」の技術が用いられていたのです。「機械学習」は、データを活用することで賢くなるアルゴリズム(問題を解決するための手順を定式化したもの)のことです。ボナンザは、数万に上る過去の将棋の棋譜のデータを「先生役」にして、どのような局面で、どんな手を指せばいいのか、学んでいきました。
ボナンザは、プログラムのソースコードがインターネットで無料で公開され、その後に開発されたほとんどのソフトが「機械学習」を取り入れることになり、ソフトの実力は飛躍的に上がっていきました。
プロジェクトの責任者の松原教授は、「人間との対決を掲げてコンピューター将棋の開発に取り組んできた時代は終わった。人間に勝つことは研究者の夢ではなくなった。最先端の研究者の情熱を、今後は、もっともっと人間の役に立つような人工知能などの幅広い研究にも振り向けていきたい」と話しています。
学会の終了宣言にネット上で波紋
コンピュータ-将棋ソフト開発の「旗ふり役」だった情報処理学会の終了宣言。将棋ファンなどからは大きな反応がありました。インターネット上の声をいくつか拾いました。
「チェスでは、最強の棋士とコンピューターが決着をつけた。将棋も羽生さんと五番勝負やってキッチリ終わりを見せた方がいい」
「羽生さんが負ける姿は将棋ファンとして見たくない。この辺でやめておいて」
「人間より強くなったから終わりは、なんだかさみしい」
「棋士や将棋に価値がなくなるわけでもない」
「どんどんコンピュータ-と人間の差がついていくと思うが、コンピュータ-はプロと違って一から戦法、定跡を作れない」
「コンピュータ-はコンピュータ-どうしで、人は人どうしで戦えばいいと思う」
ネット上には、将棋という枠を超えてコンピューターと人間の関係についての考えや感想を書き込む人が多く見られ、関心の高さがうかがえました。
日本将棋連盟は
一方、日本将棋連盟はコンピューター将棋について、「ここ10年ほどのコンピューターソフトの進化には目をみはるばかりで、研究者や開発者の情熱と能力に敬意を表します。現在はプロ棋士もコンピューターソフトを研究ツールとして活用しており、これからも技術向上の手助けをしてくれるパートナーとしてよい関係性を持続していきたい」とコメントしています。
戦いはまだ続く
日本将棋連盟はコンピューターとプロ棋士が戦う電王戦を、来年も行うことにしています。電王戦は、インターネット中継を多くの将棋ファンが楽しむ人気の棋戦となっています。最近では、学会のプロジェクトや研究者とは別に、個人が趣味などで開発したソフトが活躍するケースも増えていて、プロ棋士とソフト開発者の知恵比べの場にもなっています。
これまでの電王戦でプロ棋士相手に3戦3勝を上げ、最強と言われている「ponanza」というソフトを開発した山本一成さんは東大将棋部の出身で現在はIT企業に勤めています。山本さんは、今回の学会の終了宣言について「コメントしにくい」としたうえで、「将棋ソフトには、まだまだ強くなる余地がある。プロもコンピューターの指し手を研究してどんどん強くなっているので、プロと戦う様子を将棋ファンに見せることが楽しく、今後も、開発を続けていきたい」と話しました。
これまで「羽生さんに勝つ」という目標を公言してきた山本さん。「羽生さんへの挑戦が実現する時に備え、少しでもソフトを強くしていきたい」と力強く語りました。
来年の電王戦は、コンピューターどうしと、プロ棋士どうしがそれぞれトーナメントを行い、その頂点を極めたものどうしが1対1で戦います。来年の大会に向けたトーナメントには羽生四冠は出場していませんが、再来年以降も電王戦が続けば、いずれ山本さんが開発したソフトとの対局が実現するかもしれません。
「トップ棋士に勝つ目標は達した」として学会が出したコンピューター将棋のプロジェクトの終了宣言は、コンピューターが人間への挑戦だけを掲げていた時代が終わり、互いに切磋琢磨する時代が始まったことを示しているのかもしれません。