マイナンバー 事業者も従業員の個人番号を取得すると過大な義務を負うことになる
巷間、事業者は従業員の「特定個人識別番号」を取得して源泉徴収票や支払調書に記載しなければならないのが当然の前提とされている。
その対策ゼミやら出版物やら、関連業界はマイナンバーブームである。
その根拠は、「行政手続における特定の個人を識別をするための番号の利用等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」第11条の次の記載が根拠である。
第十一条 国税通則法(昭和三十七年法律第六十六号)の一部を次のように改正する。
第百二十四条の見出しを「(書類提出者の氏名、住所及び番号の記載等)」に改め、同条第一項中「届出書」の下に「、調書」を加え、「)及び住所又は居所」を「)、住所又は居所及び番号(番号を有しない者にあつては、その氏名及び住所又は居所)」に改め、同条に次の一項を加える。
3 第一項に規定する番号とは、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(平成二十五年法律第二十七号)第二条第五項(定義)に規定する個人番号又は同条第十五項に規定する法人番号をいう。
括弧がおかしかったり、2項に「2」とあるべき数字が抜けていたりするのは、全て引用元がこうなっているからで、当方としてこれに手を加えるわけにはいかない。
なおこの法律は、いわゆるマイナンバー法ではなく、「マイナンバー法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」で、「マイナンバー法」とは別の法律である。
この法律で各行政手続に串刺し番号を使うことが定められている。
改正される国税通則法124条は次の通りである。
国税通則法
124条
(書類提出者の氏名及び住所の記載等)第百二十四条 国税に関する法律に基づき税務署長その他の行政機関の長又はその職員に申告書、申請書、届出書その他の書類を提出する者は、当該書類にその氏名(法人については、名称。以下この項において同じ。)及び住所又は居所を記載しなければならない。
要するにこれまで源泉徴収票や給与の支払調書等の記入欄に氏名、住所の記載欄があったが、これに特定の個人を識別する「番号」欄を加えるというだけのことである。
だけのことではあるが、「住所又は居所及び番号(番号を有しない者にあつては、その氏名及び住所又は居所)を記載しなければならない」となるので、義務づけではある。
しかし、義務に反しても制裁規定はないし、後に述べるように番号欄空欄でも国税当局は受け付けることを明言している。
これに素直に従うとすると、従業員から特定個人識別番号の提供を受けなければならない。
ところが、特定個人識別番号の提供を従業員に対して提供を求める権利が事業者にあるかというと、無い。
行政における特定の個人を識別する番号の利用等に関する法律には
(提供の要求)第十四条 個人番号利用事務等実施者は、個人番号利用事務等を処理するために必要があるときは、本人又は他の個人番号利用事務等実施者に対し個人番号の提供を求めることができる。
とあり、事業者はこの「個人番号利用事務等実施者」に含まれ、「提供を求めることができる」とあると、あたかも権利があるかのように読む人もいるかもしれないが、これは、公法上、一般的に個人番号の提供を求めることが禁止されているが、「個人番号利用事務等を処理するために必要があるとき」に限って、公法上の禁止を解除するという意味に過ぎない。
つまり、「必要があるとき」に個人番号の提供を従業員に求めても、公法違反にはならないということを言っているだけのことである。
(「個人番号利用事務等実施者」の定義は、本来、2条の定義規定の中ですべきであるが、この法律では、12条で、「個人番号利用事務実施者及び個人番号関係事務実施者(以下「個人番号利用事務等実施者」という。)」と他の条文の括弧書きの中で定義しており、不細工な作りになっている)
他方、前回書いたように国民に個人番号の提供や使用を一般的に義務づける規定は存在しない。
むしろ特定個人識別番号法では、国民はむしろ番号が付されるので、その有する番号を保護されるべき主体として想定されているといえる。
源泉徴収票や支払調書に記入する場合でも、従業員が雇用主に対して、個人番号を提供すべき義務はまったくないのである。
そこで事業者としては、困ってしまう訳である。
国税当局は、提出書類に従業員の個人番号を記載せよという、
ところが、個人番号をめぐる雇用主と従業員の間の権利義務関係について法律は、何の定めもしていないのである。
雇用主には提供を求める権利はなく、従業員には個人番号を提供する義務はない。
国は、事業者に記載義務を負わせておきながら、事業者がどうやって従業員の個人番号を取得するかについては知らぬ顔なのである。
雇用主が可能なのは、従業員に対して、「何とか、貴重な個人番号を、お教えいただけないでしょうか」と、お願いすることだけなのである。
これは、あくまでも雇用主都合によるお願い事である。
従業員が応じる必要は寸分もないし、応じないからといって、勤務上の不利益を課すことはできない。
国税も提供が受けられないことがあることはわかっているので、別に個人番号が記載されていない源泉徴収票や支払い調書を受け付けないとは言っていない。
番号欄空欄でもちゃんと受け付けるのである。
ここら当たりのことは、別の角度から、「税理士俣野剛の税金ブログ」が、2015年7月18日付記事「マイナンバーを記載せずに法定調書・源泉徴収票を提出できるか」に書いてある。
本題は、ここからであるが、さて、何とか従業員に頭を下げて、伏してお願いして貴重な特定個人識別番号の提供をいただいたとしよう。
提供していただいてしまうと、雇用主は他人の個人番号の提供を受けたが故に、一挙にどっさりと義務が拡大する構造になっている。
(特定個人情報の提供の制限)第十九条 何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、特定個人情報の提供をしてはならない。一 個人番号利用事務実施者が個人番号利用事務を処理するために必要な限度で本人若しくはその代理人又は個人番号関係事務実施者に対し特定個人情報を提供するとき。二 個人番号関係事務実施者が個人番号関係事務を処理するために必要な限度で特定個人情報を提供するとき(第十号に規定する場合を除く。)。三 本人又はその代理人が個人番号利用事務等実施者に対し、当該本人の個人番号を含む特定個人情報を提供するとき。四 機構が第十四条第二項の規定により個人番号利用事務実施者に機構保存本人確認情報を提供するとき。五 特定個人情報の取扱いの全部若しくは一部の委託又は合併その他の事由による事業の承継に伴い特定個人情報を提供するとき。六 住民基本台帳法第三十条の六第一項の規定その他政令で定める同法の規定により特定個人情報を提供するとき。七 別表第二の第一欄に掲げる者(法令の規定により同表の第二欄に掲げる事務の全部又は一部を行うこととされている者がある場合にあっては、その者を含む。以下「情報照会者」という。)が、政令で定めるところにより、同表の第三欄に掲げる者(法令の規定により同表の第四欄に掲げる特定個人情報の利用又は提供に関する事務の全部又は一部を行うこととされている者がある場合にあっては、その者を含む。以下「情報提供者」という。)に対し、同表の第二欄に掲げる事務を処理するために必要な同表の第四欄に掲げる特定個人情報(情報提供者の保有する特定個人情報ファイルに記録されたものに限る。)の提供を求めた場合において、当該情報提供者が情報提供ネットワークシステムを使用して当該特定個人情報を提供するとき。八 国税庁長官が都道府県知事若しくは市町村長に又は都道府県知事若しくは市町村長が国税庁長官若しくは他の都道府県知事若しくは市町村長に、地方税法第四十六条第四項若しくは第五項、第四十八条第七項、第七十二条の五十八、第三百十七条又は第三百二十五条の規定その他政令で定める同法又は国税(国税通則法(昭和三十七年法律第六十六号)第二条第一号に規定する国税をいう。以下同じ。)に関する法律の規定により国税又は地方税に関する特定個人情報を提供する場合において、当該特定個人情報の安全を確保するために必要な措置として政令で定める措置を講じているとき。九 地方公共団体の機関が、条例で定めるところにより、当該地方公共団体の他の機関に、その事務を処理するために必要な限度で特定個人情報を提供するとき。十 社債、株式等の振替に関する法律(平成十三年法律第七十五号)第二条第五項に規定する振替機関等(以下この号において単に「振替機関等」という。)が同条第一項に規定する社債等(以下この号において単に「社債等」という。)の発行者(これに準ずる者として政令で定めるものを含む。)又は他の振替機関等に対し、これらの者の使用に係る電子計算機を相互に電気通信回線で接続した電子情報処理組織であって、社債等の振替を行うための口座が記録されるものを利用して、同法又は同法に基づく命令の規定により、社債等の振替を行うための口座の開設を受ける者が第九条第三項に規定する書面(所得税法第二百二十五条第一項(第一号、第二号、第八号又は第十号から第十二号までに係る部分に限る。)の規定により税務署長に提出されるものに限る。)に記載されるべき個人番号として当該口座を開設する振替機関等に告知した個人番号を含む特定個人情報を提供する場合において、当該特定個人情報の安全を確保するために必要な措置として政令で定める措置を講じているとき。十一 第五十二条第一項の規定により求められた特定個人情報を特定個人情報保護委員会に提供するとき。十二 各議院若しくは各議院の委員会若しくは参議院の調査会が国会法(昭和二十二年法律第七十九号)第百四条第一項(同法第五十四条の四第一項において準用する場合を含む。)若しくは議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(昭和二十二年法律第二百二十五号)第一条の規定により行う審査若しくは調査、訴訟手続その他の裁判所における手続、裁判の執行、刑事事件の捜査、租税に関する法律の規定に基づく犯則事件の調査又は会計検査院の検査(第五十三条において「各議院審査等」という。)が行われるとき、その他政令で定める公益上の必要があるとき。十三 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合において、本人の同意があり、又は本人の同意を得ることが困難であるとき。十四 その他これらに準ずるものとして特定個人情報保護委員会規則で定めるとき。
読む気も起きない。
何だか頭が痛い。(´Д`;≡;´Д`)アワアワ
その上、個人情報取扱事業者となると、次のような義務も発生する。
(地方公共団体等が保有する特定個人情報の保護)第三十一条 地方公共団体は、行政機関個人情報保護法、独立行政法人等個人情報保護法、個人情報保護法及びこの法律の規定により行政機関の長、独立行政法人等及び個人番号取扱事業者(特定個人情報ファイルを事業の用に供している個人番号利用事務等実施者であって、国の機関、地方公共団体の機関、独立行政法人等及び地方独立行政法人以外のものをいう。以下この節において同じ。)が講ずることとされている措置の趣旨を踏まえ、当該地方公共団体及びその設立に係る地方独立行政法人が保有する特定個人情報の適正な取扱いが確保され、並びに当該地方公共団体及びその設立に係る地方独立行政法人が保有する特定個人情報の開示、訂正、利用の停止、消去及び提供の停止(第二十三条第一項及び第二項に規定する記録に記録された特定個人情報にあっては、その開示及び訂正)を実施するために必要な措置を講ずるものとする。(個人情報取扱事業者でない個人番号取扱事業者が保有する特定個人情報の保護)第三十二条 個人番号取扱事業者(個人情報保護法第二条第三項に規定する個人情報取扱事業者を除く。以下この節において同じ。)は、人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合において本人の同意があり又は本人の同意を得ることが困難であるとき、及び第九条第四項の規定に基づく場合を除き、個人番号利用事務等を処理するために必要な範囲を超えて、特定個人情報を取り扱ってはならない。第三十三条 個人番号取扱事業者は、その取り扱う特定個人情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の特定個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。第三十四条 個人番号取扱事業者は、その従業者に特定個人情報を取り扱わせるに当たっては、当該特定個人情報の安全管理が図られるよう、当該従業者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。
ま、読んでもよくわからない。
どうすればよいか、わからないからこそ、現在、企業法務の売りになっていて、セミナーだとか書籍出版だとかが花盛りとなっているわけである。
とにかく、
●漏えい、滅失又は毀損の防止その他の特定個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。
●従業者に特定個人情報を取り扱わせるに当たっては、当該特定個人情報の安全管理が図られるよう、当該従業者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。
ことだけは確かなようだ。
番号空欄でも受け付けるのに、わざわざ番号記入のために頑張ると、もっと頑張れと過大な義務が事業者を襲う仕掛けである。
これは大変だというわけで、取手市のように外部事業者に委託したとしても、漏出すれば、管理不行き届きとして、社会的責任が重くのしかかる仕組みである。
大体、小規模零細事業者にとって、外部委託して新たな費用が発生すれば、たださえ苦しい経営をさらに圧迫することになる。
コンビニ経営者のように、従業員の出入りが激しい業態では、とてもではないが、経営者が、特定個人識別番号を管理する負担は耐えがたいだろう。
そこで派遣会社がマイナンバー管理込みで市場化できるチャンスにもなり、派遣会社が儲かるかも知れないが、コンビニ経営の費用は確実に増大して経営は悪化することになる。
もともと、特定個人識別番号は、お上が勝手に企て、お上が事務を効率化するために導入した制度である。
お上ご都合の制度なのであるから、お上が個人番号を照合すればよいのであって、これを中小零細事業者に転嫁しようとか、IT企業や派遣会社に儲けさせようなどというのは、完全にお門違いである。
ばからしくてやってられないというのが、マイナンバー騒動の真相である。
という訳で、最も合理的な経営は、個人番号欄を空欄にして法定調書を提出することである。
そうすれば、従業員に頭を垂れて、貴重な特定個人識別番号をお教えいただけませんかとお伺いお願いしなくてもよい。
国税当局は、個人番号空欄でも税金処理上、法定調書を受け付けざるを得ないのである。
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