|
|
《アベノミクス新三本の矢》入閣拒否
小泉進次郎「一人ぼっちの党内野党宣言」(ノンフィクションライター・常井健一)
十月五日夜、六本木ヒルズの四十九階に小泉進次郎内閣府兼復興政務官(34)の姿があった。シンクタンクが主催した人口減少問題をテーマにした講演会で約三百人の聴衆を前に、彼はこうボヤいて見せた。
「これから、まあね、自分の立場の中で、党に戻って、今の政府の立場を抜けても地道にやっていけばいい」
四日後の九日、改造内閣の“目玉”と噂された男は職を解かれ、野に下った。
兆候は、六本木ヒルズでも現れていた。進次郎は、いつになく挑発的とも受け取れる物言いを続けていた。
「アベノミクス第二弾の中で、二つ目に少子化対策を重点的にという話が出てきたけども、多くの子どもがいる世帯の支援なんです。
そこは、私とはちょっと違う。私が第一子の支援が大事だと言っても、政治の世界では多数の人は『じゃあ、一人目で終わったらどうするの。だから第三子以降の支援なんだよ』と言う。ただ、今まで第三子以降でやってきても、そんなに結果が出ていないんだから」
安倍晋三首相が支持率回復を狙って発表した「新三本の矢」には、出生率一・八を目指す子育て支援策が掲げられている。進次郎は早速それを「頭のいい人が実感なき感覚で数字を追ってしまう例」と言って、全否定して見せたのだ。
退任間近とはいえ、この時点では政府の一員である。会の終了後、記者団に発言の真意を問われると、進次郎は不敵な笑みを浮かべ、こう煙に巻いた。
「誤解を招くことを言っちゃいけないね。どうやって(気持ちを)抑制しようか考えていたんだけどね(笑)」
小泉進次郎は安倍政権にとって、これまで決してマイナスの存在ではなかった。
新人時代から先輩議員たちを相手に正論をぶつける直言居士として人気を博し、「安倍一色」に染まりつつある自民党の多様性を外に印象づける“広告塔”の役割を果たしてきた。
昨年十一月、衆院が突然解散すると「誰も腑に落ちない」、総選挙の応援では「皆さん、アベノミクスの実感ってないでしょ?」と、国民の不満を代弁して見せる一方で、党の議席拡大のため驚異的な遊説日程をこなした。
二年前に政務官に就くと、昨年九月の改造、年末の総選挙後も留任し、安倍内閣の一員にとどまり続けた。
筆者は過去六年、彼の演説や講演、記者会見など彼の肉声を三百回近く聞いてきた。以前にも安倍との違いを仄めかすことは何度もあったが、オブラートに包むことを忘れなかった。
だが、ここ最近の言動を見ていると、進次郎は「反安倍」に舵を切ったように思えてならない。
“反逆”のスタートは七月十六日、安保法案が衆院を通過した日だ。国会でぶら下がりに応じ、「理解進まぬ原因は自民自身」と答えた。
そして、安倍が自民党総裁に再任された九月二十四日を過ぎると、ボルテージは上がっていった。
翌日の二十五日付の神奈川新聞に載った単独インタビューで、安保法案の国会審議で国民の理解が深まらなかった理由について、衆院憲法審査会での自民推薦の学者による「違憲」発言、党若手勉強会での「マスコミ懲らしめろ」騒動、国会での安倍のヤジを挙げた。
彼が単独インタビューを受けるのは初めてのことだ。
さらに、九月三十日に政治解説者の篠原文也が主宰する「直撃!ニッポン塾」で講演し、多くの報道陣が見守る中、「マスコミ懲らしめろ」騒動に絡めて、
「健全なジャーナリズムが根付いていることがいかに民主主義にとって大切か」
と語り、さらに続けた。
「一部ベテランが『国家の平和や国民の安全に責任を持っているのは学者じゃない、政治家だ』と言った。そういった姿勢が国民には権力の驕りと取られる」
この「一部ベテラン」に当たる高村正彦副総裁にとどまらず、集団的自衛権を火事や泥棒で例えた安倍にも批判の矛先を向けた。
「例え話は使わなかったほうが良かった。国防では緊急事態にどう動くかは全て例示して備えることができない。本質を粘り強く説き続ける努力が不可欠だ」
案の定、一連の発言は党執行部の怒りを買った。高村や、安倍側近の萩生田光一官房副長官は、周囲に怒りを露にしたという。
筆者は、進次郎が国会閉会時期を窺いながら内閣改造を前に安倍氏と距離を置こうと周到に計画した「党内野党宣言」だと見ている。三十日の講演会に招いた篠原が明かす。
政策でも対立軸を明確に提示
「一年以上前から、会に講師に来てくれないか、と打診していた。三カ月ほど前、『九月末か十月末でどうか』と聞くと、『九月末の会をお受けします。必ず行きます』と。彼は、私の打診を引き受けた段階から、いかなる政府のポストも引き受けないと決めていたのだろう」
講演では、原発再稼働に舵を切る安倍政権の考えと対立する見解も述べた。
「どうやったら事故や大災害の時にリスクや不安を感じることがなく、経済成長を阻害することなく、原発をやめられるかという方向性を時間がかかっても考えていくべきなのではないか」
これまで脱原発派と見られながら明確な意思表示を避けてきた進次郎が、「即原発ゼロ」の方向性をはっきり打ち出したのだ。
進次郎は「原発ゼロ」を掲げ、全国を講演行脚している父・純一郎とたまに会っている。純一郎が、十六日に講演先の愛媛で開いた記者会見では、こんな“予言”があった。
「進次郎は毎月東北に出かけて行って原発事故後の悲惨な状況をわかっていますから話はしますけども、私からどうだからと強制はしないですよ。ただ、今は政務官の仕事を中心にやっていけばいいと話していますが、私の講演をよく聞いているようですね。ネットなんかで。だから、わかっているんだなと思っています」
官邸の組閣作業が大詰めを迎える中、進次郎は三十日に続き、一、二、五日とイベントを入れ、報道陣に入閣説を否定し続けた。
「まだまだ雑巾がけの期間」「大臣やりたい人はいっぱいいる」「若すぎる」「首相も『進次郎? 使う気ないよ』と思っている」……。
反安倍の受け皿として注目された前総務会長の野田聖子は、二十人の推薦人すら集められず総裁選出馬を断念。一二年の総裁選で安倍と競った石破茂地方創生相は、閣内にとどまった。入閣直後、ブログの公開を止め、持論の脱原発を封印した行政改革相の河野太郎を例にあげるまでもなく、自民党内は「草木もなびく」空前の安倍一強体制だ。
進次郎がポストを蹴ってまで、一匹狼の道を歩む決断をしたのはなぜなのか。
進次郎が師と仰ぎ、日米両政府にパイプを持つ知日派の米国人は最近、周囲にこう漏らしている。
「安保法制は当初の約束と違う。安倍政権に対するワシントンの過剰期待は、大きな失望に変わっている」
九月下旬、安倍首相が訪米した際、オバマ大統領との会談はセットされなかった。さらに、「新三本の矢」に対する経済界、市場の反応は芳しいものではない。
来たるべき安倍政権の崩壊に備えて、フリーハンドを保っておきたい――。
政治家になって六年。今回の出処進退を通じ、小泉進次郎はルビコン川を渡った。(敬称略)
「週刊文春」2015年10月22日号
|
|