おこしやす。
今日は京都にあるちょっと変わったお店をご紹介。
その名も…うわ〜うまそう!なんとも豪快!宮城県は塩釜直送本マグロのステーキ。
冷凍では味わえない生のうまみ。
こちらは南三陸の漁師から直接仕入れたホタテ。
磯の香りがたまりません。
同じく南三陸は志津川名産タコのペペロンチーノ。
タコといえば「西の明石に東の志津川」。
そのお味は?う〜ん!東北の絶品グルメが味わえるこのお店。
もう一つの特徴が…。
じゃあ「きっかけタイム」スタートで〜す!お願いしま〜す。
東北ネタでお客同士が盛り上がろうという仕掛けです。
「東北を楽しく」「東北を身近に」それがこのお店のコンセプト。
この食堂をきっかけに前に踏み出そうとする若者もいます。
進路に悩む大学生が会いに行ったのは食堂が縁で知り合った漁師。
ホタテに秘められた情熱。
そして道しるべとなる言葉をもらいました。
とりあえず楽しむっていう気持ちっすね。
楽しくなければやっぱり続かないっすから。
めっちゃ楽しかったんですけど。
あっそう。
にこやかにお酒を勧める女子大生。
誕生日は阪神・淡路大震災の3日後。
「希望の光」として取り上げられモヤモヤしたものを抱えていました。
でも何度も東北に通い続けるうちに心が晴れるような気がしています。
東北から小さなきっかけをもらった若者たちの物語です。
お疲れさまです。
ほい〜。
きっかけ食堂がオープンするのは月に1度11日の夜。
地元立命館大学の3人の学生が切り盛りしています。
ちなみに11日以外は別の店。
いろんな人がいろんなものを出す日替わり店長のお店です。
実は私段田安則は京都出身。
「きっかけ」モード。
みんな頑張ってね!はい入りました!いらっしゃいませ。
午後6時。
開店と同時に店はお客でいっぱい。
その多くは大学生です。
OK?大丈夫。
毎月東北から旬の食材を仕入れるのがこのお店の売り。
この日は南三陸から漁師直送のホタテです。
前の日の朝水揚げされたばかり。
新鮮だからこそ味わえる貝のうまみがジュワーッ!もちろんそのまま刺身でもOK。
午後8時11分。
お客の前に何やら紙が配られました。
ちょっとあとで説明するので。
私たち毎月11日に東北の事をみんなで考えれたらいいなっていう事でこの店をやってるんですけど毎時間11分から11分間「きっかけタイム」という時間を取るので3つの話したい事を書いてほしいんですよ。
1つは東北に関わる何か話したい事を書いてほしいです。
東北の事って言っても震災の事以外でも何でもよくてじゃあ例えば華やったら?「楽天」。
「楽天」とかでもいいし崚やったら東北の事。
東北…「牛タン」。
「牛タン」とかでもいいです。
あと2つはもう全然何でもいいので東北の事でも日常生活の事でも人に話したい事人に相談したい事聞きたい事とか書いて下さい。
じゃあ「きっかけタイム」スタートです。
お願いしま〜す。
「きっかけタイム」。
この紙をきっかけにどんな話が繰り広げられるのでしょうか?タオルのおにいさんが食いついたのは「ブーム的支援」という言葉。
すごく重いなと思って…一方こちらのカウンターでは…。
どんな事?奥の男性が気になったのは「メンズサロン」という言葉のようです。
サロンは…。
(右近)肩凝りとか?ウォームハートで聞いて。
大学3回生の…明るくムードーメーカーの原田さんがこのきっかけ食堂の発起人です。
原田さんがきっかけ食堂を始めるきっかけ。
話は高校1年生の時に遡ります。
当時の原田さんは交換留学を目指して真面目に勉強に取り組んでいました。
ところが選考試験は不合格。
留学には別の生徒が行く事になってしまったのです。
夢破れ目標を失ってしまった原田さん。
以来学校が終わると派手な化粧をして夜中まで遊び回るようになってしまいました。
うまくいかなくってこの子はこうなってるんやろなというふうには思いましたけど。
ちょっとこうしたらって言ったらもうすぐ反発するという感じで。
東日本大震災が起きたのはそんなころでした。
でも遠く離れた出来事だと実感がわかないまま翌年興味半分で被災地を訪れました。
あまりの惨状に原田さんは言葉を失います。
「遊んでばかりいた自分は被災地に来る資格がない」。
その時地元の人からかけられた言葉が原田さんを救いその後の人生を変える大きなきっかけになりました。
「期待してるよ」っていう言葉を言ってくれて何かそれがその時の私に一番響いたんだなってすごい思います。
何か期待されてないような人間だったんですよね多分その時は。
期待されるわけもないって自分でも思ってたし。
でそこでもう絶対これは大学入っても続けたい東北には行き続けたいっていうのを何がしたいってわけではなかったんですけどもう漠然と心に決めたというか。
その後も足しげく東北に通い続けた原田さん。
ボランティア活動で意気投合した右近さんと橋本君を誘って去年5月きっかけ食堂を始めました。
でもなぜ「食堂」だったのか。
それは東北の食材の圧倒的なおいしさに心を動かされたからです。
(右近)崚が食べれんからじゃない?うん俺が食べれん。
ほんまにおいしい。
(橋本)えっこれ生やろ?「東北のために何かしたい」という気持ちはあっても実際に足を運ぶのはなかなか大変です。
でも東北の味をきっかけに東北に思いをはせる事はできる。
それが自分なりの恩返しだと考えました。
何かすごい被災地支援とかボランティアって言うとすごいハードルが高くて自分なんか…みたいな。
私もそう思ってたんですよ。
自分なんかそんな…みたいな。
じゃなくて東北の食材を使って気軽に御飯を食べるっていうこうすごい日常的な事で誰でもできるなっていうのが…。
きっかけ食堂には現地でしか手に入らない東北自慢の地酒もそろっています。
お酒の担当は右近華子さん。
自他共に認める大の酒好きです。
酒のうんちくを語らせたら止まりません。
でも心には人前ではなかなか語れない思いを抱えています。
今から20年前に発生した…犠牲になった人は6,400人以上。
その3日後右近さんは神戸で生まれました。
幼い頃から毎年1月17日になるとこの公園に連れられてきました。
ここには震災で亡くなった人々の名前が刻まれています。
その日から3日後誕生日がやって来ます。
何やろな…。
いくつになっても誕生日を素直に喜べない自分。
その事に窮屈さを感じつつもどうする事もできずにいました。
そんな時原田さんが東北へのボランティアに誘ってくれました。
実は原田さんとは中学からの同級生。
東北へ行った原田さんがみるみる変わっていくのを目の当たりにしていました。
「自分も奈実みたいに変われるかな」。
きっかけ食堂に参加したのはそんな願いからでした。
ありがとうございます。
あっ了解です。
・居心地しかよくない。
いや「しか」って言っちゃうと何か他なんもないみたいやん。
それは切実さが違いますよね全然。
この町気仙沼が20年後30年後どうなっていくのかどういう町になっていくのかどういう町にしていきたいかという事を考えてその町をつくるためにどうしていったらいいだろうかっていう事をほんとに真剣に考えてる人たちなのでやっぱりそういうのを見るとすごいなとも思いますし。
すいませんお待たせしました。
(原田)すいませ〜ん。
お待たせしました。
・はい。
・はい。
・フーッ!・偉いねえ。
な〜んてちょっとうまい事言ったのは…立命館の3回生。
原田さんたち3人の同級生で開店当初から通い詰めています。
パスタです。
その理由はやっぱり東北の新鮮食材。
南三陸志津川のタコのパスタは絶品。
中でも衝撃を受けたのは気仙沼産のホタテ。
肉厚な貝柱のかみ応えジューシーなうまみは忘れられません。
ところで仲君は今卒業後の進路を悩んでいます。
週に4回ガソリンスタンドで働く仲君。
でもこの仕事単なるアルバイトではないそうです。
ありがとうございま〜す。
仲君の実家は京都でタクシー会社を経営しています。
長男である彼は将来の後継ぎ。
そのための修業なんだそうです。
でも素直に親の敷いたレールの上を進んでよいものやら。
迷いを感じるというんです。
はいどうぞ。
ツージーさんはないんですか?ないです。
そうなんですか?ツージーさんないんですか?ないです。
きっかけ食堂に来る度に「東北へ行こうよ」と誘われる仲君。
「行けば何かヒントがあるかも」。
次第に気になり始めていました。
ねっ南相馬コロッケ屋さんとか。
(原田)じゃがいもおいしかったねみたいな。
そう。
9月。
きっかけ食堂の3人が食材を仕入れに東北へやって来ました。
この日の目当ては旬を迎えたサンマ。
有数の水揚げを誇る気仙沼で仕入れから調理のしかたまで手ほどきを受ける事になっています。
(一同)おはようございます。
お願いしているのは魚屋の…地元でも評判の目利きです。
見たいです。
早速市場を案内してくれますが台風の影響で肝心のサンマの水揚げがありません。
3人ががっかりしないよう水揚げ日本一を誇るメカジキを見せてくれました。
大きいものだと体長3mに達します。
え〜!下手に触れん。
市場の見学が終わると熊谷さんの仮設店舗に移動。
おじゃまします。
すみません作業中に。
なんとサンマがありました。
天候を見て昨日水揚げされたのを取っておいてくれたのです。
早速熊谷さんにサンマのおろし方を教えてもらいます。
熊谷さんは元板前。
鮮やかな包丁さばきです。
(橋本)すげえ。
骨んとこ少ない。
特に難しいのは皮の剥ぎ方。
一気に包丁を入れます。
(橋本)あ〜なるほど!なるほど!料理担当の橋本君が挑戦します。
(橋本)どうでしょう?
(熊谷)いい感じOK!
(熊谷)引っ張って思い切って。
そうそうそう。
引っ張って!よしうまい!
(橋本)お〜いった!いったいった。
いけましたね。
(原田)これでもう安心やな。
(右近)魚は任せられるし安心して魚できる。
熊谷さんのお母さんに取って置きの料理も習いました。
漁師が船の上で作ったのが始まりと言われる船場煮。
サンマに大根とネギと豆腐を加えます。
(橋本)ドバッと入れちゃっていい?
(朝子)こうやってこう…。
(橋本)あ〜なるほどなるほど。
(朝子)簡単でしょこれね。
楽チンや!味付けは塩としょうゆのみ。
サンマのうまみが野菜と豆腐にしみ渡ります。
(朝子)そうよかった。
御飯めっちゃ食べれるなこれ。
合うな。
おいしい。
(橋本)いやいやすばらしい厨房で。
熊谷さんは震災前町の中心部に店を構えていました。
父から受け継いだ店舗は津波の被害を免れました。
しかし家を流された地主から住む場所がないので立ち退いてほしいと言われたのです。
一度は廃業を覚悟した熊谷さん。
それでも店を再開する道を選んだのには訳があります。
悔しかったんだよね。
おやじとおふくろやってた商売を何か否定されたみたいで。
その時ねあんまり売れないんでしょみてぇなものの言い方されちゃったからそれがほんと悔しい。
この野郎と思ったね。
それでねどっちか俺なくなったらやめる事もあるかもしれないけどそれまでは俺やってようとは自分では思ってるなんとかね。
まあ歩きだせばいい事もあるかもしれないと思ってね。
自分で作ったのから食べて。
おっと!いよいよサンマの刺身を頂きます。
地元の食べ方に倣って酢みそをつけて…。
おいしい!おいしいでしょ?おいしい!めっちゃおいしいですね。
うまっ!ねっおいしいでしょ?これ酢みそめっちゃいいな。
酢みそもおいしい。
酢みそがいいね。
きっかけ食堂の3人。
今回もまた東北のおいしい料理そして東北の人の心意気に触れた旅でした。
開店して1年半。
みんなこの食堂をきっかけに少しずつ前に進み始めています。
この日のきっかけタイム。
きっかけ食堂を始めた原田さんが書いたのは…就職が不安なんですか?え〜!原田さんが住む京都府南部の町井手町。
人口はおよそ8,000。
最近この町で働きたいと思うようになりました。
もともと交換留学で海外に羽ばたきたかったという原田さん。
しかし東北に通ううち自分のふるさとによく似ている事に気付きました。
人口は減っているけど豊かな食と温かい人たちがいる。
原田さんは大学の同級生を呼んで田植え体験などを通して井手町の魅力を知ってもらおうとしています。
「食を通して地域を見つめる」。
きっかけ食堂でみんなと一緒に考えた方法です。
きっかけ食堂のお酒担当右近さんです。
この夏神戸市にある母親の実家に帰省しました。
生まれる3日前母親のおなかの中にいた右近さんはこの家で阪神・淡路大震災に遭いました。
そこのふすまね…午前5時46分。
激しい揺れでこの部屋で寝ていた母親の上にタンスが倒れてきました。
とっさに横を向きおなかの赤ちゃんを守ったそうです。
祖父が大切にしている20年前の新聞があります。
一面を飾った右近さんが生まれた時の写真。
震災から3日後「希望の光」として大きく報じられました。
はぁ…。
思い出したらつらい。
(小野)せやけどこんながれきの中でねよう生まれてきたですよね。
(小野)その中で…。
だから小さい時母親からその話をずっと聞かされてたみたいでね。
…で東北行くようになったんかもな。
フフフ…。
(小野)やっぱそういう星の下に生まれてきたっていうかねそれは運命的なものは感じるけどね。
重荷に感じていた自分の生い立ち。
しかし東北に行き悲しみを抱えながらも笑顔で頑張る人と出会う度気持ちが軽くなってきました。
そして阪神・淡路大震災を自分の原点だと思えるようになりました。
(右近)いろいろ…後継ぎ問題に悩む仲君。
きっかけ食堂に通って1年。
東北へ行ってみる事にしました。
向かったのは気仙沼の唐桑半島。
カキやホタテの養殖が盛んな事で知られています。
東北は初めてで知り合いもおらず訪ねる当てはありません。
きっかけ食堂であまりのおいしさに衝撃を受けたあのホタテを養殖している漁師の連絡先だけが頼りです。
すいません。
畠山政也さんは?畠山はそこおるよ。
そうですか。
じゃあご自宅…。
今いますよ。
かしこまりました。
ありがとうございます。
あっすいません。
畠山政也さん?はいはい。
ご本人さん?よろしくお願いします。
きっかけ食堂…。
聞いてました。
是非ちょっとお話でも聞きたいなと思いまして。
是非是非。
ようこそ。
会えました。
ホタテ漁師の…もともとは右近さんたちの知り合い。
去年食材を仕入れる旅で出会いました。
畠山さんは震災当時海抜17mある家の軒先で津波が迫ってくるのを見ていました。
そうなんですか!ここまでですか?震災当時畠山さんは水産庁の委託を受けた漁業取締船で働いていました。
仕事が一段落して久しぶりに実家に戻ってきた時震災が起こりました。
なんと畠山さんも震災前は仲君と同じように後継ぎ問題に悩んでいたようです。
養殖施設が全て流されてしまった畠山さん。
途方に暮れていた時カキの養殖で有名な広島から同業の人たちが大勢助けに来てくれました。
それで腹が決まったと言います。
(畠山)もうバリバリやるもんで…震災から2年後畠山さんは正式に後を継いで自分の手でホタテをつくり始めました。
かっこいいな〜。
畠山さんの背中が大きく見えます。
去年の9月に食べてくれたホタテです。
(仲)でかいっすね。
(仲)でか〜!このまま食べて…。
アハハハハ!もう自然の調味料です。
海の塩の味が。
うわっ!シャキシャキねっ。
アハハハハハ!これからはまあ…はい。
気仙沼から前の日取れたばかりのサンマが届きました。
橋本君この日のために三枚おろしの練習を重ねてきました。
(橋本)どうっすか?お見事!橋本君。
もちろん酢みそで食べてもらいます。
気仙沼から戻った仲君もやって来ました。
はい!この日仲君が書いたのは?「人の繋がりってスゴイ!」。
実際東北に行って余計に人の繋がりって大事だなというのを実感して帰ってきてまた普通に今生きてる中で人の繋がりってやっぱすごいなってより思う事が多くなりましたね。
うれしい。
東北から遠く離れた京都の小さな食堂。
おいしいものを頂きながら東北に思いをはせる。
今宵は誰のどんなきっかけになる事やら。
どの料理もほんとに新鮮でおいしそうでしたよね。
被災した地域から遠く離れた京都で大好きな東北の料理をみんなに知ってもらいたいという純粋な気持ち印象的でした。
これからも小さなきっかけがつながっていくといいですよね。
さて東日本大震災から4年7か月がたちましたが大切な人を亡くして心の傷みを癒やす事ができないという方も少なくありません。
その思いをお伝えする「こころフォト〜忘れない〜」。
震災で亡くなった方や行方が分からない方の写真とご家族などからのメッセージが届けられています。
いくつか紹介しましょう。
案内役は仙台市出身の鈴木京香さんです。
岩手県宮古市の佐々木正夫さんは自宅にいたところを津波に巻き込まれました。
妻のトモさんからのメッセージです。
福島県浪江町の戸川壮一郎さんは入院中に原発事故で別の病院に搬送されたあと容体が悪化し亡くなりました。
姉の秋山真貴子さんからのメッセージです。
自宅で津波に巻き込まれ亡くなりました。
夫の道男さんからのメッセージです。
「こころフォト」は放送とホームページで紹介しています。
写真とメッセージの提供も引き続きお願いしています。
詳しくはホームページをご覧になって下さい。
では被災した地域で暮らす方々の今の思い。
福島県田村市都路町の皆さんです。
都路の旧警戒区域で暮らしております。
今7割の住人が帰還をしました。
帰ってくる事に非難の声もありましたが神社祭花見などをしてみんなで気持ちを盛り上げてきました。
スタートしなきゃゴールはありません。
都路で農業をしてます。
3,000坪の田んぼがありますがまだ再開してません。
田んぼを畑にして試験的に野菜を作ってますが何の問題もなくとってもおいしく食べてます。
来年からは田んぼを少しずつ作りたいと思います。
2015/10/13(火) 02:00〜02:50
NHK総合1・神戸
明日へ−支えあおう−「きっかけ食堂〜京都から東北へ〜」[字][再]
毎月11日、被災地の新鮮な食材を使った料理を出す「きっかけ食堂」。東北の味を味わい、東北を通して自分自身を見つめる若者たち。どんな“きっかけ”をつかんでいくのか
詳細情報
番組内容
京都市上京区に、月一度開店する小さな食堂がある。毎月11日、気仙沼や釜石など被災地の食材を使った料理を出す「きっかけ食堂」。味をきっかけに東北を忘れずにいて欲しいと3人の大学生が立ち上げた。名物は「きっかけタイム」。カードに東北への思いを書き初対面のお客さん同士が語りあう。ホタテの味をきっかけに産地の漁師を訪ねる若者。店を始めた3人も少しずつ前に進み始める。被災地からはなれた街の食堂の小さな物語。
出演者
【キャスター】畠山智之,【語り】段田安則
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
情報/ワイドショー – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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