福島飯舘村にあの原発被災から
五度目の秋が静かに訪れていた。
本来なら農作業や観光に賑わっているはずの美しい村
活気のあった村には人の歩く姿がない
まばゆい紅葉の側ではしゃいでいた子供の姿もない
あるのはところ狭しと置き並べられた 放射能汚染物がぎゅう詰めになった
黒い袋と
ひび割れた道々の先の無人の家で
ただひたすらに(何かを)待っている 悲しい目の犬たちの姿・・
二年目の秋
行くと君は喜んでいた
三年目の秋
行くと君はお腹を空かしていた
四年目の秋
行くと君は淋しがっていた
そして五年目の秋・・
君は目に涙を浮かべながら眠っていた・・
被災して家を追い出されてしまった飼い主さんたちには
心からお見舞い申し上げます。
予期せぬ災害での対応に混乱を費やした行政や東電の方々
本当にお疲れ様でした。
しかし今だに無人の家に繋がれたままでいるこの子たちに
かける言葉がないとはどうしたことでしょう・・
相手の立場になりすぎるのは無理があり危険がある
しかし、もし自分が動物に生まれ
もし自分が一人ぼっちで五年近くの歳月を繋がれたまま
一人ぼっちでいさせられたなら どうだろうか・・
この世界に同世代に存在する命と命
嬉しいこと、苦しいことを共有する必要はない
しかし、オリンピックに費やす余裕のあるこの社会でありながら
一かけらの思いやる気持ちのない社会が子供やそして未来社会に
何を問いて行こうと言うのだろうか。
動物が好きとか嫌いとか
天災だから決まりだからとかではなく
私たちの欲望を少し抑えたとき、必ず何かが見えてくること
道徳や愛
勇気や平和に必要なものは何かということを
命より高価なものはこの世界に存在しないということを・・。
ganman
(現状ならではの深い経緯があり飼い主さん批判はおやめ下さい)