汚れすぎちまった悲しみに

私は今年四十五歳の、結婚経験なし、子供なしのフリーターだ。
誰もいない部屋で、言葉にしてみる。「生きている価値がない」

樋口毅宏さんの小説『ドルフィン・ソングを救え!』を3日間連続で特別掲載です。

汚れすぎちまった悲しみに

わたしはきょうまで生きてみました
ときには「誰かの力」を借りて
ときには「誰とも違う」と思って
わたしはきょうまで生きてみました
そして今 わたしは思っています
未来あしたからわたしは 必要とされていないと

 ベッドで見る天井の木目は最高のアートだ。いつだって「おまえはそのままでいいよ」と言ってくれる。クールな笑みをたたえて、一日の終わりに「おつかれさま」とささやいてくれる。「水回りを綺麗にしておけ」とか、「キャリアアップするためにこれをやっておけ」とか強制したり、怒鳴ったりしない。

 この部屋は素敵なスリープ・マシーン。そしてエンタテインメント・ルーム。ヤードセールで買ったリトグラフに、南欧風のパインツリーのテーブル。ウィニー・ザ・プーのマグカップ・コレクション。IKEAのソファに横になりながらテレビを観る。カルビーのポテトチップスを食べながら、手を伸ばせば読みたい本が転がっているし、聴きたい曲が入ったラップトップがある。

 極楽だ。このままでいいよね? と思っていた。ところがだ。

『カフェでよくかかっているJ−POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』というマンガと出合った。数年前に出た本だ。帯にはこう書かれていた。

「自意識の不良債権を背負ったすべての男女に贈るサブカルクソ野郎狂想曲!」

 久保ミツロウとか大根仁おおねひとしとかブルボン小林とか、私の好きな人たちがコメントを寄せているので、ブックオフのレジに持っていった。

 そして読んだ。

 ショックだった。

 主人公のカーミィは、普段はOLとして働いているが、ミュージシャンとして世に出たいと願う、だけど何の才能も取り柄もない女だ。将来的には中田ヤスタカにプロデュースされ、アパレルブランドを立ち上げ、モデルも兼ねて、『TV Bros.』で執筆活動という野望を持っている。そのためには人を「使えるか/使えないか」で判断するし、好きでもない男とセックスをして、おしっこを浴びることもいとわない。

この続きは無料会員登録すると
読むことができます。(10秒で完了)
cakes・note会員の方はここからログイン
facebookで登録する
twitterで登録する

※あなたのタイムラインにcakesから投稿することはありません。

関連記事

twitter

chacopen [無料記事]汚れすぎちまった悲しみに|ドルフィン・ソングを救え!|樋口毅宏 @higu_take |cakes(ケイクス) https://t.co/rXgWSV6dJV 約3時間前 replyretweetfavorite

tksa4883 [無料記事]汚れすぎちまった悲しみに|ドルフィン・ソングを救え!|樋口毅宏 @higu_take |cakes(ケイクス) 3日連続で特別掲載の1日目! https://t.co/2WZqkWHiWA 約4時間前 replyretweetfavorite

Kisax_w [無料記事]汚れすぎちまった悲しみに|ドルフィン・ソングを救え!|樋口毅宏 @higu_take |cakes(ケイクス) https://t.co/gcbMKmIeLf 約4時間前 replyretweetfavorite

i_n_m_16 つらい。これはつらいぞ。でも続きが読みたい。/ 汚れすぎちまった悲しみに|ドルフィン・ソングを救え!|樋口毅宏 @higu_take |cakes(ケイクス) https://t.co/fgAE3loSIW 約7時間前 replyretweetfavorite

TOP