自転車のヘルメット着用義務化はかえって危険?

Helmets help prevent head injuries, so laws requiring cyclists to wear them would seem obvious, but cycling advocates have pushed back against mandatory bike-helmet laws. WSJ's Rachel Bachman explains why on Lunch Break With Tanya Rivero. Photo: Getty

 ヘルメットは頭のけがを防ぐ。そのため、自転車に乗る人にその着用を義務付ける法律に疑う余地はないように見える。

 しかし、多くの自転車推進派は、意外な立場をとっている。彼らは米国やその他の国で自転車のヘルメット着用を義務化する法律に反対している。義務化した法律で、とりわけ大人を対象にしたものだと、自転車の利便性が損なわれ、安全性を下げる可能性があるというのだ。このため、自転車に乗る人が増えるという市民の健康上の大きな利益が損なわれている、と彼らは指摘する。

 自転車推進派の中には、全年齢を対象としたヘルメット着用法は、自転車に乗る人の数を減らしており、その結果、サイクリングをかえって危険にしているかもしれないと主張する向きもある。研究によると、道で自転車に乗る人が増えれば増えるほど、衝突事故が少なくなることが示されている。これは、自動車のドライバーが道路上で自転車に遭遇することに慣れると、彼らに一層注意を払うようになるからだ、と研究者たちは結論付けている。

 自転車推進派は、ヘルメット着用そのものに反対しているわけではなく、ヘルメット着用のさせ方とそれがもたらす意図せぬ結果を危惧して反対しているのだと主張する。とりわけ、自転車のシェアサービス・プログラムが台頭していることが、そうした主張の背景にある。

シェア・サービスの自転車台数と開始後1年間の一台ごとの月間平均利用回数 ENLARGE
シェア・サービスの自転車台数と開始後1年間の一台ごとの月間平均利用回数

 ワシントンD.C.地区自転車利用者協会(WABA)の広報担当コーディネーターを務めるコリン・ブラウン氏は、「わたしは毎日ヘルメットをかぶっているし、職場の誰もがそうしている」と述べた。しかし「公共政策としては良いアイデアでない。サイクリングの手軽さが制限されてしまう」と話した。

 WABAは、メリーランド州で数年前に全年齢にヘルメット着用を義務付ける法律が提案された際、それがもたらす利益より害の方が大きいと主張した。WABAは英国医師会雑誌(BMJ)に掲載された論文を引用した。オーストラリア、カナダとニュージーランドの一部でヘルメット着用を義務付ける法律が施行された後、頭部損傷は目に見えるほど減らなかったが、自転車の利用自体が20~44%減ったという内容だった。この研究は、法律が制定される前後の数年間を対象に調査した。メリーランドの法律は委員会で廃案になった。

 カリフォルニア州の自転車推進派は今年、全年齢を対象にしたヘルメット着用法が提案された際、同じような主張を展開して反対した。この法案が採決に持ち込まれることはなく、けがの研究に焦点を置くよう修正された。

 全米州議会議員連盟(NCSL)によると、ヘルメット着用を義務付ける法律は近年、ハワイ、ニュージャージーとミシシッピの各州でも棚上げないし廃案になった。テキサス州ダラス市は昨年、地元の自転車シェアサービス・プログラムが始まるのに先だってヘルメット着用法を修正し、大人を対象外にした。

1年前に始まったシアトルの自転車シェアサービス ENLARGE
1年前に始まったシアトルの自転車シェアサービス Photo: Pronto Cycle Share

 一部の自転車推進派や専門家は、運動不足の時代において、ヘルメット着用法が自転車という利便性の高い運動を邪魔すると指摘する。座っている時間の長いライフスタイルは、自転車の衝突事故よりも、静かだが広範な長期的悪影響をもたらし得るという。例えば慢性疾患を引き起こし医療費に何十億ドルもかかるといった影響だ。

 オーストラリア・マッコーリー大学応用財政学・保険数理学部のピエット・ドヨング(Piet de Jong)教授は、実際にヘルメット着用法のメリットとデメリットを計算した。同教授は12年に学術誌「リスク分析」に掲載された論文で、頭部損傷の減少と、サイクリングが減ることによる運動の減少で上がる有病率とを比較して考察した。

 その結果、同教授は「差し引きしてみると、(ヘルメット着用法には)健康上マイナスの影響がある」と結論付けた。専門家たちによれば、これは、職場に行ったり、買い物に行ったりするために自転車に乗る人が少なくないことが一因だという。人々はこういったサイクリングをやめる場合、その代わりに他の運動(ジムに通うなど)をするのではなく、車に乗ってしまう傾向があるからだ。

シアトルのシェアサービスはヘルメットを貸し出しているが、そうしたサービスはほとんどない ENLARGE
シアトルのシェアサービスはヘルメットを貸し出しているが、そうしたサービスはほとんどない Photo: Pronto Cycle Share

 これに対し、ヘルメット着用法の推進派は、潜在的に自転車に乗る人が減ることは、けが(致死性を含む)を防ぐ上で意味があると主張する。統計結果はまちまちだが、いくつかの研究では、ヘルメット着用が頭部ないし脳の負傷リスクを3分の2ないしそれ以上減らすことが示されている。小児科の学会誌「Journal of Pediatrics」に掲載された10年間にわたるデータの分析によると、自転車に関連した子どもの死亡率は、ヘルメット着用法のある州で約20%低かったとの結論が出ている。

 ヘルメット着用法の論議は極めて複雑だ。前出のWABAから発展し、いまなおWABAの一部である「自転車ヘルメット安全協会(BHSI)」は、ヘルメット着用法に関しWABAと反対に同法を支持している。

 BHSIによると、全米では21の州とワシントンDCが16歳未満の少年による自転車用ヘルメット着用を義務付けている。また約50の都市ないし郡は、全ての年齢層にヘルメット着用を義務付けているという。

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