4/93
◆4.少年の日を思い
少年は母子家庭だった。
少年の母親は毎日、残業続きの仕事。ただでさえ大変な子育てと仕事の両立は想像以上に困難で、日に日に精神は削られていった。
少年の母親は、綺麗な人だった。
しかし――――……。
◆
その日も少年の母は残業で、夜遅くに家に帰りついた。
「おかえりなさい」
8才になる少年は律儀に母の帰りを待っていた。
自分のために働いてくれる母にせめて温かい食事を。
「……いただきます」
毎晩だされる料理は、少年にしては、といわなくても素晴らしいものだった。売られていてもおかしくないレベル。
少年は家事に惜しみない努力をしたのだ。
母の負担を減らそうと。少しでも笑顔になってもらおうと。
褒めてもらいたくて。認めてもらいたくて。
しかし、どんなに頑張っても母に笑顔が戻ることはない。少年を褒めてくれることもない。
まるで少年がそこにいないように振る舞うのだった。
今日もまた、笑顔もなく、美味しいと言ってくれることもなく、土のような顔をしてベッドに入っていってしまった。
それでも、少年は母を責めることはしない。
少年だって分かっているのだ。母がどれだけ苦労しているかくらい。
少年は思いついた。
家事なんて誰にだってできる。少年自身がまだ力不足なのだと。
それから少年は更に努力した。
勉強、運動。
惜しみない努力をした。百点だって毎回とった。気づけば、大学の内容まで進んでいた。
家事だって欠かさない。
洗濯をして綺麗に畳んで、掃除をして部屋を隅々まで片付けて、毎晩美味しい夕食をつくって、百点のテストを見せて。
でも返ってくるのは「そう」
あまりにも短い、味気ない返事だった。
少年のかけた時間とはあまりにも釣り合わない短い認識。
それでも少年は母を責めることはしない。
そんなある日のことだった。
少年の母がついに倒れた。
即入院。原因は不明。
元々やせ細っていた母が、どんどん細くなっていく。
少年は、あきらめずに献身的につくした。
それでも母は少年をまっすぐ見ることはしなかった。
最期の日になる日。
珍しく自嘲的ながら微笑む母に少年は思わず聞いてしまったのだ。
「お母さんは、どうしてぼくがいやなの?」
少年にだって本当は分かっていた。
自分がどんなに頑張っても母が自分を見ようとしてくれないのは。
少年の母は更に自嘲するように、優しく微笑んだ。
「私は、その顔が憎いわ」
母にだって分かっていた。少年は悪くない。
むしろ感謝したかった。素直になれれば。
結局、八つ当たりだったのだ。
その顔をみるたび思い出してしまう、離婚した夫を。
自分をいまこんな目にあわせている奴の顔を。
「ごめんなさいね」
かすれる声で呟かれた母の声は、少年に届かない。
少年は病室を出て行ってしまったのだ。
次の日、はじめて少年は病室に行かなかった。
そして、見計らったかのように少年の母は息絶えた。
少年が見たことのない優しい笑顔をして。
「この顔がいけないんだ」
少年は、拳を強く握りしめた。
「この顔が……」
そして決意したのだ。
強く生きていく、と。
顔なんてなくても大丈夫なように。
◆
「……ゆめか」
息苦しさで目が覚めてしまった。
窓の外を見てみると、まだ薄暗く、早朝のようだ。
しかし、久しぶりに見たな。
……もう忘れたと思っていたのに。
自嘲君味に笑って起き上がった。
隣で眠る両親を起こさないようにまた慎重にベッドから降りて、廊下にでた。
「ふぁあ」
大あくびをして、向かう先は自分の部屋。
こんな夢を見たのも、昨日のことがあったからかな……。
ジョーン先生の話も、その話から想像できる思いも、俺が一度味わったそれにそっくりだったから。俺たちは似ているんだと思った。
だから、仲良くなれる気がするんだ。
年齢は遠く離れているけれど、それこそ親友と呼べるような仲に。そんな予感がする。
問題のある家からって聞いて、ちょっとどうなることかと思っていたけど、これは案外幸運だったのかもしれない。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。