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転生しちゃったよ(いや、ごめん) 作者:ヘッドホン侍

◆ゆったり幼児期

3/93

◆3.カテキョがやってくるらしい

 「ふんふんふふん、ふふんふん」

 俺は適当に鼻歌を口ずさみながらやたら長くて豪華な廊下を歩いていた。足が埋まるような柔らか絨毯にはいまだに慣れない。ねえ、これって土足で踏んでいいものなんですか。
 日本人は遠慮の文化なのである。そして俺の心は前世で培われた庶民のそれなのである。三つ子の魂なんとやら。庶民な俺に、この豪勢な絨毯はおそろしいものであった。
 と、そんなことはどうでもいい。
 今日は俺の父さんに執務室に呼ばれているのだ。普段昼間は父さんも母さんも忙しくて俺と顔を合わせる時間はあまりない為、こういう時間は珍しい。べ、別に久しぶりに遊んでもらえるかな、とかワクワクなんてしてないんだからな! 父さんに会えるのが嬉しいなんてこともない。
 え? 鼻歌? こ、これはあれである。ほら、厳しい修行を行う前に念仏を唱える僧、的なあれである。

 そういえばお披露目会はどうしたって? 聞くなよ。なぜか俺がステージ場に上がった瞬間にざわめきが起こってだな。それに動揺し、まんまと台詞をかんだわけである。
 そしてまたざわめく会場。
 きっとなんでこんな台詞を噛むような平凡な小僧がわざわざ3歳という早めの年齢でお披露目会をしているんだとびっくりされたに違いない。父さんはなんて親馬鹿なんだと驚かれたに違いない。
 思い出したら溜息が出てきた。もう金輪際あんな表舞台にでるようなことはないと思うからいいけど。……これってフラグですかね。
 いやだよ。全力で逃げるよ。書庫に行くために乳児期から磨いてきた俺の隠密能力舐めんな。

 そんなことを考えながら廊下をもふもふ歩いていくと、突き当たりにたどり着いた。そこにどどんとある大きな木製の扉が父さんのお昼の生息地、執務室である。
 いつ見てもクソでかい扉だな。首を捻じ曲げて見上げないと視界に一番上が収まりきらない大きさである。
 軽くノックをすればすぐに入室の許可の声が聞こえる。父さんの声だ。
 執務室の中には書類のビル群が立ち並んでいた。はじめてきちんと正面から入った執務室の風景がめずらしくてついついキョロキョロと視線を動かしていると、父さんに笑われてしまった。

「「おう。……ウィル、そんなにキョロキョロしてると首がもげるぞ」
「もげないよ!」

 そんなにキョロキョロしてないはずだ!
 まぁ、たしかに本棚の魔導書とかに思いっきり心ひかれたけども。
 ……最近、身体の年齢に引っ張られすぎだな……気をつけよう。

 思わず膨らませていた頬を戻した。

「で、どうしたの?」
「あぁ、それなんだが、ウィルにそろそろ教育役をつけようと思って」

 父さんの話によると、通常5歳くらいからはじめる貴族としてのマナーや常識、国の動向、文字や計算やらなんやらの勉強のための家庭教師をつけることにしたらしい。最近の俺の学びたいアピールがやっと効いたようだ。
 うん、疲れるんだよ、3歳児らしく学びたさを表現するのは。
 勝手に本を読んで知識をつけてもよかったんだが、どこで知ったとか聞かれたときの辻褄あわせに困るということで、この展開を狙っていたのです。
 当然「いよっ! 待ってました!」と言わんばかりの勢いで賛成しましたよ。

「でも、ウィル。勉強したいだなんて急にどうしたんだ?」

 俺の意思は父さんにバッチリ伝わっていたようで理由を聞かれてしまった。
 知識欲、というのもあるんだが、第一に本当は理由があるのだ。
 俺は俯いて絨毯をじっと見つめる。顔に血が上っているのが自分でもわかるくらいだ。きっと俺は今真っ赤になっていることだろう。

「……とうさんいそがしいでしょ? ぼく、べんきょーして、てつだいたいんだ」

 父さんに感涙された。

 かなりこっぱずかしかったけど、忙しそうな父さんは俺の誇りでもあって、純粋にその手助けをしてみたいと思ったのは事実なのだ。
 顔は平凡だけど、こういうのをカリスマ性っていうのかな……。
「ありがとうな、ウィル」
「あったりまえだよ!」
「ああ、ありがとう。ウィル。それでな、その教育役なのだが」

そこで父さんが少し表情を曇らせた。

「うん。なにかあるの?」
「いや、本人はどうかわからない。……が、この間の誕生日会に来ていた奴で是非にと言われてしまってな」

 父さんにしては珍しく口を濁した。

「王城に勤める学者というか研究者で……悪い奴じゃないんだが……恐らく……」
「へんくつなの?」

 たまらず口を挟んだ。

「いや、まぁ……偏屈。偏屈、なのかな。ヴェリトル子爵の次男なんだが、家は捨てたというし……すまん、父さんにも突然の申し込みすぎていまいちまだ分かっていないのだが、そのジョーン=ヴェリトル本人の熱望とのことで城の世話になった奴に言われてしまってね」
「……ヴェリトルししゃく?」
「いや、まぁ、……重税と浪費、といえばわかるだろうか」

 ……わかってしまいました。

 思わずジト目で見ていたのだろう。父さんはやけにあくせくしながら「いや、あの人がいくら本人が言ったって変なやつは……」とか呟いて目を泳がせていた。

「ふーん……?」

 俺はそれだけ呟き返して、笑顔で父さんをみた。
 きっとその『お世話になった人』って……どうあがいても父さんが頭の上がらないようなひとなんだろうな……。まあ、俺は学べればいいわけだし。我が儘も言ってられんよな。

「わかったよ、とうさん」

 父さんは救われたような顔をして俺の手を握った。

「おお、がんばってくれ!」

 とりあえず、俺の学びの道は前途多難なようです。











 というわけで、教育役――いわゆる家庭教師が来る日となったわけなのであるが。
 俺は今非常に驚いていた。
 俺と机を挟んで対面には黒髪を緩く後ろで束ねた、黒い綺麗な瞳をした美形の男が座っているのだ。ふわりと微笑んだその姿は非常にイケメンであった。そして足が長い。くそぅ。
 お、俺だって将来は……!
 彼とは応接室で父さんとともに話し合い、俺の部屋に招くことになったのだが、そう。この彼が家庭教師なのである。
 悪徳貴族の家出身だと聞いていたから肥えたプライドの高そうな男が来ると思っていたら、この目を輝かせる細身のイケメンがやってきたわけである。俺が驚くのも無理はないだろう。
 そして、そのイケメンはさきほどまで父さんの前で、ヒーローショーを見ている少年のように目を輝かせていたのに、この部屋に入ってからはなぜか顔を強張らせている。釣り目気味なところと相まって、正直、かなり怖いです。

「……あのー」
「あ、すみません。何分、緊張してしまいまして。御存知かと思われますが、ジョーン=ヴェリトルです。今後、教育役を務めさせていただきます」

 おそるおそる話しかければジョーン先生は強張らせていた顔をはにかませた。

「はい。よろしくおねがいします。ぼくはウィリアムス=ベリルです。ウィルとよんでください」
俺がそう言って頭を下げれば、なぜか驚いた顔のジョーン先生。何か俺変なことしたかな?
考えても何も思い浮かばないので気にしないことにした。とりあえずこういうときは次の話題を探そう……。

「あの、ヴェリトルさまのことはなんとおよびすればいいですか?」

 ジョーン氏は驚いた表情から、気さくな笑みを浮かべた。

「お好きにお呼びになってください。ただ……」

 そこで苦笑するような、イタズラするような顔になる。

「ヴェリトルはお止めください」

 あぁ、そうか。

 俺はここに来て漸く確信した。この人は、文字通り、本当に家を捨てたのだな、と。
 俺が今のところ感じられるのは誠実さとか紳士な人とか悪い感じはしない。それに、媚びを売っているような雰囲気もなかった。
 少し犬っぽいところがある……。
 まぁ……連戦連勝の、もの凄い狸、という可能性も否めないが……。

 直感的に、この人は悪い人でないと思った。

 少し嬉しくなって、満面の笑みを浮かべた。

「では、ジョーンせんせい。で、いいですか?」

 うむ、カテキョと言ったら無難に先生、だろ。

「はい、よろしくお願いしますね」

 そう言って、ジョーン先生も満面の笑みを浮かべてくれた。

 ……なんていうか敗北感。
 うん。
 美形なんだよ、イケメンなんだよ、メガネで秀才でイケメンとか。
 それで紳士とか……。

 緊張していたのかもしれない。改めて顔を見てみると、やっぱり第一印象通りイケメンだった。
 この世界に生まれてからはじめての黒髪黒目の人で親しみも持ててしまう。

 くっ……羨ましい。

 いいんだ! 俺だって将来は顔は平凡でもモテてやるんだから!

「ところで、ウィル様」

 思考の涙の波に溺れかけていた。ジョーン先生の声で引き戻される。

「さまはやめてください、ジョーンせんせい」

 さっきから堅苦しいんだもの!
 これから長くカテキョとして付き合っていくなら、堅苦しいと肩凝ってしまうよ。
 あ、ダジャレとかじゃないんだからな、寒いとか言わないそこ! たまたまだ、たまたま。

「……では、ウィルさん……」
「くんがいい」
「……えー……それは……」
「せんせいはぼくのせんせいなんだからいいんです!」

 じれったくて思わずぷくりと頬を膨らます。
 少し困り顔の先生だったが最終的にはウィル君と呼ぶことを了承させたぜ。

「あ、それで。どうしたのでしょう、ジョーン先生?」

 さっき話しかけられていたことを思い出し、切り出す。
 ジョーン先生は真剣な表情になった。

「いえ、つかぬことをお聞きしますが、3歳で教育役をつけるというのは随分と早いですよね。自分から希望を出しておいてなんですが、それもキアン様の方針かなにかなのでしょうか?」

 この人は父さんのことを話すとき、やけに瞳が輝いている。
 純粋に父さんに憧れているのだろう。
 俺だって、顔を除けば、父さんは人生の目標で憧れだし。

 しかし、期待を裏切るようで悪いのだが……。
 少し苦笑しながら言った。

「いや、こんかいのことはぼくがとうさんにたのんだのです」

 すごく驚いた顔をされた。

 ……うん、ごめん、期待裏切って……。
 でも先生だって俺の予想裏切りまくったんだから俺に罪はない。

「ウィル君が……? それはまたどうして。失礼ながら、ウィル君の年齢であると、まだ皆、遊ぶことしか考えていないと」
「ぼくは、なにもしらないんです。とうさんがいそがしそうにしているのはただなんとなく、ほこりであこがれなんです。でも、ぼくには、なにもできない……」

 俺はイタズラっ子のような目を先生に向けた。

「……いっちゃなんですけど、ぼくはくやしかったんです」

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