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お嬢様の初恋
二人が魔族の巣窟に姿を消した後、キャロルとリリアン、そしてゴールドの忠実なるボディガードの三人は橋の上から奈落を見下ろしていた。
ここの橋は全長二百メートル、つまり、土台となっている隣の遺跡までの距離がその長さだという事だ。
幅二百メートルの延々と続く漆黒の奈落は、この朝日のもと、橋の上から見下ろしても全身が総毛立つ。もちろん既に数百メートル下に降りる二人の姿は闇に阻まれ。わずかな姿でさえも見受けられない。
「死なないでよね」
バイクを端に止めながらキャロルは呟いた。
もうこの際ゴールドはどうでもいい。ハルトもどうでもいい………と言いたい所だが、そうはいかない。何せハルトはキャロルの雇い主で、何よりも、『ハルト』は『レニ』だ。「死なないでよね」というメッセージも『レニ』に対しての言葉である。
キャロルの隣には両膝を付き、天に祈りを捧げているゴールド専属のボディガードの姿があった。
「どうかゴールド様をお守り下さい。私はまだ今月の給料をもらっていません。天に召し上げられるのならばせめて私の給料を支払ってから…………」
橋を渡る人々の雑踏に混じって聞こえて来た祈りの言葉を、さりげなく流しながらひたすら奈落を見下ろし続けていると、同じく下を見下ろしているリリアンが申し訳なさそうにキャロルに声を掛けた。
「あの、ご免なさい」
「え? 何で謝るの?」
「何でって…彼氏さんをあんな危険な…」
「ちょっと待ったあぁぁぁ!」
予想だにしなかった台詞にキャロルは声を張り上げた。
「彼氏? は? 彼氏って誰? え? まさか、ハルトの事?」
「違うんですか? とても仲良く……」
「はあぁぁぁぁ? 有り得ない! マジで有り得ない! マジマジマジマジマジで」
そう叫ぶとキャロルは慌てた様子でコートの内ポケットから漆黒のカードを取り出し、リリアンの顔の前に提示した。
「アシスタンスSS?」
「そうよ! そう! あいつはただの狩人で私はただのサポーター。彼氏って、マジやめて。マジでシャレになんないから」
提示されたカードをしばらく眺めるとリリアンは「そうなんですか」と呟き、おっとりとした笑みを向けた。
「ハルト様とは、そんなご関係じゃないんですか」
「そうよ! そうそう! そ…………」
しばらくしてキャロルは「ん?」と首を傾げた。
「ハルト…様?」
育ちがいいから様付けなのかと思ったが、ゴールドの事は「ゴールドさん」と読んでいた気がする。よく見るとおっとりとした微笑を浮かべるリリアンの頬がうっすらと赤く染まっていた。あまり考えたくは無い。考えたくは無いが……
この顔は恋する乙女の顔だ。
(変態ゴールド、あんたが惚れたお嬢様は、ハルトに惚れたわよ)
心の中でそう呟きながらキャロルは再び奈落を見下ろした。この下では口だけ狩人ゴールドが必死で頑張っている。惚れた彼女のために………恋敵と一緒に………人事ながらそう考えると涙が出るほどに哀れだ。
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