乱用処方薬トップ5発表

 先日、興味深い報告があったので、睡眠薬・抗不安薬の負の側面を引き続き取り上げる。前回は、規定量でも長く飲むと生じかねない様々な問題を指摘したが、今回は、医療機関の受診をきっかけに引き起こされる処方薬乱用の問題を考えてみたい。

 下記のリストを見ていただきたい。覚醒剤や危険ドラッグの使用者を含む薬物関連精神疾患(急性中毒、有害な使用、依存症、精神病性障害など)の患者が、乱用した経験がある処方薬トップ5を示している。不適切な使用を招きやすい処方薬トップ5と言い換えることもできる。国立精神・神経医療研究センターや東京大学などの研究者が、厚生労働省科学研究費補助金を受けて2014年に行った「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」の最新報告書から抜き出してみた。

エチゾラム(デパスなど)120例
フルニトラゼパム(ロヒプノール、サイレースなど)101例
トリアゾラム(ハルシオンなど)95例
ゾルピデム(マイスリーなど)53例
バルビツレート含有剤(ベゲタミン)48例


 この調査は、薬物関連の精神疾患を患い、精神科病床のある全国の病院で通院か入院の治療を受ける1579症例を分析した。担当医が患者を面接して回答。その結果、患者が主に使用する薬物は、覚醒剤、危険ドラッグ、処方薬(睡眠薬・抗不安薬)、有機溶剤、大麻の順で多く、乱用経験がある処方薬は、リストの順位となった。調査をまとめた国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部の精神科医、松本俊彦さんは「以前から問題が指摘されていた薬ばかりで、ほぼ不動のトップ5といえる。薬物乱用者の間では、これらの薬は『ブランド化』している」と話す。


 1位のエチゾラム(チエノジアゼピン系)は、ベンゾジアゼピン系のような依存性が知られている。適量を、使用期間を決めて処方すれば問題は避けられるはずだが、漫然、安易な投薬が事態を深刻化させている。この種の薬の影響は個人差が大きく、悪影響が出にくい患者がいる一方で、「(この薬を飲むと)何とも言えないふわふわした感じになり、苦しさを忘れられる」などとして、不適切使用を続ける人もいる。一時的であっても現実逃避したいという欲求から、乱用する人がいるのだ。

 エチゾラムの適用症は、神経症による不安、緊張、抑うつ、睡眠障害をはじめ、うつ病による不安、緊張、睡眠障害、さらに頸椎けいつい症、腰痛症、筋収縮性頭痛における筋緊張や抑うつなど数多く、後発品の多さもあって、日本では頻繁に処方されている。調査報告書は「この薬剤は向精神薬指定がなされていないために長期処方が可能であることから、(中略)きわめて入手が容易である」「すべての診療科の医師に対して注意を喚起する必要がある」としている。海外ではあまり使われない薬なので問題が国際化せず、向精神薬指定が行われていないのだが、早急な対策が必要だろう。

 2位のフルニトラゼパム(ベンゾジアゼピン系)は、「デート・レイプ・ドラッグ」(飲ませて昏睡こんすい状態にして性的暴行を行う)として知られ、厳しい規制をかけている国が多い。米国などへは、海外旅行で持ち込もうとすると罰せられる恐れがある。3位のトリアゾラム(ベンゾジアゼピン系)は、依存性が以前から知られている。日本でもこの薬の催眠作用を悪用した事件が起こっている。4位のゾルピデム(非ベンゾジアゼピン系)も習慣性が以前から指摘され、「麻薬及び向精神薬取締法」の向精神薬指定を受けている。

 5位のベゲタミンは、抗精神病薬のクロルプロマジンと、睡眠薬や抗てんかん薬として使われるフェノバルビタール、さらに抗ヒスタミン作用があるプロメタジンを合わせた配合薬。1957年に発売された古い薬で、日本だけで使われている。鎮静作用の強さから「飲む拘束衣」などの呼び名があり、過量服薬すると死亡する恐れがある。この薬を多く飲んで長く意識を失い、筋肉の一部が壊れて血中に溶け出す横紋筋融解症を起こして死にかけた人を複数取材し、記事にしたこともある。


 このような危険性から、ベゲタミンは処方しない医療機関が増えているのに、現在もランキング5位に入るのは不思議だ。薬一辺倒の治療で睡眠障害がこじれ、処方薬依存に陥り、だめ押しのようにベゲタミンが処方される。仕事ができなくなって生活保護に追い込まれ、過量服薬して我を忘れる。私が取材したケースは、みな同じような経緯を辿たどっていた。不適切な治療が、社会的損失を増大させている。

 薬物関連精神疾患の治療の実際や課題は、医療ルネサンスの「薬物依存」(2012年12月)や「処方薬への依存」(2013年8月)などを参考にしていただきたい。もし体が空けば、改めて詳しく取り上げたいテーマでもある。


患者の85%が精神科で乱用薬入手

 覚醒剤や危険ドラッグを含む薬物問題では、使用する側も批判されがちだが、処方薬の不適切使用の多くは、医師の安易な処方から始まっていることを忘れてはならない。医師の「薬物処方依存症」を社会の力で「治療」しなければ、問題は解決しないのだ。

 今回の調査では、過去1年以内に主に処方薬を乱用した患者の85%が、精神科医療機関で乱用目的の薬を入手したことも分かった。薬物関連の精神疾患を見抜けず、病気を更に悪化させる薬を処方してしまうのが、他ならぬ精神疾患治療の専門家だというのだから病根は深い。

 2010年と2012年の同様の調査でも、精神科での入手率は約75%と報告されており、「乱用薬は内科医などが出している」との精神科医の言い分は通じなくなった。最近は適正処方の機運が高まったはずなのに、今回、更に10ポイントも上昇したのはなぜか。内科などの診療科が睡眠薬や抗不安薬の処方に慎重になる一方で、精神科は相変わらずの処方を続けているということなのか。研究者らは調査報告書で「この数年のうちにマスメディアによる薬物療法に偏向したわが国の精神科医療批判、あるいは、厚生労働省によって2014年10月より実施されている、3剤以上の睡眠薬・抗不安薬処方制限などがあったことを考えると、今回の調査結果は意外であった」と嘆いている。

 不安や不眠などのよくある不調で精神科に通ううちに、薬漬けにされ、処方薬が原因の精神疾患に陥っていく。そうしたマイナスの流れが弱まるどころか、強まったようにも見える今回の結果には慄然りつぜんとする。調査報告書は「精神科治療において安易に睡眠薬・抗不安薬を処方しないように、引き続き啓発に努めていく必要があろう」と、この項目を締めくくっているが、馬耳東風の精神科医たちを、どうしたら啓発できるのだろうか。

佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。神戸新聞社の社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、静岡支局と甲府支局を経て2003年から医療部。取材活動の傍ら、日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会等の学会や、大学などで「患者のための医療」や「精神医療」などをテーマに講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)、『精神保健福祉白書』(中央法規出版)など。

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2015年3月17日 読売新聞)

佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」   一覧はこちら

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