会社の不祥事に対して深々と頭を下げる経営者、そしてそこに眩しいばかりのフラッシュがたかれるシーンはごく当たり前の光景と化してしまいました。いや、それはもっと進化しているかもしれませせん。メディア、マスコミの報道内容にクレームが来るのは当たり前、個人のブログも日夜炎上しています。東芝の臨時株主総会は3時間50分という記録的長さでしたが、特に注目しているのは質問者が23名、43回に及んだということでしょうか?

クレームする側から見ると昔は「クレーマー」なる奇人扱いされるケースもありましたし、土下座を強要したりウソのクレームで「戦利品」を勝ち取ったという事件も発生しています。が、一般的にはクレームの質と粘着性気質が向上しているようであり、自分の名を明かし、人前で堂々と持論を展開する正真正銘のクレームが増えてきた感じがします。これがよいのか悪いのか、クレームする側の意図は何か、それぞれ違うでしょう。その会社を愛しているが故のクレームもあれば東芝の総会で見られた「株価下落に伴う損失へのクレーム」といった損失補てんを求めるものまで様々でしょう。

もう一つはネットという武器がクレーマーからすれば極めて大きな戦力となり、「聞きたくない話」を瞬く間に広げることができるのであります。こういうのを溜飲を下げると言うのでしょうが、私はこれは日本企業、特に大企業にとって成長へのチャレンジを阻むことになりやしないかと心配しています。

大企業は数千人、数万人という社員の組織体でありますが、そのDNAは全員違います。人の能力は伸ばしてなんぼ、と言いますが、大企業の場合はもともとチームワークを重視するため個性を重んじません。マニュアル通りの指示されたことをその通り、あるいは目標以上達成することに最大の期待感を持ちます。先日の中国の抗日パレードでピタッとそろった行進に違和感を持った人もいると思いますが、日本の大企業も考え方もほぼ同じ、足並みをそろえ、個性を出させないことに注力しています。

その上、最近はちょっとしたことでクレームが起き、ネットなどで拡散しやすくなっているため、社員の行動監視がより厳しくなってきました。つまり、個性を完全に打ち消し、コンプライアンスに反することは徹底して潰すわけです。ならば日本人が大好きな名刺の「名」とは会社名と部署名と肩書だけでそのあとに続く個人名はいらないのではないか、ということにならないでしょうか?

最近ドラマで銀行や警察といったお堅い組織に於いて破天荒な行動でぎゃふんと言わせるものがヒットしているようですが、それぐらい一般人はストレスをため込んでいるともいえるのです。

裏返せば、厳しい管理体制故、日本企業に創造性が足りないと言われる原因を作ってしまっているのであります。ビジネス専門紙でも大企業は新興企業に学べといったたぐいの記事を散見しますが、新たなる「大企業病」で血栓ができてしまった状態をどう治癒していくかという極めて重要なテーマを抱えているともいえそうです。

ではどうするか、ですが、会社を部門ごとに独立させるなど、本体と実業部門を何らかの形で分けてしまうのは有効な手段だと思います。特に大企業は海外を含む買収を繰り返し大きくなっていますが、そのことを一般社員に聞いても「さぁ、担当が違いますから」としか答えが返ってきません。同じ会社名の名刺を持っているにもかかわらず全く興味がないその姿勢ならば会社を全部分け、自分事業の隅々まで知り尽くし、パッションを持てるような体制にし直すべきだと思います。

コンプライアンスとは上から目線で厳しく取り締まるのではなく、社員ひとり一人がその意味を考え一丸となることではないでしょうか?組織体のみが巨大化する日本企業に本当の成長が期待できるのか、大きなハードルが待ち構えているように感じます。

では今日はこのあたりで。

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また明日、お会いしましょう。