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アーニー・パイル劇場で上演されるのは、基本的に「レヴュー」です。これは、歌ありダンスあり、簡単なミュージカルありといった、いわば「総合音楽ショー」ですね。前回お話したように、オーケストラの音楽監督は紙恭輔(かみ・きょうすけ)さんでしたが、最初のうちは、アメリカから指揮者が来て振っていました。
■とにかくハイレベル!
とにかくアーニー・パイル劇場では、レベルの高い音楽が演奏されていました。アレンジャーも、最初は、なんとかワトソンという、沖縄から来た軍服姿のアメリカ人がやっていましたが、なんといってもハーモニーがちがうんです。テンション・コードの「ナインス・フラット」、「セブンス・マイナス・ファイヴ」……とにかく複雑だったけど、演奏してみると、抜群にカッコイイ。すでに、ニューフェローズやビーバップエースで、それなりにジャズは身につけていたつもりだったけど、ここのは、まったくレベルがちがいましたね。
僕の場合、芸大で、橋本國彦先生にジャズ理論の基本を教わった経験があったから、なんとかすぐに受け入れられたけど、あれ、まったく初めての日本人にとってはビックリ仰天だったんじゃないかなあ。しかも、そのときの出し物やオケのメンバー構成に応じて、その場で、どんどんアレンジを変えちゃうんだ。その臨機応変ぶりにも驚いた。ほんとうに勉強になった。後年、殺人的な量のアレンジをこなせたのは、アーニー・パイル劇場での経験のおかげだと思っている。
オーケストラは、大型ビッグバンドに、ヴァイオリンが何本か入った、一種の「ポップス・オーケストラ」でした。ミュージカルをやるときなんか、ホルンまで入れるんで驚いた。
プレーヤーには、ほんの少しだけど、本国から来たアメリカ人もいた。
あいつら、とにかく「鳴る」んだ。驚いたねえ。ラッパなんか、先から何か出てくるんじゃないかと思うほどの勢いで、ビュ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッと、いつまでも音を伸ばしている。いままで僕たち日本人だけでやっていたジャズは、何だろうと、目からウロコが落ちましたよ。スピード感なんかも、全然ちがう。
ミュージカルでは、≪スウィート・チャリティ≫や≪オズの魔法使い≫なんかも演奏しましたよ。
でもねえ、楽器演奏では、なんとか頑張ってアメリカさんに対抗していたけど、「声」だけはダメ。いくら日本人の歌手が頑張っても、向こうの歌手にはかなわない。もう歌手が2人いたら、必ずデュエットですからね。2人そろってユニゾンなんて、絶対にない。日本人の声が、いかに悪いかも痛感したね。
■錚々たる日本人メンバー
プレーヤーの日本人には、いろんなメンバーがいました。
BP読者ならご存知、トロンボーンの河辺公一さん。コンクール課題曲≪高度な技術への指標≫≪シンフォニック・ポップスへの指標≫などでおなじみでしょう。これらの曲は、どれもド派手に始まって、いろんなジャズやポップス調が、次々と休みなく登場するでしょう。あれがまさに、アーニー・パイル劇場のレヴューの雰囲気です。
サクソフォーン奏者の阪口新(さかぐち・あらた 1910〜97)さんなんかもいたんですよ。これ、驚くひとがいるんじゃないかなあ。なにしろ日本のクラシック・サクソフォーンの草分けで、のちに芸大の名誉教授にまでなったひとですからね。たぶん、どこの学校吹奏楽部にも、全音の『サクソフォーン教則本』て、1冊くらいはあるでしょう。あれを書いた先生ですよ。日本のサクソフォーン奏者は、師匠筋をたどっていくと、全員、最後はこのひとにたどりつくはずです。
たしか、阪口さんは、僕がどこかから引っ張ってきたんじゃなかったかなあ。
当時は、バンス(借金前借り)しているミュージシャンが多くてねえ。そういう連中を探しては、どんどん引っ張り込んでいた。不思議なもんで、余裕の収入でやっているやつより、バンスのあるやつのほうが上手いんだ。
N響でトランペットを吹く金石忠夫もいた。このひとの名前も、金管楽器経験者だったら、教則本や入門書の著者として、よく見た名前のはずですよ。
第9回でも紹介した、芸大で一緒だったトロンボーンの山本正人もいた。
そうそう、芸大の入試で一緒にトランペットで受けた2人も入ってきた。そのうちの1人が、課題曲≪アイヌの輪舞≫でおなじみ早川博二だということは、お話しましたよね。
こうしてみると、戦後、日本の吹奏楽を築いたひとたちの多くが、アーニー・パイル劇場出身であることが、わかると思います。
■紙恭輔さん登場
公演は、1週間単位で入れ替わることもあれば、人気次第で2週間くらいつづけることもあった。いちばん長いので、20日くらいつづけたこともあった。
第11回で、占領軍の施設で演奏するには、オーディションに合格してランク付けをしてもらわなくちゃならない話をしたでしょう。アーニー・パイル・オーケストラも、もちろん、オーディションを受けていました。ランクは、いつも最上級の「SA」。要するにここのバンドは、当時、日本で最高レベルのバンドだったというわけです。
公演が入れ替わるときは、真夜中に練習するしかない。だって、毎日、昼間から公演してたんだからね。特にこのころは朝鮮戦争が始まっていたから、日本はアメリカ兵であふれかえっていた。朝鮮半島に行くアメリカ兵は、みんな、日本の基地から行っていた。だから、夜だけやってたんじゃ、客が入りきらないんだ。
そのうち、日本人だけでも何とかこなせるようになってきて、アメリカ人はいなくなってきた。
そこへやってきた音楽監督が、紙恭輔さんです。
前回お話したように、神さんは、N響系のポップス・オーケストラ「東京放送管弦楽団」(東管)で指揮者兼アレンジャーをやっていました。しかも、これも前回お話したように、日本のジャズ・ミュージシャンの草分け。彼のおかげで、アーニー・パイル・オーケストラは、ますますレベルが上がっていった。おそらく、日本で最初の、それなりのレベルを誇るジャズ・バンドといっていいんじゃないでしょうか。ただ、それを普通の日本人が聴けなかったもんだから、一般には、まったく知られなかったのが残念ですね。
僕も、ずいぶん紙さんのアレンジを請け負いました。いわば「ゴーストライター」ですね。これもまた勉強になりましたよ。すでに、アメリカ人のベテラン・アレンジャーがやっていることなんか、当たり前のように身につけていましたからね。
実は紙さんは、前回も少し触れましたが、昭和の初期に、アメリカにジャズ留学してるんです。「昭和の初期」ですよ。僕がまだガキだったころの話です。確か、南カリフォルニア大学に通ってたんじゃなかったかな。そこで、ガーシュウインやグローフェ、ポール・ホワイトマン系の「シンフォニック・ジャズ」に、直接触れてるんです。日本で、見よう見まねでジャズをやってたわけじゃないんですよ。まさに「筋金入り」。だから、生半可なアメリカのミュージシャンなんか、かなわないほど、アレンジがうまかった。
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▲劇場返還後も、オーケストラ活動はつづいた
(最後列左端のトランペッターが岩井氏。指揮は紙恭輔) |
■アーニー・パイル劇場返還
ここで、紙さんのアレンジを手伝いながら、オケ・ピットの中でトランペットを吹く毎日だったわけですが、夜になると、相変わらず、GHQのトラックに詰め込まれて、キャンプをまわって朝まで演奏するなんてこともやっていました。
そんなアーニー・パイル劇場ですが、昭和27年、日本に返還され、もとの「東京宝塚劇場」に戻ることになりました。これによって、オーケストラもクビ。
しかし、それなりのプレーヤーが集まっていたから、このまま解散するのももったいないというので、名前だけ「紙恭輔とアーニー・パイル・オーケストラ」のまま、米軍キャンプをまわる仕事をつづけました。
そのうち、あるドラマーが僕に声をかけてきた。新しいジャズをやりたいので、ぜひ参加してくれという。スカウトですね。
そのドラマーの名はフランキー堺。
昭和28年のことでした。
【つづく】
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Syncopated March "Asuni-Mukatte"
2. ポップス・オーバーチュア「未来への展開」 【4:42】
Pops Overture "Development toward the Future"
3. ポップス描写曲「メイン・ストリートで」 【5:01】
On Main Street
4. ポップス変奏曲「かぞえうた」 【5:09】
Pops Variation "Kazoeuta"
5. ポップ・コンサートマーチ「すてきな日々」 【4:24】
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6. Jump Up Kosei 21 【7:46】
7. 詩曲「渚の詩」 【8:50】
8. 響きかぎりなく 【7:02】
9. あの水平線の彼方に 【11:38】
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