[PR]

■中国経済―私の視点

 ――中国経済の悪化を示す指標が発表されるたび、世界の市場が揺さぶられています。

 「中国経済は投資に依存した高成長から、成長率を意図的に落としてでも人々の暮らしや環境に配慮した成長のスタイルに変わっていかなきゃならない、というのは私の持論でした。政府もそう考えているし、今、その過程にある。ただ、世界的な経済の周期と重なって厳しい状況です」

 ――米国が金利を引き上げる過程で、中国をふくむ新興市場からお金が流出するのではないか、と心配されています。

 「悪いことが起きそうだと市場の参加者が予測すると、それを先取りして市場が実現していくような……」

 ――今夏の中国の株式市場の混乱をどうみていますか。高さんは90年代初め、中国が株式市場を立ち上げるにあたって、ニューヨークの法律事務所から戻って加わり、中国証券監督管理委員会の副主席まで務めました。また昨年2月まで中国国家ファンド中国投資(CIC)の初代社長でした。監督者と投資家の両方の立場を経験していますね。

 「中国は未熟な個人投資家が多く、ばくち好きだから、中国の株式市場は常に経済実勢とは違う動きをする。そんな文化的な角度から解説する人がいます。私は同意できませんね。政府の監督や管理に問題があるのです。とくに、中国は資金の出入りがまだまだ規制されていて、株式市場は他国の市場と連動しない。同じ管理されているとはいえ(人民元の)為替相場とは違います」

 ――他人のせいにできない、と。昨年末からの利下げで金融市場に供給されたお金が、不動産市場がぱっとしないなかで、投資先を求めて株式市場へ流れ込みました。上場企業に国有企業系が多いとか、企業の情報公開が不十分だとか、インサイダー取引が絶えないとか、90年代初めに上海と深圳に証券取引所が開かれて以来、問題点が山積しています。両取引所の合計の時価総額は、東京の2倍近い規模なのですが。

 「今夏でいえば、監督部門に明らかに問題がありました。経済成長が減速するなかでも、監督部門のトップ、中国証券監督管理委員会主席が自ら、『改革牛市』と強気相場をはやしていた。ありえないことです。監督部門はある意味、経済の警察みたいなもの。公平で透明でなければなりません。それが市場のプレーヤーのようになっていた。上がりすぎた相場を抑えようと規制し、いったん下がり始めたら、今度は買い支えに入った。(業界団体経由とはいえ)何十もの証券、金融会社に株を買わせた。当然ですが、買い支えの指示があればその情報をこっそり家族や知人に流し、先に買ってもうける輩もでてくるでしょう。インサイダー取引を誘発するようなものです。『暴力救市』と呼ぶ人がいるほど、政府の『見える手』が駆使されました」

 ――その後、証券関係者が取り調べを受けたり、捕まったりしていますね。

 「(公安部門とはべつに)専門家や学者らを集めた独立性の高い組織をつくって、調べるべきです。監督部門が身内を調べても正しい答えはでない。いったい、この局面で何がおきたのか。そうした検証をしないから、取引は不明瞭なままで、健全な市場が育ちません」

 「企業が銀行からの融資に頼らず、資金を調達する手段として、人々の投資先として、また、中国が海外から投資をうける手段としても、健全な市場はますます必要になっています。株式市場は西側の資本主義経済がうんだ経済を発展させる道具です。機関銃のようなものともいえます。悪者の手に落ちれば殺人の道具になり、良い人の手に渡れば人々を守る道具になる。中国は30年前から徐々に育ててきましたが、果たして今、どちらでしょうか」

 ――たしかに、株式市場に対して、中国当局の「手」は見えすぎていました。

 「もちろん、急落したときのパニックを止めるためには政府は動かなければなりません。政府がどこまで市場に手を出すかについては、中国の専門家の間でも議論が分かれるところではあります。ただ、私は政府が自らの手で市場をどうとでも動かせるという自信は間違っていると思います」

 ――この問題は、証券市場にとどまりませんね。

 「(市場の機能を重視した改革派の重鎮)呉敬璉先生は政府に対して『手をしまって、ぶらぶらしていなさい』と言っていますよ」

 ――政府は余計なことをするな、という意味ですね。 

 「中国が改革開放に踏み出してから30年、市場経済をどう位置づけるか、ずいぶん長い議論がありました。(習近平(シーチンピン)政権下で2013年秋に開かれた今後の政策を決める重要会議)三中全会で『市場を使って資源の配置を決める』という方針を出したのは非常に大きな一歩でした。あれを読んだときには、興奮しましたよ」

 ――お金、土地や労働など経済の資源の分配に、市場の力をより取り込む、という方針ですね。日本をふくむ外国の企業や識者もたいへん期待しましたが、国有企業改革を筆頭にどうもあまり進んでいないという評判です。政府は手を放すのが怖いのでしょうか。

 「違います。怖いのではない。規制によって得をしている利益集団が阻んでいるのです」

 ――既得権益層の壁、と。

 「分厚い。地方政府にも中央政府にもどこにもいます。これを打ち破れないでいる。朱鎔基(チューロンチー)首相の時代に減らした規制や権限が反転し、増えているのです。奇妙な話です。それに明確な規定をなくしていても、口ではやっていいよ、といいながら、実際はやらせないこともたくさんある。そこになんらかの利益があるのです」

 ――中国経済の先行きでもっとも心配していることはなんですか?

 「三中全会で決めたことをきちんとやれば、中国経済は2年ほどで安定してくるはずです。かつての投資に依存した高成長は持続可能性に乏しいので、改革を進めながらスピードをむしろ落とすべきだと思っていました。(CICの会長だった)楼継偉・財務相もそうです。もっとも大臣として会見で、5%台だってかまわないと言ってしまったのはちょっとまずかったかもしれませんね。数字が一人歩きしてしまいました。でも、本音だったと思います」

 「彼は、財政出動してむだな投資で経済を支えるよりも、むしろ、中央と地方の税収の配分を改革しなければならないと言っています。地方政府は、医療や教育、警察、そして高齢者の社会保障と支出は多いのに、税収の基盤が弱い。現在、中央に偏っている税収の配分を変えなければならない」

 ――税収が不足している地方政府は、土地を売って得た資金で財政をまかなおうとして土地ビジネスに走りました。その結果、不動産バブルや、予算外のお金を調達するためにシャドーバンキングの問題を招いてしまいましたね。それを変えたい、と。

 「実際どこまでできるか分かりませんが、政府も問題点ははっきりわかっています。中国にとってGDPの成長率よりも大問題なのは、雇用の確保に知恵を絞りながら経済成長の質を変えていくことです」

 ――高さんは、アップルのティム・クック・最高経営責任者(CEO)らとともに母校のデューク大学の理事を務めていますね。米中関係をどう感じていますか。

 「私が母校の理事を務めているように、中国と米国の間には幅広い交流があり、情報が行き交っています。そう簡単に『敵』になる間柄ではありません」

 ――中国は米国債の最大保有者です。中国が人民元を買い支えるために外貨準備を使って元を買ってドルを売る介入を始めたら、米国債への影響を心配する声もあがりました。

 「そうです。経済はとりわけ、相互依存関係が強いのです。しかし、最近は、米国で中国に対して悲観的な見方が増えています。シンクタンクの人たちも、かつて楽観的だった人で悲観に転じた人が少なくない。政治的な側面や経済改革の停滞からです。弁護士や記者を捕まえることなど中国内では比較的小さなことだと考えられていることが、外からみるとたいへんなことだととらえられています。短期的にはなんともいえませんが、それでも中長期的には中国はより開放された社会になっていく流れにあると思います」

     ◇

 高西慶(カオ・シー・チン) 1953年生まれ。清華大学法学院教授。中国証券監督管理委員会副主席などを経て、2014年2月までの6年半、中国の国家ファンド中国投資(CIC)初代社長。米デューク大学で博士号(法律)を取得後、ウォールストリートの弁護士事務所で働いた経験もある。現在、米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)らとともに、母校デューク大学の理事も務める国際派だ。取材に訪ねた9月、ニーアル・ファーガソン・ハーバード大学教授の『Civilization:The West and the Rest』(邦題・文明 西洋が覇権をとれた6つの真因)を原書で読んでいた。

■取材を終えて

 ペルーのリマで9日に開かれた国際通貨基金(IMF)の会合で、中国人民銀行の代表を務めた易綱・副総裁は「人民元の国際化をたえず進める。人民元はSDR入りの要件を満たしている」と訴えました。SDRとは、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権のことです。人民元の場合、取引にあたって政府の規制や干渉が強いのが難点とされてきました。

 来年のG20の主催国でもある中国は、国家のメンツにかけて、人民元のSDR構成通貨入りを目指しています。国際銀行間通信協会(SWIFT)によると8月には初めて、決済に使われる通貨として人民元の比率が日本円を抜いて、米ドル、ユーロ、英ポンドにつぐ4位に浮上しました。SDRへの採否を議論するIMF理事会を11月に控え、積極的な利用を中国当局が後押しした成果でもあります。

 ただ、今回のインタビューで今夏の株式市場の混乱について中国の証券当局の対応を厳しく批判した高西慶さんをはじめ、中国内でも経済全体としては市場化の遅れに批判的な識者は少なくありません。

 「トロイの木馬」戦略――。

 SDRに象徴される人民元の国際化については、こんな見方もあります。ギリシャ神話に出てくるトロイの木馬の物語では、ギリシャ軍が巨大な木馬に兵隊を中に隠して送り込み、トロイ軍を欺き攻略しました。

 中国政府も一枚岩ではありません。人民銀など中国経済にもっと市場の力をとりこむ改革が必要だと考える政治家・官僚たちは、人民元の国際化を「トロイの木馬」として、思うように進まない全体の経済改革につなげようとしているのではないか。「政府の見える手」を緩める改革を阻む既得権益層を、国家のメンツとからめれば攻略できる、と考えているのではないか。14年前の世界貿易機関(WTO)入りが国内の改革を推進し、成長の軌道にのせたような物語を再演できるのではないか。

 前回インタビューした元人民銀通貨政策委員の余永定(ユイヨンティン)さんはそんなふうに考える人もいる、と話していました。しかし、「国内に市場メカニズムが十分に取り入れられるまえに、外国との資金の流れの緩和を急ぐのは危険だ」と心配していました。

 「SDR」がもたらすのは、人民元への信頼や成長か、経済への災いか。それとも単なるメンツにとどまるのでしょうか。

 次回は、北京の民間経済シンクタンク天則経済研究所の創設者、茅于軾(マオ・ユイ・シー)さんの視点です。毛沢東批判で知られますが、ハイエクと中国経済について講演をした経験を有し、86歳のいまも積極的な発信を続けています。米国のケイトー研究所(ワシントン)からミルトン・フリードマン自由賞(2012年)を受賞した経済学者です。