スペースコロニーの設定構築や考証用の参照先一覧と、いくつかのメモ。
スペースコロニーの出てくるフィクションは非常に多いため、ここでは特に挙げておきたいSF作品のみを並べた。その他の作品は、以下を参照のこと。
英語圏の論文は随時調べて追加したい。
以上のうち福江純 (J. Fukue) 氏の論文は、のちに著書『パソコン・シミュレーション スペースコロニーの世界』の下敷きになったもの。
主要なものについて年代順に並べた。加えて、資料としての有用度を独断と偏見により5段階(★の数)で表した。
実際には太陽質量の影響で、L4,L5は「点」ではなく、この頂点を中心として約89日の周期で公転する「軌道」ということになる。この軌道は約80万kmの長さになる。
スペースコロニーや軌道エレベータに出てくるエレベータは、回転しないと真っすぐ立てないというお話- スペースコロニーのリム(周縁部)とハブ(中心部)を繋ぐエレベータについての考察動画。
バナール球 (Bernal Sphere) の表記についてだが、原型となった案を唱えた人物は「バナール」と表記されるのに、その名が付いているはずのスペースコロニー(オニール提案)が「バーナル球」と表記されることがある。さらに、英語話者の発音も異なっている。例えばこちらの動画 Island One - Settlements in Space - YouTube でも人名の "John Desmond Bernal" は「ジョン・デズモンド・バナール」だが、"Bernal sphere" は「バーナル・スフェア」と発音しているのがわかる。なぜ統一されていないのか疑問だったが、その答えとなる文章を見つけた。
居住区画が球形であることから、この配置案は「バーナル・スフェア」と呼ばれることになった。「バーナル」は、英国の夢想的科学者(結晶学者)J・D・バナール。なぜ「バナール・スフェア」と表記しないかというと、「Bernal」とつづるが、アイリッシュであるため発音は「バナール」。しかし、諸外国でも(アメリカでも)「バナール」と呼べるひとが少なく「バーナル・スフェア」の呼称が一般的になっている。
困ったもんです。
via: デッド・フューチャーReMiX Vol. 82 第14章 ハイ・フロンティア――世俗化された人類宇宙進化思想 間章 島の形、夢の形
また、しばしば「ベルナール球」と表記されることがあるが、そもそも「ベルナール」はフランス語読みの上に綴りは Bernard(英語読みだとバーナード)になるはずなので、こちらは明らかに間違いである。以上を踏まえて、当サイトでは「バナール球」と表記する。
スペースコロニーはその内部に遠心力による擬似重力を生むため、回転させる必要がある。フィクションによくある描写として、円筒形のコロニーを1基だけ宇宙に浮かべて回転させるというものがあるが、これには注意が必要である。もしもコロニーの自転軸が公転軌道面に対して垂直になっているのなら別に構わないのだが、オニール・シリンダー(島3号)のように、常に自転軸を太陽へ向ける必要がある場合、単基の円筒をただ回転させるだけだと少しまずいことになる。自転軸がジャイロ効果(物体の回転が高速なほど姿勢が安定する)により常に空間の同じ点を向くので、そのまま公転すると軸が太陽へ向かわなくなってしまうからだ。
そこで、系全体の角運動量をゼロにする手順を踏む必要がある。オニールの案では、80 km 離れた円筒2基を並行させて軸基部で力学的に連結し、互いに逆回転させることで角運動量を相殺させている。こうして連結した円筒を、1年間かけて歳差運動(みそすり運動)させながら360度回転させることで太陽へ向けたままにできる。また、回転部分を2分割して互いに逆回転させる(二重反転)案でも角運動量を打ち消せるが、それだと方向転換で中心軸に無理な力がかかるのでは、という指摘もある。
NASA のイラストではきちんと2基がペアで並んでいるのだが、日本で最もスペースコロニーという概念を普及させたガンダムシリーズでは、オニール・シリンダーが頻繁に出てくるのにこういった描写が少ないため、よく誤解される点である。とはいえ以下のように『機動戦士ガンダム』放映当時から熱心なファンは気づいていたことがわかる。また、ムック『GUNDAM CENTURY』でも江藤氏の記事でこの仕組みについて触れられている。
島3号は鏡により太陽光線を取り入れる。このため、自転軸は常に大陽を向いている必要がある。ところが宇宙島は2分に一回の高速で自転しているのでジャイロ効果が発生し、その自転軸を一定方向に保とうとする力が働く。宇宙島は地球とともに公転しているので、自転軸は一年に360度変化させてやる必要がある。このエネルギーを計算すると、一本あたり300tもの力が必要となる。マスドライバーやロケット等を用いてこれを行なうのは噴射物質をかなり浪費する。最っとも効率のいい解決法として、二本の円筒を平行に並ベ、その作用、反作用の働きで、自転軸に歳差運動を生じさせるという方法が考えられた。このために島3号は常に2本で一対になっている。
スタンフォード・トーラスのようなタイプの宇宙島では、自転軸が公転軌道面に対して垂直になっているので、このような操作は不要である。島3号においても、二枚の鏡を組み合わせて使えば、同様の効果が得られる。
さらに、この回転軸制御機構には名前が付いているらしい。
ロスの名前は、この回転区画が常に太陽の方角に向くように、回転モーメントを制御して一年に一回転というゆっくりとしたペースで軸が移動する方法を考案したことで知られる。
この機構は共同研究者の名とともに、「スミス=ロスの腕」として、後述するオニールのスペース・コロニーでも、超巨大ミラーを太陽に向けておくのに使われるとされている。
via: デッド・フューチャーReMiX Vol. 71 第12章 ハイ・フロンティア――世俗化された人類宇宙進化思想 島4号 ノールドゥンクからフォン・ブラウンへ――ドーナツ宇宙基地の系譜
永瀬氏は昔の記事でも、ヘルマン・ノールドゥンクとハリー・ロス&R・A・スミスの研究に続けて、ヘルマン・オーベルトの宇宙ステーション(『宇宙への設計』で発表)を紹介する際にこう書いている。
回転速度は約2分で、内部では1Gが得られる。常に太陽に正面が向くよう、2基の車輪がトルク補正用のロス・スミスの腕で連結されています。
via: NOSTALGIC FUTURE ケース18 天界の人工島
なので未確認だが、おそらく1948年のロスとスミスの研究でこの機構に言及されているであろうことが推測できる(そして、それをオーベルトが取り入れた?)。確認するにはロス&スミスの論文およびオーベルトの著作を読まないといけないので、今後の課題としておく。
付け加えると、円筒のように細長いものが宇宙空間でその長軸を自転軸にして回転するというのは、そもそも制御しなければ無理なことで自然には起こらない。宇宙空間で物体がそのように回転しているとき、ちょっとした外乱があると、何もしなければ歳差運動をはじめてしまい、そのうちにとんぼ返りするような回転になる。これは、慣性モーメント(フィギュアスケートで腕を広げると回転が遅くなるアレ)が小さな回転軸から、最も安定する、慣性モーメントが最大になる軸に角運動量ベクトルが移るためである。クラーク『2010年宇宙の旅』とその映画版『2010年』(1984, ピーター・ハイアムズ監督)では、木星圏で放棄されていた宇宙船ディスカバリー号がまさにそのような回転に陥っていたのを思い出す。
なお、2015年にウェーブ社より発売されたスペースコロニーのプラモデルキット『スペースセツルメント』には、デザインした宮武一貴氏の設定集(全12ページの中綴じ冊子)が付属している。このスペースコロニー案はオニール・シリンダーを基本としているが、単基シリンダーのため、コロニー外壁面に姿勢制御用ジャイロホイールを何個も並べ(クラスター化)、これを恒常運用することで安定した回転を得るという設定になっている。設定メモを読むとハッブル宇宙望遠鏡のリアクションホイールがヒントになっている模様。ただし恒常運用ということは、ひょっとしたらリアクションホイールではなくコントロール・モーメント・ジャイロ (CMG) かもしれない(ISS の姿勢制御方法)。
オニール・シリンダー内の大気の流れについて検証した研究がある(Matsuda 1983)。それによると、陸部で熱せられた大気が窓部で冷やされ下降することで循環が起きるそうで、これを "window-wind" つまり「窓風」と命名している。地表付近では窓部から陸部へ向かって回転に対して順行する向きへ、上空では逆行する向きへと風が流れ、この風は数百 m の厚みを持った層の中を循環するらしい。
松田は、陸部地表の温度は一定で、窓部の表面よりもわずかに高いとし、また、放射による熱の移動は無視して、熱伝導だけを考慮してシミュレーションを行った。
それによれば、軸に垂直な断面内には、陸部と窓部の温度勾配によって3つの循環が現れる。1つの陸部と、植民島の自転と逆方向に隣合わせる窓部が1セットとなり、その上空に1つの循環が対応する。その厚さは約 600 m で、陸部と窓部の境界線上では常に陸部向きの風が吹く。循環より上空は平衡状態に近く、大局的な運動はみられない。その様子を図7に示す。この循環を松田は、"window-wind" と呼んだ。
一方、回転軸を含む面内には、陽壁と陰壁の温度勾配によって緩やかな大循環が現れる。陽壁は太陽光によって暖められているから、接触した空気は上昇し、回転軸付近に集まろうとする。かたや陰壁は宇宙に放射して冷えているから、接触した空気は地表へと降りていく。その結果、回転軸付近の大気はゆっくり陰壁方向へ、地表近辺の大気は陽壁方向へと移動する。上空大気の典型的な移動速度は、断面循環の百分の一程度。そして、陸部や窓部にも軸方向の温度勾配があれば、断面循環とほぼ同じ厚さの、軸方向の循環が現れる。その様子を図8に示す。
via: 宇宙植民島の熱収支問題について
窓風の風速は文献によって値が異なり、9 m/s とか十数 m/s だとか 17 m/s だとかあるが、これはそれぞれ仮定した条件が少しずつ違うためである。ただ、どれも内壁面に人が住むことを前提とした温度条件を仮定しているので、それほどバラつきは大きくない。おおよそ十数 m/s になるものとして考えると、気象庁の表現を使えば「やや強い風」から「強い風」のあたりだ。さらにこの循環に伴い、窓部と陸部の境界付近では上昇気流や下降気流が発生するらしい。
松田論文によれば、陸部と窓部の境界線に吹く風の速さは、 (⊿T/T0)V になる。⊿T は陸部と窓部の温度差、T0 はそれらの平均気温、V は宇宙植民島地表の周転速度(中略)である。
via: 宇宙植民島の熱収支問題について
つまり地上部では上昇気流、窓部では下降気流となる。一方の窓岸ではつねに(海風ではなく)窓風 (Window-Wind) が吹くことになる。(中略)
風速は、窓と陸の温度差からきまるロスビー数βによっている。β ∼ ⊿T/T0 だから、温度差を 30K とすれば、β = 0.1、従って窓風の典型的な風速は 17 m/s ということになる。かなりな強風である。(中略)
コロニーの気象学には、その他、様々な問題が存在している。たとえば、上空の温度分布。(中略)コロニーの中心軸に冷却パイプを通して、大気の温度分布を調節するというアイデアもある。
窓風は窓部と陸部の温度差によって生まれるので、この差を増大させればさらに強風が吹くことになり、逆に減少させれば風が弱まることになる。陸部の地下に大気冷却機構を設けることで窓部と陸部の温度差を小さくし、窓風を弱めることができるという提案もある(西森 1992)。
また、拡散や大気循環だけでは短時間で解消できない二酸化炭素濃度分布の不均衡を、「窓風」により解消できる可能性があるという近年の研究も見つけた(宮嶋 2011)。
3年ほど前から大規模なスペースコロニー内の環境制御に興味を持ち文献収集を行ってきました。構造や力学的検討を行った論文はいくつかありますが、内部の環境について検討したものはほとんどありませんでした。存在するそれらの論文は1970年代のものばかり。30年以上経た今、現在の計算技術を用いてその環境を模擬します。
via: 有人宇宙システム研究室 スペースコロニー
スペースコロニーという構想について触れる際、日本では『機動戦士ガンダム』から始まるガンダムシリーズへの言及を避けては通れない。日本ではガンダム以外の SF アニメでもたまに舞台として出てくるほどには馴染みのある概念になっているようだ。しかし『機動戦士ガンダムUC』の設定考証担当として知られる小倉信也氏は、「スペースコロニーって、実は考え方そのものが古いんです。世界中で、こんなにスペースコロニーを熱く語っているのは日本だけですよ」とインタビューで語っている(ここでいう日本というのは文脈的にガンダムのことだろう)。
確かに少し調べてみれば分かるが、世界的にみてみると、現在では学生向けの設計コンテストや教材の対象になることはあっても、学術的な研究対象となる、すなわち論文が出ることはほとんどなくなっている。米国の L5 協会も別の組織 (NSI) と合併して米国宇宙協会 (NSS) となっており、もはや往時の勢いはないようだ(現状をみるに、L5 協会に属した人々がのちにシンギュラリティ、つまり技術的特異点の信奉者となっていったのは皮肉だが納得がいく)。そういったことを考えると、2000年にもなって福江純氏の『スペースコロニーの世界』が出版された日本の状況というのは、やや特殊なのかもしれない。また、検索してみると分かるが、英語圏では "space colony" よりも "space habitat" や "space settlement" という呼称がよく使われているようだ。
余談だが、福江氏は先の本を出す前の1990年代に、自身のスペースコロニー解析結果を英語論文にまとめて JBIS(英国惑星間協会誌)へ投稿している。そしてこの過程でクラーク本人にも論文のコピーを送ったら返事をもらえたというエピソードがあるのだが、この時なんとクラークの住所が分からないのでスリランカ宛に送ったらきちんと届いたというのだから凄い。なお、この返事の中でクラークは、ダンドリッジ・M・コールの著書 Beyond Tomorrow(1965)にあるイラスト(描いたのは Roy G. Scarfo)が『宇宙のランデヴー』に直接影響を与えたことに自ら触れている。ちなみに福江氏の論文掲載は残念ながら掲載誌側の都合により見送りとなったという。
ともあれ、スペースコロニー自体は SF の舞台として非常に魅力的なので、今後ともフィクションの世界で廃れることはないと信じたい。というよりも、個人的にはフィクションの中でのみ生き延びていく概念なのではないかと考えている。