社会保障カードについて
―現在の社会保障カード*4の議論も効率化と個人情報保護の関係が難しいのでしょうね。
- 中安氏 日本は国民皆保険ですから、社会保障サービスはユニバーサルサービスになります。ユニバーサルながら個人負担や、加入している制度でサービスが変わり、さらに社会保障における各サービスの間で、還付があったり減免があったりするため、個人の識別が必要です。
また年金のように長期に渡って保険料を納めるものや、異動があったケースで記録が途切れると深刻な問題となります。一方、制度間でそれを管理し続けることは実際難しく、実現しても膨大な事務作業が発生します。そこで、医療・介護・年金などの保険制度で共通して使える識別・認証の手段として「社会保障カード」が考えられているわけです。行政側に識別され履歴を管理され続けることと、個人のプライバシー権との関係性が難しさの1つですが、だからこそ慎重に議論が進められています。
―なるほど。その社会保障カードについてもう少しお聞かせください。

社会保障カードについて話す中安氏
- 中安氏 行政の側で識別して履歴を管理し続けることに抵抗を感じる人もいるでしょう。そこで、第1には個人情報を一元的に管理せず分散させておく、第2に情報の統合は原則として本人が行う、第3に本人が介在せずに情報が統合される場合、例えばこれは先程の制度間の調整といった場面で起こりえますが、サービス側で個人情報をどう扱ったか本人に見えるようにする、第4は情報の統合に必要なキーを見えないようにして容易に用いられないようにするといった対策が現在、議論されています。情報の統合手段としての「社会保障カード」や、見えないキーとしての「社会保障カード上のICチップ」が考えられているわけです。
ここで「ICカード」を実装する場合、例えば医療保険に関してすべての医療機関にいきなりカードリーダを配置することは困難です。仮に社会保障カードに全部依存したら保険診療ができる病院とできない病院が出てきます。そのためしばらくの期間は、ICチップの読み込みができない状態でも保険診療が受けられる体制が必要となります。
このような状況下で社会保障分野の情報化を進めるにはどうすればよいのか、先に述べたような対策を叩き台に、何が出来て何が出来ないのか、実現のために必要な準備は何か、議論は始まったところです。
医療の情報化のこれから
―今後、医療の情報に対する個人情報保護はどうなるのでしょうか?
図表1 個人情報保護法(1部) 附帯決議(1部)
(クリックすると拡大します)
- 中安氏 医療情報による連携とし、EHR*5(生涯型電子カルテ)に関する議論が高まりつつあります。これに対してはさらに識別と認証とプライバシーコントロールという点が重要な論点になるでしょうね。
その上で、コンテンツそのものへの配慮も非常に機微な性格を有しています。

医療情報化のこれからについて話す中安氏
- 医療情報は他分野の個人情報に比べて、暴露してからでは被害者の救済が難しいことも多いのです。ただ秘匿だけだと、医学研究や医療の評価、新薬の開発や事務作業の効率化などが難しくなります。医療分野の個人情報は、情報保護とポータビリティの両立に当たって現行の個人情報保護法のみでは適さないと思われる部分があることは明らかで、法律で規定されていないこともガイドラインで求め、一部、規制の横出しと上積みがあるのが実情です。
つまり、法より高い要件を求めるガイドラインがなければ適切に保護しながら活用することが難しいのです。医療者に向けた個人情報保護法の適用の指針、医療情報を取扱う民間事業者に向けたもの、また情報の取り扱いが異なる、総務省・経済産業省・厚生労働省においても、いくつものガイドラインの見直しやガイドライン同士の矛盾点を整理する作業をしています。ガイドラインの適否や遵守の状況を一定程度見た上で、情報化の進展の度合いや国民のコンセンサスを踏まえて議論が深められていくべきですね。
※このインタビューとセキュリティプラットフォームは一切関係ありません。
注釈
*1:e-文書法
「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」と「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」の通称。同法の制定により税法や商法上で保管が義務付けられていた文書について、電子による保存=法的な保存と認められるようになった。
*2:レセプト
治療内容などに応じて医療機関が医療費を請求するために保険者に対して提出する、書類のこと。診療報酬明細書とも言う。
*3:閉鎖網 IP-VPN(Internet Protocol-Virtual Private Network)
通信事業者が独自に構築した閉域IP網を介して構築される仮想私設通信網。
*4:社会保障カード
現在はまだ議論の途上にあるため、正しくは「社会保障カード(仮称)」との仮称で呼ばれている。
*5:EHR(Electronic Health Record)
個人の医療情報を、地域単位の医療機関で共有することで、生涯に渡った医療サービスを提供するための情報管理基盤。世界各国でも医療費削減や医療技術の上昇の手段として、医療改革の柱の1つに据えられている。
【中安 一幸(なかやす かずゆき)氏 プロフィール】
【現職】
厚生労働省 大臣官房統計情報部企画課情報企画室情報化推進係長/厚生労働省 政策統括官付社会保障担当参事官室主査
【経歴】
厚生労働省医政局研究開発振興課医療機器・情報室などを経て現職。他に厚生労働省大臣官房総務課、内閣官房情報通信技術(IT)担当室、内閣官房情報セキュリティセンター(NISC;National Information Security Center)などを併任、秋田大学医学部附属病院医療情報部非常勤講師を兼任し、ISO/TC215/WG4、IHE(Integrating the Healthcare Enterprise)等の医療情報に関する活動にも参加。講演、執筆等多数。
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(掲載日:2008年12月19日)