Web編集者という職業は、メディア業界においてはよく耳にするものであるにもかかわらず、一方で何をしているのかよくわからない、うさんくさいものでもあります。
往年の雑誌や書籍の編集者が企画・構成を考え、著者の原稿を推敲し、紙面にレイアウトしているのに対して、Webのメディアによってはライターが企画を考え、そのままCMSに原稿を書き込み、時にはそのまま記事を公開する権限まで持っていることさえあります。
また一部の国内外のテクノロジー企業が運営するメディアでは、記事のタイトルのA/Bテストを行い、システムによって最適なタイトルの記事を作成する仕組みがあったりもします。
そうなるともう「Web編集者って必要?」と言われても仕方がありません。
当ブログを運営している東京通信社には、新時代のメディアをプロデュースするという旗の下、数名のWeb編集者が在籍しています。その立場から言わせていただくと「Web編集者は必要」です。(だと信じたい!)
ただブログメディア、キュレーションメディア、ヴァイラルメディア、動画メディア、メディアの型がさまざまな進化を遂げている中で、編集者の仕事もまたさまざまな種類があり、そして玉石混交なのだと思います。
本記事では音楽雑誌からキャリアを開始し、「MTV JAPAN.COM」「ライフハッカー」「GIZMODO」などの編集長を歴任、そして2015年の9月より(株)サイバーエージェントで新しい時代の編集者像を追い求めている尾田和実氏にインタビューを行いました。紙、放送、Webメディア、そして現在はWebのプラットフォームと、さまざまな業界で“編集者”として活躍してきた同氏に、編集者の今と昔、そして未来について話を伺いました。
(株)サイバーエージェント チーフディレクター/エディトリアルアドスタジオ初代スタジオ長
(株)シンコーミュージック・エンタテイメント、MTVジャパンを経て、株式会社メディアジーンで「ギズモード・ジャパン」など数々のWebメディアの編集職を歴任。2015年10月より、(株)サイバーエージェントで新たに設立した「エディトリアルアドスタジオ」の初代スタジオ長に就任。
私自身のアイデンティティは、これまでもこれからもずっと編集者。というより、一番キャリアとして長いのは編集長としての仕事です。30歳のときにシンコーミュージックで音楽雑誌の編集長になって以来、十数年間、編集長をしています。雑誌の編集職を経験してから、MTVジャパンという放送業界を経て、メディアジーンでWebメディアを経験。編集者としては紙、放送、Webのすべてを経験してきました。
雑誌の編集をやっていたときの自分の仕事を振り返ってみると、もう今は絶対にあんなもの作れない、あの世界に戻れないかもと思うことがある(笑)。1ヶ月に1冊の雑誌を出版するのに、なんて手間暇をかけていたのだろうと。Webメディアでもコストや時間をかけたクオリティーの高い記事は作れると思うのですが、そこにかけている労力の「質」が違いました。特集を决める編集会議に1日かけたり、1ページにもうこれ以上は読めない、って限界まで写真とキャプションをつっこんだりとか、熱意の方向性がどこか違うんですよ(笑)。
あと一番の違いは、コンテンツの流通に編集者が関与していないという部分。雑誌の販路はトーハンや日販などの取次を通してすでに決まっていて、編集者がどうやって記事コンテンツを読者に届けるかというコンテナについて考えることはないし、出版の流通の未来に考えを巡らせるような編集者もいなかった。最近はまた違ってきていると思いますけどね。
編集者としてどうやってコンテンツを読者に届けるかを最初に意識しだしたのは「MTV JAPAN.COM」の編集長になってから。当時はすでにYoutubeが一般的になって、ミュージックビデオがネットで簡単に観られる状況。MTVのビジネスモデルは、本来プロモーション目的であり、そもそもは無料だったミュージックビデオをパッケージにして専門チャンネルで流したら有料コンテンツになった…というモデルから派生したものだったわけですが、それがどんどん成立しなくなっていった頃だったんです。コンテンツをただ出すのではなくて、どう出すかというのを否応なく考えざるをえなくなった。
メディアジーンでライフハッカー[日本版]の編集長を始めた頃には、Twitterが流行していて、メディアでどう伝えるかというところから、SNSでどう伝えるかも編集者の仕事になりました。ギズモードの編集長をしていた頃にはSmartNewsやAntennaなどのキュレーションメディアにどう運ばれるかも考えなきゃいけなくなった。
時代が流れるにつれて、編集者として考えなくてはいけないことは、雪だるま式に増えています。編集者という仕事は属人性が高く、労働集約的だと言われることが多いけど、僕から言わせてみれば労働拡大的。やることがどんどん増えていって、いつか死んじゃうんじゃないかなって(笑)。
サイバーエージェントで働くというキャリアを選択したのは、これからのWebメディアには開発力が必須だと思ったから。ウチには業界でもトップクラスの若いディレクター、エンジニアがたくさんいます。新しい機能を追加するスピード感もあるし、ブラッシュアップをしていく時間も確保できる。
開発者の必要性について感じ始めたきっかけは、ギズモード時代に取材でネットフリックスの本社にいったことです。定額制の動画コンテンツサービスを提供する同社の特徴はYahooやGoogleとは違う、コンテンツ企業なりのエンジニア文化があること。
ネットフリックスはコンテンツのレコメンデーション機能を強みにしていて、ユーザーはこれまで意識していなかった、好みの作品に出会うことができる。そんなレコメンデーション機能のアルゴリズムの社内コンテストがあるのですが、なんとその優勝賞金が1億円。しかもその優勝者もアルゴリズムが决めるんですよ(笑)。
では物事がすべて、テクノロジーオリエンテッドだったりデータドリブンに決まっていくかというと、そうではない。コンテンツやクリエイターを尊重する文化も同時にあるんです。同社はユーザーの視聴データを保有していますが、1話目の視聴率がこうだったから、2話目はこうしましょうというようなことは絶対に言わない。内容には絶対に踏みこまないんです。
彼らが映画監督のディヴィッド・フィンチャーに「ハウス・オブ・カード」の制作を依頼したときも、ワンシーズン12話を一括納品している。クリエイターからしてみると、これは理想的な環境ですよね。では何にデータを活用しているかというと、彼らがコンテンツの制作を依頼するときの予算規模を决めるためのリサーチに使っているんです。
こういった海外の先進的な事例に触れて、これまでのWeb編集者の仕事の領域では、今後のメディア業界を生き残っていくことはできないと感じました。テクノロジーの重要性を認めつつ、編集者として何ができるかを考えていきたいと思ったんです。
私がこれからチャレンジしたいと思っているテーマは、自然に良い記事が集まってくるようなプラットフォームをつくること。僕は編集者としての仕事の領域をプラットフォームまで広げているけど、すべての編集者がそうなるべきだと思っているわけではありません。高倉建のような「俺は不器用な男だから。とにかく良い記事をつくるのが仕事だ」という編集者がいていいと思います。そんな職人的な編集者を、テクノロジーとプラットフォームでつなげることで、救い上げていきたいんです。
近い将来に編集者の仕事はすべてAI(人工知能)に取って代わられる。ギズモード時代は編集部で、SFのようにサーバーに名前が書かれていて、それが編集部員の名前になるって、よく冗談で話したりしていました。
こういう話はネガティブなトーンで語られることが多いけど、僕はそういう未来こそウェルカムだと思っています。AIが編集できるならば、人間の編集者の領域なんてどんどん奪ってしまえばいいんです。実際どういう記事がシェアされるかという隠し芸的なテクニックは、集合知がベースにあるAIの方が戦略的にやれる可能性が高い。そうなるほどに、オペレーター的な編集者はどんどん淘汰されて、職人気質の編集者しかできない、本質的な仕事こそが残ると思っている。つまり、AI化が進むほどに、人間の編集力が問われるようになるし、その過程で編集という技能が純化されていくという、ハッピーな未来を想像しているんです。
佐野研二郎さんのオリピックロゴの問題が話題になったときに、デザイナーはゼロからイチを構築するべき存在なのか、既存の素材を組み合わせて新しい価値を生み出すのかという議論が起きましたが、編集者は後者だと思う。既にあるものの順列組み合わせとアレンジメントで、スキルを魅せる。冷蔵庫にあった余り物の食材を組み合わせたらおいしくできました、みたいな。そしてそのアレンジが突拍子もないほど、編集者のスキルは高い。パンに納豆をのせてみたら意外とおいしかったとか、そういう編集者ならではの発想の飛躍というのはAIにはやっぱり難しいんです。
メディアの価値を数字で図るのは難しいんじゃないかと思っています。PVの他にもビューアビリティとか滞在時間とか、いろいろとデータはとりますが、そういう数値化できる指標でメディアの価値は決まらない。最近、メディアの広告ブロック機能が話題になっていますが、近い将来、読者が読みたくない記事広告をブロックする機能も開発されるかもしれない。
メディアのマネタイズのひとつの理想形はメディアパートナー的な取り組みなんじゃないでしょうか? 企業のストーリーとメディアのストーリーを寄り添わせて、一緒にひとつの表現やシーンをつくっていくことだと思っています。
編集者としてクライアントの広告を担当していて、一番手応えを感じるのは読者とクライアントの両方が喜んでくれているとき。MTV時代はスポンサーをつけたイベントが多かったけど、それを実感できることも多かったです。実のところ、取材の現場にクライアントが立ち会うことを嫌がる編集者って多いけど、スポンサーに仕事ぶりを見てもらいながら、リアルタイムでレスポンスを得られるのは、どんな数字よりも説得力があると思っています。
アドテクノロジーが進化する一方で、今またメディアとクライアントの関係は原始に戻ってきているような気がします。つまり、ストーリー性のあるいい記事は、やっぱりPRとしても効果が高いというごくごく基本的な価値観。ネイティブアドが注目されたり、サイバーエージェントがエディトリアルアドスタジオを作ったりというのは、そのひとつの準備段階。今の状況はおもしろいし、編集者としてやりがいを感じますね。
文:野垣映二 写真:shion