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【スポーツ】

[ラグビー]五郎丸が泣いた…8強逃し悔し涙 4年後「まだ考えられない」

2015年10月13日 紙面から

米国戦でのマン・オブ・ザ・マッチのトロフィーを手に涙ぐむ五郎丸(共同)

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◇W杯 日本28−18米国

 【グロスター(英国)大友信彦】五郎丸、涙−。日本の快進撃をけん引したFB五郎丸歩(29)が米国戦後、大粒の涙を流した。

 最後まで、背番号15は日本代表の大黒柱だった。歴史を刻む3勝目をもたらしたのは、日本のFB五郎丸の正確なキックと頑健な攻守だった。PGとコンバージョンあわせて5本のキックを成功。大会2度目のMVPに選ばれたFBは、声を詰まらせ大粒の涙を流した。

 「準々決勝に行けなくて…。誰も満足していません…」

 感動よりも悔しさの涙。この日も13点を蹴り出し、W杯4試合で58得点は1次リーグ全体の2位だ。それほどの活躍にも「ラグビーにヒーローなんていません。みんなが僕に蹴るチャンスをつくってくれただけ」と仲間をたたえた。

 2012年4月のエディー・ジャパン始動以来、朝5時30分からの早朝トレーニングを含む1日4度の練習、年間130日以上の長期合宿など、膨大な時間とエネルギーを注いできた。家族との時間もほとんど取れない。昨年6月、次男の誕生は遠征地の米国でメールで知った。4年間でエディー・ジャパンのテストマッチ48試合中46試合に先発し、43試合に80分間フル出場。一度もケガをせずに体を張り続けた。

 目標の8強には届かなかったが、日本で開催される4年後のW杯に向け、日本ラグビーがかつてなかったほどの大前進をみせた。

 「今はまだ、次のことは考えられない」。4年後はまだ33歳だが、五郎丸は今後の代表でのプレーについては明言を避けた。

 「すぐにトップリーグが始まるし、これまでも休みはなかったし、行けるところまでいくしかないでしょうね」

 日の丸を背負うかどうかはわからない。ただ、これからも五郎丸が、日本ラグビーを引っ張り続ける存在であることだけは間違いない。

 

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