取り消すのは吉田証言だけか

 十月十日、朝日新聞は自社の「慰安婦報道」を検証する第三者委員会が発足したと報じた。しかし、この第三者委員会に慰安婦問題の専門家がおらず、それは慰安婦を巡る歴史的事実に基づいた検証は行われないことを意味する。そうだとすれば、吉田証言以外は取れ消さないということにもなるのだが、果たしてそうなのか。

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 例えば、平成四年一月十一日の一面トップで報じた「慰安所 軍関与示す資料」の記事には、「従軍慰安婦」の解説として「(慰安所)開設当初から約八割が朝鮮人女性だったといわれている。太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊(ていしんたい)の名で強制連行した。その数は八万とも二十万とも言われる」という参照コラムが見出し下に掲載されている(同様の記述は他にもある)。

 朝日新聞は、今は「挺身隊」は「誤用」だとしているが、では「八万とも二十万とも」はどうなのか。実はこれもまったくの虚偽だということが判っている。

 では、この数字の出所はどこか。朝日は「慰安婦=挺身隊」は誤用だったとし、その根拠の一つとして『朝鮮を知る事典』をあげているが、そこでは「女子挺身隊」として「約二〇万の朝鮮人女性」が動員され「そのうち若くて未婚の五万~七万人が慰安婦にされた」と書かれていた。この『事典』が引用元としているのが千田夏光という元毎日新聞記者が昭和四十八年に書いた『従軍慰安婦』で、そこには韓国人女性の挺身隊は「二十万人」とされ、そのうち慰安婦は「八万人とも十万人とも」という数字があげられていた。

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 ならば、千田夏光の記述に根拠はあるのか。千田は数字の出所はソウル新聞だと証言しているが、そのソウル新聞は労務動員としての女子挺身隊が「日韓あわせて二十万」で「そのうち韓国の女性は五万から七万」と書いているだけで、慰安婦の記述はない(アジア女性基金調査報告・高崎宗司「『半島女子勤労挺身隊』について」)。

 こうした事実関係から、まず千田がソウル新聞の書いた韓国人女性の労務動員数を「慰安婦」の数へと書き換え、朝日はさらに千田の書いた「労務動員」数を慰安婦の数の一つとして「二十万とも」とねじ曲げた、という構図が浮かび上がって来る。

 もっとも、韓国の挺対協(挺身隊問題対策協議会)は、その名前が示すように挺身隊=慰安婦だから、結成当初から「慰安婦二十万人以上」と主張していた。朝日の「二十万とも」は挺対協の主張を意識した可能性もあるが、それ自体おそらく千田の「労務動員二十万」が出所だと考えられる。むろん、「労務動員(挺身隊)二十万」自体が何の根拠もない数字であり、韓国から日本の工場に勤労動員された韓国人女性はせいぜい四千人だとされている(前出・高崎論文)。

 いずれにしても、朝日が「八万とも二十万とも」と書いたことで、この「二十万」というウソの数字が既成事実化し、平成六年のクマラスワミ報告では「二十万の性奴隷」と書かれ、今日の慰安婦碑などにも同様の碑文が刻まれるに至っている。朝日が世界に発信し、日本の名誉を傷付けた「虚報」は、吉田清治証言だけではないことは確かである。

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 朝日の参照コラムに戻れば、「挺身隊の名で」は誤用だと朝日自身が認めている。また、「八割が朝鮮人」も秦郁彦氏によって完全に否定されている(『慰安婦と戦場の性』)。「八万とも二十万」もウソ――こうなれば、何度も掲載された「慰安婦」解説に事実は何もなく、すべての記述が「虚報」ということになる。吉田証言の「取り消し」だけで済ませられない問題がまだまだ残っている。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成26年11月号〉