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アキラ効果を確認する『知的トレーニングの技術』

知的トレーニングの技術 読むだけで知的に強くなる「読書猿」の種本だと聞いて、光の速さで買ったのがこれ。そもそも、読書猿ブログはこの一冊から始まったのだと勧められたら、読むしかない。

 「志を立てる」から始まって、「知的空間のつくりかた」「本の探索・蒐集術」「知的工具のそろえかた」「発想・発問トレーニング」「最後まで書き尽くす方法」など、知的生産が捗るテクニックが紹介されている。著者一流の求道的な言い回しが面白く、くじけそうなときに読み返して励ましてもらえる効果もある。たとえばこうだ。

書棚は記憶の貯蔵庫である。記憶が頭脳の飽和に達した分を、モノ(本)のかたちで外化しておく。頭脳それ自体は一種のインデックス(索引)となり、書斎空間がむしろ思考する身体にしてかつ主体、ということになる。それゆえ、思考するとは、まさしく本棚の前を「歩く」という身体的行為のことなのだ。

 わたしの場合、書斎はおろか自分の本棚さえないので、改めて妻と交渉する勇気を奮い立たせてくれる。「書斎は、知的能力の拡張空間だ」という指摘は正しい。なぜなら、読了した本を思い返すとき、家のあちこちに分散して置いてある「場所」や、なじみの書店や行きつけの図書館の書棚の「並び」を頭の中で巡らせているから。自分で整理したブックマークやデスクトップのショートカット、あるいはアプリの「場所」から芋づるで引き出す感覚だ。場所と対応づける暗記術があるが、そいつを拡張した場所に覚えてもらうやつ。

 紹介されるテクニックは、王道モノで激しく頷くものばかり。既視感を強く感じるのは、それもそのはず、30年以上も前に書かれたものだから。そして、本書自身が、ニーチェやボルヘス、フッサールといった巨人たちの手法をエッセンスのように取り込んでいるから。この一冊の背後に沢山の本があることが、よく分かる。本書の「種」があちこちに蒔かれ、そこからさまざまな知的活動が発生し、一定の成果を上げ、後進のためにとノウハウ本(今風ならライフハック)が書かれ……といったサイクルの中で、どこかでわたしも読んだのだろう。陳腐に見えてしまうのは、「大友克洋の何が凄いのか全然わからない」と同じ構造かと。

 これを密かに、アキラ効果と呼んでいる。エヴァでもシェイクスピア効果でもいい。いまシェイクスピアを読んだら、あまりの陳腐な言い回しに辟易するだろう。が、その「どこかで聞いたことのある感」のオリジンと向かい合っている。本書のどこを読んでも、そんな既読感に迫られる。

 なかでも膝ポンしたのが「外在的読書」と「内在的読書」。外在的読書とは、読書の目的が本の外部にあるもので、情報源としてのメディアにすぎないと割り切ったやつ。自分というものがカチッと定まっていて、何を読んでも「知った」以外の変化は生じず、「本なんて情報にすぎない」というタイプやね。反対に、内在的読書は「その本を読むこと自体」が目的のもの。楽しむため、自己変革のため、著者の思想と一体化するための読書だ。小説や自己啓発書「しか」読まず、他人の世界に浸ってるうちに一生終えるようなもの。バランスが大事やね。

 気になったのは、「独り」に頑ななところ。師を探すというテーマに一節を割いているものの、引用と一般論を展開していることから、実践していないノウハウだと分かる。教授や助手、大学図書館、司書、ゼミ、公開学習など、もっとアカデミズムを使えばいいのに、と歯がゆくなる。せっかく通れる路(≠レール)を拓いてもらい、道案内や同行人さえいるのに、それを棄て、勉強「法」のために多大な努力を費やしてきたように見える。

 また、PCやネットを用いた技術が無いのも残念なり。書かれた時代からして仕方のないものの、今でも知的活動を行っているのなら、一言どころかたっぷりと追加したくなるはずなのでは。あとがきにて、「問いそのものの不在」から、ネットの宇宙に限界があることを指摘している。問いであれ答えであれ、ネット「の中」だけを探すのなら、その通りだろう。だが、ネット「の向こう」の人に到達する手段に気づかないのだろうか。ボルヘスのバベルの図書館モドキと見なすなら、ネットは確かに不十分だ。だが、生きている人であれ過去の人であれ、「人」にアクセスする手段ととらえるなら、ネットはいつでもいくらでも、ダイナミックに応えてくれる。

 積もる不満は、「読書猿」で解消する。ブログは本書の増補改訂版らしいが、その種は大きく花開いている。実践に裏付けられ、ツールとウェブサービスを縦横に使ったノウハウは、どこを読んでもタメになる。まさか知らない人はいないとは思うが、その「まさか」な人のために、まずは[ここ]を覗いてみるといい。初めてなら、質量ともにクラクラするだろう。そんな人にとって、『知的トレーニングの技術』は格好の入門書になる。ブックマークして満足せず、何度も読み直そう。

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