初出場となったこのレース、経験者の話を聞くだけでその過酷さが伝わってきた。正直なところ完走する自信はあったが、不安だらけだった。アドベンチャーレーサーとして、このレースへの挑戦は必須であった。完走したものにしかわからない感動。レース前、レース中、ゴール後に感じたものの変化は激しかった。
レース前、精神的な緊張感はスタートが近づくにつれ高まっていった。それにともなって、高揚感が出てきて、この偉大な挑戦に参加できることが嬉しくなっていた。さまざまな感情が交錯する中で最後は興奮する気持ちを抑えてのスタートなった。
レース中(序盤)は「絶対に完走する」などと気負わずに行くことだけに努めた。先は長い、焦ってもしょうがないと言い聞かせた。以前から、レースとなると先頭に立ちたくなる性分で、周りの人のペースに惑わされやすかったのだが、岩瀬さんから事前に送られた行動計画表の予想通過タイムはペース配分がわからない僕にとっては終始心強いものとなった。北アルプスで強く感じたことは、一般登山者との接触が多く、自分のことよりも他の人を気遣うことが多いと感じた。実際に上高地まで、疲れていてもどんなときも元気よく挨拶をして、道を譲ってもらったり、応援をしてもらったりした。登山者の中には無反応で快く思ってないだろうと感じる場面もあった。山にはいろんな方が来て、それぞれのペースで山を楽しんでいる、レースだからといってその人たちがみんなすぐに道をあけてくれたり、待ってくれたりするものではなく、登山者の方の好意であると思って走らなくてはいけないと強く感じた。
このレースでは全行程の半分がロード区間であり、初めはロード区間のほうが高低差も激しくないし、整備された道路を歩くため、楽で安全であると思っていた。しかし、山から下りてくると、最初に感じたのは、山から無事に下りられた安心感と山を後にする寂しさやむなしさであった。それと、山よりもロード区間のほうに危険が多く、身の危険を何度も感じた。せまいトンネルを通過するときに猛スピードで通過する大型トラック、最後まで足にダメージを与え続けるアスファルト道などであった。
今回のレースで一番楽であると考えていた中央アルプスで一番苦しめられるとは想像もつかなかった。夜間走行・濃霧・風雨・極度の睡魔そして一人。このレース中一番集中し、一番多く幻覚を見ることになった。笑う小さな子供たち、女性の笑う声、鈴の音、熊に見える大木、襲い掛かる影、あるはずのない山小屋などであった。
この時ほど、孤独を強く感じたことはなく、菅の台に到着したときに生きていることを嬉しく思ったことはなかった。
駒ヶ根は今レース中一番の楽園に感じた。2日ぶりに山北選手に会ったときは涙が出そうだった。
長居しすぎたため、この後の市ノ瀬までのロードは地獄を味わった。
最後のアルプス南は100キロ、現状の体の状態を見ても無事に畑薙ダムに着けるかが不安になった。しかし、歩みを止めることは出来なかった。
南アルプスは試走もしておらず、このレースではじめて足を踏み入れるところだった。なので、レース前から南アルプスは今回一番の不安があった。山小屋が極端に少なく、標識も少ない、もちろん登山者も少なく、水場も少ない、そして、何より雷が多いという不安要素がいっぱいであった。膝の痛みが激しく南は走ることは出来なかった。淡々としたペースで太平洋を目指した。
不思議な力が背を押した。南は終始1人であった。孤独であったが同じように太平洋を目指す選手たちが頑張っている姿が目に浮かんだ。身体的には踏ん張りどころであり、きつい南アルプスであるはずだか一番楽に感じられた。
残念だったのは、南アルプスの雄大な景色がほとんど、ガスのせいで見ることが出来なかったことだった。そんな中でも、一度だけ雲海の切れ間から遥か遠くに富士山が薄っすらと見えたときは、感動を覚えた。
南アルプスはどこの山小屋でも暖かく向かいいれてくれた。山小屋の人たちの心温まる笑顔やサービスに感激させられた。
何とか2日で名残惜しくも南アルプスを後にして7日目早朝畑薙ダムを出発し、ラストスパート80キロ先のゴールを目指した。
途中2時間半のロスをしてしまったが、目標から11時間遅れの6日と22時間55分で太平洋にたどり着きこのレースの幕を閉じた。
最後は涙・涙の感動のゴールでした。ゴール後は気が抜けて体の痛みがいっぺんに噴出した。
今回のレースは、初め参加者はこの過酷なコースにチャレンジする挑戦者であり、選手同士はライバルだと思っていました。しかし、ゴール後は全く違うものになっていました。
このコースに広がる自然は巨大でその力は計り知れない、その自然を相手にする、挑戦するのではなく、この苛酷な自然環境の中を走れることに感謝し、胸を借りる気持ちで走らなくてはいけないのだと感じた。さまざまな経験をさせてくれるフィールドを自然が僕たちに挑戦させてくれる機会を与えてくれているのだと強く感じたレースとなっていた。
参加者はライバルではなく、同じ挑戦をする同志であるとレース中幾度となく感じさせられた。
また、2年後この挑戦に参加し、自分の飛躍につなげたいと決心した。
新たな自分が発見できたこと多くの感動をありがとうございました。