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デヴィッド・フィンチャーとデジタルシネマ

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デヴィッド・フィンチャーは現代映画のリアリズム作家の主要なひとりであり、色彩光彩と陰影と想像力を自在に使いこなした映像世界(リアリスティック・シネマ)を創り上げる。リアリティ(現実味)を重視した映像やサウンドを再現することに心を砕き、脚本から理解し得た内的世界を強調し、他人の痛みを感じさせるエキスパートなのである。

 

そんなフィンチャーと切っても切れないのがデジタルシネマ。当時「最新鋭」と謳われたデジタルシネマカメラ、仏トムソン・グラスバレー社開発のVIPER(バイパー/センサーはCCD)を使用して撮り上げられたのが『ゾディアック』(06)であり、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(08)の病院シーンで35mmフィルム(スーパー35)を使用した後は”さらばフィルム”宣言、この10年の間にデジタルシネマの申し子的存在となってしまった。

 

シナリオに書かれる文字をデジタイズする、フィンチャーならではの創作画法。ここでは、存分に楽しませてもらったイマジカBSでの特集『デヴィッド・フィンチャー』を思い返しながら、技術的な話と共にコラムを進めていこうと思う。

 

フューチャー映画デビュー作『エイリアン3』における65mmフィルム撮影(特殊効果パート)、『セブン』ではテクニカラー社の実験的な残銀処理プロセスENRを用いたり、映像設計とその再現にただならぬ拘りと美意識をみせるフィンチャーだが、よりシンプルで効率的な撮影を実現・追求するための強い思いは『ファイト・クラブ』(99)での撮影体験にまで遡ると告白している。

 

『ファイト~』の撮影シナリオには350以上のシーンがあり(完成尺は139分)、撮影と移動を繰り返す過酷なスケジュールに加えて、ラッシュ試写に時間を要したことも応えたようだ。ただでさえフィンチャーは撮影テイク数が多く、撮り直しショットも含めると予算管理にも難儀したという。またCGで画像処理されるショットが多く、演出ビジョンを維持する品質管理の難しさも理由に挙げている。

 

ではここでちょっとおさらい。デジタル編集が主流となった現在、フィルム撮影以降の基本工程はこうだ。現像されたネガはコンピュータに取り込まれ(スキャニング)、デジタルデータに転換される。次に編集用コンピュータで編集(ノンリニア編集)を行う。その後の必要な画像修正・加工処理を経てデジタルマスターを作成、(フィルム上映の場合は)再びフィルムに焼きつける作業が行われる。

 

これに対して撮影、編集、配給・上映に至るまでデジタルデータを使用するプロセスを有するのがデジタルシネマだ。フルデジタル化によってフィルム~デジタル変換プロセスを省き、撮影から完成に至るまでの時間と予算、そしてアナログが抱えていた制約を払拭してしまおうというのが基本理念である。

 

デジタルシネマの急速な普及は、編集からポスト・プロダクション作業にデジタル化が進んだことに加えて、映画産業の縮小に対する合理化・効率化の流れが後押ししたことが挙げられる。フィンチャーは見事その流れに乗り、リアリストとしての実力をさらなる高みへと押し上げたのである。

 

2006年にREDデジタル・シネマカメラ社から登場したRED ONEカメラは、最大4.5Kの撮影を可能にし、デジタルシネマ・ワールドに革命をもたらした名機として高く評価されている。RED ONEは画期的なモジュラー式カメラシステムであり、ブレイン(脳)と呼ばれる小型軽量カメラ本体に、レンズ、バッテリー、メモリ、ハンドルリグなど、撮影によって必要なオプション機材をつけ足していく仕様となる(REDCODE RAWデータ収録)。

 

RED ONEの登場によりデジタルシネマ時代は、ラチチュード(露光の過不足に対する許容度)やダイナミックレンジ、色信号処理といった撮影機器としての本質追求、その第2期を迎えることとなった。そのRED ONEカメラも3年前の10月に生産を終了。続いて登場したREDエピックとREDスカーレット(廉価版入門機)は、いずれも5K解像度(5120×2700ピクセル)のCMOSセンサーを搭載したモデルだ。そして2013年9月、19メガピクセル(6144×3160)のドラゴンセンサー搭載の6K REDエピック・ドラゴンを発表、『トランスフォーマー/ロストエイジ』で初採用された(全編撮影ではない)。

 

REDデジタル・シネマカメラ社は設立当初からオーバーHD、オーバーDSMC(デジタル・スチル&モーション・カメラ/内蔵センサーをフル使用した写真と動画撮影が可能)を目指してきたが、その理念から開発された撮影機器にフィンチャーが飛びついたのは言うまでもない。昨年公開された『ゴーン・ガール』ではREDエピック・ドラゴンを採用、その能力をフル活用した初の劇場映画として完成させている。

 

全編6K解像度で撮影、生成されたREDCODE RAWフッテージは500時間以上に及ぶ(35mmフィルムに換算すると60万km超の長さ!)。全編6K撮影が初めてなら、マスターアーカイブとして5K解像度のDSM=デジタルソースマスター(撮影素材に最近似の非圧縮データ)が作られたのも初めての試みとなり、RAWフッテージのDNAを受け継いだ高品質マスターとしての初例となった。

 

今回の特集「デヴィッド・フィンチャー」では、監督作『ソーシャル・ネットワーク』(10)、『ドラゴン・タトゥーの女』(11)、製作総指揮によるネット配信ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段: シーズン1』(13/放送終了)『同:シーズン2』(14/放送終了)がランナップされるが、いずれもフィンチャーのリアリストぶりが堪能できる作品ばかりだ。しかも全作品、その時代を彩った最新REDデジタルシネマカメラのDNAを宿している点も注視されたい。

 

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『ソーシャル・ネットワーク』は4.5K(4480×1920)で撮影(RED ONE)、DSMは2.3K。『ドラゴン・タトゥーの女』は5K撮影(REDエピック/一部前述の4.5K撮影)、DSMは4Kである。『ハウス・オブ・カード~』はいずれも5K撮影(REDエピック)作品となるが、最新シーズン3は全13話を6K撮影している(REDエピック・ドラゴン/ドラマ初)。

 

こうした高解像度でのデジタルシネマのポストプロダクション作業は、莫大な容量のデータを扱うため細心の注意が払われる。オフライン編集、スタジオ内のサーバ、グレーディング・システム間のネットワーク帯域においても最新アップグレードを行わねばならない。今回の特集で放送される作品はすべて、フィンチャーが最も信頼を置くパナビジョン社傘下のライト・アイアン社がポスプロ作業を行っている。たとえば『ドラゴン~』の作業であれば、5K撮影されたオーバーショット部分(4Kサイズに対して+40%ほどのオーバースキャン部分/未使用画像領域)を使って画像の再配置、デジタルイメージスタビライゼーション(電子式手ぶれ補正/対して撮影時の補正は光学式手ぶれ補正)、精巧なVFX加工を4K解像度で施すという具合だ。

 

DCP=デジタルシネマパッケージ(デジタルシネマの上映用データ・ファイル)、DCPを作るための基データDCDM=デジタルシネマディストリビューションマスターは、いずれも2Kと4Kとなる。しかし5K、6Kという最大解像度で撮影する事で、(たとえDSMが4K解像度としても)ほぼ劣化なしの編集・加工を行えることは素晴らしいことだ。

 

通常では放送用、あるいはブルーレイやDVD、配信用のストリーミングに則した映像はHDCAM-SRテープに保存されるが、そうした二次利用を考えた場合でも画質の優位性は保たれる。現に今回放送された『ハウス・オブ・カード~』は目を奪う高画質放送であったし、『ソーシャル~』『ドラゴン~』もフィンチャー作品ならではの、光の性質・量・方向に忠実な光源操演が現場に居る感覚で理解できた。

 

後者2作品や『ファイト・クラブ』『ゴーン・ガール』で撮影監督を務めたジェフ・クローネンウェス(『ブレードランナー』の撮影監督ジョーダン・クローネンウェスの息子)によれば、『35mmフィルムが持つ質感再現には最低でも6Kは必要。理想は16Kかな』(Filmmaker Magazine)という。『デジタルシネマではフィルム撮影とは違った角度からの、より厳格なソースライティング(人工光源を主体とした照明法)とレンズ選択が必要となるんだ。自然光を使ったナチュラル・ライティングでの撮影は胃が痛くなる時がある』と語る理由は、『人の心と同じように光はとても気まぐれ』だからだそうだ。

 

またクローネンウェスは「カメラの性能や技法にもっとも精通している監督」としてフィンチャーを高く評価している。フィンチャーが携帯する撮影シナリオには、単焦点レンズからズームレンズ、アナモフィックレンズに至るまでの細密な「レンズ計画表」が記載されているとのことで、リアリズム作家としての職能性を垣間見ることができよう。

 

『ソーシャル~』や『ドラゴン~』、『ハウス・オブ・カード~』にみる疑心暗鬼やパラノイアという雰囲気。さらには歪められ、信頼に値しないような空間演出は観応えたっぷりであった。ここには無限とも言える光と陰影の可能性を最大限に引き出そうとするリアリズム作家の姿があり、同時にリアリズムを損なわない限りでの様式美への嗜好がみて取れるあたりが実に興味深い。

 

被写体の現実的な効果を重視し、しかも細部まで木目細やかに描写することで、いかに観客に対して”隠す芸術”たる映画の陰部(暗喩的なサブテキスト)への想像力を働きかけるか。これが今回の特集をイッキに鑑賞して再認識した、フィンチャー流映画術の巧みさだ。被写体を描く画法が作品を重ねるごとに複雑なデジタル・リミックスに移行し続けているとはいえ、フィンチャーのシネフィル的なリテラシーに感じ入らずにはいられない。そうした意味でも、まこと素晴らしい特集企画であった。

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『ソーシャル・ネットワーク』©2010 Columbia Pictures Industries, Inc. and Beverly Blvd LLC. All Rights Reserved. 『ドラゴン・タトゥーの女』© 2011 Columbia Pictures Industries, Inc. and Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.