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『黒いチューリップ』4K修復版の出来るまで。

『黒いチューリップ』の修復を手がけたパリ郊外にある現像所&ポスト・プロダクション、Arane Gulliver(アランヌ・ギュリヴェール)社は2000年創設。フィルムからフィルムへの拡大・縮小プリントを得意とし、特に70mm(IMAXを含む)フィルムの扱いでは定評のあるラボだった。ヨーロッパの大手ラボが次々に70mmの仕事を手放す中で、最後までそれを大事にしてきた会社だったが、残念ながら2014年11月、経営難に陥り、閉鎖。同社の社長であり、今回の修復のディレクションも担当したジャン=ルネ・ファイオ氏に『黒いチューリップ』について、70mm映画について、そしてデジタル化以降のフランス映画の制作現場について、話を聞いた。

 

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『黒いチューリップ』の現在の権利元であるTF1から修復の依頼があったのはいつ頃のことですか?

 

TF1がコンタクトしてきたのは2~3年前ですね。やると決めるまでに永い時間がかかりました。というのは、最初はアメリカでネガのスキャニングをする前提で見積もりを出したのですが、彼らはすぐに「あー、安くなるまでネガはしまっておこう」と言ったんです。高すぎると。当時、私はジャック・タチの『プレイタイム』(65mmで撮影された)の修復の仕事を取ろうとしていたので、「じゃあ、一から作りますよ」って言ったんです。友人と古い機械の部品なんかを利用して、65mmネガ用のスキャナーを設計しました。一年近くかかって、アメリカで使っているのと同じくらいのクオリティのものが出来た。それもこれもヨーロッパ市場に適合した価格でサービスを提供するためです。さもないと、どんな作品も引き出しにしまわれたままになってしまいますから。

 

自作の65mmスキャナの心臓部。

 

アメリカでの料金はアメリカの市場を相手にしたもので、とてもじゃないが払えるようなものではありませんでした。とにかく高かった。それではここヨーロッパでは上手くいきません。スキャナーを自己開発するのは”Do It Yourself”的精神のものではありましたが、最高のクオリティを実現しようとしたんです。リーズナブルな料金を提案したので、じゃあネガを出そう、と思ってもらえるようになりました。それでまず最初に『プレイタイム』に取りかかり、デジタル修復が上手く行ったんです。美しく仕上がったので、じゃあ次は『黒いチューリップ』だと交渉を始め、料金も折り合いがつきました。私たちは65mmのネガを6.5Kでスキャンし、16ビットで処理しました。その後の修復のプロセスは4Kです。スペックだけが大事なわけではありませんけれどね。

 

修復作業の全てがあなたのラボで行われたのでしょうか?

 

ネガの状態チェック、スキャン作業、ネガとの合致作業、色調整……ほとんどがそうです。ただ、ネガの物理的な補修はテクニカラー社のクリスチャン・ルーランに頼みました。昔から一緒にやっていてとても几帳面な仕事をしてくれる人です。音声の修復はL. E. ディアパソンというスタジオで行いましたが、これについての話はそちらに任せましょう。

 

トータルでどれくらいの人数と時間がかかりましたか?

 

映像に関しては6名くらいが関わっていましたが、常に働いていたのは3名で、ほぼ1年がかりでした。2014年の1月にスタートして暮れまでやっていました。そこで我々のラボは閉鎖してしまったので、その後の最終的な仕上げはテクニカラー社でもう2カ月ほど行われ、完成品の試写が2015年の3月でした。

 

『黒いチューリップ』が65mmのネガから修復されたのはこれが初めてのことですね?

 

そうです。本当に大元の素材です。私はTF1がオリジナル・ネガを持っていることさえ知りませんでした。オリジナル・ネガの有無についてはいつも問題になるんです。どこにあるかが分からなくなってしまっていることが多くて。65mmで撮影された作品で言えば、ヨーロッパの何カ国かで合作された『アンクル・トム』(1965)のネガがどこにあるのか分からない。フランス映画の『シェラザード』(1963)も同様です。ドイツやスペインやイタリアの制作会社が持っているのかも知れません。アメリカに売られたのかもしれない……分からないんです。ですから『黒いチューリップ』のネガをTF1が持っていたのは大きな驚きでした。

 

当時作られたインター・ポジ(=オリジナル・ネガから焼かれた第二世代のポジ)もあったのですが、完全に<ビネガー・シンドローム>(=進行性のフィルム劣化。強い酢酸臭を発する)を起こしていて使い物になりませんでした。『プレイタイム』のインター・ポジもそうです。ですから今回の修復はオリジナル・ネガから行われたものです。毎回、魔法のような瞬間なんですが、オリジナル・ネガを見るというのは本当に素晴らしい体験です。とにかく美しいんですよ。

 

『黒いチューリップ』のオリジナル・ネガ缶と実際に撮影に使われたカメラの一つ。

 

 

ネガの状態は悪くはなかった?

 

はい。カットごとのつなぎ目もしっかりしていましたから、つなぎ直さないといけないところは10数カ所程度でした。しかし、擦り傷はとても多かった。とにかく擦り傷、擦り傷の連続で、あとはわずかながら化学的なシミも生じていました。特に大団円の村のみんなが踊っているシーンは傷みがひどくて大変でした。撮影時に起因する傷もありましたね。とはいえ、裂けたコマや欠損はありませんでした。場面によっては脱落していたネガもありましたが、再度接合されました。ありがたいことに、オープニング・クレジットのところは、タイトルと背景のネガが別々にありました。

 

オーバーラップ(ディゾルブ)でつながるシーンとシーンについては、前のシーンの最終カットとなるAロールと、次のシーンの最初のカットのBロールの形で保存されていました。したがって、それぞれをスキャンして、デジタル上でそのオーバーラップを再現したわけです。Aロールの画がフェードアウトしていくのにあわせて、Bロールの画がフェードインしていく。オプチカル(光学)合成に頼らないのでより美しく再現できました。TF1が最初に心配していたのがこのことだったんです。AロールとBロールに分かれているけどちゃんと処理できるかどうか。まったく問題なしです。ネガの端っこにちゃんと「ここからフェードアウトしていく」という風にマークしてありましたから。

 

グレーディング(色調整)に関して、何か基準を決めましたか?

 

私たちは2種類の35mmプリントやDVDも見て適切な色調を考えました。残っていた70mmのポジも見ましたが全部マゼンタに変色してしまっていたのでこれは参考にならなかった。役者たちも濃いメークをしているお芝居ですから、基本的には古典的なタイプの色調整です。私は1960年代半ばのあの時代の映画だ、ということを忘れないように取り組みました。たとえばジャック・ドゥミの『ロシュフォールの恋人たち』(1967)の修復の場合はあの映画のきらびやかな感じを再現することが重要でしたが、この映画はそういうものではないので。

 

グレーディング中のファイオ氏。試写室なみの広さの部屋で行われる。

 

 

二役を演じるアラン・ドロンが同じ画面内にいても合成の継ぎ目が見えませんね。修復の時に何かしましたか?

 

いいえ、それは撮影時のトリック、多重露光で合成されたんです。オプチカル等の後処理ではありません。本当に素晴らしい技ですよ。凄いのは兄ギヨームの隠れ家の椅子のカットですね。椅子に座った弟ジュリアンの後ろをギヨームが回り込むところ。ギヨームの手は椅子の縁には触れていますが、椅子の内側には入ってこない。そこが境目なんですね(注:一人目のドロンを撮る時に二人目のドロンが動く予定のスペースはカメラの撮影窓に黒いマスクを切って何も映らないようにして撮影、その後、カメラのフィルムを最初まで巻き戻す。同じフィルムで二人目のドロンを撮るときは一度目で撮った場所をマスクで隠す。マスクで隠した部分は感光しないので、二回の撮影によって一つの完成した映像が出来上がるというわけだ。後処理をしないので画質の劣化もない。しかし二人の動きのタイミングをあらかじめ計算しておく必要もあり、かなりの難易度が要求されたに違いない)

 

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この合成の上手さについては私も疑問を持っていて、当時の映画のスタッフの誰かに聞くことはできないかと思っていたんですが、第2班の監督をしていたミシェル・ウィンという人がいて、今回の修復についてもアドバイスしてくれています。特に夜のシーンの精密な色彩調整については多くの示唆を与えてくれました。

 

全体に、夜のシーンは青くなっていますね。

 

「アメリカの夜」という呼び名でよく知られている技法です。昼間に撮影しているんですが、撮影時あるいは現像時の処理で夜のように見せる。でもフランス人はあまり上手くないんですよ。アメリカ人は完璧にやります。準備もしっかりしているのでしょう。『黒いチューリップ』の夜のシーンも「アメリカの夜」で、日中に撮影されています。撮影時にレンズに青いフィルターを咬ましている。場合によっては露光をアンダーで撮ったり、通常の露光で撮ったりします。青色は上映プリントを作る時にも足されます。ミシェル・ウィンが来てくれた時、ここの扱いをどうしようか悩み続けていたんです。なかなか簡単じゃないと。青色を少し抜こうかと思ったりしたのですが、ミシェル・ウィンがこう言ったんです。「そんなに悩むことないよ。大事なのは私たちはコメディを観てる、ということだ。とにかく役者の演技と喜劇性を優先しよう。善玉と悪玉の区別がつかないような画じゃ困るだろ」。これが私たちにとってとても大事な助言になりました。本当の夜に見えるようなものでなく、コメディにきちんと敬意を払って、起こっていることがちゃんと見えるようにしようと。

 

あなたの個人的な『黒いチューリップ』という作品への感想を聞かせてください。

 

修復をしていて、この作品を再評価することになりました。アラン・ドロンとヴィルナ・リージは、アンリ・ドカエ(注:かつて山田宏一さんがフランソワ・トリュフォーに「ドカエでなくてドカ」と説明されたが、フランスでも「ドカエ」と発音する人の方が多い)によって、あの時代の正統なスタイルの中で美しく撮影されています。とにかく照明の美しさですね。見事な照明です。いちいちコマを止めて確かめましたよ。偉大な仕事だと思います。ノスタルジーもあるのかもしれませんが、照明の調整にこんなに時間をかけることなんて今ではそうそうあることじゃありません。昔は時間があったんですね。あとは35mmの時は気づかなかったんですが、アラン・ドロンとヴィルナ・リージが室内で会話するところで、リージのカットだけソフトフォーカスのフィルターがかかっていたりして、そういう発見も面白かったですね。

 

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他の俳優も良くて、プランタンを演じるフランシス・ブランシュは自分に忠実で、グラシジャック大公を演じるロベール・マニュエルは演劇界での力量を示してカウンター・パートを見事に演じてみせる。フランスの子どもたちは今でも怪傑ゾロのような剣とケープのコスプレをして遊んだりしますが、そんな剣客映画のよい伝統を引き継いだ、観ながら悩んでしまうような作品ではなくて、すばらしい娯楽映画の宝石だと思います。

 

70mm映画のようなラージ・フォーマットの魅力とは?

 

なんと言ってもイメージの中に入る込むことができる、ということですね。<キノパノラマ>(パリ15区にあった大型映像専門の映画館で、往時はヨーロッパ中でも随一と言われていた)で、いい場所に座れば、本当に映像の中にいると感じられた。音も含めてね。夢の中に入れたんですよ! それに尽きますね。私にとっては究極の体験でした。当時は他にも、<エンパイア・シネラマ><ラルルカン><マックス・ランデー>(草創期に活躍した偉大なフランス映画人の名を冠している)といった大型のフィルムがかかる映画館が沢山ありました。

 

子どもの頃、父親がキノパノラマにソ連の『戦争と平和』(1965~67)を観に連れて行ってくれました。ウワーッ! それはもう、まったく現実の景色そのものだったんです。ショックでした。その時から、私は映画の夢の中にドップリ浸かっているわけです。純粋な夢です。映画のあるシンポジウムのタイトルで「工業的な夢」っていうのがあったんですが、まさにそれです。だから大型の映画が好きなんですよ。私はずっと映画の技術的な側面にも大変興味を持っていましたから。3画面を使ったアベル・ガンスの『ナポレオン』(1927)なんかもシビれました。大型の映画を作るのは技術的な挑戦であり、非常に込み入っていて簡単にはいきません。だからこそ面白いんですがね。<マックス・ランデー>は今や完全にデジタル上映になってしまいました。そこでは”70mm映画フェスティバル”という企画をやっていてよく行ったものなんです。「なんで止めちゃうんだ?」ってみんなで文句を言いましたよ。

 

あなたのラボは『黒いチューリップ』の作業の終盤、昨年の11月に閉鎖されました。古い映画の修復はビジネスとして割に合わないものでしょうか?

 

あくまでも私個人の意見ですが、アナログやフィルムからデジタルへの移行はまるで革命のように急激で、私たちのような多くの技術者にとっては耐え難いものでした。CNC(国立映画センター)が映画産業で働く人々のプロフェショナル・カード*を廃止した時から、私は、私たちの職業がとてつもない変化を余儀なくされるだろうと予感していました。この職業に携わっていた人でいうと、デジタルへの移行の波に乗れた人よりも、そこから振り落とされた人の方が多かった。世間一般の不況を考えると、当社のデジタル化への投資はとてつもなく大きなもので、事業としては失敗してしまったのです。

 

*CNCのカードは2009年の夏に廃止されたが、それまで映画制作に従事する職業人は自分の働ける役職についてのカードを取得する必要があった。その職種とは、プロデューサー、スクリプター、ロケーション・マネージャー、プロダクション・マネージャー、撮影監督助手、撮影技師、撮影監督、美術監督、美術監督助手、録音技師、録音技師助手、チーフ・メイク……といったもので、一度手に入れれば一生モノで、多彩な人はいくつものカードを持っていたという(ただし、1つのプロジェクトで1人の人が使えるカードは1枚だけ)。たとえば、国立の映画学校FEMISやリュミエールを卒業すると、演出部門であれば卒業の際に助監の資格カードをもらえる、編集のカリキュラムを成就した人ならばアシスタント編集者のカードをもらえた。また、このカードがあると映画館やシネマテーク、カンヌ映画祭などにタダで入れるという特典もあったという。

 

(取材:木村ひろみ 翻訳:山下泰司)

『黒いチューリップ』日本語吹替版 10月16日 イマジカBSにてオンエア

『黒いチューリップ』最高画質版  11月  5日 イマジカBSにてオンエア

『黒いチューリップ』    10月31日 アンスティチュ・フランセ東京にて上映

『黒いチューリップ』Blu-ray  11月27日発売


黒いチューリップ
La Tulipe Noir

1964年 フランス
監督:クリスチャン=ジャック
出演:アラン・ドロン、ヴィルナ・リージ

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『黒いチューリップ』©MEDITERRANEE CINEMA / MIZAR FILMS / AGATA FILM - 1964