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第四章ダイジェストその3
ダークエルフの集落がドラゴンに襲われると解り、パセラネは協力を約束し集落に向かう事になる。
パセラネの説得のおかげと、イルメラというドラゴンの存在のおかげで交渉は思いのほかスムーズに進んだ。
何とかドラゴンが攻めてくるかもしれない、というのを信じてもらい、その探索と迎撃をダークエルフ達は行うこととなった。
その日の夜、カイル達はダークエルフの集落の中ではなく、少し離れたところで野営の準備をしている。
協力してくれると言っても閉鎖的なダークエルフの集落に外部の者が宿泊できる場所などあろうはずもなく、余所者に立ち入って欲しくないとの事で野営をしているのだ。
野営の最中、パセラネとエリナは楽しげに話をしている。
ただカイルにはパセラネの笑顔が少しだけ固い物に感じられた。
◇◇◇
その頃ウルザはダークエルフの集落を見て回っていた。
ウルザの行動はダークエルフ達には良い顔はされなかったが、万一ドラゴンに攻め込まれた場合の為に住居の配置を把握しておきたいと言えば否とは言えない。
元々好奇心から故郷を飛び出したウルザだ、ダークエルフの暮らしぶりは気になるところで滅多にないこの機会を活用していた。
ダークエルフの集落には、数百人単位で住んでいるようで、住居は樹そのものが家となっている。
樹の苗木の頃に魔法をかけ、何百年と時間をかけて家に成長させると言うもので、これはエルフ達も同じようにしてるので、暮らしぶりはそう変わらなさそうというのがウルザの印象だった。
そしてウルザが戻ろうとした時、パセラネに話しかけられる。
カイルなら兎も角、自分に話などどういうことかとウルザが不思議そうな顔になるが、カイルとはどんな関係だと問われ、考え込み言葉に詰まってしまう。
人間との恋についても問われるが、自分とカイルはそんな関係では無いと、とりあえず全力で否定する。
パセラネがこんな事話したのはエリナの両親が原因で、エリナの父を慕っていた彼女としては、異種族間で結ばれて幸せになれるかどうかが気になり余所者のエルフで人間のカイルと親しいウルザに聞きたかったのだ。
ウルザはエリナの両親に会ったことは無いが、本人たちは幸せだったと確信している、何故ならエリナが幸せそうだからだ、と言い切った。
それはそっちも解っているだろうし、自分の目で見たものを素直に信じた方がいいとウルザは言うと、パセラネも少し笑った
突然こんな事を聞いてすまない、だがそっちも素直になった方がいいと思う、というパセラネのからかうような忠告をうけ、ウルザの顔が赤くなった。
「戻ったか……どうした?」
野営場所に戻ってきて、自分の顔をじっと見ているウルザを不思議そうに見るカイル。
何でもないと明かるく話しながらウルザは腰を下ろす。
この時リーゼがいなかったので、ウルザはさりげなくカイルの横に、いつもより心持近くに座った。
◇◇◇
ユーリガはカイル達より、更に離れた樹の太い枝の上に目立たないよう寝転がっている
ダークエルフと言えど人族だ。魔族のユーリガがいると厄介なことになるだろうという配慮から、ユーリガは事情を知るパセラネやロアス以外に一切顔を見せてはいない。
そのユーリガの元にリーゼがやってくる。その手には食事を乗せたお盆がある。
自分に構うなとユーリガは面倒くさそうにリーゼを見おろす。
だがそれにめげずリーゼは食事を勧め、やがて根負けしたようにユーリガは樹の枝から降りてきて、満面の笑みで「どうぞ」と御盆を差し出すリーゼだった。
◇◇◇
翌日の間もなく昼になる頃、カイル達の元にパセラネとロアスが慌ててやってきた。
グルードとメーラ教徒が見つかったのだが、リネコルに向かおうとしているとの事で、カイルも首を捻る。
ドラゴンなら数百人単位の集落なら全滅させる事は容易いだろう。
だがエッドス国の首都であるリネコルは万単位の住人がいて、しかも戦える冒険者の多い都市だ。
それでもドラゴンが本気で暴れればとてつもない被害がでるだろうが、
(何故だ? 何故リネコルに向かわせている?)
何よりその理由が解らない。
ダークエルフの集落を襲うのは利益は無くとも、メーラ教の教義ということで納得できる。
だがリネコルは人間が多い人間の都市だ。襲わせる意味がまったく解らない。
「とにかく行くしかないな」
カイルは皆と同じように行こうとしたエリナをここに残らせて、イルメラの背に乗り出発する。
◇◇◇
「もうすぐだな」
上空から地図を眺めながら、カイルが呟く。
指示されたのはリネコルの街に近い、密林の中でも少しひらけた場所のようで間もなくつくはずだ。
近づくとイルメラは、グルードが感じられず、既にここを離れているようだと言う。
リネコルに向かったとするならそっちに行ったほうがいいかと思ったが、妙なものが目に入りカイルは言葉を失う。
それは赤い点、上空から見れば密林は敷き詰められたかのような緑が広がっているのだが、その一点だけ赤いのだ。
そこからあまりに異常な気配を感じ、放っておけないとイルメラに頼みすぐ側に降り立った。
◇◇◇
そこは文字通りの血の海だった。
散らばった手足、飛び散る内臓、眼球が零れ落ち脳もはみ出した頭部など……最低でも三十人以上の死体、いや肉塊が血まみれになって無惨に転がっている。
何よりもむせ返るような血の臭いがひどく、リーゼもウルザも顔色が悪い。
その血の海の中心に立っているのは魔族だった。
頭には牛のような小さめの角が二本生えていて、それほど背も高くないし迫力と言ったものがまったく感じられない魔族だ。
良く言えば愛想のある、悪く言えば胡散臭いそんな印象を受ける笑顔を張り付かせている。
頭を下げターグと自己紹介する魔族。
一見まともに見えるが、血の海の中心ということで礼儀正しければ正しいほど異様な光景だ
人間を殺したことをユーリガは強く咎めるが、正当防衛だと困ったように言うターグ。
「貴様は何者で、目的は何だ」
カイルは剣を抜くが、決して近づかず何をされてきても対応できるよう距離を取っている。
この虐殺をおこなった魔族に不用意に近づきたくは無いからだ。
ターグは大それたことはなく、ただドラゴンの役に立つべく操られたグルードを助けにきて、邪魔をした人間をやむを得ず殺したそうだ。
そしてカイル達が同じ目的だと解ると、この場は譲ってほしいと、それがだめなら共同で当たらせてくれないかと、頭を下げてカイルにお願いに出た
人間相手に平気で頭を下げる所を見ると、そうとう変わり者の魔族と言える。
「断る」
だがカイルはきっぱりと、考える余地なしと断る。
「魔族と仲良くするつもりは無いし、人間を殺したことについてこの場でどうこう言うつもりは無い……もっと根本的な問題で、お前が胡散臭すぎる」
胡散臭いの言葉には全員がうんうんと頷いた。
あちゃあ、とターグが芝居がかった動作で額に手をやるが不意にその姿が掻き消えた。文字通り完全に消えたのだ。
次の瞬間セランは反射的に隣にいたユーリガを突き飛ばす。
これは完全にセランの直感でほんの僅か、刹那の時間差でユーリガのいた位置をターグの手刀が槍のように貫いた。
その手刀はぼんやりと黒く光っており、見る者が見れば解るが濃密な魔力で覆われているのが解り、鋼の鎧でも紙のように貫けるだろう。
そては転移能力と言われる瞬間移動で、特級魔法でも【テレポート】という瞬間移動があるが、それを能力としてもっている魔族と、シルドニアが苦い顔で説明する。
ユーリガは歯ぎしりをしながら、憎悪をこめて睨み付けるがこれは仕方ないことでして、とターグが悪びれもせずに言う。
そしてイルメラにもこれは所謂魔族同士の内輪揉めというやつで、人族やドラゴンの方々と争うつもりはないと、と必死にアピールする。
一応ターグの言う事は筋が通っており、元より関与するつもりのなかったイルメラは無言でターグを見ている。
現状はターグを全員で一定の距離をとって囲んでいるが、セランがターグから目を離さずカイルにここは任せて先に行けと言った。
「……わかった。ここは任せたぞ」
カイルはしばらく悩んだが、グルードが最優先なのは間違いないので、ここをセランに任せることにした。
イルメラの背に乗り、セランがターグに改めて向き合ったところで、ここで何かに気付いたように横を見る。
その方向から多数の人の気配を感じる。恐らくはメーラ教徒、その目的はターグの足止めの追加要員だろう、セランは間が悪いと舌打をする
乱入されるとターグに逃げられ足止め失敗になりかねないので、メーラ教徒をリーゼとウルザ、ターグはセランとユーリガの二手に分かれる事になった。
最後にもう一度話し合いですませんまませんか? と愛想のいいターグに、セランは不敵な笑みで答え戦闘が始まった。
◇◇◇
襲い掛かってくるメーラ教徒の顎を、右拳の横殴りで砕きながらリーゼが後退する。
本来なら間違いなく、昏倒しているはずなのに、まるで痛みを感じないかのように顔の下半分を地に染めながら再度向かってくる。
ウルザの命で召喚された炎の精霊サラマンダーが広範囲に炎を吐き、向かってきた数人を一気に火炎に包み込む。
だが服を燃やしつつ、半ば炭のような身体になりつつも、ウルザに向かってくるのを、土の精霊ノームにより叩き潰されようやく沈黙する。
実力のほどはリーゼやウルザが完全に上回っているが、普通の人間なら確実にあるはずの、苦痛を感じた際におこる反射的な反応、死を感じた時の恐怖からくる生への執着、それらが根こそぎ無いメーラ教徒に苦戦する二人。
更に味方をも巻き込む毒煙を使われ、危機に陥ったその時、突如として爆発が起きた。
それも一回ではなく、二回三回と立て続けにおこり、爆風により毒の煙幕を吹き飛ばす。
それは魔法ではなく火薬を使った爆発の様で、独特の臭いが鼻をつく。
爆風によって巻き上げられた土ぼこりが収まって視界が戻り、反射的に身をかがめていたリーゼとウルザが顔をあげると、そこに立っていたのは忍び装束と言われる独特の戦闘服に身を固めたミナギだった。
なんでこんな事に、とため息をつきながらミナギは手裏剣と言われる投擲刃物を取り出し、まだ息のあったメーラ教徒の急所に正確に投げつけとどめをさしていた。
ミナギがここに来た理由は単純で完全に偶然だ。
この間リネコルの街で見つけた怪しい男、その素性を調べたらやはりまともではなく、メーラ教徒と解った。
そこから調べた結果、芋づる式にメーラ教徒を発見できたのだ。
リネコルに来た当初は全く掴めなかった動向がわかり、教徒の数の多さに驚いていたが、全メーラ教徒に招集がかかったようだった。
その数は数十人になり、これは大事だと監視していたら何かの指示があったのか慌てて動きだした。
後をつけていくと、濃厚な血の臭いが漂う物騒な場所に来たかと思ったら、驚いたことに護衛対象であるウルザとリーゼが現れ、戦闘が始まったので、とりあえず護衛の任務を果たしたという訳だ。
これはどういう状況だと聞くと、メーラ教と魔族と三つ巴になっている、カイルはドラゴンと戦っていると真面目に答えるリーゼとウルザにミナギはこの場での理解を諦めた。
とりあえずこのメーラ教徒を何とかしようと、ミナギは反った片刃の剣を二刀流で持ち構えた。
先ほどのミナギ特製の爆薬で、メーラ教徒は十人以上は吹き飛んだがそれでも二十人は残っていて、体勢を立て直しこちらに向かって来る。
ミナギは重心を低くし、メーラ教徒達に向けて走り出した。
その動きは直線的なものではなく、曲線を描き幻惑するかのような動きで、体捌きそのものがフェイントとなっており、惑わされたメーラ教徒の脇をすり抜けたと同時に刃を振るう。
ミナギが通り抜けた後には、メーラ教徒の首が三つ落ちていた。
そんな真似は出来ないと言いつつも、気を取り直したリーゼとウルザもメーラ教徒に躍りかかり、確実に殲滅していった。
◇◇◇
その頃セランとユーリガによるターグとの戦いは、一方的な展開となっていた。
一方的にセランとユーリガが攻め続けていてターグは防戦一方になり――二人は追い詰められていた。
どれだけ速い動きだろうと、それが速いというだけなら目で追うことも可能だろうが、ターグの転移はその一瞬の時間すらなく、気付くと背後に現れたりするのだ。
しかも転移は回避にも使っている為、二人の攻撃はほぼ完ぺきに躱されている。
救いは流石に無制限に仕える訳ではなく、、一度使えばある程度時間を置かねば転移はむりな点だ
また距離も作用するようで、最小限の転移を繰り返すことはできるが、長距離となるとかなり長い時間を置かねばならない。
その為ターグは戦闘時には転移を主に回避に使っていて、二人の攻撃を回避した後、反撃すると言うのが戦闘の流れになっている。
本来ならターグも転移は攻撃に使い一気に片付けたいだろうが、それをセランとユーリガは許さず、攻め続ける。
セランの殺意の籠った必殺の斬撃をターグは顔色一つ変えず紙一重、皮一枚で完璧に避け続け、時折思い出したかのようにカウンターで反撃する。
その反撃がまた鋭く、ターグの手刀はやすやすと防具を貫いてくる。
それでもセランとユーリガは攻め続けるしかない。
厄介な転移を回避に使わせ、攻撃に使わせないためで、セランとユーリガが五十攻撃して、ターグが一か二反撃するの繰り返しだ。
圧倒的に攻め続けながら、セランとユーリガは追い詰められていた。
そして遂に、ターグのカウンターをセランがくらってしまい、足に深手を負ってしまう。
ユーリガも少なからず傷を負い、とうとう一度距離を取り、二人は少し離れた大木の裏に隠れた。
だがここで時間稼ぎは充分と、セランはユーリガに作戦を言う。
一瞬セランが何を言っているか解らなかったが、理解できるとユーリガは正気かと目を丸くする。
頼んだ、とセランは肉食獣の様な凄みのある笑みを浮かべた。
◇◇◇
まず飛び出したのはユーリガ、全力の突進からの鉤爪の攻撃をターグの顔面めがけて繰り出す。
捻りの無い単純な攻撃だが、その分威力も速さも申し分ない。
だがターグはやはり頬を掠らせるかのような避け方をし、反撃にユーリガの腹部へと手刀を叩き込む。
脇腹を削られ、血を撒き散らしながらユーリガはターグから離れると、同時にユーリガの背後からつめ寄っていたセランが斬りかかる。
これがもっとしっかりと連携が取れていればターグも脅威に感じたのだが、二人の攻撃はほぼ独立しておりただの連続した攻撃にしかなっていなかった。
振りかぶったセランの攻撃に、ターグは微妙な違和感を感じた。
直ぐには説明できないが妙なものを見た気がしたのだが、セランの斬撃は人族の最高峰の斬撃と言っていいよく、ターグにとっても余裕は無いため、深く考える事は出来ず少し下がり避ける。
大気そのものを切り裂くような斬撃、全身全霊をかけた一撃だったのだろう、セランはバランスを崩して隙だらけとなった。
そして反撃を、今度こそとどめをと思った瞬間身体が止まり、ターグの笑みが初めて消えた。
ターグは気付いたのだ、自分の肩から胸、腹部にかけて一筋の線が出来ていることに。
そしてぷつぷつと赤いものにじみ出たかと思うと、一気に噴水のように血が噴出した。
確かに避けたはずなのに、と驚愕するターグがセランを見ると、先ほども感じた違和感の正体に気付いた。
セランは片手で、右手に聖剣を持っているのだが、同時に左手でも聖剣を持っていたのだ。
セランは右手に、前腕部の肘に近い部分で斬りおとされた左腕を持っている。
その左手には聖剣を握りしめた上に帯布を巻きつけて固定してあるのだ。
これで間合いが長くなったと言っても、ぜいぜい手のひら一つ分くらいだ。だがその手のひら一つ分がセランにはどうしても欲しかったのだ。
セランは剣を持ち上げ縛っていた、帯布を口でほどく。
ほどけた自分の左手を無造作に近くの草むらに放り投げ、聖剣を右手でしっかりと握り直し、ターグに切っ先を突きつける。
セランの不敵な、どこまでも不敵な笑いに今は味方のはずのユーリガまで背筋にぞくりとした物が走る。
ここで初めてターグはその仮面のように張り付けた愛想笑いの表情が剥がれ落ちたかのように、初めて感情を見せ、本当の意味での歓喜の笑顔で手を叩いて喜んでいる。
ターグは敗北を受け入れ、さっさと去ろうとするが、ただで逃げられると思うのか? とセランが笑いながら言う。
セランはもう一つ二つ悪あがきをするものだとばかり思っていたので、拍子抜けた感じだったが、その場のノリで投げ捨ててしまった自分の左手を想いだし、慌てて拾いに行く。
この先片手で暮らしていくつもりはセランも毛頭無い。
すぐに回復魔法なり魔法薬なりで治療すれば元通りに治すことが出来るのを見越しての切断で、奇策だったのだ。
その様子を見ながら、ユーリガが凄いのか凄くないのかよく解らない奴だと、ため息をついた。
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