「雁来紅」について:松崎慊堂「慊堂日暦」から

現在、松崎慊堂(こうどう)の「慊堂日暦(にちれき)」を読み返しているところです。

この文政〜天保の頃の漢学者の日記については、以前箱根への途上での梅沢や南湖ついての記述を取り上げて紹介しました。また、大雄山最乗寺へ箱根外輪山を越えて往復した話や、蕨取り蕎麦の話についてもそれぞれ引用を紹介しています。ただ、これらは元々「「湯治の道」関係資料調査報告書」(箱根町立郷土資料館編 1997年)で箱根を通過したり滞在したりした際の紀行文・道中記のうちの1つとして紹介されていたものを手掛かりにして、東洋文庫版の「慊堂日暦」から該当箇所を探し出してきたものです。このため、「慊堂日暦」のそれ以外の箇所については殆ど目を通していませんでした。他に相模国内を経由した旅の記録がないか、あるいは産物を考える上で参考になる記述がないか、もう少し範囲を広げて探してみる気になって、改めて東洋文庫版の「慊堂日暦」を紐解くことにしたものです。

東洋文庫版の「慊堂日暦」は全部で6冊に及ぶ文量がありますので、一朝一夕に読み通せるものではありません。今回は当時の様子を窺い知ることが出来る記述が他にないかを探すのが目的ですから、慊堂の日常的な記録などは出来るだけ読み飛ばしているのですが、それでもなかなか終わりが見えません。

そんな中で、ふと気になる記述が目に止まったので、今回はこれをメモ代わりに取り上げてみようと思います。因みに、今回の話は相模国の地誌・郷土史とは関係がありません。出来れば何か興味深い文書と併せて紹介できれば良いのですが、今のところこれといったものを見ていないので、将来何か見つけた際に改めて取り上げたいと思います。

件の箇所は「慊堂日暦」の文政11年(1828年)4月13日の項で、そこにはこんな一節が記されています。

◯白鶏冠

菜となして食すれば、よく血を調う。水府の義公はかつてこれを(たしな)む。檉宇(ていう)公は秋芳の種六件を贈る、これはその一なり。のこりの五件は、万寿菊・老少年(はげいとう)・鳳仙・黄葵(あおい)・燕支。云う、この五種は、園中に第一に種蒔して、以て九秋の吟賞に供すべしと。

(「慊堂日暦2」山田 琢 訳注 1972年 平凡社東洋文庫213 179〜180ページより、ルビも同書に従う、強調はブログ主)


先にここで登場する人物について解説しておきましょう。「水府の義公」とは徳川光圀のことです。「檉宇公」は林檉宇(ていう)を指すと思われます。この人は松崎慊堂とは父である林述斎の同門という間柄で、恐らくこの「白鶏冠」の話は檉宇から直接聞いたものを日記に書き付けたのだろうと思われます。「慊堂日暦」に書き付けられたこうした記述の中には、かなり怪しげな民間療法やうわさ話、果ては奇談の類いまでが含まれており、個別にはどの程度信頼性の置けるものと言えるか、心許ないものも含まれているのですが、この「白鶏冠」の項については、少なくとも拠り所として挙げられている人物の名前は相応に重きを置いて良いものと言えそうです。

農業全書巻4「独活」
「農業全書」より「鶏頭花」「独活」の項(再掲)
(「国立国会図書館デジタルコレクション」より)
私がこの一節が気になったのは、ここで挙げられているものの中に「老少年(はげいとう)」の名があったからです。以前蕨や独活などの山菜を取り上げた時に「農業全書」に記された図を掲げましたが、その際のキャプションで独活の隣に「鶏頭草」が載っていることを指摘しました。それ以来、この「鶏頭草」について江戸時代当時の文書に登場する例が他にないか、少し気に留めていたのです。

「農業全書」ではここで次の様に記しています。

肥地に宜し。手入よく、こやしぬれバ、茎葉大きになり。(ゆびき)てあへ物ひたし物とし味よし。花さまざま見事なるあり。其味も(ひゆ)にハ(まさ)れり。其性も(よき)ものなり。

(「日本農書全集 第13巻」農山漁村文化協会 326ページより、ルビは一部を除き省略、くの字点はひらがなに展開)


今となっては日本ではケイトウの仲間は専ら観賞用の園芸植物として栽培されていると思いますが、海外では現在も食用とする地域があるそうです。日本でも少なくとも江戸時代には食用としていた実績があることが、この「農業全書」の記述からわかります。

但し、檉宇は「はげいとう」と言っていて「けいとう」とは言っていません。それぞれについて「原色牧野植物大図鑑」では次の様に解説しています。

  • 941. ケイトウ〔ケイトウ属〕

    Celosia cristata L.

    原産はインドの熱帯地方といわれ、古くに日本へ伝来し観賞用として庭に植えられる1年草。茎は直立し高さ30〜90cm。葉は互生し長い柄がある。花は夏から秋、肉冠の左右両面に密生し、頂部に赤、紅、黄、白などの鱗片がつく。種子はレンズ形で黒く光沢がある。園芸品種として他にチャボゲイトウ、ヤリゲイトウなどがある。和名鶏頭は花を雄鶏のとさかに見立てたもの。漢名鶏冠。

  • 942. ノゲイトウ〔ケイトウ属〕

    Celosia argentea L.

    熱帯地方に分布し、日本では暖地に帰化し、ときには栽培される1年草。高さ80cm位、緑色の縦のすじがあり無毛。葉は互生で柄を入れて長さ3〜9cm。花は夏から秋、多数の淡紅色の小花を密につける。がく片5枚、長さ8mm位、乾皮質で花が終わると白色になる。雄しべは5本、基部は合着して、子房をおおう。和名野鶏頭(のげいとう)。

  • 947. ハゲイトウ〔ヒユ属〕

    Amaranthus tricolor L.

    熱帯アジア原産。古い時代に日本に渡来し、観賞用に栽培されている1年草。さまざまな園芸品種がある。高さ1.5mに達し、無毛。葉は接近して互生、秋に紅色、黄色などの斑が出て美しい。花は夏から秋、淡緑色、また淡紅色の細かい花をつける。花弁はない。蓋果は横に裂けて、帽子状の上半分は離れ落ちる。種子はレンズ形で黒色、光沢がある。和名は葉が特に美しい鶏頭の意。漢名雁來紅。本植物は葉を鑑賞するためにヒユから栽培化された栽培変種群である。

(「APG原色牧野植物大図鑑 2」牧野富太郎著 邑田仁・米倉浩司編 2013年 北隆館 314、316ページより)


これらに対して、「本草綱目啓蒙」でも
  • 靑葙

    アマサク和名鈔 ノゲイトウ イヌゲイトウ豫州

    キツ子ビ攝州 ノビキヤシ同上[高槻] イヌノオ防州[黒川]

    〔一名〕…

    ノゲイトウの名あれとも常の鷄冠(ケイトウ)花の野生したるに非ず別に一種あり春後苗を生す一根一莖直上す高さ一二尺或は五七尺圓葉互生す鷄冠花葉に似て淡緑色又瘠地の者は狭小にして蕃椒(トウガラシ)葉に似たるもあり夏の末枝梢ごとに穂を出す形圓細長さ三五寸小花密布して長筆頭の形の如く大さ指の如し色白くして尖に淡紅色あり故にキツ子ビの方言あり一種穂末淡黄色なるものあり黄花の靑葙なり花後實を結ぶ圓扁にして極て小く鷄冠花子に似たり黑く光り漆の如し是藥用の靑葙子なり實熟して苗根共に枯る

    〔附錄〕…

  •  鳫來紅

    ハゲイトウ [ガンライコウ] ガンライサク佐州

    ハゲイトウに數種あり鳫來紅はハゲイトウの内にて脚葉の色紫にして秋に至て頂に深紅色の葉を出すを云う〔一名〕春不老通雅還少年遵生八牋秋紅三才圖會… 一種脚葉綠色にして秋に至て頂に黃色の葉出るを鳫來黃と云花戸にて黄ガンライと云ふ 十樣錦はニシキサウ モミヂサウと呼ぶ此もハゲイトウの内にて秋に至て紅綠黃紫の四色雜る者を云…

  • 鷄冠

    ケイトウ ケイトゲ[能登]

    〔一名〕…

    俗にケイトウと呼ぶ鷄頭の意なるべし然とも此花は鷄の冠に似たり鷄頭には似ず唐山にはオニバスの實を鶏頭と云鷄冠に數種あり一種莖短く僅に三五寸にして大なる花を開を高麗ゲイトウ又南京ゲイトウ チヤボゲイトウと云…一種花の形圓にして末尖るをヤリゲイトウ又スギナリケイトウと云…一種花の形ち扁大なるをトサカゲイトウ又ヒラゲイトウと云…此外にも種類甚多し…

(「国立国会図書館デジタルコレクション」より、手書きによる書き込みは一部[]内に反映、種名を除きカタカナはひらがなに置き換え、…は中略及び後略、なお「雁来紅」は「靑葙」の附録に近い記述となっているが、ここでは別項に分けた)

等々と記述されており、本草学でも当時からこれらの名前の似た植物をそれぞれに分けて認識していた節が窺えます。ただ、「本草綱目啓蒙」ではこれらが食用であることには触れていません。「大和本草」ではノゲイトウに当たる「靑葙」やハゲイトウに当たる「雁来紅」の記述がなく、「鶏頭花」の項に

其葉嫰き時可食性あしからす

(「国立国会図書館デジタルコレクション」より、カタカナをひらがなに置き換え、返り点は省略)

と記されていて、食べられることは食べられるといったニュアンスになっています。

農業全書巻4「莧」
「農業全書」の「莧」の項
この中でも雁来紅については触れられていない
(「国立国会図書館デジタルコレクション」より)
「農業全書」では鶏頭花について「ひゆより旨い」と書いています。ハゲイトウは現在ではヒユ属に分類されていますが、当時雁来紅がひゆの仲間であることがどれだけ認識していたかははっきりしません。少なくとも、「農業全書」の中では雁来紅の栽培については触れられていないのは確かです。

林檉宇が松崎慊堂に「はげいとう」と共に全部で6種類の植物について語ったのは、「よく血を調う」などという表現から見て、やはり体に良いことを勧めているのでしょう。実際のところ、「慊堂日暦」の記述では自身の下痢や歯痛などの記録が多く、割と病弱ではあった様で、そうしたこともあって慊堂が健康に良さそうなものへの関心を深めていったのかも知れません。ただ、「本草綱目啓蒙」などの記述からは、鶏頭花や雁来紅がどの様な効能を持っているのかを確かめることは出来ませんでした。檉宇は後に父の跡を継いで大学頭となる人で学問的背景は当時としては十分にあった筈ですから、これらの植物についてどの様な文献を元に理解を深めていたのかも気になります。ただ、「老少年」という、漢籍の1つに見える表記に近い字が充てられていることから、恐らくは鶏頭花や靑葙とは区別して理解していたものと思われます。

今回は他の5種の植物については未確認で具体的にどの様な植物に該当するかは今のところ不明なものが多いのですが、わざわざこれら6種の種を「贈った」としているところからは、当時もあまりお目にかかることが多いものではなかったのではないかという気がします。その伝で考えると、「はげいとう」もそれほど多くは栽培されていなかったのでしょう。「農業全書」に記された「鶏頭花」の方にしても、「大和本草」の書き方では食用としてはそれほど好まれてはいなかったのかも知れません。
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