週刊 ニュース深読み「巨大化する“組み体操” 誰のため?何のため?」 2015.10.10


ラッキーな人ですね、私は。
半分は微生物になんかやらないかんのじゃないですか。
ニュートリノに感謝をしたい。
ノーベル物理学賞を受賞されました。
おめでとう!
じゃあ、日本人で2人になったわけ?
いや、うれしいな、そりゃ。
へー、よかった、よかった。
それはありがとう、ありがとう。
ありがとうございました。
ありがとう、ありがとう。
自分たちがとったみたいに、なんか。
おはようございます。
週刊ニュース深読みです。
2日連続、2人が受賞という、うれしい1週間でしたもんね。
そうですね。
まずこちら。
ことしのノーベル医学・生理学賞に北里大学特別栄誉教授の大村智さん。
そして物理学賞は、東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章さんが、それぞれ選ばれました。
そして横に並んでいるのは、これまでにノーベル賞を受賞した日本人の方々です。
アメリカ国籍を取得した人も含めて22人。
そしてことし、大村さんと梶田さんが加わって、24人となりました。
まずはですね、このお2人の業績から見ていきます。
おめでとうございます。
北里大学の特別栄誉教授、大村智さん。
大学の名前にもなった、あの北里柴三郎博士も成しえなかったノーベル医学・生理学賞です。
大村さんの業績の結晶はこちら。
寄生虫の…が原因のイベルメクチンです。
アフリカなどで流行し、失明したり、皮膚が肥大化したりする病気に対し効果が高く、副作用が少ない薬として、世界中で使われています。
大村さんは、その薬の成分を発見したんです。
その方法は。
この袋ですね。
土を取りますとですね、これを記録しておくわけですね。
この3点が私の秘密兵器です。
土を採取して、その中にいる微生物が出す物質を研究するんです。
大村さんは行く先々で、土を取ってきました。
そして運命を変える土があった場所は。
どこですか?ゴルフ場?
そうなんです。
ゴルフ場の土の中の細菌が出していたのが、薬の成分、エバーメクチンでした。
薬はアフリカなどに無料で提供され、これまでに4000万人の感染を防いだと見られています。
ノーベル賞の選考委員会は、人類への貢献は計り知れないとたたえました。
こつこつと土を集めては、分析を繰り返すという、地道な作業から生まれた、今回の偉業。
大村さんは、こう話していました。
大村さんの快挙の翌日。
号外です、ノーベル賞の号外です。
ノーベル物理学賞に、東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章さんが選ばれました。
17年前、梶田さんの業績が初めて世界に認められたときの映像です。
質量、つまり重さはないとされていた素粒子、ニュートリノに、重さがあると唱えたんです。
物理学の定説を覆した大発見でした。
そのニュートリノを観測したのは、日本が世界に誇る観測施設、スーパーカミオカンデでした。
梶田さんが成果を挙げた、素粒子物理学。
宇宙の成り立ちなどの解明に欠かせないこの研究分野は、実は日本のお家芸ともいわれています。
お家芸?
この分野のノーベル賞受賞者は、昭和24年の湯川英樹さんに始まり、昭和40年の朝永振一郎さん。
それから37年、梶田さんが教えを受けた、小柴昌俊さんも、ニュートリノの観測で受賞しました。
このあとも受賞は続き、梶田さんは、この分野では日本人で7人目となりました。
梶田さんは、周りの支えがあったからこその受賞だといいます。
スタジオには、ノーベル賞に詳しい、科学ジャーナリストの馬場錬成さんです。
よろしくお願いいたします。
おはようございます。
馬場さんは大村さんの伝記も書かれているということですが、ご本人ともお会いになったことがあるということですけれども、どんな方なんですか?大村さん。
業績はもとよりですね、お人柄が大変温かい感じの方で、非常に親しみやすい、大先生でございます。
それで大村先生と最初、おつきあいして、いろいろ業績内容を聞いてですね、私はまあ、長年、ノーベル賞業績を研究してきましたので、すぐにですね、あっ、この先生はノーベル賞ものだというふうに分かりました。
直感された?
はい。
ですから2年前に、雑誌でも、いずれ、オンコセルカ症の特効薬の発見で、ノーベル賞をもらうでしょうという預言を書いておきました。
預言されてたんですね。
梶田さんについてはいかがですか?
梶田さんは、素粒子、ニュートリノの観測と、それから質量があるという流れの中で、もらうべくしてもらった。
それは、小柴昌俊さんがカミオカンデでニュートリノを観測して、その実績をさらに発展させる、ノーベル賞の先にノーベル賞があるというのが私の考えなんですけども、ノーベル賞をもらった業績の、その分野をさらに発展させると、またノーベル賞が生まれると。
それを絵に描いたような形で今回は受賞したと思ってます。
ノーベル賞といいますと、言わずと知れた世界的に有名な賞なんですが、実は意外と知らないということで、きょうは、馬場さんにその詳しいところを教えていただこうと思います。
まずこちらからいきます。
まず基本から。
ノーベル賞は、ダイナマイトを発明した、アルフレッド・ノーベル、スウェーデンの科学者ですね、の、遺言にあたって、20世紀初め、1901年に創設されました。
こちらの映像、ちょっと見ていただけますでしょうか。
これですか。
これは?
小野さんが以前、スウェーデンまで行って取材をしてますね。
ひょっとしてですよ、ノーベル努力賞とか、ノーベル参加賞とか、何かそういうものをためしてガッテンがもらえたりしないかなと思って、アピールすると、そういうロケだったんです。
現地にも行ったわけですけれども。
行きましたよ。
これ、授賞式のあとのパーティーが開かれた会場ですよね。
よく、ノーベル財団って、聞くじゃないですか。
ノーベル賞を誰にあげるか決めるところ。
では実はないんです。
あら、違うんですか。
ちょっとこちら見てください。
ノーベル財団は、メンバーは十数人しかいません。
遺産を運用して賞金にと書いてありますが。
遺産を運用?
ばく大な遺産を、アルフレッド・ノーベルは残したんですけれども、ただ黙っていては目減りするんで、いわゆる財テクをやって、日本の有名な金融機関もそういう財テクに協力しています。
日本にも?だから近いものなんですね、ノーベル賞というのは、実は。
しかもノーベル財団は選考には関与しない?じゃあ誰が決めてるんですか?
ちょっとこちらを見てください。
これ、賞ごとに選考機関というのは違っています。
上から2段目、大村さんが受賞する医学・生理学賞、カロリンスカ研究所と書いてありますが、どういうふうに選考されているのか、こちらです。
これ、馬場さんの取材をもとに書いているんですけれども、カロリンスカ研究所が前の年の9月に歴代の受賞者、幅広い研究者に依頼をします。
これ何を依頼するかというと、推薦してくださいという依頼なんですね。
1月に250人から300人ぐらいの候補者が推薦される。
それをもとに、今度9月に数人に絞られて、さらに、出ますでしょうか、投票が行われて決定。
これ、発表当日に決定と書いてあるんですが、これどういうことですか?
私はこの選考委員会の元事務局長にお聞きしたんですけれども、当日の午前中に投票して、単純多数決で受賞者を決定すると言っておりました。
そのあとすぐ発表?
すぐ発表ということです。
どうしてそんなぎりぎりになって投票するんですか?
いや、どこの国でもね、時間をおくともれちゃうんですね。
おしゃべりな人がいるということですか。
そういうリスクを避けるためだというふうに私は思いました。
今週、発表されてるまさにその日に、こういうふうに決まっていったということなんですね。
賞金は出るんですか?
賞金は1分野、ことしの為替レートでいうと、1億1500万ぐらいといわれています。
複数で受賞したときはどうするんですか?
複数で受賞した場合は、そのシェアをする比率をノーベル財団のほうで決めております。
その比率は、貢献度に応じて決めるんですね。
じゃあ人によって違うということですね。
違います。
それは非常に重要な決める事項になってます。
さあ、こうした厳しい選考を経て選ばれた日本の受賞者たち。
さまざまなことばを残してきました。
貴重な映像と共に振り返ります。
1949年度のノーベル物理賞を日本の湯川秀樹教授に授けました。
日本人には初めてです。
湯川秀樹さんの受賞は、戦後まもない日本を勇気づけました。
2人目の受賞は、16年後、朝永振一郎さんでした。
これは朝永さんのかつての研究室です。
朝永さんは戦後、この雨漏りのする、焼け跡の研究室に住み込んで、研究に没頭してきました。
それだけに、学会にもっと国が金を出してほしいという…。
初めて文学賞を受賞したのは、文豪、川端康成さんです。
これ、三島由紀夫さんです。
えっ?本当だ。
昭和49年には、佐藤栄作元総理大臣が、平和賞を受賞しました。
化学賞を受賞した福井謙一さん。
何年も期待された末に、ようやくの受賞でした。
平成12年からは、3年連続で受賞。
田中耕一さんはサラリーマン研究者でした。
平成20年には4人が受賞。
申し訳ないけども、あんまり、うれしい!なんてやらないでください。
憧れ続けた南部さんとの共同受賞に。
そして3年前は、iPS細胞で、この人が。
歴代の日本人受賞者、次に続く研究者たちに、励ましと期待のことばを語っていました。
さまざまなことばがあったわけですが、今度はこの日本の受賞者を、20世紀と21世紀で分けてみたいと思います。
21世紀に入った2001年というのが、ここです。
まあ、その前の100年間は9人だったんですけれども、21世紀に入って15年で15人、日本人の受賞者、急激に増えています。
これ馬場さん、どういうことなんでしょうか。
日本の研究レベルというのは、決して低くないんですね。
戦前からそうです。
ですから、戦前も、ノーベル賞受賞、有力な候補になってるのは、少なくとも5人はおります。
戦後、このノーベル賞受賞者として、花が開いたわけですけれども、この勢いが、どこまで続くかというのが、興味があるところなんですよね。
ということは、続かないんじゃないかと思ってらっしゃる?
はい。
私は今のですね、研究投資から見ると、将来は決して明るくないなと思っています。
どうしてですか?
それはですね、科学研究というのは、将来に投資することなんですね。
ですから今、研究に投資していなければ、どんどん将来にいって、先細りになる危険があると。
それが研究資金の伸びが鈍化していることから?
それから、研究者の数も、博士課程に進学する大学院の数も減ってますから、資金も減る、人材も減少傾向だというと、非常に将来は、楽観できないということになるわけです。
これ、どうしたらいいんでしょう?
やっぱり将来に投資するということから、政府、それから立法府の政治家の先生も、そういう意識に立って、投資をする、つまり研究資金も頑張って出しましょうと。
それから研究者も伸びるように、インセンティブ与えるような研究環境、人的資源を育てようと、それを実現していかないと、日本は先細りになって、ノーベル賞受賞者も、果たしてこのようにいくかどうかっていうのは、非常に心配されるところです。
20年後、30年後、50年後、100年後も喜べるようにということですね。
そういうことです。
ここまで科学ジャーナリストの馬場錬成さんに伺いました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、どうもありがとうございました。
さあ、今週はほかにもTPP・環太平洋パートナーシップ協定の大筋合意、マイナンバー法のスタート、そして内閣改造など、大きなニュースが続きました。
太平洋を囲む12か国が参加する、TPP・環太平洋パートナーシップ協定。
日本時間の月曜夜、大筋合意に達しました。
交渉が始まってから5年半、日本が参加してから2年余り。
協定が発効すれば、世界最大規模の自由貿易圏が実現します。
ただ、農業への影響を懸念する声もあり、政府は総合対策本部を設置して、国際的な競争力の強化などに取り組んでいくとしています。
マイナンバー制度始まります。
よろしくお願いいたします。
マイナンバー法が施行されました。
日本に住む一人一人にわりふられる12桁の番号の通知に向けた作業がスタート。
希望すれば、マイナンバーを記載した住民票の写しも交付されるようになりました。
一方、制度に便乗したうその電話で、現金をだまし取られる被害も起きています。
消費者庁は、名前やマイナンバーを貸してほしいという依頼は、典型的な詐欺の手口で、不審な電話はすぐに切ってほしいと、注意を呼びかけています。
水曜日、第3次安倍改造内閣が発足しました。
一億総活躍担当大臣を新たに設けるなど、閣僚は19人。
このうち、初入閣が9人、再入閣が1人、留任が9人で、女性は3人でした。
GDP・国内総生産600兆円などの目標達成に向けて、年内に実施する緊急対策の取りまとめ作業を本格化させる方針です。
日本の東の海上を北上した台風23号。
低気圧に変わっても、北海道を中心に影響を及ぼしました。
強風で飛んできた物が当たるなどしてこれまでに10人がけが。
別海町では76歳の女性が死亡しているのが見つかりました。
強風で飛ばされた鉄パイプに当たったと見られています。
根室地方では高潮が発生して、広い範囲が水につかりました。
自治体などが被害の状況を調べています。
さて今週、子どもの貧困について、気になるデータが公表されました。
こちらです。
出ますでしょうか。
就学援助。
これは、経済的に苦しくて、小中学校に通うのが難しい子どもたちに、市区町村が、学用品などを援助する制度なんですね。
その市区町村別のデータというのが、火曜日、初めて公表されたんですが、子どもの2人に1人が援助を受けている自治体がある一方で、5%に満たないところもあるなど、大きな差があることが分かりました。
その背景にあるのは、地域の経済状況の差だけではなさそうなんです。
高知市の小学6年生の男の子です。
生まれてまもなく両親が離婚し、祖母と2人で暮らしています。
収入は、市からもらう生活保護だけです。
祖母は親族を介護するため、仕事ができないのです。
男の子の学用品や給食などは、就学援助を受けています。
学校の成績がよく、医師になりたいという男の子。
教員から私立の進学校を受験するよう進められましたが、断ったといいます。
就学援助は、平成25年度には、全国で150万人を超える子どもたちが受けています。
その市区町村別のデータを、文部科学省が初めて公表しました。
援助を受けている子どもの割合が高かったのは、福岡県の3つの市と町、北海道の1つの町で、40%を超え、最も高い所は48%、2人に1人に上っていました。
一方で、5%に満たない自治体は232ありました。
なぜ大きな差があるのか。
地域の経済状況の違いが大きく影響していると見られていますが、それだけではないようです。
自治体によって、支給の基準や周知のしかたなどが異なることも影響していると指摘されています。
就学援助を受けている子どもの割合が、38%と、東京都内で最も高い足立区です。
子どもの貧困対策に積極的に取り組んでいます。
就学前のすべての子どもを対象に、歯科健診を実施しています。
担当の歯科医は、子どもたちの口の中を見れば、家庭の状況がかいま見えると話します。
貧困の連鎖を防ぐ取り組みも進めています。
基礎的な学力が身につかないと、将来の職業選択の幅が狭まってしまうとして、すべての小学校に、個別指導の担当者を配置しています。
文部科学省は、ホームページに就学援助に関する特設サイトを立ち上げて、この調査結果を掲載したうえで、全国の自治体に制度の周知を徹底するよう呼びかけています。
気象情報、南さんです。
続いて、深読みのコーナー。
きょうニュースですがまずはこの珍しい映像から。
NHKに残る昭和12年の運動会組み体操の映像です。
それから80年近くたった先月大阪・八尾市の中学校。
なすすべもなく一気に崩れ落ちる子どもたち。
1人が右腕を骨折5人が軽いけがを負う事故となりました。
最新のデータでは組み体操による事故は年間およそ8500件。
今や、10段を超える巨大なピラミッドまで出てきていますが街の皆さん、賛成・反対どう思いますか?
子どもたちはもちろん先生も保護者もみんな盛り上がる運動会。
そこで巨大化する組み体操。
いったい誰のため?そして何のため?きょうはそのあたりを冷静に深読みします。
冷静にと言っておきながら、この、なんだか走りだしたくなる音楽。
きょうもメール、ツイートでのご参加お待ちしております。
今週、TPPとか内閣改造とか、いろいろあったにもかかわらず、なんで組み体操なんだっていう疑問にまずお答えしましょう。
なんか組み体操を見ていくと、今の学校、それから、今の世の中が見えてくるって言うんです。
本当かなと思いながらお付き合いください。
まずは中山アナウンサーの、こんなプレゼンからです。
先生みたい。
竹山さん、すごい冷ややかな目でご覧になってますが。
なんか久々に見たら学校の先生みたいになってる。
ありがとうございます。
似合ってる。
この雰囲気でよろしくお願いします。
私、元陸上部で、実は運動会大好き、取材してまいりました。
今ははい、小野さん。
バトンを渡されたということは?
リレー、リレー。
渡せばいいですか。
うれしいっすね。
陸上部としては、皆さんでリレーって、とてもうれしいんですけど、このリレーも今、運動会人気なんですが、みんなね、保護者や先生も、大注目で、花形種目になっていたのが、この組み体操なんですよ。
サボテン、扇、倒立など、どうですか?お2人経験は?
やりましたよ。
全部やりましたよ。
全部やりました?これらの種目のあとにですね、フィナーレとして行う定番が、ピラミッドなんですね。
これ、ちなみにどの辺りにいらっしゃいました?
下。
僕も下か、その上かですね。
この下のほうだと。
大きかった。
体が。
体が、背が高かったですね。
でもそのときって、どうですか?皆さん、当時って、重なり方、四つんばいになって、背中の上にひざを曲げた状態で重なって、一列で上っていっていたと思うんです、今は。
人の背中に乗るんですよね。
今は違います。
足伸ばしてるんですか?
足伸ばしてるんですよ。
この足と足の間に、後ろの子が頭をぐっと入れて、安定感を増している。
これで立体的になるし、どこから見ても、ピラミッド。
なるほど。
組んでんだ、なんか。
知らなかった。
だから高くもできるし、大きくもできているわけなんです。
いいですね。
練習どおり、うまくいきました。
この組み体操なんですけど、どうしてずっとこの日本で続けられてきていたのか、実はこの組み体操っていうものが、学校の授業ではなかなか挑戦することのできない、一つのことにみんなで取り組むという、貴重な機会になっているからなんです。
先生たちはこういう思いです。
たくさんの子どもたちが参加します。
これこそ、協調性が養えるものであると。
みんなで同じもの、一つのことに向かって挑戦していきますので、みんなの一体感もものすごい。
大きな技を決めれば、達成感だって何にも代え難いものが得られるのがこの組み体操である。
この組み体操を、見ている、ビデオやカメラに収めたいと思っているあちら側。
保護者の皆さんも、いろんな思いを抱いているんです。
子どもたちが一つのことを一生懸命取り組んで、なんとか頑張って、作り上げる、その静かながらもしっかりとした感動、これいいものだなということで、学校でずっと続けられていくと、それが伝統になっていって、保護者の中には、あー、うちの子も、6年生。
ああ、この組み体操で、成長した姿を見せてほしいっていう思いが出てくる。
保護者側にこうした思い、先生側にもいろんな思いがあって、運動会っていうのは、毎年行われていきます。
こうした思いが、気付かぬうちに、気づかぬうちに期待となって、年々、エスカレートしていくんです。
保護者側はああ、来年も楽しみだな。
先生は、よし、いいもの作りましょう!となると。
あー、よいもの見せてくれました。
来年はもっともっと、感動したいな。
ですよね、大きくなれば、より達成感を得られますからね。
大きく、大きく、もっともっとということで。
大きくなっていたわけです。
この皆さん、大人たちの期待が、まさに大きくしていき、今や、10段、7メートルというピラミッドも登場してきているわけですね。
7メートルあるんだ。
この7メートル、どれぐらい高いのかというのを、われわれ表現したくて、あれを用意いたしました。
あの天井近くにですね。
一番上?
ちょっと分かりやすく言いますと、私と先輩、徳永アナウンサーを踏み台にしている小野文惠アナウンサーの上にカメラがございます。
あの辺りの映像を見ていただきましょう。
こうなってるんですね。
これね、7メートルになんとかやろうとしたんですが、ここでも6メートルなんです。
あれ違うんだ。
もっと高いんです。
怖い。
という所から子どもたちは見ていたんですね。
でも。
大変ですね。
自分下の段だったんで、自分のほうが大変だと思ってたんですけど、上に乗る人のほうが怖いですよね。
あれ、怖いですよね。
無理無理。
その子どもたち、高くなればなるほどですよ、負担も大きくなります。
この上のほうのこのさらに下のほうの子は、こういった負担。
背中に、なんと200キロを抱えているっていう、専門家、計算する方もいらっしゃるんです。
こういうこともあってか、事故、大小さまざまなピラミッドを合わせますと、年間、最新のデータで8500件。
これ、ここ数年、ずっと同じように推移している。
うち2200件以上が骨折事故。
8500件、前の年にも起きているのに、また次の年。
も。
同じことしてると。
そうなんです。
中には、耳が聞こえにくくなるなんていう障害が出てしまうような、報告事例もある。
ですけれども、それでも、…の中、11段に挑戦するような中学校も出ておりまして、まさにこの期待という空気感の中で、今後ますます、これが変わらなきゃ高くなっていくかもしれないっていうのが現状だったんです。
これ、今は自由に学校で決めていいんですか?何段までやるっていう、何段以下じゃないといけないというようなそういう決まりはあるんですか?
大阪市は、その決まりを出したんですよ。
何段以下、何メートル以下でないといけないという通知を。
でもそれまではなかったですね。
分からないのは、子どもがあんな高い所にいて、よく、親御さん、平気で見ていられるなと。
やめてちょうだいって、なんか、子どもが、危ないんじゃないかって、すぐ電話がかかってこないんですか?学校に。
実はですね、うち、小学6年生の男の子いるんですけど、先週の土曜日、運動会で、まさに組み体操やったんですよ。
正直感動しました、それは。
もちろんね、あんなに、小学生ですから、あんなに高いことには挑戦しないですけれども、先生方がね、これ、ピラミッドだけじゃないんです、組み体操ってね。
その前の段階でもいろんなことやって、最後にピラミッドをやるんですけども、先生方が周りを囲んで、補助しようというようなこともあるわけですよ。
でもでも、先生。
そういうのを、そういうのをですね、見てると、保護者としては先生方もああやってやってくれてるんだし、とりあえず子どもたちも挑戦して、すごく感動も呼ぶしということで、是とするというか。
大丈夫だろうという気がする?
そういう感じがしてるんじゃないかと思うんですよね。
成功したのをご覧になったから、きっと感動してるというような部分もありますよね。
これがもしね、先ほどのVTRのように、失敗したらね、なんかちょっと思うんですけど、組み体操自体はすごくいいと思うんですね。
体育教育の一環としてね。
ただもう10段とかなってくると、7メートルあるわけじゃないですか。
もはや体操じゃなくなってるような気がするんですよ。
ちょっとアクロバットな域になってるんで、そのラインをやっぱり決めないと。
すごくよくできたプレゼンだと思うんですけど、やっぱり期待感とか、それから伝統ですよね。
先生方も恐らく中には危ないとかね、子どもたちと、目の当たりにしてるんで、そういう思いもあると思うんですけども、これ、結構、プログラム変えていくってわりと難しい。
でもこのあたり、体育教育ですからね、ここまでになるの、体育大学の人とかやるのは分かりますけど、普通の小中で、ここまでは必要なのかなというのがちょっと。
お祭りでちょっと例えはいいかどうか分かりませんけど、サーカス見るような感覚。
その域ですよね、これになるとね。
一番の問題は、おっしゃるとおりで、やっぱり体格の違う子どもたち、1学年、例えば百何十人いるとするじゃないですか。
スポーツが得意な子もいれば、スポーツが苦手な子もいるし、もう6年生になると、相当、体格差も出てくるわけですよ。
ものすごく小さくて、腕力、筋力もないような子どもたちが、こういう形で全部参加するわけですから、そこで、相当、今、映像の中でもぐらぐらしたりしてましたけど、不安定な状況も生まれますし、そこがかなり問題ですね。
例えばよく、地域のお祭りで、かなり例えば、だんじりのような激しいものがあって、毎年、大きなけが人、それから死者が出たりもしますよね。
それでも毎年行われて、またやっぱり死者が出たりする。
でもあれっていうのは、やっぱり自由意思で、やりたいと思う大人たちがやっている。
この組み体操との大きな違いは、やっぱりやると決められたからには、子どもたちはやらざるをえない。
僕はやりませんと言うことが許されないというところがやっぱり大きな違いだし、きちんと考えなければいけないポイントだと思うんですよね。
部活とかクラブと一緒で、もともとは教育の一環の延長のものじゃないですか。
だから時としてなんか、勝ち負けだけになっちゃったみたいなところもあるじゃないですか。
一方でやっぱり、今回だとしたら、感動することが目的っていうんですかね。
感動のため、だからそこのところ、ただそこが子どもたちにとってどうなんだろうと。
聞きますね、そういう声。
完全に見世物になってて、体育的な意味が失われている。
すぐに感動を求める今の風潮に、流されている感がある。
組み体操は危険が伴うからこそ感動できるという意見も聞いたことがあります。
一方で、組み体操の協調性や一体感は、危険と表裏一体なのです。
そして千葉県10代の男性から、こんな声が来ています。
組み体操では、土台の一番下をやっていました。
足は痛いし失敗すればけがをしやすい場所。
でも、上に上る人と話し合いをして、本番で成功させた喜びは、生涯の思い出に残ります。
今でもチャンスがあればやってみたい。
やるのはいいんじゃないですか。
組み体操自体は悪いことじゃないから。
エスカレートし過ぎはちょっとじゃないですか。
歯止めが利けばOKと?お2人とも。
実際、達成感だったり、一体感を、本当に得ようと思うと、できるかできないかのぎりぎりを攻めないと、やっぱり、簡単にできてしまっては、その達成感が得られないっていうのはありますよね。
危険と隣り合わせになっちゃうところはあるんですけど、いきすぎはいけないと思う。
でも5段のピラミッドでも、結構きついよ。
そうですよね。
それはすごいおもしろいところだと思うんですけど、5段完成すると、次の年、先生方の目線でいうと、じゃあ、5段は少なくとも維持、次6段調整しようと、やっぱり人間どうしても、達成すると、次、次なってなってきますよね。
そこで考えなければいけないのは、昨年度の子どもたちと比較しているわけですよね。
子どもたちの成長っていう。
初めてチャレンジする子も入ってくるわけですしね。
小学生、中学生もそうですけれども、毎年、子どもは入れ替わっていくわけですね。
だからさっきおっしゃったとおりで、違う子どもたちがまたゼロから挑戦していくということになりますから、そこはやっぱりちょっと考えなきゃいけない。
この10段すごいねっていうのは、他校に見せたりするような、イメージあるんですか?ほかの学校よりうちの学校、すごいよとか。
なくはないと思いますしね、それからやっぱりユーチューブなんかで上がると、どうやってやるんだろうって、春の運動会だったら、4月になると、秋だったら、9月、…先生たち、いっぱい探して、どうやったらああいうふうに見栄えのいいものをって。
いいものっていうふうに。
見得でっていうのは嫌ですね。
なんかあれもあったじゃないですか。
昔、僕らの時代、棒倒しって競技もあったり。
棒倒しなんかは、僕らやっているほうは楽しかったんんだけど、もう体育教育でもなんでもなく、ただのけんかになってる。
それで中止になるんだけど、ちょっとそれ、エスカレートしすぎたからっていうのもあるから、それと一緒で、やっぱり、組み体操はやったほうがいいですけど、エスカレートするのはもうちょっとやめたほうがいいかなと、これ見てると思いますよね。
30代の小学校の先生から、こんな声が来ています。
組み体操は、仲間を信じる気持ちや、自己肯定感を育むのに必要です。
やっぱり危険なのは、二元論っていうか、やるかやらないかっていうことじゃないと思うんですよ。
えー!私実は、まだ皆さんと違って、やらなきゃいいんじゃないのって、思ってるんですけど。
やっぱりそういう教育効果が得られるっていうふうに先生たちが先生たちが感じているというところは確かに大事なところで、でもやっぱり、危険を伴うっていうところに対して、もうちょっと、目配りをしないと、これ、例えばですよ、建設現場なんかで言うと、高さ2メートル以上の所だと、柵を必ず設けなきゃいけないとか決まってるんですよ。
これ。
2メートル。
7メートルの所に、そういう補助具も何もなしで上らせるってことがじゃあ、それと比べてどうなんだと。
やっぱりその、感動するっていう、さっき私も感動したといいましたが、その感動の呪縛にとらわれちゃって、危険への感覚がね、すごくまひするっていうことが、やっぱり相当危ないことだなと思います。
何度も言いますけど、組み体操は絶対続けたほうがいいと思うんですよ。
考える、やっぱり考えるとね、10段で7メートルのピラミッドを作る、体育教育を、1年通じて生徒受けてないですよね。
無理ですよね、体育祭でこれやれって言われても。
急にね。
いや、ツイート見るとね、いろんな体型の人がいるし、高所恐怖症の人もいるのに、やりたい人だけやればいいんじゃないですかという声、それから親や教師、大人が、ビルの、校舎の7メートルから10メートルの高さから飛び降りて、安全をアピールしてみろよ。
子どもは猫じゃねえよという声。
組み体操参加制というのはありえることなんですか?やりたい人だけやるよ。
どうしてもやりたくなかったら参加しなくてもいいよという制度になるっていうか、学校で決まりになる。
たぶん、リレーなんかそうですよね、選手、速い。
センバツとかね。
やっぱあれ、全員でやることにすごく先生方、意義を感じてる。
私、実は、小学校のときに、ずっとやっていた経験があるんですけど、若いときは、ちょっと話がずれてしまうかもしれないんだけど、朝礼台の上でね、笛をこう、ぴーっと吹きながら、子どもたちがそれにその音の合図で右向いたり、左向いたり、サボテンやったりとか、あの姿を先輩がやってるのを見て、すごくかっこいいなと思ってしまったんですね。
早くその6年生の担任の先生やりたいと、朝礼台の上に上がって。
それが3年後、4年後、かなって、あのときはやっぱりね、自分自身が感動するっていうのかな。
ちょっと気持ちが。
気持ちがいい。
なんかね、子どもたちを、なんというのかな、掌握、もしくはまとめられてるぞというような、見得っていうのとはちょっと違うんだけど、なんか…感ですね。
お2人とも小学校の先生の経験がおありなんですよね。
本当なんですよ、今、鈴木さん、おっしゃったように、結構、学校の中で、組み体操という競技だけが神聖化されてしまっている部分があるんですね。
低学年もやっぱり、6年生、最上級生のお兄さん、お姉さんの演技、組み体操すばらしかった、僕も私も、高学年になったら、あれを頑張るんだっていう空気がすごく醸成されてしまってるんですよね。
いや、私分からないんですよ。
だって、こうやってやってるだけでしょ。
何が楽しいんですか?
小野さんもでもやりましたよね。
小さいころ。
ひざの上に人が乗って、こんなのはやりましたけど、人間ピラミッドはやってないんで。
拍手されると、うれしいのかなぐらいしか想像できないんですよ。
やった側のほうが分かるので。
そうかもしれない。
女子はなんか大きなピラミッドとか、あんま参加してなかったような気がするな。
…したりとか。
男子だけ強制的に。
最近、女の子たちもタワーやったりとか見たことありますけどね。
まあまあ頑張りましたよ。
その議論をしっかりと分ける必要があるのかなと思っていて、例えばこちらのフリップ、学校で組み体操を行うことについて、賛成か反対か、こういう聞かれ方をすれば、私はやっぱり賛成なんですね。
問題は、10段のピラミッドをやることについて、賛成か反対かというと、反対ということで、とにかく度があるよねと。
先ほどの寄せられた声の中で、なんでも危険だからって、いろんなことをなくしてしまうのはどうかと思う。
これも私、賛成なんです。
例えばドッヂボールをやめたほうがいいんじゃないかなんて議論が、先月ぐらい、インターネット上で巻き起こっていたんですけど。
どうしてですか?
やっぱりその、危なかったり、痛い思いをする子がいると。
そこまでいくと、やっぱり私はやり過ぎだと思いますし、例えば運動じゃなくても、理科の時間、実験とかすれば、アルコールランプも使いますし、そうするとマッチをすることもある。
当然、危険は生じるわけですね。
じゃあそれもやめさせようとなったら、本当に学校教育って、成り立たなくなることが非常に多いと思うんですよね。
だから、度合いだよねと。
その度合いの中で、みんなそれぞれ線引きするラインは違ってくるかもしれないけど、さすがに10段のピラミッドっていうのは、わりと多くの人が見ても、度が過ぎてると感じるんじゃないのというのが私の意見ですね。
大事なのを用意してくれて、子ども目線で運動会見つめなおして見るっていうところですかね。
私さっき、すごくこう、気持ちがよかったという話もしましたけども、数年後に、ほかの学校に、ちょっと運動会の視察にというか、自分のねた探しで、はっきり言っちゃうとね、そのときにやっぱりかっこいい高いタワー、10段とかじゃなかったですけど、タワーとかピラミッドが完成して、終わって、ワーッと歓声を上げて、退場門にばーっと走っててね、それはそれは感動なんです。
すごいな。
そのあと、朝礼台の上にいる先生もお辞儀をして、下りて、その子どもたちを追いかけて行ってね。
わー、感動だなと思ったら、そのあと子どもたちに先生が囲まれて、胴上げをされた。
先生が。
あの姿見てね、だけどね、なんかね、一瞬、なんか寒い感じがしたというか。
一方で、あそこにいたのは、もしかしたら自分だったかもしれないと。
大阪のね、さっき崩れた中学校の映像あったじゃないですか、校長先生、言ってましたよね。
認識が甘かったと。
それは甘いですよ。
だって去年も同じようなことやって、同じ11段挑戦して崩れてるわけですよ。
骨折したりもしてるわけですよ。
去年も?
そうなんです。
10段やって。
おととしも。
そうなんですよ。
だからね、やっぱ、そこになんていうか、本当に子どもたちが、これ望んで、じゃああの上まで上って、崩れたときのことを恐怖を考えながらやってて、それが本当に教育的な効果があるのかとかね。
そういう想像力がもう完全に欠如しているっていう気がしますよね。
先ほどのVTRの校長先生がおっしゃってたのは、やっぱり何物にも変え難いということばをおっしゃってたんですけども、本当に、何物にも変え難いのかというのは、やっぱりしっかり検証する必要があって、確かにやっぱりね、私たちも教師をやっていて、組み体操、感動もするし教育的効果があるというのも実感はしてるんです。
じゃあ、その教育的効果はほかの手段、代替手段でも、達成することはできないのかという議論は実はあまり行われていないのかなと。
ただそのほどほどのところで、とどまりたいと思っても、観客側がいるわけですよね。
もっとおもしろいもの見せてほしいという、あの、模型で言う左側の期待があったとき、本当に自分で自分たちに、ストップをかけることができるのか。
っていうところに。
やっぱり見栄えというのが優先されてしまうという。
だから…やっているところもあるんですよね。
なんちゅうソーランとか、そういうふうなところでも感動するんだけど、そこのところでどっちを大切にするかどうか。
もしくは親御さんの感動ぶりをどういうふうに先生が受けるかどうかというあたりでね。
どっちもどっちという感じもしますしね。
ツイート見てるといろいろ来ています。
そもそも感動っていう画一的なものが気持ち悪いという声。
それから協調性、連帯感の教育、それがなぜ危険を伴うほどの組み体操なのか、組み体操が危険を伴うから感動するって、キモイ。
組み体操自体はよいが、安全性は確保したうえでやらないとだめでしょう。
組み体操、いい思い出になると思う。
組み体操でけがしたっていうのも思い出。
あんなこともあったなって言えばいい。
などなど来ておりまして。
期待をしょって、段を決めるのは生徒なんですか?先生が今は決めちゃってるんですかね。
学校が大体決めます。
自分たちで話し合って、じゃあ、俺らは10段いけるから、10段いこうっていって、わーって決めてるんだったら、なんかいいなと思うんですけど、先生にお前たち10段だぞって言われてるんだったら、なんかそれは、期待に応えようとしてるの先生だけじゃんって感じで。
おっしゃるとおり。
子ども側の目線という点で、実はきょうお越しの専門家お2人がですね、まさにほかの手段で、こうしたことが学べるんじゃないかなというヒントを教えて下さいましたので、ご紹介いたしますね。
子ども目線というのがひとつポイントになって。
協調性、一体感、達成感を学校のほかの取り組みの中で、学べるんじゃないかなという取り組み。
そういう声、いっぱい来てますね。
来てます?その具体例として、鈴木さんが教えてくださったのが、きっかけとなったのはマット運動だったそうなんです。
小学1年生、見てるとどうしてもできなくて、楽しくないなと思う子どもたちがいた。
でも、マット運動といえば、バランス感覚を培ったり、力の使い方なんかを学ぶ、運動の基本になる。
どうしようかな、みんなできないかな、なんとかできないかなと悩んでいたときに、ヒントが、子どもたちの中から出てまいりました。
子どもが持っていた雑巾、これを使った、雑巾がけです。
放課後の教室をお掃除の時間に、教室からもう、和気あいあいとした声が聞こえてきた。
こんな感じです。
5人が隊列を組んで、三角形になったり、逆三角になったり、一列になったり、行ったり来たり、自由自在に。
シンクロナイズド雑巾がけ。
そういう形で、あっ、フォーメーションを組んで楽しんでるなと。
これは使える、これだっていってフォーメーションを使ったマット運動。
側転を5人で並んで一緒にやってもらったんです。
すると、最初は大変だった部分もあるんですけど、楽しんでみんな続けた。
続けられるようになったんです。
一歩一歩進んでいく中で、上手な子が、ちょっとできなかった子に、こつを伝授したりする、教え合うようになっていった。
すると結果、みんなできるようになっていった。
教え合うなどのことから、協調性が育まれ、一体感が生まれて、結果、みんなできて、達成感も培われたという鈴木さんの取り組みなんです。
一方、乙武さんはですよ、サッカーで築いた。
なかなかボール触れなくて、差が出ちゃう。
差が出ちゃう種目。
一体感を味わえるチームスポーツと思ってらっしゃった。
こういう子がいると、どうしようか、どうしようかと悩んでいらっしゃった。
そういうとき、子どもたちが教えてくれたんです。
子どもたちに聞いてみたら、子どもたち教えてくれた。
ルール変えましょうよ。
おもしろい。
みんながボールを持って、みんながゴール決められるようにできるんじゃないですかと、具体的に考える。
こうしましょうよって教えてくれた。
得点できるの1人1点まで。
それ決めた子は、帽子を赤に変えて下さいね。
これどういうことか、例えばこういうことです。
上手な子がいます。
ゴールを決めました。
すると、帽子を赤に変えます。
するとこの子はもうゴール決められませんので、することはパス。
で、これまでパス受けなかった子にパスが回ってくる。
この子はゴール挑戦する。
決まる、するとこの子はまたできない子にパスする。
パスしてゴール、ゴールって形でみんなが楽しめるようになった。
このルール改正って、ほかの分野、ほかの競技でもあって、これ。
なんか野球っていえば、打つ、がーんって、かっとばすっていうのが楽しいって、子どもたちも思っていたんですけど、なかなかできない子もいる。
そこで打ちやすいように、テニスラケットを使ってもいいですよ。
もちろん野球のバットを使いたい子は使って下さいね。
するとですよ、女の子も、ちょっと苦手だった子も、みんなが打てるようになる。
みんなが楽しむことで、この上の、協調性、一体感、達成感を学びえることができた。
乙武さんも鈴木さんもこれ、ポイント、われわれこうだなっていうふうに考えました。
まさにみんなで楽しさを発見することで、これらの力、作ることができるんじゃないか。
いい。
いいんじゃないですか、それで。
なんかやっぱり、体育会とか運動会って、ショーじゃないわけで、お金取って、われわれみたいにエンターテインメントの世界にいるんだったら、もっともっとやらなきゃいけないんですけど、お金取ってやる競技じゃないじゃないですか。
一番大切なのは生徒たちがいかに楽しむか、そして教育の一貫であるかということだから。
さっきのシンクロマットの、出していただいた例もね、決してなんていうんだろう、側転をさせようと思ったというよりも、あの雑巾がけって、単なる遊びなんですよね。
子供たちからね、普通に。
だから僕がちょっとね、教室から外れてたときに、そうやって遊んでたんです。
僕が戻ってきたら、みんな、やばいっていう感じで、真面目にやろうとする。
けどおもしろいからやってみてって。
そうすると端の子が出て、次の子が出てっていう感じで、階段みたいになったりとかね。
真ん中がやって端がとか。
それを側転でやったら、どうなるかなって試してみたら、すごい喜んで、それで班ごとに名前決め手ね、落とし穴って名前付けたりとかして。
それで最終的になんか、おもしろいなと思ったのが、できるようになって、表現こうやって作っていくと、見せたくなる。
じゃあお父さん、お母さん呼んで授業参観でやろうかって言ったら、もっとたくさんの人に見せたい。
結局ね、全校朝会で、ちょっと講堂がある、大きな学校だったんですけど、そこでマット敷き詰めて、みんなに見せるというような。
そういうふうな子どもの姿を見てるときに、やっぱりそれも一体感だし。
本当、子ども発信ですよ。
私も感動しましたし。
さっき優木さんが、何段にするかって、先生が決めてるんですか、子どもたちの話し合いなんですか?あれすごく大事な視点だと思っていて、要は、さっきから、やっぱり組み体操には教育的効果があるからやってるんだという話がありますよね。
だったら、何段にするのか、もっと言えば、組み体操をやるのか、やらないのか、そういったことも、子どもたちの話し合いから始めるということを、私はすごく教育的効果があると思っているんですよ。
そもそもこの組み体操というのは、学習指導要領にはないんです。
つまり別にやらなくてもいいものなんですよ。
だからそのやらないという決断もありだと思うし、そのへんも話し合わせる。
私のこれも、サッカーのルール、これ、子どもたちの話し合いの中で、じゃあここから体育やる、サッカーはこういうルールでやっていこうというのも、話し合いで、クラスみんなが、運動が苦手な子でも、楽しめるようにはどうしたらいいんだろうと考えること、それもすごく教育的効果が高いと思うんですよね。
でも、子どもたち、すごいですね。
よくこんなアイデア思いつきますよね。
やっぱり子どもって遊びの天才ですからね、そこ、いかにキャッチアップできるかというのも必要だと思うし、それから先ほどね、体育、もはや体育じゃないんじゃないかというお話もあって、体育、スポーツの意義って、どういうものがあるかなっていうふうに、ちょっと考えたときに、まずは健康な体作りって当然ありますよね。
ああいう組み体操でもそういうの培われるかもしれない。
あと関わりですね、子どもたちどうしの一体感と協調性なんかそうだと思うし。
あとできたり上手になるというのあると思うんですけど、けど、今のね、乙武さんの…の例にしてもそうだし、楽しさや喜び、スポーツすること自体が本当は楽しい。
これが生涯スポーツにつながるというのかな、そこをやっぱり忘れちゃいけないと思うんですよね。
だからやっぱり組み体操やってる子たちが楽しんでやってるかというところが、ちょっと敏感になる必要があると思いますよね。
楽しみっていうことで言うと、僕、実は、ラグビースクールでコーチやってるんですけど、僕が所属しているラグビースクールって、あんまり冠大会っていうんですかね、カップを目指すような大会というの出ないようにしてるんですね。
それはなぜかっていうと、要するに、勝たなきゃいけない大会ですよね。
そのためには小学生にもどうやって勝つかっていうことまで教えなきゃいけないんですよ。
それやっちゃうと、どうしても体格がいい子ばかり出すようになっちゃったりとか、要するに出る子が偏っちゃったりとか。
負けるとすごく悔しいですけど、ラグビーが嫌いになっちゃうこともあるんですね。
なので、そういうふうにさせないような教え方をすると、途中で辞めてもまたラグビーに戻ってくるという。
だからそういう楽しみ方というのを、ちょっと考えていくというのがね、今、大事なのかなっていう気がしますね。
今、日付が変わっちゃいましたけど、昔まではきょう10月10日って、体育の日でしたよね。
なんで、スポーツの日ではなく、体育の日なのか。
国体って、国民スポーツ大会ではなく、国民体育大会と言われますよね。
スポーツイコール体育なのかっていうと、私は別物だと思ってるんです。
体育っていうのは、もともとは、軍事教練のための、つまり、軍隊で兵隊を強くするために行われたものが導入された、それが明治の初期。
つまり、上から下にやらせて、体を強くするもの、これが体育だったんですよね。
スポーツというのは、もともとの語源は、余暇とか娯楽とか、楽しみ、昔はだから釣りとか、狩りとか、そういったものがやっぱり発祥だったりするんですよね。
全く別物であるはずなのに、日本ではどうも一緒くたにされて、つまりこの組み体操もどちらといえば体育の流れをくむもので、その楽しむとか、みんなでルールを考えて、誰もが楽しめるようにするには、どうしたらいいんだろうという発想には、やっぱりちょっと欠けてしまっているのかなと。
私自身、2020年、オリンピック・パラリンピックやってきますけれども、そこで大事なのは、本当の意味でのスポーツ文化を根づかせることだと思うんですよね。
小野さん、体育嫌いだったでしょう。
そうなんです、ずっとさっきから、このツイートが唯一、私は同意できることなんですけど、読んでいいですか?学校で、一体感とか達成感とかって、学ばないといけないことなんですかね。
つまりですね。
学校で学ばなかったら、どこで逆に学ぶんですか。
やっぱり言うんじゃなかった。
ここは絶対、針のむしろだと思ったんです。
でも、でもですよ、このみんなで楽しさを発見しないといけないものなんですか?運動会って、勉強ができないけど、体育ができる、運動ができる子が、たった1日スターになれる日だったりしますよね。
勉強ができる子は、隅に引っ込んでればいい日でもあったし、別にそんな、スターにならなくてもいいじゃないですか。
得意じゃない人はという、得意な人がやればいいし、得意な人が輝けばいいものなんじゃないのかなと。
それがあれじゃないですか、今、乙武さんがおっしゃってた、俺たちが受けてきたのは、体育教育を受けてきて、上からの、精神論じゃないけど、そういうことを受けてきたけど。
受けてきたからこう思っちゃう?
でもこれは変えなきゃいけないというか、スポーツということに変えていかないといけないということなんじゃないですかね。
だから学生がおもしろいこと言ってたのが、体育会でずっとやってきた、ある学生が、引退をしたんですね、ぶかつをね。
これでようやく楽しくスポーツができるっていうふうに、それってすごい深いなっていうかね。
なんか私の友人で、とにかく運動が嫌いで、そして一体感というのを求められるのが嫌いで、小学校、中学校を通じて、ずっと体育の授業には、決して出なかったっていう人間がいるんですね。
先生に、当然、出ろって言われるんですけど、もう僕はスポーツ選手になるわけじゃないから出たくありませんって言って、ずっと教室で受験勉強していたっていうんですよ。
でも、その話を聞いたときに、もし私が担任だったら、どうしたかなって考えたんですよ。
つまり、やっぱりそれは理屈としてね、じゃあ僕は、医者になるわけじゃないから、数学やりませんとか、なんでもありになっちゃうから、やっぱりそれは認められない。
かといって、首に縄つけて、やりたくないって言ってるものを、無理やりやらせるというのも、それも教育としてどうだろうって考えたときに、すごく考えさせられて、私は、もしさ、僕が担任だったとして、審判をやってくれないかって言ったらどう?って聞いてみたんですよ、そしたら、ああ、それなら、やるかもしれないって言ってくれて。
でももちろん、それでもやだっていう人もいるかもしれない。
ただここで大事なのは、こういう形だったら、この子も興味を持ってくれるんじゃないか、体育の授業に参加してくれるんじゃないかという働きかけを、教師の側がどれぐらいできるかっていうことが大事だと思うんですよね。
結局どんなアプローチをしても、最後まで小野さんは嫌いだったかもしれない。
でも、もう少し、こうやったら小野さんも楽しくできるかなって、もう少し、教師の側が考える、クラス全体で考える、やっぱりそういう授業にしていきたいなと思うんですよね。
そんなにみんなスポーツやらないといけないんですか。
なんか関わらないとだめですか?
やるという考えがね。
ふだん、ためしてガッテンで言ってること違ってきちゃってるけど。
やるっていう考えが、やっぱり、スポーツをするって、試合、それをやるというそういう感覚がすごく強いじゃないですか。
英語で言うと、プレーなわけです。
プレーってまあ、遊ぶとか、そういうことじゃないですか、さっき、乙武さん、まさに文化っていうお話をされてましたけど、そこがやっぱりスポーツに関わる文化の違いっていうんですか、そこの感覚が、どうしても体育的になってるということなんじゃないですか?
日本ってスポーツ自体が体育って、学校教育で広がっていったという、そういう歴史もあるというところも。
体育会、運動会があったほうがいいか、ないほうがいいかっていう議論はさておき、なんか、どうしても、差は出ちゃうものだとは思うんですよね。
だけど、乙武さんが言ったように、どうやるかっていうのを毎回考えてると、先生たちも手間になっちゃうじゃないですか。
みんなこうするものだからっていうふうに、カリキュラム組んでしまわないと、できないような1年の流れみたいなものがあって、いちいち、やるかやらないかをみんなで議論してっていう時間がないっていうことはないんですかね?
大いにあると思います。
やっぱり1回組まれたカリキュラムというのは、それなりによく練られたものなので、それをやめるとなったら、イチから、もっと言えばゼロから、それに匹敵するようなカリキュラムをやっぱり教師が考え出さないといけない。
子どもたちもそれまで一回も見たこともないものに、チャレンジをしなければならないとなると、かなり時間、労力のコストがずいぶんかかるんですよね。
だったら去年までやっていたことのほうがという視点は当然入ってくると思いますね。
やっぱりだから、問い直すっていうのは実は大事なことだと思うのは、お2人あれですか、逆上がりってなんのためにやるのか。
何のためとか、考えたことあります?
やんなきゃいけないから。
とりあえずでもよくね、逆上がり、全員できるようになろうと、体育の目標だった。
これ、よく言われる話なんだけど、最後一人残っちゃった子も、頑張って、夕方、それこそできるようになって、みんなで感動して、先生も門まで送っていって、そのとき振り向いてね、もう先生これで二度と逆上がりやんなくていいんだよねって言うね、そうだとすると、またあれ、逆上がりってまた上に上がる上がり技の一つで、そのあと回ったり、下りたりっていうね、連続技。
だけどそのスタートのところで、多くの子たちは、体育、スポーツの世界から、そこのところになんで逆上がりをやるのかっていうところね。
なんでって考え出したらきりがないですよ。
先生、そこでびっくりなさったんですか?そう言われて。
いや、これは聞いた話で私自身の話ではもちろんないんですけど、ただ、やっぱり、逆上がりから入るという前提があるわけですよね、プログラム考えて、たんげんの中間ぐらいには、回り技。
ほとんどはそんなこといかないで、逆上がりで終わっちゃう。
だけど、ある先輩から聞いたやり方としては、下り技から入ればいいんだって。
下り技って割と簡単。
こうもり下りとか、簡単ではないんだけど、そうやってじゃあ次、中の技やってみようかって言うと、じゃあ、かっこよく上がるためにはどうしたらいいかなっていったときに、逆上がりやってみようかっていう、そういう子どものモチベーションを高めていけるような授業の作り方っていうのも一つ、やっぱり、考えいくことができないかなと。
昔小学生のころって逆上がりできてたんですけど、大人になってできなくなっちゃって、ちょっと仕事で、ちょっと練習してやるようになったんですよ。
できたとき、ものすごい感動したんですよね。
うれしくて。
ああ、これ、子どものときに、数回味わった達成感だと思ったんですよ。
でも私は25メートル泳げるようになるまで、夏休みに入れないっていう特訓を受けたことがありますけど、25メートル泳げたからって、水泳が好きにはなりませんでしたし、あのときから、私はもう、一生泳ぐのはやめようと。
やっぱりやらせ方の問題がありますよね。
指導もすごく日本って型にはめた指導をしようとするんで、学校教育がまさにそうで、一本道しかないような学校教育になってるじゃないですか。
それが体育、スポーツの中でも、こういう道を通らないと、こういうここまでは到達しませんよというような感じの指導の方法をしているんで、だからもう、先生は…。
途中でくじけちゃうと入れないという。
学校だけじゃなくて、私、子どものとき、サッカーやってたんですけどね、われわれ子どものときって、水飲んじゃだめだっていうような、要するにのど乾くやつは、精神が弱いんだというようなね。
セルジオエチゴさんっていう方がサッカー教室に来てくださって、教えていただいたあと、うちの質問コーナーがあって、うちの母親が手を上げて、6年生だったから嫌で嫌でしょうがなかったんだけど、手を挙げて、何を質問するのかと思ったら、プロのサッカー選手っていうのは、どうしてプレーしながらのどが乾かないでいられるんだと。
そうしたらセルジオさんが、コーチたちに向かって、そんな古いやり方でやってるの?もう当時、すでに水を飲みながらじゃないと、パフォーマンスが落ちるということは、もう証明されてたわけですよね。
それで翌週からね、湯水のように、ゲーターレードを飲ませてもらえるようになって。
大人ってすぐ変わるんだなって、そういうふうに、やっぱり概念、固定概念をやっぱりね、そこに縛られるところもあるのかなって。
体育祭でなくても、合唱で一体感得るんじゃだめなのかなって声も来てますね。
それもあるんじゃないですか。
それはそれで別の。
大縄とかでもいいと思うんですよね。
大縄跳び。
大事なのは、さっきの西川さんもおっしゃってたように、やっぱりその指導が画一化しているということも関連するんですけど、泳ぐって、25メートル泳いだってお話ですけれども、どうしても、本当は大事なのは、5メートルしか泳げなかった子が、10メートル泳げるようになること、これが本当は大事なことのはずなのに、なぜか途中で全員が25メートルを泳ぎきるということが、なんか目的としてされてしまっている、ここにやっぱり大きな問題があると思うんですよね。
やっぱり運動会を好きな子もいっぱいいるわけで、全員が同じレベルでやんなさいじゃなく、一番初めに戻ると、組み体操の問題になるんだけども、結局、エスカレートしすぎは、やっぱりいらないんじゃないかという。
組み体操もやったらいいし、運動会もやったらいいってことじゃないんですかね。
やり過ぎが。
スポーツの感動ですよね。
今、ラグビーのワールドカップやってて、日本代表がすごく活躍してるじゃないですか。
なでしこのときもそうだったんですけど、結局盛り上がって、そこで終わりみたいな。
そういうところがやっぱり、文化としてはまだまだ上手にできてない。
好きになる体育をどんどんやっていってほしい。
2015/10/10(土) 08:15〜09:30
NHK総合1・神戸
週刊 ニュース深読み「巨大化する“組み体操” 誰のため?何のため?」[字]

運動会の花形種目の1つ、組み体操が近年巨大化している。賞賛の声がある一方で、1年間に8500件以上の事故が起こり、障害が残るケースもあるという。

詳細情報
番組内容
スポーツの秋を迎え、学校は運動会シーズン真っ盛り。その花形種目の1つである組み体操が近年巨大化している。人間ピラミッドが高さ7メートルに及ぶ例もある。賞賛の声がある一方で、1年間に8500件以上の事故が起こり、障害が残るケースもあるという。どうして組み体操は巨大化しているのか? 危険を知りつつ、なぜやめられないのか? 学校と体育をとりまく現状を深読みする。
出演者
【ゲスト】カンニング竹山,優木まおみ,【解説】東京都教育委員…乙武洋匡,東京学芸大学教育学部准教授…鈴木聡,NHK解説委員…西川龍一,【キャスター】小野文惠,高井正智,【気象キャスター】南利幸ほか

ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
スポーツ – スポーツニュース

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