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  1. 虚構の大石寺疑惑(0)
  2. 正義のあかし(43)
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忘恩の輩は誰か?

 投稿者:セブンスター  投稿日:2015年10月11日(日)21時34分50秒
  私はK原氏の所属する組織を知るものではありません。

しかしながら、私の知る限り、「除名」処分にはその地域の圏幹部なり本部幹部なり支部幹部の

同意による署名が必要なはずです。

であるならば、逆に言えば圏幹部なり、本部幹部なり、支部幹部の了承があったという事です。

私の想像ですが、いままでその諸氏はK原氏に莫大な恩義があるはずです。

例えば、教学試験、例えば法論等で、

であるならば、その諸氏が同意しなければ除名処分はできなかったと思うのです。

いったい圏幹部、本部幹部、支部幹部は何を考えているのか(怒)

一体あなたたちは何のために信心しているのか?恩を報じるためではありませんか。

執行部に逆らうのがそんなに怖いのですか?

まず、人間として失格だと思いませんか?

K原氏を知る今回の除名処分に同意した方々に腹の底から言いたい。

何がそんなに怖いのか知りませんが、恩を忘れた人間に何も言う事はありません。

あなたがたは人間失格です。
 

三島市のヒットビット氏を削除、アクセス禁止に

 投稿者:ジンギスカン空軍中佐  投稿日:2015年10月11日(日)21時28分33秒
  三島市のヒットビット氏は挑発するだけのようなので、削除、アクセス禁止にするように動議します。

http://www.peacedepot.org

 

よく言うわww

 投稿者:真実  投稿日:2015年10月11日(日)20時13分43秒
編集済
  勝手に人の名前で投稿し
そして串で荒らす輩www
【三島氏のヒットビット】なる臆病者は→卑怯者だわw
 

正義の走者様

 投稿者:同志の歌  投稿日:2015年10月11日(日)19時43分51秒
  まさに、言われている

通りですね。

K原様の処分に対し、偽物
の創価学会の幹部の卑劣
な、行為を、断固、叩き
潰していかなくてはなら
ないと思います。

三障四魔法を引き出した
K原様の戦いに自身も、

更に決意させていただき
ました。

静岡総県長 佐野文彦副会
長、自分に会い話をしな
さい。決着をつけようで
ありませんか!
 

おおきにどすェ~②

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2015年10月11日(日)19時12分26秒
  「仏敵との闘争に挑んで、結果的に自分がどうなろうとも、苦痛を感じるか、喜びを感じるかは、本人の境涯次第だという意味で述べました。」


うんうん。
なんか、よ~く分かるわ~(鬼々笑)


「良観のいう諸宗に対する寛容(それぞれの信仰を認める)の発想は、名聞名利のためであり、宗教を利用したビジネスで、良観にとっては多信仰であろうが、雑信仰であろうが信仰の対象などどうでもよいのです。」


宗教を利用するビジネスをするヤツって、いつの時代にもいるな(鬼笑)

そんなヤツって、自分に反対意見を言わへんヤツが「人材」として目に映るんやろな(鬼々笑)


「その証拠に、良観が率いた真言律宗は、一時的には他宗を圧倒する影響力をもっていましたが、体系化された教義も信仰者の強靭な組織も持たなかったために、良観の死後、鎌倉幕府の滅亡とともに衰退しました。
これは、政治権力に寄生することによって勢力拡大を図った宗教のもろさを示しています。」

他宗の組織はどうであれ、創価学会だけは、そうなってはいけないわな。

 

除名理由は? (2)

 投稿者:感性  投稿日:2015年10月11日(日)19時12分2秒
編集済
  >K原氏の件   投稿者:解説者   投稿日:2015年10月11日(日)16時36分31秒
>学会教学部は法盗人か食法餓鬼か   投稿者:セブンスター   投稿日:2015年10月11日(日)17時16分51秒

ご説明ありがとうございます。
「K原」氏については言われてみればなんとなく特定できました。むろん私は著作も読んだことなく
動画も見たことはありませんが、もし今回、大御本尊への認識の相違を世に問うたのが原因で除名
されたのであれば除名の時系列が遅過ぎますね。本の発刊から8年も経ています。
またこの方以外でも教学や宗史上の自論を著本などで世に問われている学会員は他にもおられます。

出版とまでいかなくても、本部見解とは異なる持論を抱きそれを表明した学会員は程度の差はあれ
処分や戒告等の対象となるのでしょうか?そうではないと信じたいところです。

だから今回「K原」氏が除名されたのが事実であれば教学上の齟齬ではない可能性のほうが
強いのではないかと思うのですがいかがでしょうか。

よもや「あいつは生意気だから気に食わん」などの恣意的なものが除名事由とは思いたくありませんが、事情を知る方あるいは推定がある方はどうか続けて御教示くだされれば幸いです。
 

グリグリはん、おおきにどすェ~。

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2015年10月11日(日)18時54分48秒
  グリグリはん、おおきに!

ワシみたいなアホにも、ちゃんと丁寧に説明してくれるし、こう言う行為も「折伏」の一種やね~。
暖かいお人やね~。
おおきにどす。

仏敵のイミが分かったで。


「大聖人の折伏思想は、排他主義ではなく、むしろその反対で、排他性と戦うことが大聖人の考える折伏だったのです。(中略)
一切は平等だという教え(法華経)の否定は、いかなる理由であれ、結果的に『非寛容』『排斥主義』に通じていきます。」

非寛容、排斥主義は「仏敵」に通ずるんやね~。



「大聖人は『法華経』を受け入れる者を決して排斥しませんでした。
大聖人が真っ向から戦った相手(仏敵)は、『法華経』を誹謗する非寛容な仏教思想だったのです。」

なるほど、なるほど。
現代で言えば、創価学会員で、しかも池田先生を師匠と仰いでいる人をやな、如何なる理由であろうが、簡単に排斥したらアカンねやろ?

対話もせんと、何の教化もせんといてやな、冷たい文書一枚で創価学会から除名を言い渡すようなヤツは、ソイツが「仏敵や!」という事がよ~く分かったわ!(鬼笑)
 

三島氏のヒットビットなる臆病者へ

 投稿者:管理人  投稿日:2015年10月11日(日)18時03分42秒
  以前、NGワードとして設定していたのは、ヒットビットなる臆病者のように、
串を使いステハンで書き込みを行い、クジラ某のように憶測思い込みだけで、なんの根拠も示せずに
誰かと誰かが同一人物だと等の、当掲示板やその参加者を貶めるアラシ行為が続いたための処置です。
応急的な処置ですのでアラシ行為が収まれば解除するのは当然のことでしょう。

しかしながら、さっそく沸き出てきた貴殿はNGワードがなにであったかを知っているということは、
当時アラシ行為をしていた人物が、いまだに当掲示板を血眼になって監視している良い証左です。

貴殿たちにとって何が都合が悪いのでしょうか。
以前より申し上げているように、アラシ行為には毅然と対応をいたします。

当掲示板で議論したいのであれば臆病風に吹かれないで、正々堂々と論陣を貼りなさい。
また、ヒットビット氏、貴殿のような臆病者が創価学会本部職員でないことを願っております。
 

【京都乃鬼さんから質問②】

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2015年10月11日(日)17時45分17秒
  投稿者:京都乃鬼   投稿日:2015年10月10日(土)21時19分45秒

■「仏敵に対する供養があるとすれば『法供養(折伏)』しかありません。」

具体的に言うと、どうゆうコトでっか?

-----------------------------

「我もいたし人をも教化候へ」(p1361)
「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(p同)
「広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(p1618)

上記の御文から、仏敵に対しては、慈悲(勇気)を持って間違った思想を糾弾し、
正法に目覚めさせる折伏の戦いが、仏敵を利益する法の供養だと捉えています。

また、
「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、仏種は縁に従つて起る」(p1467)
「北陸道をば豊後房なびくべきに」(p1318)

上記の御文から、自分の戦いの場所は自分の住む地域だと思います。
各々が各々の持てる力を出し切って目の前の一人を目覚めさせていく。
その拡大の中で、やがて強大な僭聖増上慢の悪を破っていけると確信しています。



■「仏敵に供養(法・折伏)して地獄に行くか、行かないかは、本人の一心一念による、ということです。
   それが強ければ『寂光』だし、弱ければ『地獄』です。」

ここの部分も、よーわからんねんけど。
頼んますわ~。
-----------------------------

仏敵との闘争に挑んで、結果的に自分がどうなろうとも、
苦痛を感じるか、喜びを感じるかは、本人の境涯次第だという意味で述べました。
 

K原氏は、この掲示板ではw

 投稿者:三島氏のヒットビット  投稿日:2015年10月11日(日)17時42分50秒
  K原さんはNGワードだったのではwww

全くのご都合主義の掲示板が、全く創価学会と無縁になったことは喜ばしい限りですね。信濃罰の人びとさんwww
 

学会教学部は法盗人か食法餓鬼か

 投稿者:セブンスター  投稿日:2015年10月11日(日)17時16分51秒
  K原氏が、大石寺の本門戒壇の大御本尊とする板曼荼羅に対し、日蓮直造ではないとして、今までの「出世の本懐」論に

一石を投じ、新たな「出世の本懐」論として「民衆仏法の確立」を挙げ、世に問うたのは2007年8月。

会則改変以降、大石寺と縁を切りたかった創価学会が、「教学入門」にて新たな「出世の本懐」論を「民衆仏法の確立」として

訴えたのは2015年6月。 この時間差は一体どういうことか?

もし「民衆仏法の確立」が「出世の本懐」とするならば、創価学会は自論が正しいという証明をしなければならない。

でなければ、過去に発表された説、ましてや「除名」された人間の説をパクったと言われても仕方がない。

それとも「独立した教団」だから何をしても自由だと言うのだろうか。

創価学会が「民衆仏法の確立」が「出世の本懐」であると言うのならば、何時の、誰の、どの様な考えにより決定したのかを

早急に発表すべきではないでしょうか。

でなけれは、創価学会は、「宗教界の王者」でありながら他人の説をパクった「法盗人」「食法餓鬼」として

永遠に非難される事でしょう。


 

法華経の智慧318

 投稿者:まなこ  投稿日:2015年10月11日(日)17時10分29秒
  ────────────────────────────────────────
「高橋入道殿御返事」から
  仏在世の一切衆生は過去の宿習有つて仏に緑あつかりしかば・すでに得道成りぬ、我が滅後の衆生をば・いかんがせんと・なげき給いしかば八万聖教を文字となして・一代聖教の中に小乗経をば迦葉尊者にゆづり・大乗経並びに法華経涅槃等をば文殊師利菩薩にゆづり給う、但八万聖教の肝心・法華経の眼目たる妙法蓮華経の五字をば迦葉・阿難にもゆづり給はず、又文殊・普賢・観音・弥勒・地蔵・竜樹等の大菩薩にもさづけ給はず、此等の大菩薩等の・のぞみ申せしかども仏ゆるし給はず、大地の底より上行菩薩と申せし老人を召しいだして・多宝仏・十方の諸仏の御前にして釈迦如来・七宝の塔中にして妙法蓮華経の五字を上行菩薩にゆづり給う  (御書p1458)

通解
 釈尊と同時代の人々は、過去に仏と巡りあった宿習があり、仏との結縁が厚かったので、釈尊の時代に成仏することかできた。(それでは)私(釈尊)の滅後の衆生の救済をどうしようかと嘆かれ、(そのために)八万聖教の教えを文字に残し、一代聖教の中で小乗経を迦葉尊者に譲り、大乗経や法華経・涅槃経などを文殊師利菩薩に譲られた。ただ八万聖教の肝心の教えであり、法華経の眼目である妙法蓮華経の五字については、迦葉・阿難にも譲られることはなかった。また、文殊・普賢・観音・弥勒・地蔵・竜樹らの大菩薩にも授けられることはなかった。これらの大菩薩たちは、譲られることを釈尊に望んだか、仏は許されなかった。(かわりに)大地の底から上行菩薩という老人を召しだして、多宝仏・十方の諸仏の前で、釈迦如来は七宝の塔中の中において妙法蓮華経の五字を上行菩薩に譲られたのである。
────────────────────────────────────────
名誉会長: すると、修行をしていたのだから「法」はあった。法はあったが「仏」はいなかった時代があったということになる。これでは「無始無終の宇宙と一体の仏」はいないことになってしまう。

須田: たしかに、途中から出現したのでは「三世常住の仏」とは言えません。

遠藤: 始成正覚の釈尊は「本無今有〔本無くして今有り)」と破折されました。“根無し草”のようなものだと。
 しかし、「途中から仏になった」という点では、寿量品の「久遠実成の釈尊」も、ただ時間をはるかにさかのぼったというだけで、同じです。
 厳しく言えば「本無今有」であって「本有」ではありません。

斉藤: 「本有」でなければ、三世常住の「本仏」とは言えません。

名誉会長: 今回は大事なところだが、それだけに難解だね。「難しい」と思う人は、飛ばして読んでもいいし(笑い)、一生かかって、ゆっくり勉強すればいいのです。
 理屈がわからなくても、要は、お題目をあげる大事さがわかっていればいいのだから。

須田: そう言われると安心します(笑い)。

名誉会長: もとに戻ると、「宇宙と一体の無始無終の根本仏」を説くためには、二つの方法しかない。
 一つは、因果を無視することです。因とか果とか言わなければ、単に「無始無終の仏」と言っておけばすむ。因果を言うから、「仏果を得る前」が問題になるのだから。
 しかし、因果を無視したのでは仏法ではなくなってしまう.因果を鋭くからこそ仏法なのであって、因果を無視すれば外道です。なかんずく「仏因」「仏果」が、仏法のメーンテーマです。
 大乗仏教そのものも、釈尊滅後、釈尊を仏にならしめた「仏因」は何だったのか、その探求がテーマだったと言えるのではないだろうか。

斉藤: はい。もはや釈尊がいない以上、釈尊を仏にした「仏因」をつかむことで、自分たちも仏になろうとしたと考えられます。

名誉会長: 言い換えれば、釈尊の生命の「本質」の探究です。その結果、さまざまなかたちで、“永遠性の仏”を説くことになった。

須田: 「生身」の釈尊に対して、永遠性の「法身仏」を説いたのもそうですね。
そこから、三身論(法身・報身・応身)をはじめ、さまぎまな「仏身論」が議論されていきます。

遠藤: 大乗仏教のさまざまな仏 ---- 華厳経の盧舎那仏、浄土経の阿弥陀仏(無量寿仏)、大日経の大日如来なども、「無始無終の根本仏」を志向しながら、その一面、一面を説いたと言えるかもしれません。

名誉会長: しかし、どんなに“永遠性の仏”を説いても、そこには大きな限界があった。一つは、壮大で華麗な仏の世界を説く結果、「人間・釈尊」から大きくかけ離れてしまったこと。これは「人間」そのものからかけ離れてしまったことを意味する。
 もう一つは、今、論じている「因果」の問題です。「仏因」が先にあって、「仏果」が後に来るというのでは、どうしても、“何らかの時点で”仏が出現することになる。
 要するに、無始無終の仏を説くためには、「仏因(囚行)」に「仏果(果徳)」を認めなくではならないのです。これが、三世常住の本仏を示すうえでの第二の道であり、「唯一の道」です。

斉藤: 理論的には、どうしてもそうなります。

名誉会長: この「因位(仏因の位)の仏」 ---- それが上行菩薩です。「因果倶時の仏」です。上行菩薩が出現しなかったならば、無始無終の本仏は示せないのです。
 上行菩薩の出現は、五百塵点劫という想像もつかない過去をも突破した「無始無終の久遠の本仏」を指し示しているのです。

須田: これまで、わかったつもりで、あいまいだったことが、かなりはっきりしてきました。この「無始無終の本仏」とは、私たちが「久遠元初の自受用報身如来」と呼んでいる「南無妙法蓮華経如来」のことですね。
 

正義の走者様

 投稿者:男子部N  投稿日:2015年10月11日(日)17時08分28秒
  こんにちは。

K原さんの、日顕宗のとよたの破折をYouTubeで見させていただきました。

本部の職員らが、現場で日顕宗への破折などせず、戦いなどしない中、K原さんの戦いは素晴らしいと思いました。

本部の師弟裏切りの輩共がK原さんに嫉妬したんですね。

これからは、内部への破折で不正の実態も明らかにして、どんどんYouTubeの動画にアップして明らかにしましょう。

今度は、K原さんの本部の天魔との戦いをYouTubeで見たいです。
 

【京都乃鬼さんから質問①】4/4

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2015年10月11日(日)16時49分12秒
  池田先生は、国連をはじめとする国際社会に人道的競争の理念を定着させようと、毎年、提言を行っています。

それとともに、人道的競争の主体者を国家だけではなく、あらゆる組織団体にまで広げ、
創価学会としても人類的な諸課題について諸宗教と協力し、その解決に向けて対話を行いながら、
切磋琢磨しあう立場に立つことを表明しています。

また、ヨーロッパ科学芸術アカデミー会長・ウンガー氏との対談の中で、池田先生は、

「宗教の信奉者が、自分たちが洞察し、また啓示された『真理』に絶対的な確信をもつのは当然のことでしょう。

しかし、そのことによって、独善的、排他的な《偏狭の信》に陥るのは『真理』の解明を目指す宗教者の正しい態度ではありません。

むしろ、究極的な『真理』の解明のために、互いに英知をしぼり、

人間の真の幸福の実現に向けて競い合うことこそ、宗教者のあるべき姿だと考えます」

(対談集「人間主義の旗を」p76)と述べました。

つまり、池田先生は各宗教の真理を肯定的に見たうえで、
さらなる智慧の開発による諸宗教の切磋琢磨、人道的競争を提唱したのです。

「信仰の対象は何でもよい」と言い切れる宗教者は、この世の中に、そうはいないと思います。
宗教者がみずからの「真理」に忠誠を誓うのは当然です。

問題は、むしろ自分たちの見解を「万人が仏である」という究極の真理を共有することだと思います。
この人間主義の宗教観に立てば、各宗教者の見解は、いずれも法華経の表れである智慧に依っていることになります。

池田先生が、進んで他宗教の人々と出会い、対談し、その智慧に謙虚に学ぼうとする姿勢――その行動は、

世界の宗教者が互いの智慧を尊重しつつ、速やかに人道的な競争関係に立つべきだとの主張だと思います。

日蓮大聖人が幕府の権力者に立正安国論を提出し「汝、早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ」(p32)と訴えたのも、
他宗と論陣を張って折伏行を断行したのも、上記に記したことを、生きた時代に定着させるための戦いだったのではないでしょうか。

ちなみに、グリグリは「実乗の一善に帰せよ」とは、
「生命尊厳の理念に立って、政治も宗教も行うべきである」と捉えています。

全人類の生命はもっとも尊厳すべき存在であるという理念は、宗派の壁を越えて、万人が納得する世界共通の哲学だと思います。

以上、簡潔に説明しましたが、これが日蓮大聖人の包括主義と良観の包括主義の違いです。


・・・・・・質問②につづく
 

【京都乃鬼さんから質問①】3/4

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2015年10月11日(日)16時47分11秒
  ②大聖人の包括主義の目的は、民衆を救うためであり法華経の精神に適った思想 !

「絶待妙の意は一代聖教は即ち法華経なり」(p404)と大聖人は述べています。

一代聖教は法華経である――これを敷衍(意味を広げる)すれば、
世界中の人間が生み出した思想や宗教は皆、法華経の意義があり、人間の自己表現、とみなすことも可能です。

法華経の精神や真理に根を張った包括主義は、言い方を変えれば「人間主義」と呼ぶことができます。

「一切法は皆是仏法なり」(p563)、

また

「一切法皆是仏法と体達して実相の一理と信ずるなり」(p725)

とは、大聖人の思想であり信念です。

これを説明するにあたり、大聖人は中世に生きた人であり、社会的構造も現代とはだいぶ違うし、
わかりにくい面もあると思いますので、皆さんがイメージしやすいように現代に当てはめて述べていきたいと思います。

池田先生は、大聖人の包括的思想を根本として、新たな「人間中心」の観点から、
人間が人間のために唱えた「宗教」のすべてを平等かつ最大限に尊重しようとする戦いを開始しました。

「一切の法は皆是れ仏法なりと知る」を素直に読むと、

膨大な数の仏典はもとより、儒教、道教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教等の教えも、

ことごとく仏法の真理を説いたものである、という解釈も可能となります。

大聖人もまた、
殷の暴君である紂王を討って民衆を助けた太公望等を「教主釈尊の御使」とし、
「仏教以外の人々は知らないのだが、彼らの智慧は内心には仏法の智慧を差し挟んでいたのである」(減劫御書)と述べています。

つまり、大聖人の思想は、

広く人間の智慧一般が「法華経」の働きであると認識し、人間の智慧を最大限に尊重する姿勢を貫きました。

さらに、創価学会初代会長・牧口先生は、20世紀初頭に著した【人生地理学】の中で、

「国家間の生存競争が『軍事的競争』『政治的競争』『経済的競争』の諸段階を経て、最終的に『人道的競争』形式に進化」するだろうと予測しました。

人道的競争とは、武力や権力、経済力等によって他国を服従させるのではなく、
「徳」や「仁義」といった人道に適う方法を用いて他国を「心服」させていこうとする形式です。

この考え方を表明したのは、牧口先生がまだ日蓮仏法にめぐり合っていない時です。

しかし、この思想こそ、まさしく仏教的な「中道」の考え方であり、法華経の智慧の道を志向する概念です。

池田先生の表現で言えば「人の不幸のうえに自分の幸福を築かない」という信念に似てるでしょうか。
 

【京都乃鬼さんから質問①】2/4

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2015年10月11日(日)16時46分30秒
  ①良観の包括主義の目的は、名聞名利のためであり宗教ビジネスのため !

良観は、現在の奈良県の出身で16歳の時に出家し、
23歳の時に奈良にある西大寺(真言律宗)を開いた叡尊の弟子になりました。

そこでしばらく「非人」を組織化して活動していましたが、後に活動の場を関東に移し、
北条重時に近づいて鎌倉進出(鎌倉釈迦堂に入る)に成功しています。

そして、祈祷僧として北条時頼の病気平癒の祈願などを行い、幕府の中枢に接近していきました。

良観は、鎌倉でも「非人を救済」するという事業を通し、
非人を組織化してその非人の労働力を利用し各地の土木事業に当てていました。

たとえば、幕府は鎌倉の和賀江島の港湾修復工事を良観に委託し、
その代償として出入りする商船や商人から通行税を徴収する利権を得ています。

また、

和賀江島と同様に鎌倉の外港である六浦の管理権も掌握し、海上貿易に深く関わっていました。

良観が幕府公認のもとで広範な土木・慈善事業を行ったことは、良観の社会的名声を高めたことになります。

しかしもう一方で、通行税の徴収などは人々にとっては大きな負担を伴います。

この点を大聖人も「聖愚問答抄」で言及されています。

こういう事実から考えていくと、
良観のいう諸宗に対する寛容(それぞれの信仰を認める)の発想は、名聞名利のためであり、宗教を利用したビジネスで、
良観にとっては多信仰であろうが、雑信仰であろうが信仰の対象などどうでもよいのです。

その証拠に、良観が率いた真言律宗は、一時的には他宗を圧倒する影響力をもっていましたが、
体系化された教義も信仰者の強靭な組織も持たなかったために、良観の死後、鎌倉幕府の滅亡とともに衰退しました。

これは、政治権力に寄生することによって勢力拡大を図った宗教のもろさを示しています。

利害や利権をもとにした包括的野合は、いずれはその志ざしをも蝕まれ、消滅する運命をたどると考えます。
 

【京都乃鬼さんから質問①】1/4

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2015年10月11日(日)16時45分25秒
  投稿者:京都乃鬼   投稿日:2015年10月10日(土)21時11分14秒

■「真言さえ認めれば、それぞれの信仰を認めるという発想は、自由なようでいて、
   いずれは、多信仰、雑信仰に落ちていき、やがては宗教の根幹にある志ざしをも腐っていくと思います。」

と言うたはるけど、

■「古来から日本の仏教には、もともと仏や菩薩が民衆を救うために、いろいろな姿で現れるという
  『本地垂迹』という伝統的な思想がありました。(中略)日蓮仏法にも、この『本地垂迹』の思想があります。」

この違いを教えて欲しいんですわ。
--------------------------

いつものように、また鬼さんから鋭い質問を頂きました。笑 コワー

確かに上記の文面を相対すると、日蓮大聖人と良観の思想が同じように映りますね。

説明不足でした。
もう少し詳しく解説していきたいと思います。

まず結論から言うと、良観の他宗を包括していく思想と、大聖人が他宗を包括していく思想は、
どこがどう違うのかというと、「質」が違うということです。

端的に言うと、

良観の包括主義の目的は、名聞名利のためであり宗教ビジネスのためです。

大聖人の包括主義の目的は、民衆を救うためであり法華経の精神に適った思想です。

実行している事実は同じでも、真実は違うということです。この2つを説明していきます。
 

K原氏の件

 投稿者:解説者  投稿日:2015年10月11日(日)16時36分31秒
編集済
  詳細存じませんが、学会本部の嫉妬なのではないですかね。
執行部は疎ましく思っていたからでは?
ある人が(出版は)ちょっと早かったと発言しておりましたが。
だとしたら本部はみっともないですね。とうとう魔王が正体を出してきたのではないでしょうか。法盗人、食法餓鬼が姿を顕した。と言ってよいのではないですかね~。
 

正義の走者様

 投稿者:セブンスター  投稿日:2015年10月11日(日)15時55分42秒
  そもそも論なんですが、学会教学部が進めている、「戒壇の大御本尊」に代わる出世の本懐としての

「民衆仏法の確立」なんですけど、この論は「日蓮と本尊伝承」に著者の主張としてしっかりとかいてありましたね。

ということは、創価学会教学部は著者の考えをパクった法盗人ですね。
 

限定公開

 投稿者:感性  投稿日:2015年10月11日(日)15時28分35秒
  >2006年以降のスピーチのデータ   投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2015年10月11日(日)13時53分6秒

著作物の限定公開ですか。著作権とのからみは研究の余地はありましょう。
検索で思い当たることもありますが、確証がないので書きません。
どなたか詳しい方がいらっしゃれば、ご高説をお願いします。

 

除名理由は?

 投稿者:感性  投稿日:2015年10月11日(日)15時27分10秒
  >やはり除名   投稿者:正義の走者   投稿日:2015年10月11日(日)12時40分1秒

その方は私の知る限りでは特定できませんが、除名の理由は何なんでしょうね。
さしつかえなければ御教示ください。

 

2006年以降のスピーチのデータ

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年10月11日(日)13時53分6秒
編集済
  KS部OB様

例えば下記の方法はいかがでしょうか。

KS部OB様のデータを私にいただく。

宿坊の掲示板に投稿する。
それを師弟不二アーカイブ アドミン様に協力してもらい
師弟不二アーカイブブログに掲載してもらう。
公開は鍵付きとする。

また、
教学部レポートと同じような方式で個人の研鑽目的の場合に
限りメールで配布することも検討する。

不特定多数への配布ではなく個人の研鑽目的ならば
師匠の意に反しないと一般的に考えられますので。

 

外面(そとづら)と内面 二面性の未来

 投稿者:閲覧者その1  投稿日:2015年10月11日(日)13時50分44秒
編集済
  この板で、内面を暴露され、恥ずかしいと思い込んでいる皆様方。
大人社会では「当たり前だ!」と二面性を肯定している皆様方。
「山本伸一ごっこは、ガキの言い分」と正論を否定している皆様方。
あなた方に未来を築くことは不可能であり、現世は安穏でも、後生は
地獄であり、仏種を断絶していることに気付いていません。

内面の情報流出は、何もこの板ばかりではなく、政権与党に入った
段階で、創価の悪情報はあなた方自らが情報提供していたではない
ですか?この板に責任を押し付ける前に、人・モノ・カネの管理が
出来ずに数十年、タラフク食べて、タラフク寝て、酒呑んで師匠を
辱めてきた怠惰な人生を総括してみてはいかがですか?
 

京都乃鬼さん

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2015年10月11日(日)13時01分48秒
  お久しぶりです。

質問、承りました。 少々、時間をください。 貧乏ヒマなしです ! ワラワラ
 

トインビー対談否定?

 投稿者:ジンギスカン空軍中佐  投稿日:2015年10月11日(日)12時50分49秒
  反安保法制の学会員の運動にトインビー対談が引用されていたことを受けて、40年以上前の冷戦期の対談に固執するのは的外れとの意見を幹部に言われました。その人、トインビー対談を読んでいないのですが。トインビー対談は時の流れと共に陳腐化していると言いたいらしいです。

http://www.peacedepot.org

 

やはり除名

 投稿者:正義の走者  投稿日:2015年10月11日(日)12時40分1秒
  学会員で、ただ一人あの樋田を完全論破し、「勉強してきます」と頭を下げさせたK原氏が、噂通り除名になったようだ。

これで学会は、「日蓮と本尊伝承」の学説を放棄し、実証的論拠を失う。戒壇本尊を正しく宗教的再解釈をする為の根拠を失うのだ。

宗門と最前線で闘った方々を、会員の陰に隠れて対論もしたことの無い内弁慶のお偉いさんたちが、次々と処分してゆく。

いつの時代も、官僚的保身の輩がやることは同じだ。醜いもんだ。
 

法華経の智慧317

 投稿者:まなこ  投稿日:2015年10月11日(日)11時44分23秒
  ■ 上行菩薩は「菩薩仏」

名誉会長: さあ、そこで、「如来のすべてを受けとり、身に体している菩薩」とは、一体、いかなる存在なのかということです。通常、「菩薩」と言えば、成仏を目指して修行している存在です。しかし、明らかに「上行菩薩」は、そうではない。「如来のすべて」を全身に体していて、なおかつ「菩薩」と呼ばれている。
 上行菩薩は「菩薩仏」なのです。父子相続の話があったが、父子は一体であり、父が仏であれば、家督のすべてを譲られた子もまた仏でなければ、話がちぐはぐになる。

遠藤: たしかに国王から国を譲られたら国王です。

名誉会長: 上行菩薩はじめ地涌の菩薩は、出現の時から、すでに「身皆金色にして、三十二相、無量の光明あり」(法華経p474)と説かれていた。

須田: 「三十二相」というのは「仏」の特徴です。地涌の菩薩が仏であることを示していると思います。

斉藤: しかも、釈尊よりも立派に見えた。釈尊が、まだ青さの残る二十五歳の青年とすれば、荘厳な百歳の翁に見えたと説かれています。

名誉会長: だから神力品の結要付嘱の儀式は、本来は「仏」から「仏」への儀式なのです。唯仏与仏(ただ仏と仏と)の境涯です。ではなぜ、上行は菩薩として現れているのか。
 それは、ひとつには、「一世界には一仏」という原則を破らないためとされる。二仏が並び立つと、皆に混乱を起こさせるからです。


斉藤: 上行菩薩は“釈尊の説法を助ける”ために弟子の立場をとっているということですね。

遠藤: 地涌の菩薩が出現したことによって、弥勒菩薩をはじめ皆が驚いて、そこから寿量品の説法が始まるわけですから、たしかに説法を助けたわけです。

名誉会長: しかし、上行菩薩がどこまでも「九界の立場」で出現したことには、さらに重大な意義がある.これは全仏教史を大転換させる重大事です。それは、「因行(仏因)」の中に「果徳(仏果)」を認めるということです。それまでの仏教は、どこまでも「仏果」が勝れ、「因行」は劣っているとした。ある意味で当然でしょう。

遠藤: 「九界」よりも「仏界」が上とするのは当然と思います。

名誉会長: しかし、上行菩薩の出現によって、「因行(九界)」に「果徳(仏界)」を含むことになってしまった。これがなぜ大切なのか。
 寿量品の説法を思い出してみよう。釈尊は五百塵点劫の太古に成仏したと説いた。これは、全宇宙のすべての仏は、その久遠実成の釈尊の弟子だということです。それでは、「その前」はどうだったのか。

斉藤: 「我本行菩薩道(我れ本、菩薩の道を行じて)」とありますから、五百塵点劫以前は、菩薩の修行をしていたことになります。
 

理解

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2015年10月11日(日)11時40分37秒
  10月11日付(本日)聖教新聞 「創価栄光の集いへの創立者のメッセージ」より

「私が『文化人類学』とはどのような学問でしょうかと尋ねた折り、ヤーマン博士は明快に即答され、『他の人びとを理解しようという試み』と定義してくださいました。私は感服しました。『他の人びとを理解する』ことは、牧口先生が、郷土・北海道の先住民であるアイヌの方々をはじめ、全世界の各民族に対して貫かれていた姿勢でもあります。」

::::::::::
相手を理解していこうなのか、それとも理解させようなのか。前者は「聞く姿勢」となって現れ、後者は「一方的な姿勢」となって現れる。それがさらにエスカレートすると、「排除」となる。聞く姿勢の中に人間主義があり、一方的な姿勢は権威主義であり、排除の姿勢は魔性である。聞くことが仏道修行の根本であり、学会活動というのも煎じ詰めれば、人間の中に入り、相手を理解する戦いと言えましょう。

そもそも同苦の精神というのは、相手を理解しようとする不断の努力の中で培われていくものである。そのために相手を知ることが大事であり、そこには「わからせよう」などという上から目線の姿勢など皆無である。組織の論理が優先されると、理解しようというよりも、理解させること、即ち、「方針に従え」となりがちである。これは人間主義の世界からの逸脱を意味し、もはや、仏法者としての体を為していない。

創価学会は人間主義であり続ければこそ、仏意仏勅を名乗ることができる。学会と宗門の差はまさにここであり、学会が権威主義となってしまったら宗門とほとんど変わらなくなる。「会長が上、会員が下」というのは権威主義を指し、こうなったら邪教(日蓮大聖人の精神がない)である。これをいかに食い止め、清浄化していくか。このことを考えていくことが、会員一人ひとりの責務であり、問題意識でなければなりません。

問題意識を持つ会員が増えれば増えるほど、第六天の魔王は嫌がります。自分たちの思うようにコントロールできなくなるからです。相手をコントロールしたいというのが魔性の心であり、その反対に位置するのが、「納得の対話」です。納得の対話なきところには、必ずと言っていいほど、魔性の心が入りこんでいます。

コントロールにおける団結なのか、それとも納得における団結なのか。両者は似て非なるものである。コントロールにおける団結は「不信」を根本とし、納得における団結は「信」を根本とする。信用、信頼があるからこそ、相手を尊重し、耳を傾けることができる。不信であるならば、疑心暗鬼となり、力で押さえつけようとする。

法華経とは円融円満であり、すべてが欠けることのない最高の法です。そこには納得があります。納得を生めないこと自体が、何か不備のある証拠とも言えますので、改善する余地があると見るのが妥当でしょう。力なき正義は、悪に等しくなるのと同じように、納得を生めない幹部は、ただの幹部どころか、広宣流布の邪魔な存在になり得てしまう。

理解が納得を生み、納得が歓喜を生む。南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜であり、それが創価の世界です。歓喜の信心の中に本当の広宣流布の道があり、それ以外は邪道です。コントロールにおける団結は、歓喜を奪い、信心を壊してしまう。コントロールか納得か、すべては微妙なる一念の差なのです。
 

師匠の教えを頑なに守る

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2015年10月11日(日)11時15分17秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

池田先生は戸田先生が御存命時に戸田先生の教えを頑なに守り実行しました。
このことに異論がある方はいないと承知しています。

僧宝の日興上人も御本仏日蓮大聖人様の教えを頑なに守り実行しました。
このことに異論がある方は身延系です。

現在、池田先生は御存命です。
私達、池田門下は頑なに池田の教えを守る時ではありませんか?
いたずらに、本尊論や平和論を議論するべきではありません。
会則変更についても、安全保障関連法案についても池田先生の御指導を頑なに守れば賛成できないのは自明の理です。

池田先生の教えを頑なに守る方が非難されるようなことがあれば、非難する側は師敵対な人間です。

迷った場合は原点に戻ることが大切です。
創価学会の原点は牧口先生、戸田先生、池田先生です。
なかでも、池田門下の私達は池田先生の御指導に戻るべきです。

皆様の原点は池田先生ですよね?
 

信濃町の人びと様、KS部OB様

 投稿者:師弟不二アーカイブ アドミン  投稿日:2015年10月11日(日)10時22分36秒
  宜しくお願い致します。
もちろん、師弟不二アーカイブに掲載するのは可能です。
全面公開だけでなくパスワードを知っている人のみへの公開というのも可能です。

師弟不二アーカイブは、宿坊の掲示場で明らかになった師弟不二の戦いの軌跡を
後世に残すために有志でスタートさせました。師匠のメッセージを残すのも本望です。

宜しくお願い致します。
 

八風様 【恩について】

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2015年10月11日(日)10時04分32秒
  >我が人生を池田先生という偉大な師匠に、感謝と報恩の誠を尽くしていける生涯としたい。<

心より深く同意致します。
また、大切な部分に光を当てて頂きまして誠にありがとうございました。

最近組織で思うことがあります。それは、信心の原点を語る会員が少なくなった事です。
「先生のお陰で今の自分がある」という事を言わない会員が多くなりました。

それは安保法制の肯定・推進が更に拍車をかけました。
安保法制を強く肯定するあまり、先生の平和思想(言葉)を後に置き、公明党議員や肯定派の評論家の意見を優先したのは事実です。

結果的に学会員が、先生の平和思想に傷をつけたけ歴史が残りました。
安保法制が残したものの一つは「忘恩」ではないでしょうか。

先生への恩が薄くなった会員は、結果として先生を基準とした信心でなくなります。
最近の創価学会で、功徳や体験が少なくなった原因の一つではないでしょうか。

八風様のように、自分も「池田先生に感謝と報恩の誠を尽くしていける生涯」であるよう精進してまいります。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/32979
 

いい智慧があれば

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2015年10月11日(日)09時45分57秒
  一応の対告集:非職員様 感性様 法学部卒様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/33012
http://6027.teacup.com/situation/bbs/33013

感性様、ありがとうございます。と……本当はシュンとなっていたのですが。
確かに、私を含めた多くのネットの住人は著作権者のみなし許可(黙認)に甘んじております。

同時に2006年以降スピーチを人類遺産として、有償・無償で誰もが学ぶ機会を失うことには、苦痛が伴います。
私は、先輩・幹部たちの言動があまりにも矛盾することから、それは池田先生の指導が、私の入信以前とその後とで違うからなのかと思い、古い文献にもあたるようになりました。ここで知った『池田会長講演集<第三巻>』もアマゾンで買いました。

しかし、末法万年の後輩たちは、それが容易なことではなくなります。
(京都と東京にある? 国会図書館や、各地域の中央図書館に行けば閲覧可能)
イコール、それは法滅を意味するように思えてなりません。
それを防ぐ、有効な手段が必要です。

私の大好きな宮武外骨さんは明治の貴重な文献資料を後世に残すために全国を収集して回ったそうですが、そんな心理に近いかと思います。
私もあまりカッコイイことは言えませんが…・・・勝手な考えかもしれませんが、2006年以降スピーチ永久保存はガンジーの「塩の行進」に通じると思います。

私も、考えます。皆さんもいい智慧があれば、助けて下さい。
 

わが友に贈る

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2015年10月11日(日)09時17分23秒
  「道理証文よりも
現証にはすぎず」
体験に勝る力はない。
大確信の言葉で
友に勇気の波動を!
 

法華経の智慧316

 投稿者:まなこ  投稿日:2015年10月11日(日)08時21分0秒
  ■ 「師弟の勝利!」「信心の勝利!」

遠藤: たしかに題目の功徳を、いつのまにか自分で区切ってしまっていることが、あります。「祈りとして叶わざるなし」の仰せを、文字通り、そのまま「確信」することが大事ですね。

名誉会長: その通りだ。いわんや、広宣流布を目指して戦っている人の祈りが、かなわないわけがない。
 「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(御書p1360)と、大聖人は言われている。
 「同意」とは「広宣流布」です。広宣流布のため働き、広宣流布のために「信心の勝利」の実証を示そうと立ち上がるとき、言うに言われぬ大功徳が身にあふれてくるのです。
 会社だって、会社のために働くから「給料」をくれるのです。御本尊の願いである広宣流布のために働くことによって、その結果、「功徳」がある。これが道理です。
 あれがほしい、これがほしい、と、まるで御本尊に功徳を与える「義務」があるみたいにいう信心を、戸田先生はよく「乞食信心」と言われた。勇んで、「広宣流布のために、私は命をかけて戦います!」と立ち上がれ、と。
 御本尊を、妙法を、命がけで守ろうとする信心によって、自分が三世十方の仏菩薩から守られるのです。妙法を広宣流布している創価学会を勝利させようという信心の真剣さに応じて、無量の諸天が、仏菩薩が、真剣にその人を守るのです。
 戸田先生は、師匠の牧口先生とともに牢獄へ行ったとき、何と祈られたか。
 「わたくしは若い、先生はご老体である。先生が一日も早く、出られますように、わたくしは、いつまで長くなってもよい。先生が、早く、早く出られますように」と、朝夕、祈られたのです。何と崇高な祈りか。
 仏智の広大無辺でしょう、牧口先生は獄死されたが、不二の弟子は生きて、牧口先生の偉大さを顕彰した。牧口先生の死を賭しての国家主義との闘争が、今、アジアで、世界で、どれほど創価学会の信用になっているか、計り知れない。

斉藤: 全世界が牧口先生を讃えています。ブラジルでは、創価教育学を実践する学校が広がり、また「牧口常三郎公園」(クリチバ市)、「牧口常三郎先生通り」(サンパウロ近郊)、「牧口常三郎通り」(サンジョゼ・ドス・カンボス市)も設置されました。

名誉会長: 牧口先生は勝った。戸田先生の祈りは勝った。生死を超えて、勝ったのです。島国根性で狭い心の日本は、偉人を狭い三畳間の独房に押しこめた。
 しかし、牧口先生の偉大さは、そんな黒い鎖を断ち切って、全世界に広がっていったのです。戸田先生の一念によって ---- これが本当の師弟の戦いです。
 仏法は、どこまでも師弟なのです。神力品においても、「師弟の儀式」になっている。

遠藤: はい。地涌の菩薩は、釈尊が「久遠以来、教化してきた」弟子となっています。この「弟子」に「師匠」が、法華経の末法広宣流布を託すという儀式をとっています。

斉藤: 問題は、ここですね。この文上にとらわれると、日蓮大聖人が、「上行菩薩の再誕」として、釈尊の「法華経二十八品」を弘めた ---- という解釈に陥ってしまいます。

須田: ほとんどの解釈が、そうです。

斉藤: しかし、日蓮大聖人はこう仰せです。「此の妙法蓮華経は釈尊の妙法には非ざるなり既に此の品の時上行菩薩に付属し給う故なり」(御書p770)
 「”釈尊の妙法”を弘めるのではない」と明確に言われています。

遠藤: ただ、これも、“釈尊の妙法”を上行菩薩が譲り受けたのであって、父子の家督相続のように、「もう父の代は終わって、自分の代になったんだから(家督を譲られたんだから)、すべて自分のものであって、父のものではない」と、こういう解釈をする人もいます。

斉藤: どう説明すれば、わかりやすいのか ---- 。

名誉会長: 「家督相続」の譬えは、一面の真実を突いている。それは、末法は「上行菩薩の時代」であって、「釈尊の時代」ではないということです。
 「後は頼む」と、すべて神力品で譲ったからです。経文を見てみよう。

須田: はい。こうあります。「要を以って之を言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於いて宣示顕説す」(法華経p581)
 有名な結要付嘱の文です。

斉藤: 要するに、「如来のすべて」が法華経には説き示されている。それを上行菩薩に付嘱すると。天台は、ここには法華経の全体をまとめる「枢柄」(中心となる肝心要)があるとしています。そして、この経文に則って、法華経の意義を説明しようとしました。いわゆる名・体・宗・用・教の五重玄です。
 <「名」は「如釆の一切の所有の法」(如来の所有する一切法の総称であり、妙法蓮華経)、「体」は「如来の一切の秘要の蔵」(如来が証得した法そのもの)、「宗」は「如来の一切の甚深の事」(如来が成仏した因果)、「用」は「如来の一切の自在の神力」(如来が現す衆生救済の力、働き)、「教」は「皆此の経に於いて宣示顕説す」に、それぞれ対応している>
 法華経に無限の功徳が備わっている「ゆえん」というか、無限の功徳が発生する「根本」を指し示していると思います。

須田: つまり「如来の生命そのもの」でしょうか。

遠藤: それを上行菩薩に付嘱した、と。
 

「なかんずく信教の自由を死守する」

 投稿者:感性  投稿日:2015年10月11日(日)07時31分56秒
編集済
  >処分撤回を求めて(369)岸田さん処分事件勝訴 都教委7連敗/この力を1 0・17集会の成功へ
http://www.labornetjp.org/news/2015/1444380487571staff01

君が代演奏を精神の自由の見地から拒否して処分された元小学校教員の岸田さんはキリスト教
を信仰されていてピアノ演奏の拒否は同信仰からの信念に基づく行動でもあったそうです
キリスト教といえば内村鑑三が教職を追われた第一高等中学校(現東京大学教養学部等)不敬事件は
あまりにも有名です。

さて公明党は学校現場に緒おける君が代等の問題については実質上、(教職公務員なら校長の命令に絶対服従すべし)という見解ですね。日の丸・君が代法案のときはもっともらしく歯止めとなる付帯を主張したうえで賛成したわけですが、それもいつのまにかチャラになっているようです。

公明党も支援団体も他宗教の方々の信教の自由を含む精神の自由を配慮するのであれば
日本会議系施策の片棒を担ぐ現状がきわめて不整合であることに気づくべきですね。あまつさえ
初代会長法難の件もあることは言うまでもありません。

気づいていながら各地で精神の自由がないがしろにされている現状を是とし公明が不作為を
決め込むのであれば、それは姑息にもほどのある理念の棚上げに他なりません。


五項目の基本理念

一、創価学会は、永遠に民衆の側に立つ

一、創価学会の実践は、人間革命の運動である

一、創価学会は、仏法中道の大道を歩む

一、創価学会の社会的意義は、平和を守り、人間文化の興隆にある

一、創価学会は、人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を死守する

 

慈悲、抜苦与楽!

 投稿者:白髪の元k  投稿日:2015年10月11日(日)06時16分27秒
  大仏様、感謝でございます。
白髪は、今が折伏の大チャンスであり、今が師匠池田先
生を内外に宣揚して行く、好機と捉え喋り捲りますぞ!

折伏の場は学会にこそある。
                          白髪の元k
 

第二話もよろしく

 投稿者:ぺぺ  投稿日:2015年10月11日(日)02時58分51秒
  あと、もう一歩で大臣になれますww

紙議員★遠山ぺぺ

第二話はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=89A8y_OKF9M&feature=youtu.be
 

KS部OB様

 投稿者:非職員  投稿日:2015年10月11日(日)00時22分55秒
  KS部OB様
ありがとうございます。以前2006年のスピーチをUPしていただきました。
感謝しております。
更に ~2009年5月を用意できているとは驚きです。
より多くの人たちが、先生のお心に触れる機会を得ることになります。
素晴らしいです。
弟子が師の指導を求め、広める事はごく自然の行為です。
弟子達が共有できる為めの知恵を出しましょう。私も考えます。
 

複製は疑問

 投稿者:感性  投稿日:2015年10月10日(土)22時56分5秒
編集済
  >意外に重い!著作権侵害の罰則   投稿者:法学部卒   投稿日:2015年10月 6日(火)00時36分22秒

御所見ありがとうございます。おおむね同意します。
広宣流布の素材とはいえ著作権は著作権です。聖教新聞や刊行物も無料配布しているわけではなく刊行にいたっては多大な努力と工夫が要されてもいましょう。製本販売していないから許されるという論は内部同士といえども通用はしません。我田引水的な言い訳も同様です。
罰則があるから云々の問題でもありません。

現在までの不問は著作管理者(聖教等)が著作権侵害者を善意とみなし許容(黙認)しているものと
私見しますが、それに甘えることはすべきではありません。

さらに言えば将来、著作権侵害行為が揚げ足取りの材料にされることがないとも限りません。

したがってデータの複製は論外として、引用も引用先や
引用者見解と原文の主・従の然るべき比重を明確にした分別あるものにすべきだと思います。
 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年10月10日(土)22時47分42秒
  23時から開始します。よろしくお願いします。
本日も終わりの連絡はしません。
23時30分に終わります。参加は少しの時間でもよいですよ。
 

昭和50年8月20日 夏期講習会 壮年部代表者大会

 投稿者:大勝利  投稿日:2015年10月10日(土)22時41分14秒
  こんばんは。

昭和50年8月 夏期講習会スピーチをアップしました。

https://youtu.be/CcezSSCKBiE

このスピーチの前月の7月に、いわゆる「創共協定」が発表されていますが、先生のこの件についての言及も収録されています。
 

鬼はんへ

 投稿者:セブンスター  投稿日:2015年10月10日(土)22時17分16秒
  横から誠に申し訳ありません~。

「真言さえ認めれば・・・云々」は相対妙

「古来からの日本の仏教には・・・云々」は絶対妙

というように理解しましたが、ぐりぐり様の見解はいかがでしょうか。
 

データについて

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年10月10日(土)21時56分56秒
  アーカイブブログ様

掲載可能でしょうか?
とりあえず、今ある資源でやれるベストな方法は、
KS部OB様のデータをいただき、
アーカイブブログ様に掲載してもらう方法かなと。

お返事ください。
 

マネー・フォー・ナッシング

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2015年10月10日(土)21時33分33秒
  一応の対告集:非職員様 信濃町の人びと様 KS部OB様 匿ちゃん様 ジョーカー様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/32993
http://6027.teacup.com/situation/bbs/32781
http://6027.teacup.com/situation/bbs/33001
http://6027.teacup.com/situation/bbs/33003
http://6027.teacup.com/situation/bbs/?

非職員様のおっしゃる通りですね。電子化と出版は分けて考えないといけませんね。電子化、私も一緒にやらせて下さい、どこまで進められていますか?……

と言おうとしたら、急展開にビックリ!

KS部OB様、それは本当ですか!!!??? どうしましょ? 信濃町の人びと様? すぐに頼ってしまう私。

匿ちゃん様、それは本当ですか!?!?!? それはアマゾンで買えますか?


ところで、財務については、ジョーカー様のご意見に納得。
分かる方に教えて頂きたいのですが、年末の財務以外に、各会館等で広布基金というのがありますが、これはそのまま、その地域の活動資金になるのでしょうか?
それとも財務と一緒で本部に吸い上げられることになるのでしょうか? 前者なら財務じゃなく公布基金の方に回そうかと思うのですが。

私はご供養のつもりで、たまに青年部や未来部に飲み物等のささやかな差し入れをしています。スタッフをしていたことから、少年部合唱団に差し入れをすることもあります。
明日は地区総会のリハの予定で、男子部への差し入れを買って来ました。少し足を伸ばして業務スーパーまで行って。

“苦労せずに手に入れたお金”
“それじゃあうまくいかないって”
“オレに言わせてくれよ、オレたちはクズじゃないぜ”
“ウチでは電子レンジも取り付けもカスタム・キッチンの配達もこちらの冷蔵庫やカラーテレビの運搬もやんなきゃなんないから”
“苦労せずに手に入れたお金……で、大金持ちなんだって?”
(『マネー・フォー・ナッシング』ダイアー・ストレイツ)https://www.youtube.com/watch?v=wTP2RUD_cL0&list=RDwTP2RUD_cL0
 

グリグリはん江 質問②

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2015年10月10日(土)21時19分45秒
  「仏敵に対する供養があるとすれば『法供養(折伏)』しかありません。」

具体的に言うと、どうゆうコトでっか?


「仏敵に供養(法・折伏)して地獄に行くか、行かないかは、本人の一心一念による、ということです。

それが強ければ『寂光』だし、弱ければ『地獄』です。」


ここの部分も、よーわからんねんけど。
頼んますわ~。
 

グリグリはん江 質問①

 投稿者:京都乃鬼  投稿日:2015年10月10日(土)21時11分14秒
  グリグリはん、「仏敵に供養すれば地獄に行くか否か」の考察、お疲れ様どしたな。

いつも勉強させてもろてまっせ~。
おおきに。

ま、いつもの様に質問させて貰いますわな~。


「真言さえ認めれば、それぞれの信仰を認めるという発想は、自由なようでいて、いずれは、多信仰、雑信仰に落ちていき、やがては宗教の根幹にある志ざしをも腐っていくと思います。」

と言うたはるけど、

「古来から日本の仏教には、もともと仏や菩薩が民衆を救うために、いろいろな姿で現れるという『本地垂迹』という伝統的な思想がありました。(中略)日蓮仏法にも、この『本地垂迹』の思想があります。」


この違いを教えて欲しいんですわ。
 

池田先生スピーチ集

 投稿者:KS部OB  投稿日:2015年10月10日(土)20時47分56秒
  ワード(2.80MB)です。

匿ちゃん様
データやりとりしなくても出版本でてるよ
→全集未収録、普及版収録予定(全集収録の2001~2006.4まで)、大白蓮華2009年の一年間は一部収録のみです。
 

(無題)

 投稿者:匿ちゃん  投稿日:2015年10月10日(土)20時17分47秒
編集済
  データやりとりしなくても出版本でてるよ  

KS部OB様

 投稿者:解説者  投稿日:2015年10月10日(土)20時05分38秒
  念のためですが
データーはどのような形式なのでしょうか?

PDFファイル
ワードファイル
テキスト
など
形式により可能な方法が異なるか不明ですが
 

池田先生スピーチ集

 投稿者:KS部OB  投稿日:2015年10月10日(土)19時54分43秒
  2006.4.20-2010.5.13までのスピーチ集まとめてあります。
必要な方へはデータをお渡したいのですが、良い方法をご提案ください。
 

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