大勝軒分裂騒動、“本家”が仲裁へ!
人気ラーメン店「東池袋大勝軒」(東京・豊島区)の創業者・山岸一雄氏(享年80)の弟子約60人で構成された互助組織「大勝軒のれん会」の分裂騒動が、新たな局面を迎えている。「東池袋大勝軒」の“本家”に当たる「中野大勝軒」(東京・中野区)が10日、仲裁へ動き出したことが分かった。
山岸氏の再従弟(はとこ)にあたる「中野大勝軒」社長の坂口光男氏(59)は「何とか2人が話し合える場所を設けたい」と年内にも和解させたい考えを明かした。
“ラーメンの神様”と呼ばれた山岸氏の死から程なくして起きた「のれん会」の分裂騒動に、「全国にある大勝軒全体が傾くかもしれない」と坂口氏は強い危機感を募らせている。
「東池袋大勝軒」2代目店主・飯野敏彦氏(47)らと分派「大勝軒 味と心を守る会」の間にできた溝。かつて山岸氏と店頭に立っていた妹・節子さん(78)が経営から退いている現在、「双方に話ができるのは自分しかいない」と坂口氏が和解へ立ち上がった。
この日までに、双方と連絡を取ってきたが、飯野氏からは「今度会って話します」と言われてから音沙汰がなかったという。だが、今後も電話などで「年内に話し合える場所を設けるために働きかけていく」と話した。
坂口氏が仲裁へ動き出した背景には、「大勝軒」の歴史がある。「中野大勝軒」は1951年に、坂口氏の父・正安氏(享年70)が創業し、坂口氏の再従兄にあたる山岸氏が店で働くようになった。
当時、賄いで食べていた“つけ麺”をヒントに、山岸氏が「もりそば」を考案したため「中野―」は「つけ麺の発祥地」として知られる。61年、山岸氏は独立し「東池袋大勝軒」を開店した。こうした流れから中野大勝軒は、いわば現在につながるすべての大勝軒の本家。今回の分裂劇でもどちらの派に属しておらず、仲裁役は坂口氏しかいないとも言える。
その上で坂口氏は、分裂が決定的となった今年4月の山岸氏の葬儀で起きた“事件”について詳細に告白。葬儀後の火葬場で、本店側から弟子約20人が閉め出された。山岸氏の再従弟として火葬場にいた坂口氏は、「あまりに横暴な」本店幹部の対応に「何でそんなかわいそうなことをするんだ。中に入れてあげなさい」と注意し、弟子らはお骨だけ拾うことができたという。
「火葬場の一件を目にするまで、山岸さんの弟子たちの間にこんな溝ができているとは思わなかった」と坂口氏。「東池袋大勝軒」の社葬として執り行われた葬儀についても「弟子らが合同で行えばよかったのに…。トシ(飯野氏)が前面に出たかっただけなのでは」と明かす。
7月に「守る会」代表の一人で「お茶の水、大勝軒」店主・田内川真介氏(38)らから「もう『のれん会』から脱会したい」と打ち明けられていた坂口氏。店のPR取材について本店から許可が下りず、使うように指示されていた小麦粉は値段が高かったなどという事情を聞いた。
「彼らの言い分はよく分かる。だからといって仲間同士で反目するのはよくない。こんなことを山岸さんは望んでいない」と語った。