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アセトアミノフェンの気ままな日常

2015-10-10

「TeX 界の El Capitan 迎撃戦記」のコメントに対する回答と本質

先日紹介した doraTeX さんの記事がバズっている。あの記事は今回の騒動の原因と対策をわかりやすく簡明にまとめた素晴らしい記事であるし、TeX 開発者コミュニティの活動を伝える意味で大いにありがたい内容であることは間違いない。日本の TeX 開発者コミュニティの一員として僕はこのブログで状況を速報してきたが、その内容の総まとめにもなるだろう。一方で、よくわかっていない読者からのコメントが相次いでいるようだ(もちろん解っておられる方もいらっしゃるが)…「El Capitan で日本語 TeX できるようになった! ヒラギノ使えた! やった!」で済ませて欲しくないので一言加えることにした。

開発者のわがままという非難もあるかもしれないが、TeX の開発とメンテナンスは多大な労力を要するものであり、我々が常に安定してそれを利用できているのは世界中のメンテナのおかげであることを忘れてはいけない。

ユーザが人間であるのと同じく、メンテナも人間である。

これは全てのオープンソースコミュニティに通じることであり、その一つである TeX 開発者コミュニティに加担するようになった身として、そのありがたみを痛感しているところである。

El Capitan に TeX を入れることはできない?

これは Rootless で TeX が動かなくなるという言説が蔓延っておかしなことになっているだけ。そうではなく2014年までの MacTeX / BasicTeX のインストーラに設計上の問題があるだけで、僕らに言わせれば「なんで /usr/texbin なんていう変な場所にパスを通しているんだ!」というだけの話。2015年版のインストーラはすべて問題解決してあるし、port や brew でも可能なことは従来どおりである。

OS X に仮想環境の Linux を作って入れたほうが良い?

これも全く違う。OS X に直接インストールする方法で全く構わないのだが、当該記事のややこしいフォントの問題は「El Capitan で突然 Appleヒラギノの形式を変えてきたから起きたことである。OS X を愛用しているユーザは「ヒラギノが使える!」を理由にあげることが多いほど、ヒラギノフォントが好きである場合が多い。そこで、従来のインストール解説記事ではこぞって「こうすれば TeXヒラギノできるよ!」と紹介してきた経緯がある。このことが災いして、ヒラギノが突然 Apple の方針で TeX から使いづらくなった途端に TeX そのものが使えないかのように誤解されてしまっているのだ。OS X であっても最初から IPA フォントを使っていれば何も問題はないし、今後も IPA フォントは永遠に利用可能であり続ける。でもそれでは納得しないユーザが多いであろうことを考慮し、日本の TeX 界がどう対処したかを伝えたのが例の記事である。

いずれも doraTeX さんの記事読めばわかるはずだし、僕が TeX Wiki に書いた説明を読めばよりわかってもらえるはずなのだが…?

忘れてはいけないいちばん大切なこと

最初に述べたとおり、ユーザと同じくメンテナも人間である。それでいて「TeX はバグの少ない安定したツール」として確立されているのは周知の事実である。とはいえ何か未対応の事象が生じた際に新機能追加を求めることは十分ありうる*1。しかし、これはうまくやらなければ従来の機能が損なわれ、安定性を損なうこともありうる。ゆえに、よほど重大なことでない限り新機能実装は避けたいと思うのが常である。そこで「日本ではそれがどれほど重大な問題であるか」を世界中の開発者に理解してもらうことが必須となる。極端な言い方をすれば、当該記事の1.以外は

自前で有料の高品質フォントである製品版ヒラギノフォントを購入することをせず、いち OS(しかも有料)である OS X についてくるヒラギノ頼みの「中途半端なヒラギノ愛好家」のために、日本語 TeX 開発者コミュニティがどれだけ身を削り、国際コミュニティに働きかけを行ったか

の記録*2だといえる。OS X のアップデートで影響を受けたのは全世界共通の Rootless の問題を除いて、ヒラギノを使っている日本にほぼ限られるTeX 界はすべて無償の努力によって幅広い OS で動くツールをメンテナンスしている。日本でも世界でも TeX 開発者のなかで OS X ユーザは少数派であり、大半は無償の Linux などの OS を使って開発している。そうしたなかで有料の Windows や OS X に対するサポートを求めるのは何を意味するか、おわかりいただけるだろうか?*3 そうしたなか、実際に手元に OS X 付属の特殊なフォントがないのに、プログラムを書いて “これではどうか” と提示してくださっているのが日本の TeX 開発者である。こうしたなかでも「フォントの選択肢は広いほうがいい*4」というモチベーションから日本が世界に働きかけを続け、どうにかヒラギノ(しかも OS X El Capitan についてきた変なヒラギノ)を使えるようになったという事情をもうすこし理解してほしいと思うところである。

すべての開発者が上の記述に同意するわけではないことは承知しているが、今回の El Capitan 問題について喜んでサポートしているわけではない開発者が少なからずいることに配慮が必要であろう。「doraTeX さんのまとめありがたい! これで日本語 TeX できた!」も結構であるが、それ以上に感謝すべきは世界中の TeX 開発者である。ここに敬意を表する。

*1:今回の事象は「未対応」なのであって「バグ」ではない。ときどき「dvipdfmx にバグがあって El Capitan でヒラギノが使えない」も見かけたが、そうではなく「知らない形式のフォントなので未対応」なのである。

*2:簡単のためにヒラギノを例にしたが、游明朝体も同様である。

*3:実際に今回の件についても El Capitan を持っていない開発者が “No font, no fix” と発言している。テストだけのために新しい OS なんてインストールしない、だからフォントもない、だから修正しようがない。

*4オープンソースのフォントとして配布されている Adobe の源ノ角ゴシックも OTC 形式が存在するが、これは同時に OTF でも配布されているので、従来のままでも工夫さえすれば使用できた。しかし、OTC しか存在しない El Capitan 付属のヒラギノの場合はそうはいかないので、Adobe の OTF のみならず OTC 使えるようにするというところから始めた。

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