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ベルゼル病
案内されたのは広い屋内の一室、豪華な扉の前でシルシュは立ち止まる。
「ここです」
中に入ると、ぬいぐるみや人形が沢山置かれた大きな部屋、その中心のベッドに子供が眠っていた。
子供は高熱で意識を失っているようだ。
隣にはダビィールが付添い、その手を握っている。
中々に子煩悩な男らしい。
「ダビィールさん」
シルシュが声をかけると、ダビィールが悲壮な顔でこちらを向いてきた。
執事に任せればいいのに、ずっと自分で子供の世話をしていたのだろう。
かなりやつれているな……。
「シルシュ殿……?一体どうなされたのですか」
「彼……ゼフさんがもしかしたらその病の事、わかるかもしれないので、見てもらおうかと思ったのですが……」
シルシュに紹介され、ワシが一歩前へ出ると、ダビィールが飛んできてワシの肩を掴む。
「おおっ!本当ですか!?」
「……痛いぞ」
「これは……申し訳ない」
「心配なのはわかるがな」
ダビィールが手を離し、ワシも子供の方へと歩いていく。
ベッドの横に腰を下ろし、子供の額に手を乗せた。
そこから首、胸、腹と順に手を当てていく。
その様子を後ろからシルシュが心配そうに見守っている。
(臓器に膨らみと異音……やはりベルゼル病だな)
幸いまだ初期症状、すぐに薬を飲ませてやれば快方に向かうだろう。
立ち上がり、ダビィールへその旨を伝えた。
「この病の治療法は知っている。すぐに薬を飲ませれば治るだろう」
「本当ですか!……そしてその薬は?」
「ミルハーブを煎じたものを飲ませればいい。ゴライアスの森に生えてたはずだ。明日にでも採りに行って来よう」
「おぉっ……!」
そこまで言うと、ダビィールはワシの手を握り、目を潤ませ始めた。
ものすごい力で握りしめてくる。
だから痛いと言っているだろうが!
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
と、文句を言おうとするが泣きながら礼を言うダビィールに、すっかり毒気を抜かれてしまう。
「おいおい礼を言うのは治ってからにしろよ……それに言っておくが、しっかりと礼は頂くからな」
「はいっ!もちろんですとも……!」
「おじいお金?私ごはんたべられるの?」
いきなりアインがあらわれて、キラキラした目でワシに顔を近づけてくる。
おい空気読め。
「……お前はちょっと引っ込んでろ!後で食べさせてやるから!」
「うんっ!」
アインは元気よくあらわれ元気よく消えていった。
変な方向へ育っている気がする。
食事制限をしたのはミスだったかもしれない。
「ええと……今のは……?」
「……あまり気にしないでくれ」
「は、はぁ……」
アインのせいでシリアスな雰囲気が一気に壊れてしまった。
まぁ最近金欠気味だったし、いい小遣い稼ぎになるか。
何度も礼を言うダビィールに見送られ、屋敷を後にした。
夕焼けに染まる街並みを抜けながら、ミリィがワシに話しかけてくる。
「それにしてもよく知ってたね、ベルゼ……病?私聞いたことがなかったもん」
「ベルゼル病だ。……まぁ東の大陸ではあまりない病気だからな」
「ふーん……てか何でそんなの知ってるのよ」
「昔ちょっと、な」
「その言い訳無理があると思う……」
ミリィのジト目に、適当な言い訳を返す。
「なんで東の大陸ではあまりない病気なの?」
「ベルゼル病は獣人が感染源となっている病なのだよ。発症率もあまり高くないし、発症者はすぐに死んでしまうから船で渡ってくることもない。だから獣人の少ない東の大陸では、ほとんど知られていないのだ」
「だから何でそんなことを知って……」
しまったと口を紡ぐ。
横でワシらの会話を聞いていたシルシュは、青ざめた顔をしている。
これは口が滑ってしまったな。
「そう……なのですか……?」
「……まぁ、な」
ぼりぼりと頭を掻き、シルシュに答える。
うーむ獣人の子供たちの面倒を見ているシルシュの前で口にすべきではなかったな。
しかも責任感の強いシルシュだ、相当ショックを受けているだろう。
「……まぁ気にするな。治療法はわかっているし、すぐにワシが治してやるさ」
「…………」
シルシュは思いつめた表情をしている。
不安だ。
まさかミルハーブを一人で採りに行こうと考えているのではあるまいな。
「言っておくが無茶はするなよ」
「……はい」
思いつめた表情。
これは無茶をしそうである。……仕方ない。
俯き目を細めるシルシュの尻をバシンと叩いた。
「ひゃっ!?」
シルシュは可愛らしい声と同時に、ぴょんと飛び上がり、ワシの方を向く。
「……な、何するんですか!ゼフさん!」
「ちゃんと返事をしないからだ。無茶はするなよ!」
シルシュを睨み返すと、少したじろいだ後、小さく頷いた。
「……わかりました……」
小さな声で返事をするシルシュを見送りながら、ワシらは宿へと戻っていった。
その道中、ミリィがワシの頬をつねりながらジト目で見てくる。
「ゼフ、だからセクハラはやめようね」
「……必要な事だったのだ」
――――宿に戻るとクロードとレディアがまだベッドに倒れ伏していた。
朝は動けていたレディアだったが、あれはカラ元気だったようで、あの後すぐ布団に潜り込んでしまっていたらしい。
ワシらが部屋に入ると、二人が顔だけをこちらに向けてきた。
「あ……おかえりなさいゼフ君、ミリィさん……」
「お腹すいたよぉ~何か買ってきてぇ~」
二人とも情けない声である。
特にクロードは息も絶え絶えと言った感じだ。
大丈夫だろうか。
「一応買ってきてある。……冷たくなっているがな」
袋から長いパンを取り出し、半分にちぎって渡してやると、二人ともぺろりと平らげてしまった。
今食べた後だと言うのに、早くも物欲しそうな顔をしている。
「ゼフくぅん……」
「……わかった、すぐおかわりを買ってきてやるさ」
「わーい!ゼフっち大好きぃ~!」
レディアが両手を広げ、ワシを招くので近くに行くと思いきり抱きしめられた。
動けないからと言ってワシを来させるとは。
クロードがその後ろからワシの服の裾を引っ張っている。
レディアから解放された後、ミリィと共に繁華街へまた食事を買いに行く事にした。
レディアがついてこようとしたが、ベッドからよたよたと起き上がって来るのを見て、流石に無理と判断し、止めておく。
クロードに至ってはベッドから起き上がることすら出来ず、しばらくぷるぷると震えたあと、ベッドの上に倒れてしまった。
「……あとは、任せました……」
「……うむ……無理するなよクロード」
動けない二人を尻目に、ミリィと二人夜の繁華街へ足を向けたのであった。
――――そして次の日、ワシの心配した通りの事が起こってしまう。
「大変だ!兄ちゃん!」
朝、狩りから宿に帰る途中、獣人の少年に呼び止められた。
シルシュの教会にいた少年、リゥイである。
血相を変え、ワシの両腕を掴んでくる。
「シル姉がいないんだ!昨日の夜っ……どこか行ってるのが見えたけど……トイレかと思ったけど……何処にもいないんだよぉっ!」
「……落ち着け、取り敢えず宿で話そう」
狼狽えるリゥイを宿の部屋に招き、水を一杯与えてやると一気に飲み干した。
少しだけ落ち着いた少年に、クロードが問う。
「シルシュさんがいなくなった……ですか」
「うん……夜どこかへ出掛けてるのが見えたんだけど、朝起きたら匂いが完全に消えてたんだ……この町の何処にも……っ」
リゥイは握った拳を辛そうに震わせている。
やはりこうなったか。
転ばぬ先の杖、だったな。
「行き先は見当がついている」
「ほんとかっ!?」
昨日の思い詰めた様子、恐らくは一人でミルハーブを採りに行ったのだろう。
「取り敢えず聞いてみるか」
「聞く?」
「居場所を、本人にな」
不思議そうな顔の皆に、円環の水晶を見せた。
これはセルベリエに渡すため、持っていたものである。
昨日、思い詰めた顔をしていたシルシュを見て、万が一の事を考えてこの欠片を彼女のポケットに入れておいたのだ。
まさかこんなところで役に立つとは思っても見なかったが。
耳に手を当て、シルシュの顔を思い浮かべ、頭の中で話しかける。
(シルシュ?聞こえるか、シルシュ)
(……)
(おい!シルシュ!?おい!)
(…………)
嫌な考えが頭をよぎる。
まさか……。
(おいっ!!)
(ひゃいいいいっ!?)
きぃぃ~~ん、というノイズと共に、シルシュの慌ただしい悲鳴が聞こえてきた。
どうやら意識が混濁としていたらしい。
……寝ていたのだろうか。
(ぜ……ゼフさんっ!?あれっ?でも何処に……)
(今、ポケットに水晶の欠片が入っているだろう。それを通じて念話で話しかけている)
(えとえと……あの……)
寝起きで頭が回らないのだろう。
シンプルに問う。
(落ち着け。……今、何処にいる?)
(………………ゴライアスの森です)
しばし沈黙の後、シルシュは静かに答えた。
まさかとは思ったていたが、それにしても魔物の住むダンジョンで眠っていたとは。
確かにダンジョン内部には魔物がいない場所が点在するが、無茶をする。
(いいか、シルシュよく聞け。おそらくそこはダンジョン内でも魔物が発生しない場所だ。ワシが今から助けに行く。そこを絶対に動くなよ)
(いえでも……ご迷惑をおかけするわけには……)
(気にするな、どうせワシもそこへミルハーブを採りに行くつもりだったしな。物のついでだ)
(でもっ!私を探すのは大変ですし、魔物もいますし……)
(魔物を倒すのも、迷子を探すのも慣れている。シルシュはそこで待っていればいい)
(でもでも迷惑が……)
ふぅとため息を一つ吐いて、大きく息を吸う。
そして、
「いい加減にしろ!馬鹿者!!」
突然の大声に、回りに集まっていた皆が飛び退く。
――――皆が、シルシュが沈黙する中、ゆっくりとシルシュに語りかける。
「……人間生きていれば他人に迷惑の一つや二つ、必ずかけてしまうものだ。大事なのは迷惑をかけないことよりも、どれだけ助け合えるか、だろう?」
(…………はい)
「森に着いたら合図をする……そこで待っていろ。いいな?」
(……はい……わかりました……)
今度はしおらしく返事をしたシルシュと念話を切り、息を一つ吐いた。
全く、頑固者だな。
声を荒げたワシの横に、リゥイが近づいてきた。
「いやぁ~兄ちゃん、あのシル姉を説得するとはやるなぁ……」
「確かに、シルシュは頑固者だな」
「うん……うんうん!そうなんだよ!困った人だよなぁ!」
「……?あぁ」
「シル姉を頼んだぜ!兄ちゃん」
「任せておけ」
何故か嬉しそうなリゥイを尻目に、すぐに出かける準備をする。
ミリィも慌てて準備を始めた。
「わ、私も行く!」
「魔物と戦うのは船以来だろう、気をつけろよ」
「ボクも行きま……あわわっ!?」
起き上がろうとしたクロードが、ワシの背を掴みバランスを崩したまま倒れ込む。
思いきり顔面を床に打ってしまった。
痛い……が、背中に当たる柔らかいもののせいで怒る気も削がれてしまう。
「す、すみませんゼフ君……」
「無理はするなよ。少しやり過ぎたからな、二、三日は足腰が立たないはずだ」
「ん、そーだよクロちゃん。今日は私と二人で、大人しく寝てよーね」
そう言って立ち上がり、ワシの背中で倒れているクロードをひょいと摘み上げるレディア。
昨日よりかなり動けるようになっているようだが、流石のレディアといえどやはり本調子ではないのだろう。
「じゃあ今日はミリィと二人か」
「うんっ!」
元気よく返事するミリィを連れて、シルシュを助けるためゴライアスの森へ行くのであった。

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