なにかなんだか、衝動的に打ちました。三十分で書き上げました。
スカラムーシュ=サン重点。中々重苦しいアトモスフィアの描写重点ですので、苦手な方はお気を付け下さい。
◆【道化師の二日酔い】(「ニンジャスレイヤー」二次創作)
気分が悪い。とても悪い。
頭が痛い。とても痛い。
まるで、内側から抉られているかのように。まるで、ニューロンに液状の鉛を流し込まれたかのように。ずきりずきりとしたその感覚は、無限の収縮を繰り返して繰り返す、一種のサイケデリック・メガデモアートのようだった。
ぼんやりとした意識のままに、何とか瞼を抉じ開ける。灰色に淀んだ光。ネオサイタマの曇天。――彼が寝起きする居室。余りに見慣れた、その景色。
タタミ敷きの狭い世界に、押し潰されたビール缶、原型のないショチューのパック、割れ砕けたワインの瓶などが転がっているのが目に映り、彼は、一つの事実を肯わざるを得なかった。
……紛うことなき、二日酔い。ああ、そうだ、そうだとも。彼は昨晩、飲み過ぎたのだ。
ずきり。ずきり。痛覚は、心臓の鼓動と同期している。彼にとって、それは遠く久しい感得だった。その身がニンジャとなった後、二日酔いなどありえなかった。その筈だった。ニンジャの新陳代謝速度を以てして、捌き切れない量のアルコール摂取など。
だが、それは、今日この日、実際訪れたのであった。
「……チクショウ。……クソッタレが」
呟いた。声に出して、呟いてみた。だがそれで、何かが変わるということはない。何も変わりなどしないのだ。彼が、泥酔したという事実。――そして或いは、彼の妻が、よりにもよって彼の友と、不貞を働いたという事実。ああ。何も、何も、変わりなどしないのだ。
……UNIXに映る女の痴態が、フラッシュバックめいて浮かび来て、彼は叫び出しそうになった。気が狂いそうになった。叶うのならば、このまま爆発四散したかった。さもなくば、狂気の堕落殺戮ニンジャ存在へとでもなり果てたかった。……人の心を失えば、きっと楽になれるだろうから。
だが、そうなることは叶わない。
彼の理性が、許さない。
「……アア」
呻き声を、漏らしてしまう。
――英雄と美姫。
かつてありしその光景は、面影は、或いはまぼろしだったのか。ありもしない、ただの妄想だったのか。ヤクザを殺し、彼女の手を引き、ヒーローめいて救い出したあの一瞬は、或いは彼の抱いた空想であったのか。
そして、この愛も?
この、愛でさえも?
彼が彼女に抱く愛情でさえ、所詮は空虚な幻像だったのか?
「……違う。そりゃあ、違うんだ」
かぶりを振った。醜悪なる想定を掻き消した。たとえ妻が不貞をなしたとはいえ、彼にとって、今ある二人の関係は、生活は、守るべき価値のあるものだった。
「しっかりしろよ。お前はよ、ニンジャなんだろ。……スカラムーシュ、なんだろうがよ」
自らへと、呼びかける。スカラムーシュ。彼が持つ、ニンジャネームを口に出す。それは、臆病なる道化の名。お世辞にも格好良いとは言えはしない、或いは卑屈でさえあるネーミング。
「……それでも。それでもよ。……俺は、スカラムーシュ、……スカラムーシュ、なんだ」
スカラムーシュ。
スカラムーシュ。
まるで、呪術か何かのように。
繰り返し、彼は己の二つ目の名を口にする。そうすることで、何かが良くなるとでもいうかのように。祈るように。託すように。希うかのように。――抗うかのように。
「イヤーッ!」
ビール缶のフートンを跳ね散らかして、彼は勢いよく体を起こす。立ち上がり、よたよた歩み、ショウジ戸を開け、覚束ない足取りのまま、カラテルームへと歩を進める。
そうだ。カラテだ。カラテがしたい。今はカラテあるのみなのだ。
ガントレット爪とソードを振り回せば、この酩酊も消え去るだろう。この心の鬱屈も、どこかへ消えてなくなるだろう。今は、そう信じる他はない。夫婦関係だとか、ビズだとか、そんな類の心配事は後に回そう。ただ、今はただ、無性にカラテを繰り出したい。
……妻はまだ、寝ているのだろう。であれば彼女が起き出す前に、全てを振り払うとしよう。カラテのもとに、全てを浄化するとしよう。
「――イヤーッ! イヤーッ!」
……夜明けの防音カラテルームに、ただ、彼の叫びだけが響き渡った。
――トゥー・レイト・フォー・インガオホー。
或いはそういう一間でさえも、彼にとって、幸福な時代の一部だったと言えるのかも知れぬ。後の災厄を経て、全てを喪い、それでも生き残ってしまった彼にとっては、妻の不貞など、些細なことであったと言えるのかも知れぬ。
インガオホーさえ間に合わなかったと、誰かが彼を笑うだろうか。何もかもが遅すぎたのだと、誰かが彼を嘲笑うだろうか。
それは、ブッダのみが知ることである。
- 2015/08/07(金) 22:23:47|
- 二次創作
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