ノーベル化学賞に米大教授ら3氏 DNA修復の研究

 スウェーデンの王立科学アカデミーは7日、2015年のノーベル化学賞をポール・モドリッチ米デューク大教授やアジズ・サンカー米ノースカロライナ大教授ら3氏に贈ると発表した。授賞理由は「DNA修復のメカニズムの研究」。

 授賞式はストックホルムで12月10日に開く。賞金800万スウェーデンクローナ(約1億2000万円)を3氏で分け合う。日本人の3連続の受賞はならなかった。

 今年のノーベル化学賞は、がん治療の発展につながる細胞内のDNA修復メカニズムで成果を挙げた研究に贈られた。

 受賞したのはイギリスのクレアホール研究所のトーマス・リンドール氏、アメリカのデューク大学のポール・モドリッチ教授、ノースカロライナ大学のアジズ・サンカー名誉教授の3人。



 受賞理由は、がん治療の発展につながる細胞内のDNAの自己修復メカニズムの研究。リンドール氏は、DNAを構成する塩基の損傷を細胞自身が修復する仕組みを解明。

モドリッチ教授は、生きた細胞が分裂する際に発生するDNAのコピーミスを細胞自身がどのように自己修復するかを解明した。

また、サンカー名誉教授は、紫外線がDNAに与えるダメージを細胞自身が修復するメカニズムを解明した。がん細胞は、細胞分裂時に発生するDNAのコピーミスを細胞が自己修復できず、無秩序に細胞分裂を行うが、今回の研究は細胞の自己修復のメカニズム解明に役立ち、新たながん治療の発展に寄与するものと評価された。


 DNA修復とは?

 DNA修復(DNA repair)とは、生物細胞において行われている、様々な原因で発生するDNA分子の損傷を修復するプロセスのことである。

 DNA分子の損傷は、細胞の持つ遺伝情報の変化あるいは損失をもたらすだけでなく、その構造を劇的に変化させることでそこにコード化されている遺伝情報の読み取りに重大な影響を与えることがあり、DNA修復は細胞が生存しつづけるために必要な、重要なプロセスである。

 生物細胞にはDNA修復を行う機構が備わっており、これらをDNA修復機構、あるいはDNA修復系と呼ぶ。DNA分子の損傷は1日1細胞あたり最大50万回程度発生することが知られており、その原因は、正常な代謝活動に伴うもの(DNAポリメラーゼによるDNA複製ミス)と環境要因によるもの(紫外線など)がある。

 それぞれに対応し、DNA修復には定常的に働いているものと、環境要因などによって誘起されるものがある。

 DNA修復速度の細胞の加齢に伴う低下や、環境要因のよるDNA分子の損傷増大によりDNA修復がDNA損傷の発生に追いつかなくなると、1.老化(細胞老化)と呼ばれる、不可逆な休眠状態に陥る 2.アポトーシスあるいはプログラム細胞死と呼ばれる、細胞の自殺が起こる 3.癌化 ・・・のいずれかの運命をたどることになる。

 人体においては、ほとんどの細胞が細胞老化の状態に達するが、修復できないDNAの損傷が蓄積した細胞ではアポトーシスが起こる。この場合、アポトーシスは体内の細胞がDNAの損傷により癌化し、体全体が生命の危険にさらされるのを防ぐための「切り札」として機能している。

 また、細胞が老化状態に達し、DNA修復機能の効率低下をもたらすような遺伝子発現調節の変化が起こると、結果として病気を引き起こす。細胞のDNA修復能力はその正常な機能の維持と、体全体の健康の維持にとって重要であり、また、寿命に影響を及ぼすと見られる遺伝子の多くがDNA損傷の修復と保護に関連している。

 なお、配偶子におけるDNA修復の失敗は継代における変異の原因となっており、これらは生物における進化の速度に対し影響を与えている。


 DNAの損傷とは?

 DNAの損傷は、細胞内における正常な代謝の過程でも1細胞につき1日あたり50,000〜500,000回の頻度で発生し、また、様々な要因によりその発生頻度が大きく押し上げられることもある。なお、損傷とは異なるが、DNAの正しい複製過程やその保持に欠かせない、ヌクレオチド塩基のプリン-ピリミジン間の適正な対合と誤った対合の間での平衡は、高々10,000〜100,000倍の比率しかなく、そのままではDNA分子の一次配列による遺伝情報のコード化に要求される高度な忠実度には不十分である。

 損傷が3,000,000,000個(30億個)の塩基対からなるヒトゲノムの0.0002%以下に収まっている間でも、癌と密接に関連する遺伝子(がん抑制遺伝子などの)へのたった一つの修復されない損傷により、破滅的な結果をもたらすこともある。


 核とミトコンドリアにおけるDNA損傷の違い

 ヒトおよび真核生物においては一般に、DNAは細胞内において核とミトコンドリアの二つの領域に存在する。核内に存在するDNA(核DNA:nDNA)は、ヒストンと呼ばれるビーズ状の蛋白質に巻き付き、染色体として知られる大規模な団粒構造を形成し、保護された状態で存在している。

 nDNAにコード化されている遺伝情報を読み出す必要がある場合は、必要となった区間だけが解きほぐされ、読まれ、再び巻きなおされて保護された状態となる。

 これとは対照的に、ミトコンドリア内に存在するDNA(ミトコンドリアDNA:mtDNA)の場合、ヒストンとの複合体を形成することなく単一あるいは複数のコピーからなる環状DNAとして存在している。

 ヒストン蛋白質によって与えられる構造的な保護を欠いているため、結果として、mtDNAはnDNAに比べてはるかに損傷を受けやすくなっている。

 加えて、ミトコンドリアは内部で定常的に生産されているATPのために非常に強い酸化的環境となっており、これも、mtDNAをさらに損傷を受けやすいものにしている。ヒトのmtDNAは13種のタンパク質に関する遺伝情報をもっているが、これらの遺伝情報が破壊され、機能不全を起こしたミトコンドリアはアポトーシスを活性化することがある。


 損傷の原因

 DNA損傷の原因は、以下のように分類することが出来る。正常な代謝に伴って副生する活性酸素による攻撃といった細胞内に起因するもの。環境由来のもの。 紫外線照射。X線、あるいはγ線といった、波長の短い電磁波の照射。ある種の植物毒素、タバコの煙からの炭化水素など、人造の変異原性物質。癌の化学療法あるいは放射線療法。

 損傷を受けたDNAの複製により、損傷を受けた側のDNAはこの不正となった塩基の対を"正式に"DNAの中に導入する。この正式に組み込まれた"不正"な塩基対は次の世代の細胞で固定され、変化したDNA配列として永久に保存される。この配列の変化が突然変異の原因である。


 損傷の形式

 DNAの損傷はDNAの二重ラセンといった二次構造よりもむしろ一次構造に影響を与えるものが多い。これらは以下のように分類される。

 塩基の変化: 塩基の酸化、例えば、8-オキソ-7,8-ジヒドログアニンの生成や塩基のメチル化(例えば、7-メチルグアニンの生成)

 塩基の加水分解(例えば、プリン塩基やピリミジン塩基の脱離)塩基の不正対合。DNAの複製において、新しく生成されるDNA鎖上に不正な塩基が編みこまれるために生じる。

 重複:脱アミノ化(例えば、シトシンからウラシルへ、あるいは、アデニンからヒポキサンチンへの変化)
ヌクレオチドの挿入、あるいは欠失、類似塩基の取り込み、紫外線によるチミン二量体の形成

 鎖の切断: 電離製放射線による切断、核酸の骨格部分に取り込まれた放射性物質の崩壊、酸化的フリーラジカルの生成

 架橋: 同一鎖上の塩基対同士の架橋、対向する塩基対同士での架橋、蛋白質との架橋(例えばヒストンなど)


 DNAの修復機構

 細胞においては、遺伝子としてコード化されている情報の保全性や可用性を妨げるようなDNAの損傷は無視することが出来ない。このため、DNAに加えられる様々な形式の損傷に対応し、失われた情報を置き換えるために修復の機構は増加し、発展していった。

 損傷によって変化し、失われた情報を修復するためには、正しい情報を、損傷を受けていない版であるDNAの相補鎖か、姉妹染色体から作り出さなければならず、これらの情報を利用しなければ修復することが出来ない。

 損傷を受けたDNAは、細胞内で素早く検出することが出来るような形状に変化する。特定のDNA修復に関連する分子は損傷を受けた部位あるいはその近くに結合し、他の分子の結合や複合体の形成を誘導し、修復を可能にする。関係する分子の種類と修復の機構は以下の条件により決まる。

 1.DNA分子の損傷の様式 2.細胞の老化の状態 3.細胞周期のどの状態にあるか


 一本鎖の損傷

 DNA二重ラセンの一方の鎖への損傷においては、様々なDNA修復の機構が存在する。以下のような様式が含まれる。

 損傷の直接消去。特定の損傷様式に対して特化し、損傷を直接復元する修復機構。例えば、メチルグアニンメチル基転移酵素 (methyl guanine methyl transferase: MGMT) によるグアニンからのメチル基の除去、あるいは細菌や植物に加え、有胎盤哺乳類以外の動物などに見られる光回復酵素 (photolyase) による、紫外線照射などにより生じたピリミジン二量体の単量体への開裂と復元が含まれる。この光回復酵素(フォトリアーゼ)は、可視光の紫色や青色を利用してピリミジン二量体の相補DNAの修復を行っている。

 除去修復機構。損傷を受けたヌクレオチドを除去し、損傷を受けていない鎖の情報を元に修復する機構。 塩基除去修復 (base excision repair: BER)。アルキル化(メチル化など)あるいは脱アミノ化による損傷を修復する機構で、単一の塩基対に対する障害を修復する。

 ヌクレオチド除去修復 (nucleotide excision repair: NER)。紫外線によるものを含め、数十塩基対に及ぶ比較的大規模な、二重鎖を歪ませるような損傷に対し行われる修復。

 ミスマッチ修復(mismatch repair: MMR、不正対合修復とも)。DNA複製の際に生じた誤りの修正で、単一〜5塩基対程度の対合しない部位の修復を行う。

 校正修復 (proof-reading repair)。DNAの複製に平行して行われる単塩基対のミスマッチ修復。大腸菌の場合DNAポリメラーゼにより行われるが、哺乳類のそれには同様の機構は無く、他の酵素によると考えられている。この修復機構により、複製時に発生する不正対合は100,000,000〜10,000,000,000に1回の頻度に抑えられている。

 一本鎖切断修復(あるいは単鎖切断修復)。酸化により生じた、DNAの一方の鎖のみの切断した部分を再結合させる修復。

 組換え修復

 なお、レトロウイルスの持つ逆転写酵素には校正修復の機能が無く、これがレトロウイルスの極めて早い変異の原因となっている。レトロウイルスにおいて見られる、表面を構成する蛋白質の構造も変異や、ヒト免疫不全ウイルスにおける抗レトロウイルス剤耐性獲得との関係も指摘される。


 二本鎖の損傷

 分裂する細胞にとって、特に重大なDNA損傷の様式が、DNA二重ラセンの両方の鎖が切断されてしまう障害で、この障害を修復する機構には二種類ある。一つは一般に良く知られている相同組換えで、もう一つは非相同末端再結合である。

 相同組換え(homologous recombination: HR)の場合、切断部の修復の際に用いる鋳型としてまったく同一か、よく似た配列をもつゲノムを利用する。この機構は細胞周期において、DNAの複製中か、または複製終了後の間において主に用いられると考えられている。

 これは損傷を受けた染色体の修復が、新しく作成された相同な配列を持つ姉妹染色分体を利用することで可能になるからである。 ヒトゲノムでは繰り返し配列が多く、利用可能な同一な配列を多く含んでいる。これらの他の配列との間で交差して起こる組換えにおいては問題を起こすことが多く、結果として染色体の転座 (chromosomal translocation) や他の染色体再編成を引き起こすことがある。

 この修復プロセスの原因である酵素的な機構は、減数分裂中の生殖細胞における染色体交差の原因である機構とほとんど同じである。

 非相同末端再結合 (Non-Homologous End-Joining: NHEJ) は、本質的には損傷により生じた二つの末端をつなぐ機構であるが、このプロセスではDNA配列がしばしば失われるため、修復が変異の原因となることがある。

 NHEJは細胞周期のすべての段階で実行可能であるが、DNA複製前の、姉妹染色分体を利用した相同組換えが不可能な段階では主として起こる。ヒトあるいは他の多細胞生物などの、遺伝子ではないDNA、いわゆる "ジャンクDNA"がかなりの部分を占めるようになったゲノムを持つ細胞においては、この変異を引き起こす修復も、姉妹染色体以外の配列との相同組換えに比べ、問題が少ない傾向にある。

 また、NHEJにおいて利用される酵素的な機構は、B細胞において、免疫系の抗体産生における抗体の可変部領域遺伝子 (VDJ) の組替えで、RAG蛋白質 (RAG proteins) によって作られた切断点の再結合に利用されている。


 SOS修復

 紫外線照射などにより高度にDNAが損傷を受けると、これに対応するため、一斉に各種蛋白質の合成を始めることが知られている。この反応をSOS応答 (SOS response) と呼ぶ。大腸菌においては、DNA修復に関わる多くの酵素は、それをコードする遺伝子の上流にSOSボックスなる配列をもち、平時は恒常的に発現しているLexAというリプレッサーがここに結合し、転写が阻害されている。

 RecAがDNA損傷に応じて生じる一本鎖DNAに結合することで活性化すると、LexAの自己プロテアーゼ活性を亢進し、細胞内のLexAの濃度が減少し、DNA修復酵素が発現する。このようにして合成されたDNA修復酵素により行われるDNA修復をSOS修復と呼ぶ。なお、SOS応答は多くの細胞に認められる反応で、特に大腸菌のものが良く研究されている。

 SOS応答により誘導されるDNAポリメラーゼは、大腸菌ではポリメラーゼⅣ、ポリメラーゼⅤが知られており、これらは普段複製を行っている複製ポリメラーゼと違い3'-5'エキソヌクレアーゼ活性(校正機能)を持たず、また、SOS修復のために誘導されるDNA修復は通常の塩基とは立体構造の異なる損傷塩基に対して塩基を挿入する必要性から、複製ポリメラーゼと比べ、塩基対を形成する活性部位が"ゆるい"構造となっており、ワトソン・クリック塩基対に従わない塩基対(例えばフーグスティーン塩基対)を形成するなどということも多い。このため、SOS応答により誘導されるDNAの修復は、必然的に誤りの多いものとなる。

 結果として、SOS応答により、環境の変化に伴い多量に発生したDNA損傷を迅速に修復することが出来る。また、同時にゲノムの変異をもたらすが、これは長期的には、環境に適応した新しい変異株の発生をもたらすことで有利に働くと考えられる。


参考 NHK news:2015年ノーベル化学賞 スウェーデン人ら3人


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