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【千葉】

<戦後70年「里の秋」の願い>誕生 原詩、戦地の父へ慰問文

 「スグオイデコフ カイヌマ」

 一九四五(昭和二十)年十二月の中ごろ。電報が届くと、山武市(当時は山武郡南郷村)五木田(ごきた)の実家にいた斎藤信夫(さいとうのぶお)は東京へ向かう列車へ飛び乗った。

 カイヌマとは、童謡作曲家の海沼實(みのる)。訳を聞くと、数日後の十二月二十四日に、南方からの引き揚げ船が入港する。JOAK(現在のNHK)から「兵士を迎える歌」の作曲依頼があったという。

 「詩は、あなたの『星月夜(ほしづきよ)』でいきたい」

◇ ◇

 四年前の四一年十二月二十一日。船橋市の葛飾国民学校の教師だった斎藤は、十歳ぐらいの男子が戦地の父に向けて書いた慰問文形式の詩を作っていた。

 斎藤が「童謡詩集 子ども心を友として」に書いた解説によると、「一節(=番)二節は家庭の現況。三節で父親の武運長久を祈り、四節で僕の決意」という流れ。男子になりきって書き上げた時、斎藤は頬を流れる涙に気付いたという。

 満天の星が明るい月夜にちなみ、タイトルは「星月夜」とした。曲をつけてもらおうと面識のある海沼に送ったが、「埋もれたまま」四年が過ぎていた。

◇ ◇

 海沼は一、二番はそのままに、四番は捨て、三番を帰国する兵士向けに作り替えてと要望した。孫で音楽史家の海沼実(みのる)(42)は「祖父が『星月夜』を選んだのは、詩が引き揚げ船を待つ家族の心情にマッチしていたから。一方、占領国の検閲に引っ掛かるから、戦争色のある三、四番の改作も頼んだ」と振り返る。

 「放送は一回きり。適当でいい」と海沼實は言うが、斎藤にすれば「木に竹を接ぐ」困難な作業。一週間筆が進まず、完成したのは放送当日の朝だった。

 斎藤の詩集編さん経験を持ち、県詩人クラブ会員の下野幸雄(しものさちお)(84)=山武市=は「改作は表現者にとって勇気が要ること」と語り、ギリギリまで悩んだのも「戦争時代の自分と決別する苦しみもあったのでは」と推測する。事実、斎藤は翌年春から一年、「敗戦の責任」をとり教職を辞す。

 曲名は本番直前、歌詞から「里の秋」に。「星月夜では硬い」という海沼の意向だった。そして十二月二十四日の本番。童謡歌手、川田正子の澄んだ歌声はラジオの前の国民の心を揺さぶった。直後から放送局の電話は鳴り続けたという。代表曲「里の秋」が誕生した瞬間だ。

◇ ◇

 翌四六年九月のレコード化、教科書掲載もあって広く定着した。成東町教育委員会編「童謡詩人 斎藤信夫のあしあと」によると、「海沼と川田の手で作詞当時とは違う作品として世に出た」と二人に感謝していた斎藤は自身を「『里の秋』の付き人」と述べ、おごらなかった。

 元歌詞から、真意は「戦争賛美」とする意見もあったが、長女の斎藤春代(72)は異を唱える。「逆。父は平和な詩を書きたかっただけ。戦地への慰問文としたのも、軍検閲をパスでき、書きたかった家族の温かみを出せるから」と話す。

 生前の斎藤を知る海沼実も同意見だ。「『戦争童謡』も、戦時下の子ども向けの童謡、という意味でしかない。先生は、一貫して子どもの健全な成長だけを願っていた」

   ×    ×   

 山武市出身の童謡詩人、斎藤信夫(一九一一〜八七年)が作詞した童謡「里の秋」が誕生して今年で七十年となる。今も多くの人に親しまれ、二〇〇七年発表の日本の歌百選にも名を連ねた。復員兵や引き揚げ者を待つ家族の思いを代弁し、敗戦にうちひしがれた国民の心も慰めた。本人が「戦争童謡」と呼んだ作品が元歌詞でもある。この名曲から、戦争と平和を考えてみる。 =敬称略

  (服部利崇)

<斎藤信夫(さいとう・のぶお)> 1911(明治44)年、山武郡南郷村(現在の山武市)に生まれる。千葉県師範学校から教職の道へ。67年、56歳で成東町(現山武市)立東中で退職するまで小学校で16年、中学校で20年教える。千葉市院内尋常小に転任した32年、21歳で童謡詩人だった先輩の勧めで詩を始める。「一日も欠かさず日記をつけて来ましたが、この辛抱強さを童謡の修業に替えたい」と、童謡の「一日一作」を自らに課した。75歳の86年まで40年間で大学ノートなど65冊に1万1127作品を書き残した。同人誌「花馬車」「三輪車」を創刊、童謡研究のほか、作品発表の場も提供した。代表作は「里の秋」「蛙(かえる)の笛」「夢のお馬車」など。いずれも童謡作曲家海沼實とのコンビによるもの。終戦直前の約2カ月、「炊事班長」として軍隊生活も経験する。病のため87年に死去、享年76。

 

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