中東の国々に、荒涼たる光景が広がっている。激しい内戦と弾圧、難民の波。つい数年前、民主化を求めて民衆が立ち上がった「アラブの春」は、悲劇の序章でしかなかったのか。

 ただ唯一、希望の光をつなぐ国チュニジアの協議体に、ノーベル平和賞が決まった。「春」の起点であり、そして最後の砦(とりで)でもある国に、中東の安定モデルとしての期待が込められた。

 他の国々と同じように、革命後の混乱は深かった。それでも暴力による対立より、対話による協調を選ぶ体制を築いた功績は大きい。心からの拍手を送るとともに、さらなる発展を遂げるよう祈りたい。

 受賞する枠組みは「国民対話カルテット」と呼ばれる。革命後の2013年、野党指導者らの暗殺事件などで民主化が崩壊しかけた中で誕生した。

 労働団体、財界、人権推進、法曹の4グループが手を携え、国民が望む経済再建を共通目標に据えて暫定政権づくりを仲介し、内乱の危機を脱した。

 その成功例は、同様に民衆蜂起が起きた、ほかのアラブ諸国の失敗の裏返しでもある。

 シリアでは政府が運動を弾圧して内戦に陥り、過激派「イスラム国」(IS)の伸長もあって多数の死者と難民を生んだ。革命後のリビアやイエメンは、内戦状態に陥っている。

 チュニジアとひときわ対照的なのがエジプトだ。一時は民主選挙をへた政権ができたが、その後、旧体制を支えた財界や法曹界が軍のクーデターを後押しし、独裁政権に逆戻りした。

 今回の授賞決定には、そうした国々に対する和平と民主化への願いがにじんでいる。民衆が渇望する政治の自由と豊かな暮らしの実現には、どの国であれ民族、宗派、信条の違いを超えた公平な対話が欠かせない。

 ただ、チュニジアも、安定した国づくりはまだ途上にある。ここでも武装過激派が存在し、ことし3月の首都チュニスでの博物館襲撃や、6月の高級ホテルでの銃乱射事件により、多数が犠牲になった。

 他のアラブ諸国と共通する過激派の病理をどう克服するか。自由で開かれた社会をめざすチュニジアへの脅威は、欧米や日本を含む民主社会全体への挑戦でもあると受け止めたい。

 中東を荒廃のなかに放置する限り、世界からテロ拡散の不安は消えず、家を追われた人びとの大量移動は続くだろう。

 日本を含む国際社会は、チュニジアの人びとがふり絞った勇気と理性に真剣に応え、支援の強化へ動きたい。