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知的社会研究所

Institute for Studies on the Intellect-based Society

(ISIS)

 

1. この研究所について:立ち上げた経緯、目的

1.11. この研究所は社会の閉塞感を払拭できる

1)知的活動が目的とする成果をあげるための必須条件─正しい動機をもつこと

 (1)ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」はどうして生まれたか

 (2)アレックス・カーの「犬と鬼」はどうして生まれたか

2)文科省が推進する「ノーベル賞戦略」を後押しする総合科学技術会議

 (1)総合科学技術会議が基本計画として決定した「ノーベル賞戦略」

 (2)白川英樹が総合科学技術会議の委員を一期でやめたのは何故か

 (3)総合科学技術会議のメンバーである東大教授・黒田玲子の発言

 (4)「ノーベル賞を取ること」は研究の正しい動機にはなり得ない

 (5)著書でくり返されている黒田玲子の発言内容

 (6)黒田玲子と文部官僚である有本建男の助け合い関係

 (7)有本建男の間違った「ノーベル賞戦略」を応援するメディアと御用学者

 (8)世界の失笑を買った「ストックホルム研究連絡センター」

 (9)危険なナショナリズム─栄誉は個人のもの、国家が利用すべきではない

 (10)総合科学技術会議の機能不全の原因─本研究所の存在意義

3)尾身幸次が推進する沖縄大学院大学構想

 (1)沖縄大学院大学構想とは何ものか

 (2)SCIENCE誌上で手厳しく批判されている沖縄大学院大学の構想

 (3)「実」がない「沖縄大学院大学」の発想─動機が間違っている

 (4)失敗が約束されている沖縄大学院大学を推進する「官」─本ISISの提案

4)「知」ではなく「愚」のシンボル─日本学術会議

 (1)存在意義が疑われる学術会議─自分のことすら決められない

 (2)総合科学技術会議(学術会議検討専門調査会)の中間報告─先送り

 (3)SCIENCE誌が解説する日本の学術会議

 (4)学術会議がおかしてきた誤りの数々

 (5)ああ!学術会議は何故こうなってしまったのか─本研究所の提案

5)国立大学の独立法人化の構想

 (1)「国立大学法人化」構想で、「官」にオンブにダッコの「学」

 (2)文科省の「独法化会議」とは何ものか─顔を見せない「官」が作る政策

 (3)「学」が「官」に丸投げしている政府の科学行政政策の形成

 (4)「国立大学法人化」を推進したものは誰か

 (5)「官」が直輸入したイギリスの高等教育改革

6)階級国家イギリスの高等教育─サッチャー改革

 (1)イギリスの大学事情

 (2)「上から下」の日本の大学行政

 (3)イギリス病克服のための改革─高等教育大衆化と均質化を日本にならえ

7)日本の国立大学法人の将来に期待されるもの

 (1)「学」の活動は、「官」や「政」が力を発揮できる範囲を超えている

 (2)公的評価制度の効力とその限界

 (3)日本には大衆化された高等教育を実施してきた50年の歴史がある

8)国立大学法人の運営に関する本研究所の提言

 (1)リーダーシップのあるべき姿─諸刃の剣

 (2)基本的に重要な大学の運営の思想

 (3)国立大学の法人化に対する俗論を排し正論を進もう

9)「知的社会研究所」は必要な政策提言をする正しい動機と手段を持っている

 

文献一覧

【文献6】Alex Kerr, Dogs and Demons, Hill and Wang (2001)、アレックス・カー「犬と鬼─知られざる日本の肖像」講談社(2001);1.4., 1.10., 1.11.

【文献7】小池洋次「政策形成の日米比較─官民の人材交流をどう進めるか」中公新書(1999);1.5., 1.7., 1.9., 1.10., 1.11., 7.5., 7.7., 7.9.

【文献9】秦(はだ)由実子「変わりゆくイギリスの大学」学文社(2001);1.5., 1.10., 1.11., 7.4.

【文献10】Jared Diamond, Guns, Germs, and Steel─The Fates of Human Societies, W.W.Norton (1997)、ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」(上・下)(倉骨彰訳)草思社(2000);1.6., 1.11.

【文献18】木原誠二「英国大蔵省から見た日本」文芸春秋(2001);1.10., 1.11., 7.5., 7.7.

【文献23】黒田玲子「科学を育む」中公新書(2002);1.11.

 

1)知的活動が目的とする成果をあげるための必須条件─正しい動機をもつこと

私はここに「知的社会研究所」という独立.非営利のシンクタンクを立ち上げようとしています。この試みは必ず成功します。その理由は、私が正しい動機と正しい手段を持っているからです。まず、動機について考えておきましょう。

正しい動機をもつことは、科学的活動が目的とする成果をあげるための必須条件です。正しい動機は正しい質問を発することを可能にします。逆に、正しい質問をすることによって正しい動機が与えられ、初めて目的が明確になります。正しい質問を発すること自体が目的の達成、新しい発見につながっているのです。

(1)ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」はどうして生まれたか

ジャレド・ダイアモンドの素晴しい仕事、「銃・病原菌・鉄」【文献10】(1.6.参照)が生まれたきっかけは、ニューギニアの現地人が発した素朴だが重要な質問だったのです。ジャレド・ダイアモンドはそのときのことをつぎのように回想しています。(【文献10】(上)p.17)

1972年7月、私は熱帯のニューギニアの海岸を歩いていた。そこで私は生物学者として鳥類の進化について研究していたのだ。私はこの地方に「ヤリ」という名の優れた政治家がいることを聞いていたが、彼もちょうどその土地を訪れていた。その日、海岸を歩いていた私は一時間ほど一緒に歩きながら会話を交した。

ヤリは、カリスマとエネルギーを発散させているような人物で、人を魅了してはなさない瞳の輝きの持ち主だった。彼は自信に満ちた様子で自分について語ったが、いくつもの鋭い質問を投げかけては私の話に熱心に耳を傾けることもした。私たちはまず、当時のすべてのニューギニア人の関心事であった問題、つまり、すさまじい勢いで変化しつつあるニューギニアの政治状況について話しはじめた。現在、パプアニューギニアと呼ばれているヤリの国は、当時はまだ国際連合の信託統治領としてオーストラリアの管理下にあった。しかし、独立への気運はそこかしこに感じられた。ヤリは、地元の人たちとともに自治政府発足の準備をするうえで自分の果たすべき役割について語った。

しばらくすると、ヤリは私に質問をしはじめた。ニューギニアから一歩も外に出たことがなく、学校も高校までしか行っていなかったが、ヤリは好奇心のかたまりだった。彼はまず、私がニューギニアの鳥類についてどんな研究をしているのかと尋ねた(私がその研究からどれくらいの収入を得ているかについても尋ねた)。私は、さまざまな鳥類群が過去何百万年かのあいだにニューギニアに棲みついたことについて説明した。するとヤリは、過去数万年のあいだにニューギニアにやってきた自分の先祖たちは、実際にはどのようにしてここに移り住んできたのかと尋ねた。その質問につづけて、これまでの200年間に、ヨーロッパから来た白人たちはニューギニアをどのように植民地化したのかと尋ねた。

ヤリも私も、自分たちが代表するそれぞれの社会どうしの緊張関係はよく知っていたが、私たちの会話は友好的だった。二世紀前、ニューギニア人はみな石器時代の暮らしをしていた。つまりニューギニア人は、その当時、ヨーロッパでは数千年前に金属器にとってかわられた石器に似た道具を使い、集権的政治組織を持たない集落社会で暮らしていたのだ。しかし、白人がやってきて集権的政治組織を押しつけられた。鉄の斧、マッチ、医薬品、衣服、飲料、傘などのさまざまな物資がニューギニアに持ち込まれた。ニューギニア人はそれらの物資の価値をすぐに理解した。ニューギニア人は、こうした物資をすべてまとめて「Cargo(積み荷)」と呼んだ。

白人の入植者の多くは、ニューギニア人を「原始的」だと、あからさまに見下した。1972年当時においても、もっとも無能な白人の「ご主人さま」でも、ニューギニア人よりはるかに生活水準は高く、ヤリのようなニューギニア人のカリスマ的な政治家より暮らし向きがよかった。そのヤリは、私をふくめた白人たちを質問攻めにしていた。私もまたニューギニア人にあれこれ質問した。そしてヤリも私も、平均的なニューギニア人が平均的な白人に頭のよさでけっして劣っていないことを百も承知していた。ヤリが瞳を輝かせながら鋭く質問したとき、彼はこうした事情がよくわかっていたにちがいない。彼はこう尋ねたのだ。「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」。それは単純な質問だったが、核心をつく質問であった。平均的なニューギニア人の生活と平均的な欧米人の生活には、依然として非常に大きな格差がある。このような格差は、世界のほかの地域でも見られる。これほど大きな不均衡が生まれるには、それなりの明確な要因があってしかるべきだろう。

しかし、ヤリの素朴な疑問は。容易には答えられないものである。当時の私には答えられなかったし、それに対する解答は歴史家の間でも意見が分かれている。歴史家のなかには、この疑問を問うことをやめてしまった人もいる。ヤリとこの会話を交してから、私は人類の進化、歴史、言語などについて研究し、その成果を発表してきた。本書において私は、ヤリの疑問に対する25年後の答えを、自分なりに書いてみようと思ったのである。

実に素晴しい叙述で感動してしまいます。われわれ日本人もかって同じ立場にあったのです。吉田松蔭もヤリのように質問したことでしょう。私たちは、また、「銃・病原菌・鉄」(【文献10】)のような素晴しい仕事をしたのは、質問を発したヤリではなく、文明の進んだ国に生まれたジャレド・ダイアモンドであったことを記憶せねばなりません。しかし、同時に未開の国に住んでいるヤリの存在も不可欠でした。このように多様な個性をもつ人間の交流が文明の進歩をささえているのであり、これは1.7.でのべた「文明の進歩を支える基本原則」のよい例です。

(2)アレックス・カーの「犬と鬼」はどうして生まれたか

アレックス・カーが日本の現状を解析して見せた「犬と鬼─知られざる日本の肖像」(【文献6】)を書いた動機は何だったでしょうか。アレックス・カーの回想は、既に1.4.に紹介しましたので読んでみて下さい。

彼の動機は、経済先進国である日本の方が、経済後進国より貧しい文化しか持っていないことを発見したことの衝撃だったのです。その衝撃はアレックス・カーにはどれ程大きかったことでしょう。日本を愛しているからこそ堪えられなかったのです。「なんでだろう、なんでだろう」だったでしょう。

私がこの研究所を立ち上げる必要を感じた直接の動機は四つあります。それらの動機が私の中に投げかけた問題があります。この研究所を立ち上げることによって、これらの問題が正しく解決されることを以下に説明しましょう。

 

2)文科省が推進する「ノーベル賞戦略」を後押しする総合科学技術会議

(1)総合科学技術会議が基本計画として決定した「ノーベル賞戦略」

私にこの研究所の立ち上げを決意をさせた第一の動機は、元村有希子の報道(10/1/01毎日新聞)により、総理大臣である小泉純一郎が議長となっている内閣府がノーベル賞戦略なるものを推進していることを知ったことです。具体的には、総合科学技術会議が決定した基本計画「50年間に30人のノーベル賞受賞者を出す目標」(ノーベル賞戦略)を、01年3月に政府が閣議決定していることです。科学技術政策担当の審議官である有本建男がプロモーターになっているようです。それだけではありません。文科省所管の特殊法人である日本学術振興会が、この計画の閣議決定と時を同じうしてストックホルムのカロリンスカ研究所の敷地内に研究連絡センターを設置し、ノーベル賞獲得に向けたロビー活動を開始している事実です。プロモーターは文科省の国際情報課長である加藤久です。そこで京大の竹市雅俊や東大の戸塚洋二に講演させ、宣伝しようというのです。カロリンスカ研究所は、医学・生理学、物理学、化学の自然科学3賞の選考機関なのです。

これは馬鹿げた戦略であり馬鹿げた計画です。国内で馬鹿げたことをやっているならまだしも、これでは日本の「知」のレベルの低さを世界に宣伝しており、まことに恥ずかしい。それを分っているものがよく説明し是正することは、世界中の市民、とりわけ日本人の義務です。私は説明できるのです。この問題を考えているうちに、さらに重要なことに気づきました。それは、これが単に総合科学技術会議のノーベル賞戦略に限定された問題ではなく、日本の社会成熟度のレベルの低さを示す典型的なできごとであること、また、日本の社会成熟度のレベルアップに直接切り込める格好のテーマを提供していることです。詳細は、2.ノーベル賞とは何か、に述べますが、ここでは、この辺の事情について簡単にふれておきましょう。

まず、総合科学技術会議が決定したノーベル賞戦略に関連して、まことに不可思議な現象を2つ紹介しましょう。そこから、アレックス・カーの言う「実がない」こと(1.4.を参照)やカレル・ヴァン・ウォルフレンのいう日本の政治のエニグマ(1.2.を参照)の実体が見えてきます。

(2)白川英樹が総合科学技術会議の委員を一期でやめたのは何故か

不可思議な現象のその1。

総合科学技術会議は01年の省庁再編成で内閣府に誕生したものです。白川英樹・筑波大学名誉教授は発足当時から総合科学技術会議の委員でした。03年1月に任期満了という理由で、石井紫郎・東大名誉教授や桑原洋・日立製作所取締役とともに退任し、代わりに薬師寺泰蔵・慶應大教授、大山昌伸・東芝常任顧問、阿部博之・元東北大学長らが入っています(12/26/02毎日)。

その白川英樹が「ノーベル賞戦略」に反対していることは新聞で繰り返し報道されています。彼は00年度ノーベル化学賞受賞者です。ノーベル賞受賞者が最高の研究者であることは間違いないし、たとえ最高の研究者でなくてもノーベル賞戦略が間違いであることは指摘できます。分らないのは、そのような意見をもっている彼が委員をしている委員会で、何故この「ノーベル賞戦略」がまかり通ったのか、かれの意見は何故無視されたのか、です。15人の委員の中で大学関係者は3人と少ないから多数に押し切られたのでしょうか。かれに責任はないのでしょうか。おそらく彼が一期(2年)だけで委員を辞退したことと関係があると思います。かれは、辞めた理由をはっきりと説明する義務を社会に対して負っているでしょう。私の想像はこうです。

1:議長の小泉純一郎をはじめ、総合科学技術会議の「政」、「官」、「産」の委員は現在の経済不況にパニックになっており、何か目立った政策を早急に発表する必要にせまられ、「学」の白川の反対理由を理解できなかった。

2:白川は、15人中3人しかいない「学」の代表は当然自分に賛成すると思っていた。しかるに、その3人のひとりである黒田玲子が下で述べるように「官」にとりこまれ、後ろから鉄砲を打ってきたのである。この心理的なダメージは大きい。委員をやっていてもしかたがない、と思うのは当然である。しかし、辞めてしかるべきは白川ではなく黒田玲子である。

別の面もあります。最高の研究者が同時に最高の政策形成力を持つとはかぎりません。たとえば、白川がこの問題について他の委員に説明する理論武装を十分にしているとは必ずしも言えないかもしれない。しかし、マスメディヤに発表されている白川の考えは論理的であり、そのよおな想像をするのは失礼でしょう。

間違いは、ノーベル賞学者(白川)を委員に選んでおけば人選で苦労することもないし文句も出ない、委員会の権威づけにもなる、と考える「官」や「政」の常套手段、それでいて正論に耳を傾けようとしない無礼な態度にあります。白川はその被害者であり、辞めるのが正解でしょう。

(3)総合科学技術会議のメンバーである東大教授・黒田玲子の発言

つぎに問われるのは、交代したアカデミック代表がどういう理由で選ばれたか、です。阿部博之を選んだ理由が元東北大学長であるということなら同じ理由で交代しても意味はない。名選手が即名監督でないのと同じです。「官」や「政」や「産」が作ったシナリオを「学」も認めたという形を作るのに協力させるだけなら、それは国民に対する裏切りです。

不可思議な現象のその2。総合科学技術会議のメンバーである東大教授・黒田玲子とは何ものか。

毎日新聞に掲載された、野依良治・名大教授のノーベル賞受賞記念座談会で、野依は当然のことながらノーベル賞戦略を手ひどく批判しています(10/12/02毎日)。総合科学技術会議のメンバーである東大教授・黒田玲子もその座談会に出席していますが、そこでの彼女の発言内容は実に奇妙なものです。うっかり読んでいるとその奇妙さを見過ごしてしまいますよ。

「私はこれを決めたときの会議に出席していたが、実はとても恥ずかしい思いでした。受賞は結果であって目的ではありません。でも計画を達成するには10年、20年先きを見据えた基礎研究に予算をだす必要があり、有り難いことだと考えました。」

この文章を注意して吟味してください。前段の「恥ずかしい思いをした」ことは正しい認識です。後段の「10年、20年先きを見据えた基礎研究に予算をだす必要」も正しいのです。この二つを「でも・・・・有り難いことだと考えました」でつなぐと全く意味不明になります。彼女が意識的にか、あるいは無意識のうちにか、理由付けと考えていることが無茶苦茶おかしいのです。注意して考えないと見過ごします。彼女も分っていないのでしょう。

彼女の主張はこうなります。「研究の目標はノーベル賞を取ることだ、というのは間違いである。しかし、政府(「官」や「政」のことです)がノーベル賞を目標にすれば金をだす、といってくれるのは有り難い。お金は基礎研究に必要なのだから。」これでは大学人が「学」の代表として会議に参加する意味はありませんし、そもそも基本が間違っています。お金を出すのは国民であり、「官」や「政」が出すわけではありません。彼らは国民の意向に従って代行しているだけです。彼女は「学」の代表として国民の利益を考えて正しいことを主張する責任がある立場にいるのであって、間違ったことを結果オーライで有り難がる筋はないのです。彼女自身がきめる立場にあるのです。彼女は、「官」は間違った主張をしていているが、「官」のいうことに同意してうまく金が出るようにできた、と大いばりなのでしょう。

(4)「ノーベル賞を取ること」は研究の正しい動機にはなり得ない

手段が目的になってしまっている好例です。これでは、研究に対する考え方そのものが大きく歪められてしまうのです。この理由を説明しましょう。

ある国が、基礎研究に対する国家予算を増やす政策をとればノーベル賞受賞者が増える可能性はあります。しかし、これは統計上の話で、「官」や「政」が各国の研究レベルを比較するときに考えることです。ノーベル賞受賞者の数を国の基礎研究のレベルを示す一つの指標に取ることは間違いではありません。しかし、「研究することの目標はノーベル賞をとることである」という「官」の考えは大変な間違いです。日本の官僚は学位、とくに自然科学の学位を持っていない者がおおいので、こんなの誤ちを犯すのです。英米には自然科学の学位を持つ官僚が多く、そんな過ちは犯すことはまず考えられません。この考えが誤りであることを説明しましょう。

実は、研究者が研究することから手に入れるものは、ノーベル賞を受賞するよりはるかに素晴しいものである、ということです。もうひとつ、ノーベル賞受賞を目標にしてもノーベル賞を受賞するような立派な仕事は決してできないことです。全てのノーベル賞受賞者は研究することで得られるものの素晴しさを知っています。しかし、ノーベル賞を受賞していなくても、真の研究者といえる人はこの素晴しさを同じように手に入れており、ノーベル賞受賞者と同じように尊敬に値するのです。地位や名誉や財産に代えられるものではありません。真の研究者はノーベル賞をとることなど眼中にないのです。

さらに、ノーベル賞はノーベル委員会という集団が、ある決められた基準に従って決めているに過ぎません。当然のことですが、その価値判断、視野は狭い限られた範囲のものです。科学者として素晴しい仕事をしたひとは他にも大勢いるのです。なにを素晴しいと感じるかはそれぞれの研究者によっても違うのも当然です。

また、だれでも知っているように、ノーベル賞は他のだれも予想もしなかった新しい事実の発見に対して個人に与えられるものです。だが、一般の人によく認識されていないのですが、常識を豊富に持ち合わせている人間(つまりその道の専門家です)には、そんな常識はずれのこと(あとにならないと正しいと分らない新発見)が一体正しいのかどうか、最初に結果を聞いただけではにわかに信じられないのです。発見者以外の全ての人間はその範疇にはいります。競争的資金の申請を審査をする人間、投稿された論文の審査にあたるエディターやレビュウアーも例外ではありません。優れた研究が理解されず発狂したり自殺した研究者が歴史に多く残ってるのです。まして、黒田玲子が対談のなかで発言している「10年、20年先きを見据えて」研究費を援助してもらったノーベル賞受賞者など皆無なのです。

(5)著書でくり返されている黒田玲子の発言内容

上でふれた黒田玲子の発言は対談の中でのものですから、ひょっとすると彼女の意が十分に尽くされていなかった可能性もあるでしょう。しかし、最近彼女が出版した著書の中でも同じ意見を繰り返し述べているのです。(【文献23】p.29)

2001年3月に政府が決定した第二期科学技術基本計画に、「今後50年で30人のノーベル賞級の科学者を輩出する」という目標が書かれた。このことに関する批判は多い。ナンセンスであると切り捨ててしまう意見が多い。たしかにノーベル賞は目的ではありえない。すぐれた科学文化の結果として現れてくる。新しい分野を拓いた業績に対して与えられるものだからである。しかし、言葉も解釈のしようではないだろうか。ノーベル賞級の科学者を育むためには、目先の応用ではなく、何をおいても基礎科学研究が重要になってくる。この記述が基礎科学、文化としての科学の充実を約束しているのだとすれば、まことにありがたいことである。基本計画に則って、基礎研究に多くの研究費が投じられればそれに越したことはない。

ただし注意してください。単なる繰り返しではありませんよ。なんというごまかしでしょう。この文章では「ノーベル賞」が「ノーベル賞級」に置き換えられているのです。「級」がついているかいないかでは意味が180度ちがいます。「ノーベル賞級」なら何も問題にならないし、彼女が恥ずかしがる理由は全くありません。議論のポイントは、第二期科学技術基本計画が「ノーベル賞受賞者」を輩出することを目標にしているから問題になっているのです。「級」はついていない。

多分、黒田玲子は「恥ずかしい思い」であることを知識として知っていても、その意味を分っていないのでしょう。ここで、何故恥ずかしいことなのか、をもう一度くり返してハッキリと説明しておきます。「研究の動機がノーベル賞受賞にあるような研究のレベルは、ノーベル賞が与えられるような研究のレベルよりはるかに低い」のであって、「ノーベル賞受賞を目標にすることは、研究レベルの低さを自ら宣伝すること」だからです。

黒田玲子は、研究する喜びの一番深いところが分っていない可能性もあります。いずれにしても「官」に隷属していることは事実であり、思考の態度が基本的に間違っています。正しい科学政策を形成する能力以前の問題です。私たちが恥ずかしい思いをするだけならまだよいのです。小泉純一郎が鳴りものいりで作った、わが国の科学技術政策形成の中枢機関である総合科学技術会議の3人の「学」の代表メンバーとして白川と一緒に名を列ねている。国民に対して大きな責任を負っている立場にあるものが、間違ったことをマスコミで発言したり書物に書いたりする。これは、わが国の研究の発展を大きく阻害するので困るのです。黒田玲子は第二期中教審の正委員にもなってます(2/1/03毎日)。これが、カレル・ヴァン・ウォルフレンの言うエニグマであり、アレックスカーの言う「実がない」ことの実態なのです。

わたしは、とりあえずもっと多くの自然科学の学位を持つものが「官」になることを主張しています。それは「政策形成リーグ」ができるまでの過渡的手段として重要です。自然科学の学位を持つという点では、黒田玲子は適任者です。【文献23】に書かれている略歴によれば、彼女はお茶に水女子大学理学部を卒業、東京大学理学研究科で理学博士の学位を取り、ロンドン大学、英国王立ガン研究所で研究した経歴があり、現在は東大の総合文化研究科の教授なのだから経歴に申し分はありません。年令も比較的若く、女性であることも重要でしょう。しかし、そんな人が全て適任というわけではいことが明らかに示されました。「官」にすりよったり「官」の業績作りに利用される「学」はごまんといるのですから注意が必要です。

(6)黒田玲子と文部官僚である有本建男の助け合い関係

黒田玲子は上でふれた著書のあとがきで、科学技術政策担当・審議官である有本建男に次のように感謝の意を表しています。

本書が何とか形をなした蔭には、原稿の下読みをしてコメントをくださり、統計図、表などの入手を手伝ってくださった文部科学省の有本建男審議官の援助がある。お忙しい職務であるのに、時間を割いてくださり、また励ましてくださり、お世話になった。厚くお礼申しあげる。(【文献23】p.255)

1.4.で触れたように、アレックス・カーは、日本の行政には「オン」のボタンはあっても「オフ」はなく、だれも止め方を知らない恐ろしい機械のように動き続ける、と述べています。官僚の慣性を止める力がない、と注意しているのです(【文献6】)。官僚はあくまで自分の主張を押し通す、と言っているのです。ここでも同じ現象がおこっていることを指摘しておきましょう。

(7)有本建男の間違った「ノーベル賞戦略」を応援するメディアと御用学者

総合科学技術会議の「ノーベル賞戦略」は新聞誌上でも繰り返し反対されているのに「官」にとりこまれた「学」の黒田玲子がなお弁護しようとしている。さらに、このノーベル賞戦略のプロモーターである「官」の有本建男審議官は、NHKの番組(12/23/01(日)BS1「3人の部屋」)に「学」の早稲田大教授の小山慶太と理化学研究所部長の戎崎俊一を伴って出席し、なんと「ノーベル賞が知の爆発を引っ張ってきた」という主張を展開しました。これはしろうとにしか許されない誤った考えです。また、ストックホルムのカロリンスカ研究所の敷地内に研究連絡センターを設置したことについて、「欧米を基盤にしたノーベル賞の重心をアジアに移すため」、という誤った主張を展開しているのです。国に関係なく、個人に与えられるノーベル賞を、けちなナショナリズムで泥まみれにしようというのです。

それだけではありません。若い世代に研究費をもっと潤沢に与えよう、というのは正しいとしても、その理由が、ノーベル賞が与えられている仕事は30才台でおこなわれているから、というのは間違いです。皆さんも何が間違いか考えてみてください。Nature誌にのっている記事が研究費配分の現状を詳しく伝えているので参考になります(D. Cyranoski & K. Kandachi, Hints of age bias spur calls for grant reforms, Nature 421, 680, 2003)。

(8)世界の失笑を買った「ストックホルム研究連絡センター」

文科省所管の特殊法人である日本学術振興会が、ノーベル賞のロビー活動のためにストックホルムに研究連絡センターを作っていることは上でふれました。これについて、お茶の水女子大学教授の藤原正彦は、「ノーベル賞ダブル受賞に寄せて」と題する一文(毎日新聞10/18/02)の中で、総合科学技術会議のノーベル賞ロビー活動をつぎのように賞賛しています。「官」にすりよる「学」の典型なのか、本人の無知からくることなのか、どちらかでしょう。

日本の科学研究レベルが突然上がったわけではない。以前から強力だった。ノーベル賞選考委員会に認知されなかっただけである。他国にならい、遅ればせながら選考委員会へのPR活動を始めたこと、基礎理論が主だった選考対象が応用部門にまで広げられたこと、なども順風となったかもしれない。

この研究連絡センターの関係者は、毎日新聞の元村有希子記者につぎのような発言をしているのです(12/8/02毎日新聞)。

所長の志村令郎・京大名誉教授の談話「国籍にかかわらず優れた業績をたたえるのがノーベル賞精神。ましてオリンピックのメダルのように目標を決めるのは評判を落とすだけ。」

岩佐敬昭副所長の談話「昨年12月、ノーベル賞関係者を前にストックホルムで講演した外国人作家が、日本の目標を『野心的な構想』と紹介。会場に失笑が広がり、いたたまれなかった。」

この二人は、自分が給料をもらっている職務を何と考えているのでしょうか。そう思うのだったらさっさと辞めればいい、いや辞めるべきでしょう。職に留まって税金からでる給料をもらいながらそんな言い訳にもならないことを言うとは、彼らは職業倫理観をどこに捨ててしまったのでしょうか。税金の無駄使いをしていて恥じないとは、あきれてものが言えません。

当研究所としては、文科省所管の特殊法人である日本学術振興会がノーベル賞のロビー活動のためにストックホルムに設置した研究連絡センターを即刻廃止するよう提案します。

(9)危険なナショナリズム─栄誉は個人のもの、国家が利用すべきではない

黒田玲子も上に触れた著書の中で「ノーベル賞をオリンピックのメダル」のように言っていることも指摘しておきましょう。ノーベル賞は個人に対して与えられるもので、国が出てくる余地は全くないのです。ローザンヌの国際バレーコンクールや、ロスアンジェルスのアカデミー賞と変わりないのです。黒田玲子はそのことを理解していません。反対に、つぎのような実に危険なナショナリズムを強調しています。(【文献23】p.28)

日本にも種々の団体があり、褒賞、研究助成などを行っているが、欧米の団体と比べると資金は桁違いに少ない。したがって日本では基礎研究費に国の税金があてられることがほとんどである。白川博士や野依博士がノーベル賞受賞後に語っておられるように、科学研究費による地道で息の長い基礎研究支援が不可欠であり、これからもこうした競争的資金の充実が必須である。研究費に国の税金があてられると、科学に国境はないなどといってはいられない。科学に国境はなくても、科学者には国境があるのである。ノーベル賞受賞に対して国家的な注目が集まり、受賞した本人もそれをとりまく人びとも、オリンピックで祖国の選手が金メダルを獲得して国旗が掲揚されるときのように喜ぶのはそのためである。

この考えは間違っています。ノーベル賞受賞だけでなく、オリンピックのメダル獲得についても間違っているのです。この点では東京都知事の石原慎太郎も同類です。公的資金を出すのは国民であって国ではありません。国民はそんなに狭量ではないのです。「オリンピックで思いきり楽しんでおいで」と送りだしていいのです。詳しい説明は2.ノーベル賞とは何か、で述べることにしますが、皆さんも上の考えが間違いである理由を自分で考えてみてください。

(10)総合科学技術会議の機能不全の原因─本研究所の存在意義

以上述べてきた理由により、当研究所としては黒田玲子を総合科学技術会議のメンバーから外すこと、有本建男を科学技術政策担当の審議官から外すこと、を提案します。この人たちを登用し、このような政策を推進している小泉純一郎は責任を追求されるべきでしょうが、現状では情状酌量をせざるを得ないのです。この状況では誰が首相になっても同じでしょう。

小泉純一郎が総合科学技術会議を立ち上げた動機は正しいのですが、正しい手段を持っていないので目的が達成できないのです。1.10.で説明したように、現在は「知」を競い合う「政策形成リーグ」がないので、皆が納得するフェア−な形で最高の「知」を委員に選考することができないのです。いきおい人脈関係に依存せざるを得ない。まあ、当研究所が立ち上がれば、この研究所が最高の選択であることが社会からオープンに認められることは確実ですし、政策形成を依頼されればベターな結果を生むことも上に示した通りです。

 

3)尾身幸次が推進する沖縄大学院大学構想

私にこの研究所を立ち上げる決意をさせた第二の動機。

上述の黒田玲子の著書にさりげなくでてくる写真があります。写真の説明には次のように書かれています。(【文献23】写真2-1、p.45)

アメリカ・カリフォルニアで開催された沖縄大学院大学構想の国際諮問会議(2002年4月)。コーンバーグ博士(*)は前列右から3番目。写真前列右から、T.D.リー博士(*)、有馬元東京大学総長、コーンバーグ博士、尾身前科学技術政策担当大臣兼沖縄・北方担当大臣、ブレナー博士(*)、稲嶺沖縄県知事、後列左から5番目がフリードマン博士(*)、8番目が筆者。(*)はノーベル賞受賞者。

この写真は、85歳にしてなお研究を続けているスタンフォード大学のアーサー・コーンバーグの姿を紹介するためのもので、本文中にそれ以外の説明はありません。私が注目してもらいたのは、この写真がカリフォルニアで開催された沖縄大学院大学構想の国際諮問会議の記念写真であることです。尾身幸次は、総合科学技術会議が01年に発足したときの最初の担当大臣で、科学技術担当相と沖縄・北方担当大臣を兼任していました。当時の沖縄県知事であった稲嶺氏も写っています。

(1)沖縄大学院大学構想とは何ものか

沖縄大学院大学構想の中味は何か、最近の中西拓司記者の報道(3/15/03毎日)を紹介しましょう。

07年9月開学予定の「沖縄大学院大学」の初代学長選びが暗礁に乗り上げている。沖縄県の知名度が低いためで、同大学の設立準備に当たる「評議会」議長で、ノーベル物理学賞受賞者のフリードマン米マサチューセッツ工科大学教授は14日、首相官邸で記者団に「経歴に申し分なく、偉大な大学をきちんと運営する実力がある人を探したいが、時間がかかる」と述べた。フリードマン氏は大学院大学の趣旨を小泉純一郎首相に改めて説明するため、官邸を訪れた。沖縄大学院大学は自然科学系が中心で、建設費は800億円。設置場所は同県恩納村が有力になっている。これと平行して、政府は「学長選考が再優先」(内閣府)と位置付け。「外国人」ノーベル賞受賞者を基準に選考を進め、これまで数人に就任を打診したが、いずれも慎重姿勢を示したという。

(2)SCIENCE誌上で手厳しく批判されている沖縄大学院大学の構想

沖縄大学院大学の構想は、Science誌上で次ぎのように手厳しく批判されています。正確を期するため原文をそのまま引用します。(D. Cyranoski, Japan plots course for university on naval-base island, Science 416, 774, 2002)

Japan is pulling into focus its plan for a graduate university that will conduct all of its research and lectures in English.

The first meeting of an international review committee for the project is set to take place on 26-27 April in Santa Monica, California, where leading US scholars, including David Baltimore, president of the California Institute of Technology, will offer their advice.

The university is to be based on the poor, southern island of Okinawa, and will focus on biosciences and information technology. Supporters of the project hope that it will energize a local economy that has largely depended on a locally unpopular US naval base. But some researchers suggest that the island's remote location will make the facility less attractive to potential recruits.

The plan is being championed by Koji Omi, an influential politician who is minister for both the Okinawa region and for national science and technology policy. He says that a lack of English language skills is holding back Japan's science. "I couldn't believe it, but you can get a PhD in a science from many of Japan's universities without knowing English," he says.

Omi wants the college to be a world-class facility. "It will be a university at the very highest level internationally," he says. He hopes to attract 500 research staff and 500 graduate students─more than half of them from foreign countries.

But some researchers are sceptical. "I have serious doubts about whether people will come." Says Shigeru Ohde, a marine chemist at the University of the Ryukyu outside Okinawa's capital, Naha. "Why would they come here to study life sciences or IT? Those fields can be studied anywhere." Critics also fear that the project will run out of steam should Omi leave office.

The plan is expected to feature in next year's budget, which will be presented by the government in December. Current estimates for construction costs run from ¥20 billion to ¥80 billion (US$150 million to $600 million ), plus ¥20 billion annually for operations. The university is likely to be established as a private institution with strong government support, avoiding the red tape involved in setting up a new public university.

(3)「実」がない「沖縄大学院大学」の発想─動機が間違っている

お読みになれば分るように「沖縄大学院大学」の発想は恐ろしいほど空虚なのです。アレックス・カー流に言えば「実がない」(1.4. を参照)のです。「政」の尾身幸次や「官」はつぎのようなことを考えたと思われます。

1:貧乏県の沖縄の経済はもっと振興する必要がある。

2:米軍基地のある地域の人たちの苦労に報いるには、経済的に援助する必要がある。

3:日本の大学を国際化するため、外国から大学人や院生が来る大学院大学が欲しい。

4:日本の大学を国際化するために、日常は英語を使う大学を作りたい。

5:バイオとITという専門分野を重視したい。

6:学長には外国人のノーベル賞受賞者をあて、ワールドクラスの大学にしてもらいたい。

これらの項目をひとつずつ別々に見るならまだしも納得できるかもしれません。しかし、これらをひとつの計画に結び付ける論理は全く成立せず、動機として不純であり許されません。

そもそも、大学を作る最も重要な動機は、教員(研究や教育を行うもの、以下大学人)や院生の要求に応えるためでしょう。この第一の動機が抜け落ちていてどこにもないのです。まさに驚くべき政策です。大学にいる人たちが知的成果をあげるには、大学自体だけではなく、大学の置かれている地域環境、すなわち文化的な施設が整っていることや同じ研究分野の優秀な研究者がいる大学や研究所があり、人間交流や研究交流の豊かさが重要なのがわからないのでしょうか。バイオやITという専門分野であれば京都や大阪のような場所が最適なのです。皆さん、恩納村がどこにあるか地図で確かめてみてください。ハーバード、スタンフォード、ケンブリッジ、オックスフォードと太刀打ちができるわけがない。英語の会話を大事に考える日本人の学生がいたらこちらを選ぶでしょう。

このようなことは、たとえ「政」や「官」が理解できなかったとしても「学」には常識であり「政」や「官」の間違いを指摘できるし、そのための委員ではないですか。しかるに、上の写真には元東大総長である有馬氏も東大教授の黒田玲子も並んでいるのです。彼らは、またぞろ「基礎研究にお金が出ればありがたいことだ」というのでしょうか。有馬氏が並んでいるのは、相変わらずの誤った学長信仰、つまり権威信仰でしょう。もっとも一番責められるべきは委員である御当人たちですが。

外国のノーベル賞受賞者にこんな不可能に近い計画の学長を依頼すること自体が礼を失しています。彼らに学長あるいは研究所長の職が提供されるのは、第一に名誉職としてなのです。つまり立派な大学の学長なのです。たとえ大学運営や政策形成で能力を発揮するノーベル賞受賞者がいたとしても、初めから基本的に必要な条件を備えていない矛盾だらけの大学を立ち上げるよう依頼するのは失礼ではないですか。引受け手が無いのは当然でしょう。ここにも、最近のリーダーシップ信仰、トップダウン信仰の弊害が現れています。大学院を支えるのは優秀な研究・教育者であり、意欲と能力のある院生なのです。大学や大学院のことは、これまでのように経済や産業の振興を上から考える視点では駄目です。個々の大学人、個々の学生や院生の生き甲斐を考えることからスタートする視点が必要なのです。

(4)失敗が約束されている沖縄大学院大学を推進する「官」─本ISISの提案

この計画は失敗するのに決まっていますから、当研究所としては小泉首相に対し、直ちに中止するよう強く勧告します。このての誤った政策を推進しようとしても矛盾が拡大するばかりです。先送りせざるを得ないのです。やめるのが早ければ早いほど受けるダメージが少なくてすみます。木原誠二が英国滞在記(【文献18】)の中で、「民主主義っていうのは、要するに間違いを認めるってことなんじゃない」というイギリス人官僚の会話を耳にして、はっとした、と書いているのが思い出されます(1.10.を参照)。

「官」はこの計画をやめようとはしていません。新聞は、細田博之沖縄北方担当相が沖縄大学院大学の建設地を沖縄県恩納村に決定したと報じています(4/12/03日経)。総合科学技術会議のノーベル賞戦略に関連して上で書いた文章をそのままもう一度のせましょう。

1.4.で触れたように、アレックス・カーは、日本の行政には「オン」のボタンはあっても「オフ」はなく、だれも止め方を知らない恐ろしい機械のように動き続ける、と述べています。官僚の慣性を止める力がない、と注意しているのです(【文献6】)。官僚はあくまで自分の主張を押し通す、と言っているのです。ここでも同じ現象がおこっていることを指摘しておきましょう。」

 

4)「知」ではなく「愚」のシンボル─日本学術会議

私がこの研究所の立ち上げるきっかけとなった第三の動機。

それはまさに総合科学技術会議を補完する「知」の組織の必要性が話題になり、それに関連して学術会議の機能不全が急浮上した事実です。

総合科学技術会議は、発足一年を経過した時点で、すでに同会議に意見をいう組織がないことが問題視されています(1/21/02日経)。政府の最高会議が上に述べたようなよれよれの状態では異論が百出するのは当然でしょう。

(1)存在意義が疑われる学術会議─自分のことすら決められない

その役割を担うとすれば第一に頭に浮かぶのは学術会議なのです。しかし、全米科学アカデミーやロンドンの王立協会などが自国の科学政策形成を通じ社会に大きな影響を与えているのに比べると、学術会議は日本では影の薄い存在に過ぎません。01年の中央省庁再編で学術会議は総務省所管となっています。

ここまでは、これから述べることに較べればまだよいのです。問題はここからです。わが国の「知」の中心にあることが期待され、総合科学技術会議に政策提言することを期待される機関が、なんと驚くべきことにその将来の在り方について総合科学技術会議で検討されることになっています。学術会議の存在意義が疑わしいので、総合科学技術会議で学術会議の在り方が検討されることになったのです。なんという皮肉でしょう。自分が意見を言うことが期待されている相手の管理下におかれているのです。「学」は「知」のプールの一角を形成するはずなのに自治もできないとはまるでマンガです。この原因を考えてみましょう。

(2)総合科学技術会議(学術会議検討専門調査会)の中間報告─先送り

以下は総合科学技術会議(具体的にはその中に設けられた専門調査会)の中間報告の骨子です(2/21/03 毎日新聞)。

1:学術会議の政策提言機能を強化する必要がある。

2:専門分野にとらわれない中立性を保つため、内閣府所管の独立法人への衣替えが望ましい。

3:現状では財政基盤が弱いなどの課題があるので10年以内に設置形態を改めて検討する。

4:当面は国の機関として存続させる。

この中間報告は、報告にもなっていません。解決策が分らないので先送りしただけです。しかも10年もです。政策提言機能を強化する必要があることなどだれでも知っています。

その学術会議は何をしているのでしょうか。じつは、これよりずっと以前に自己改革案をまとめ、内閣府の特別機関として総合科学技術会議などへの助言機能をもつようにする、と言っています(5/6/02 日経)。しかし、学術会議の現状から考えて説得力はなく、専門調査会の中間報告がこれを無視する形になっているのは当然かもしれません。

(3)SCIENCE誌が解説する日本の学術会議

一体どうなっているのでしょう。毎日新聞は社説(5/19/02毎日新聞)で学術会議を取り上げているので参考になります。また、D.NormileがScience誌の1ページを費やして学術会議の解説を書いています(D.Normile, Researchers Feel Shut Out As Council Loses Its Clout, Science 299, 649, 2003)。日本の新聞とちがってScienceの記事は意見をきいた人を実名で報道しており、報道としての価値ははるかに高い。なぜなら読者が直接これらの関係者を名指しで議論することができるからです。日本のジャーナリズムのレベルが低い原因はこれらを比較すればよく分ります。閑話休題、ここでは両方を参考にして学術会議の歴史と問題点を以下にまとめました。

1:日本学術会議(the Science Council of Japan, SCJ)は1949年の創立、メンバー(210人)は当初、自然科学から人文・社会科学まであらゆる分野の全ての研究者による公選制。「研究者の国会」として、科学者の意向を政府の政策に反映させるのが目的。しかし、メンバーは選挙母体の利益にこだわり公共的立場の政策形成に関心を示さなかった。

2:1983年に学会推薦、首相任命制に大転換。公選制ではイデオロギー的に偏った会員が多くなる、という批判があった。180の研究連絡委員会の計2,370人の委員が210人のメンバーを選挙することにし3年毎に改選。

SCJ president, Hiroyuki Yoshikawa (元東大学長)の感想:近年、メンバーは高齢化し、引退した研究者であることも少なくなく名誉職化している。また、公共的視野を欠き、依然として国全体の科学政策より自分個人の関係する特定分野の要求を優先するという傾向が改まることはなかった。

SCJ vice president, Kiyoshi Kurokawa(東海大学医科学研究所長)の感想:reports are generated on "discussions of their personal opinion" rather than on investigative studies. 社会的な知名度も高まらなかった。

3:学術会議は100%国の経費で運営されている。年間予算額は1,100万ドル、常勤スタッフは62人である。

4:学術会議のつくった改革案はつぎの通り。会員数を2,500人に増やし、人材を結集して社会に開かれた科学者のコミュニティーを形成し、調査審議機能を強化する。会員が業績によって次期会員を選ぶ方式とする。

5:学術会議の改革案に対する総合技術会議の専門調査会(座長、Shiro Ishii東大法学部名誉教授)の対案は会員数はせいぜい200から300。 "We need the SCJ, which should provide unbiased scientific advice to the government." The role is expected to complement the more administrative activities of the 15-member policy council (Council for Science and Technology Policy), which includes ministers and industry representatives in addition to a handful of scientists. He thinks that an organization of 2,500 scientists would be unwieldy and that a few hundred "is really the limit for rational discussion."

6:総合科学技術会議への批判的意見:Akiyoshi Wada, head of the RIKEN Genomic Research Center, says that the muffled voice of the science council has made it easier for the government to increase funding research overly tilted toward work expected to produce [economic results] quickly. Yoshiki Hotta, director general of the National Institute of Genetics says that other mechanisms for the community to influence science policy are not well developed.

総合科学技術会議の提案に対するある反論:Akiyoshi Wada says that that approach looks like an attempt to further concentrate power at the top and make it "an organization of the elite." Some people in the government don't like bottom-up input."

(4)学術会議がおかしてきた誤りの数々

私が前章までに展開してきた議論を読まれた方は、上述の学術会議の歴史や最近の議論の中に多くの誤りがあることを理解されるはずです。それらを以下にまとめました。

1:ここでの中心的な問題は、なぜ学術会議は政策提言能力が無いのか、である。しかし、学術会議の自己改革案も総合科学技術会議の中間答申もその原因について考えていない。その原因はSCJ vice presidentの Kiyoshi Kurokawaのコメントの中に示唆されている。強調するためにもういちど引用しょう。"Reports are generated on「discussions of their personal opinion」rather than on investigative studies." はっきり言うと、わたしが強調してきた「科学者の創造的思考」(1.6. 参照)が議長のHiroyuki Yoshikawaを含め学術会議のメンバーには欠けている。学術会議のメンバーだけではなく、総合技術会議の専門調査会の座長であるShiro Ishiiにも欠けている。

2:学術会議がこれまで採用してきたメンバーの公選制は、1.7.でのべた「人間社会のパラドッ クス」の意味を理解しておらず誤りである。Akiyoshi Wadaの反論も同じ理由で誤りである。Shiro Ishiiの "a few hundred is really the limit for rational discussion." という考え方も同類。Hiroyuki Yoshikawaの「学術会議の調査審議機能を強化する」改革案も多数の人間が議論に参加するということであれば同じく誤りをおかしている。われわれは既に選挙を通じて科学行政は言うにおよばず、あらゆる分野の行政の責任を総理大臣という個人にまかせている事実があることを考えないといけない。民主主義の理解において初歩的な誤りを犯している。「人間社会のパラドックス」(1.7. を参照)の意味をきちんと理解していない。

3:1.5.で小池洋次の著書【文献7】を引用してふれたように、大学が現実の政策形成に一定の影響力を行使できていないのは周知の事実。日本の大学、とくに学長をはじめとするリーダーには、もともと現実的な政策を取り上げ具体的な政策提言をしようという発想が希薄である。大学紛争時代に単細胞と批判されたが何も直っていない。だから、学術会議を改革して総合科学技術会議などへの助言機能をもつようにする、という発想から改革がスタートしていることがそもそも間違っている。政策指向が弱い理由を考えることからスタートする必要がある。議論が収束しないのは当然である。

(5)ああ!学術会議は何故こうなってしまったのか─本研究所の提案

「学」が現実の政策形成に一定の影響力を行使できない理由は、そもそも「学」に政策提言能力が無いからでしょうか。断じてそうではないでしょう。それは「官」が政策を提言する権限を一手に握ってきた結果なのです。主な原因を以下にまとめました。

1:帝国大学設立の時点からシステム構築の大きな目標の一つは、「政」(実質は「官」)が「学」を支配下におくことであった。

2:戦後60年にわたって「官」が専制的支配を続け「学」の政策提言を無視してきた。

3:「学」がみずから政策提言能力のあるものを養成し、政策提言能力のあるものを見い出して「学」の代表に選ぶという当然の目標を見失ってしまった。

4:最後の二つが互いに因となり果となることを繰り返してきた。

5:現在、学長や学術会議のメンバーは、きわめてあいまいな個人の好みや目先の利益、人脈関係にもとづく学内政治の結果として決まる。明確な意見を主張せず「皆さんの意見に従います」式にあたりが柔らかく憎まれないことが必要である。名誉志向の強いものがこの要件を満たすことで選ばれている。政策形成能力または政策実施能力があり、同時に研究業績や人格においても優れているから選ばれているわけではない。このような地位にある者を「政」が権威のあるものとして政府の審議会の代表に選んでいる現状に欠陥がある。なぜなら、このような地位にあるという理由で最高の政策提言を期待することが間違っているからである。

この研究所は下記の改革案をすぐに実行するよう提案します。学術会議の改革を10年間も先送りにし、予算を無駄使いすることは許されません。

1:現在の学術会議は直ちに廃止する。

2:その代わりに全米科学アカデミーに対応する日本科学アカデミーを新たに設立する。

3:日本科学アカデミーは、学術上のめざましい業績をあげ、かつ各分野で国際的に日本を代表することができるものが会員になる。会員は終身とする。発足したあとの新会員は会員の推薦によって選び、定員は定めない。

4:わが国の「知」を代表し、科学技術のみならず広い分野にわたって現実の政策形成において強い影響力を行使できる人物を総裁に選ぶ。長期間在任することが前提であり、総理大臣に科学政策を助言する。

5:日本科学アカデミーの総裁の職は専任の公職とし、総裁が政策形成と日本科学アカデミーの運営に必要と考える強力なオフィッスを内閣府におき必要な予算をつける。

 

5)国立大学の独立法人化の構想

私がこの研究所の立ち上げに取りかかった第四の(最後の)動機。

それは、国立大学の独立法人化(以下、法人化)などをテーマにした日本経済新聞の連載企画「大学が変わる」の記事でした。ついでに言っておくと、これに先立って毎日新聞でも同じような連載企画「大学大変」がありましたが、こちらは内容も希薄で興味本位のとり上げ方をしています。この連載に限ったことではないのですが、高等教育政策について、毎日は量も質も日経よりレベルが低いと思います。

(1)「国立大学法人化」構想で、「官」にオンブにダッコの「学」

日経の連載の第一回の記事(7/13/02日経)から引用しましょう。

全国99の国立大学は、2004年度に国の出先機関から自主・自律的運営の「国立大学法人」に変わる。明治の帝国大学創設、戦後の新制大学発足に次ぐ第三の改革だが、改革の足取りは必ずしも軽やかではない。国立大をいら立たせているのは「情報過疎」だ。

五月上旬、東大安田講堂で開かれた法人化説明会。参加したのは近隣国立大を合わせた教官や事務職員600人。文科省の担当者は「法人化で大学の裁量が広がる」と力説した。

しかし、大学幹部は「準備を進める上での具体的情報がない」とため息をついた。別のベテラン教官は「大学が文科省の役人に教えを請うとは・・・」と吐き捨てた。(中略)

文科省が情報提供に慎重な背景には。周囲の厳しい視線もある。国会では「法案が通る前から大学側に準備させるのか」と野党の追求を受け、経済財政諮問会議からも「文科省は国大の法人化後、運営に極力関与するな」と「脱・護送船団」への注文が付いた。

こうした中での、線路を作りながら電車を走らせるような作業、国大協は六月初旬、文科省高等教育局の中堅幹部に「作業ガイドラインを」と助けを求めた。この幹部は早速、分野ごとに国、国大協、各大学の作業の分担表を提示した。「求められれば助言する」というわけだ。

松尾稔名古屋大学長は「自主自律という法人化の趣旨を考えれば、文科省に頼るのはスジ違い。自ら智恵を絞るべきだが、それにはあまりに時間が少ない」と歯がみする。別の文科省幹部は「今まで自立していなかった国大にすべての責任を負わせるのは酷」ともらす。

もっとも、大学側にすればこの“親心”は素直には喜べない。ある国大協幹部は「衣の下によろいが見える」と、文科省の人事介入などを警戒する。

こんなエピソードもある。文科省が四月に国立大付属病院長に出した「来年度が遺産要求では『提言』の趣旨を具体化する構想を中心に取り組みたい」との通知に、東大病院の医師らが激怒した。

『提言』とは、付属病院長会議が以前にまとめた診療部門合理化などの試案。通知は、その実行状況に応じた予算配分を示唆していた。

「予算を人質にしたどう喝だ。『提言』をこんな風に使うとは」。関係者は絶句した。法人化された国立大は第三者の評価を受け、国の交付金の額にも反映される。文科省の“手法”をみた医師の一人は「法人化後の大学評価も、予算支配の道具にされかねない」と懸念する。(中略)

眠っていた可能性が開花するのか、護送船団の再編にとどまるのか。「第三の大学改革」は国立大と文科省双方の力量を問うている。

大学が未曾有の転換点を迎えている。国立大の法人化や入試重量化、法科大学院の誕生、第三者評価の導入・・・。いずれの改革も2004年スタートが目標だ。

メモ:国立大学の法人化は1960年代から議論にはなっていたが、大学側の反発も強く実現は見送られてきた。近年、“象牙の搭”への社会的な批判も高まり、文科省の検討会議は今年三月、法人化をうたう最終報告をまとめた。全会一致が原則の国大協は四月の総会で異例の挙手裁決で法人化を了承。文科省は2004年度当初の移行を目指し、例年の通常国会に法案を提出する方針。

この記事は、法人化問題にゆれる国立大学の様子を正確に報道しています。そこに出てくる文科省の「国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議」(以下、独法化会議)の最終報告『新しい「国立大学法人」像について』の日付けは平成14年3月26日で、関係者全員に配付されています。非公務員化も盛り込まれています。

私がひっかかったのは、「国大協は六月初旬、文科省高等教育局の中堅幹部に『作業ガイドラインを』と助けを求めた。この幹部は早速、分野ごとに国、国大協、各大学の作業の分担表を提示した。『求められれば助言する』というわけだ。」のくだりです。

(2)文科省の「独法化会議」とは何ものか─顔を見せない「官」が作る政策

なぜ法人化に関して、国立大学は文科省にオンブにダッコの状況に貶められなければならないのか、というのが最大の疑問であり怒りです。大学の「知」のプールは何故機能しないのか、機能しない理由は何か、です。

調べるとすぐに分りました。その原因は、学術会議が機能せず、総合科学技術会議が迷走を続ける原因とまったく同じでした。以下に独法化会議について説明しますが、これは日本のあらゆる政策決定会議(上は政府レベルから下は各大学レベルまで)の縮図であり、なぜ官僚専制になるのか、その理由がよく分るとおもいますよ。

独法化会議の最終報告に記されている平成9年以降の法人化問題の検討の主な経緯を以下にまとめました。

1:独法化会議は平成12年7月にスタートしている。

2:組織業務委員会、目標評価委員会、人事制度委員会、財務会計制度委員会、連絡調整委員会の5委員会に分かれており、一年間でまとめることが予め設定された目標である。毎月一回の委員会の開催、全体として9回ないし13回の会合をもってこの目標は達成されている。

3:連絡調整委員会は親委員会であり、他の委員会からの代表が主なメンバーである。最終決定はここで行われているのでもっとも重要な委員会である。顔ぶれを下に示す。他の委員会も似たりよったりであるが、関係者として数名の副学長あるいはそれに相等の教授が加えられている点が違う。

「学」14名:長尾真(座長、京都大学長)、阿部博之(東北大学長)、阿部充夫(放送大学教育振興会理事長)石弘光(一橋大学長)、梶井功(前東京農工大学長)、小出忠孝(愛知学院大学長)、鈴木章夫(東京医科歯科大学長)、田中健蔵(福岡歯科学園理事長)中島嶺雄(前東京外国語大学長)、堀田凱樹(国立遺伝学研究所長)、本間正明(大阪大学教授)、松尾稔(名古屋大学長)、萩上紘一(東京都立大学長)奥島孝康(早稲田大学長)

「産」2名:河野俊二(東京海上火災保険株式会社相談役)渡邊正太郎(花王株式会社経営諮問委員会特別顧問)

並んでいる顔ぶれは16人中14人までが「学」ではありませんか。そのうち12人までは現役の大学長、あるいはそれに類するもので占められているのです。官僚は一人として名前が出てきません。この会議に関する庶務は高等教育局大学課で処理する、となっているだけです。

この人たちが会議でする仕事は何でしょうか。政策を作っているのでしょうか。政策を作るのはだれでしょうか。

実は、案作りはすべてここに名前の出ていない官僚がする仕事なのです。名前が出ている人たちのすることは、官僚の作った案に欠けたり不足したりしていると気づいたとき注意する、あるいは関係者がその部分の代案を作る、それだけです。案の骨格は官僚がつくるのであって、これが壊されることはありません。これが「官」丸投げ・「官」専制の実態であり、アレックス・カーが指摘する「実が無い」ことの真相なのです。もっと驚くべきことでしょうが国立大学協会の中に設けられている国立大学法人化特別委員会も全く同じように運営され、名前が挙がっていない官僚の手で政策作りが行われているのです。「官」もこのようなシステムの被害者といって間違いではない。

(3)「学」が「官」に丸投げしている政府の科学行政政策の形成

このような政策形成がおこなわれていることは何を意味するのでしょうか、それを以下にまとめました。皆さんもよく考えてみてください。

1:高等教育の政策形成は、文部省・文科省の官僚や、階層的にはその上にいる大蔵省・財務省の官僚に丸投げされてきた。他の分野と同じだが、大学行政については特に顕著である。

2:学術会議の改革の問題に関連して上でふれたように、政策形成が大学の手から離れている(大学が放り出している)現状では、政策提言で優れた能力を示す者を学長にえらぶインセンティブは大学側に育成されない。

3:学長は学内のこと(些事であることが多い)で精一杯であり、能力的にも時間的にも余裕がないのは明らか。法人化の問題は非常に大事だから一時間でも二時間でも余計に時間を使って考えるという態度ではない。一時間でも二時間でも短ければ短いほど歓迎である。欠席しても咎められない。それでは、このように重要な会議の委員が勤まるはずがないのは誰にでも分る。本人が一番知っている。それでいて委員を辞退するわけではない。

4:したがって現職の学長を検討会議の委員に選ぶことは会議の目的に合っておらず不適当である。一時間でも二時間でも余計に時間を使って考えたい人を委員に選考すべきである。

5:それにもかかわらず学長が委員に選ばれるのは何故か。その理由の第一:政策形成はどうせ「官」がやるのだから、そのような学長が委員であっても文科省は一向に困らない。どうせ格好をつけるだけである。

6:その理由の第二:高等教育政策形成において社会的に認められた「知」のプールがあれば、「政」や「官」もそこから委員を選ぶことができるし選ばざるをえない。しかし現在はそれが無い。そのような現状では学長を選んでおけば無難であり、人選でめんどうな異論を唱えるものもない。委員の選考に時間はかからない。

わが国の高等教育政策がこのようにしてつくられるのであれば、その内容が学長を通じて各大学に周知徹底されないのは当然でしょう。このような状況がこれまで永年のあいだくり返されてきたのです。独法化案という重要な政策形成でも同じことが行われている。これはシステムの問題であり「学」にも「官」にも全ての責任があるわけではありません。被害者はもちろん「学」ですから基本的には「学」の責任です。

(4)「国立大学法人化」を推進したものは誰か

一方、文科省の「官」が作った案は安心して従ってよいものでしょうか。実は法人化は行政改革検討会議が平成9年12月に国立大学に対して検討をうながしたことから始まっているのです。そして、国立大学協会は法人化に対して終始積極的な取り組みをしませんでした。法人化に対して平成13年度末という具体的な目標の期限を設定し国立大学の在り方の大枠を最初に示したのは自民党の政務調査会の提言(平成12年5月発表)なのです。それを推進したのは経済財政諮問会議だったのです。このように他のものから尻を叩かれてやるのでは、そもそも作業をする動機が薄弱です。

(5)「官」が直輸入したイギリスの高等教育改革

具体的な作業をしたのは文科省ですが、法人化というとてつもない大改革の案が月一回の会議で一年間という短期間に出来上がるものでしょうか。だれが考えても難しいことだし、これまでの文部省・文科省にはなおさらできるはずがありません。

実は文科省が短期間に案つくりが出来たのはお手本があったからです。かれらが用意した案は、基本的にイギリスのサッチャー政権が1980年代の末に行った高等教育の大改革にならったものでした。二元構造であった高等教育の一元化にともなう高等教育への効率性や市場主義、評価制度の導入です。その結果イギリスの大学で起こったことは、多くのインタビューを現地で行った秦(はだ)由実子が詳しく紹介しています(【文献9】)。お手本をほとんどそのまま輸入していますが、新しいシステムを日本にすすめるイギリスの人はほんとんどいません(【文献9】)。また、ひとの真似をする場合、元よりいいものができることは少ないのです。動機が薄弱だとどうしても考えが浅くなってしまうのです。

もっとも時間があっても官僚に根本的に検討をする力があったかどうかは疑わしい。力がないのが当たり前です。日本の大学政策は一貫性がなく、これまでいきあたりばったりでした。

 

6)階級国家イギリスの高等教育─サッチャー改革

(1)イギリスの大学事情

わが国の大学事情や歴史はイギリスと全く違うのです。1.10.でもふれましたが、そのことを理解してもらうために【文献9】を参考にして両者の違いをおおまかにまとめておきましょう。まずイギリスです。

1:イギリスの社会成熟度(1.7. 参照)は高いにもかかわらず、階級社会の色彩が色濃く残っている。これは「文明の進歩を支える基本原則」に違反している。

2:大学院をもつ総合大学は、プライベート・セクター(private sector、私立)の20数校に限られていた。ここで社会的支配層が再生産される。潤沢な資金を使ってワールドクラスの研究が行われている。これでは日本のように國の産業の振興にはつながらない。

3:労働者階級の子弟は伝統的にパブリック・セクターのポリテクニクや継続教育カレッジに入る。ここでは職業訓練や職業に関連した事柄を教える。特にパートタイムコースや種々の準学位(sub-degree)コースを提供する。学位授与権はなく、大学は研究にも知の伝達にもコミットしていない。私営部門と相互補完的な役割分担を行っている。地方の教育当局が公的資金で運営した。

4:1991年に保守党のサッチャー政権は日本式の高等教育の大衆化が経済成長に必須であると考え、再編成による高等教育の均質化、一元化が行われ、すべてのパブリック・セクターの学校に大学の名称が与えられ国の管理下におかれた。新大学と旧大学をあわせると日本と同じ数、約100校になる。

5:一元化にともなう経費の増大を抑えるため、高等教育へ効率性、市場主義が導入される。公的資金の配分における評価制度が強化される。すなわち政府の財源がいかに有効に使用され、効率良く研究と教育の成果をあげているか、という点が公的資金の配分に反映される。公的資金援助先の selectivity がスローガンになっていった。公的資金の配分政策による政府の介入と強大な中央集権化ともいえる。

6:高等教育政策については議会に対して5年毎に政府が白書を出す。最初のものが1997年のDearing Report(Higher Education in the Learning Society)「学習社会に於ける高等教育」であり、第二のレポートは(The Future of Higher Education)と題して2003年1月に出されている。

(2)「上から下」の日本の大学行政

これに対し日本の大学の歴史を簡単にまとめると以下のようになります。

1:イギリスの旧大学に対応するのは元の7帝国大学である。その役割は富国強兵である。

2:敗戦にともなうアメリカ主導の教育改革で高等教育の大衆化、均質化が行われ新制大学ができた。現在の数99はイギリスと同じである。しかし、國の目標は強兵が無くなっただけで富国であることはそのまま残された。

3:新制大学は帝国大学のようにすべての分野をもつ総合大学ではない。また、かならずしも博士課程の大学院も持っていない。しかし、大学の運営(カリキュラム、教育や研究の経常経費の単価、大学人や大学職員の待遇)、大学院の新設などにおいて法律的に定められた旧帝国大学との区別はない。

4:予算が少ないながらも、すべての大学で教育と平行して研究を行う努力が大学人によって行われた。

5:駅弁大学と言われながらも、多くの国民に平等に同じ高等教育の機会を与えることを可能にしたことは「文明の進歩を支える基本原則」に一致していた。

6:新制大学が均質で質の高い卒業生を大量に、かつ安定的に産業界に提供したことが日本の経済発展を可能にし、今日の世界第2位の経済大国になることを可能にした。しかし、個々の大学人のことからスタートして彼らの天職を全うさせるという視点を欠いたためワールドクラスの研究に発展する芽は伸びなかった。

さて、2:と6:については日本がイギリスやアメリカと非常に違う面を強調しながらもう少し詳しく説明しましょう。1.7.で説明したように、人類は基本的に「科学者の創造的思考」をする能力があり、真理を探究する好奇心と情熱を持っています。だから「面白い」ことを研究することに熱中します。それが研究に天職を見い出したものの幸福であり新しい発見につながるのです(1.10.を参照)。

イギリスの旧大学やアイビーリーグが代表するアメリカの有力大学はこのことをよく理解しており、そのような研究に対して十分な資金を供給する仕組みをもっています。だからノーベル賞クラス、ワールドクラスの研究が自然に生まれ、世界中から研究者や院生を集められるのです。これは言わば「下から」の視点であり、政府の介入は全く重要ではありません。

日本では「官」専制の高等教育政策が国の産業の振興を第一の目標にかかげてきました。もちろん「政」も「産」も後押ししていました。戦後50年間にわたり高等教育政策提言は文部省・文科省や大蔵省・財務省が一手に握ってきたわけで強い中央集権でした。国富政策は戦前から受け継がれ今日まで続いてきました。これは「上から」の視点であり、研究者が「面白い」ことを研究する情熱は教育や産業の発展を妨げるものと見なされていたのです。

そのための方策として第一に、工学部のような産業テクノロジーに直結する学科を増やしてきました。たとえば京都大学の学生定員の3分の1は工学部の学生です。これによって公的資金の投入がテクノロジーに自動的に集中されました。教育資金だけでなく研究資金も学生数に比例して額が増える仕組みになっているからです。

第二の方策は、研究ユニットの構成が講座制という言葉に代表される階層構造になっていることです。講座の研究内容は予め政府が決定していました。これは、少ない予算で産業の要求に応える程度に優秀な学生を多数養成するにはもっとも効率的な方法だったのです。大学人が学生を動員してすこしでも研究成果を挙げようと必死に努力する、このことが学生の教育に非常に役立ちました。大学人にとって悲しいことに、せかっく寝食を共にして育てた学生や院生は卒業生すると全て産業界に吸い込まれてしまい、大学に残って研究に参加することは出来ませんでした。これによってわが国は世界第二位のGDPをあげる経済大国の地位を手に入れたのです。

このように、大学人や学生や院生の天職といえるわざ、天賦の研究能力を尊重して「面白い」ことを深く追求して研究を深めること、才能を伸ばすことは犠牲にされました。予算が少ない環境では、なんとか外国の研究レベルに追いつき維持し追い越したいと願うものは、研究ユニットの構成員として自発的に階層構造(講座制はそのひとつです)を受入れ、自分の面白いと思うことを諦めざるをえないことを理解してください。

大学人にとっては大変な自己犠牲を強いられてきたのです。日本の大学や大学院が外国の大学人や学生に評判が悪いのは、このことに原因があります。若い研究者を抑圧する教授の専制とか、模倣ばかりで創造力に欠けるとか、他を評価できない、などという非難は表面的な批判です。「政」「官」「産」が「文明の進歩を支える基本原則」を理解せず、「学」を押さえ付けてきたのです。このことに対する国民へのいいわけにすぎないことを是非理解してください。「学」が「産」に奉仕するシステムでは、数のうえでワールドクラスの研究が少なくノーベル賞受賞者も少なくるのは当然です。現状ではむしろ非常に頑張っているといっていいのです。

つまりワールドクラスの研究を生むシステムとGDPをのばすためのシステムとは対極にあるものなのです。

(3)イギリス病克服のための改革─高等教育大衆化と均質化を日本にならえ

イギリスはイギリス病を克服しGDPをのばすため日本にならって高等教育の大衆化と均質化を果たすべく1991年に大学の一元化を行った訳です。高等教育機関への進学率を35%から日本や韓国なみの45%へ、さらに今回の白書では10年に50%へもっていく目標を掲げています.ただし少ない国家予算で高等教育の普及を達成するために評価や効率化、集中投資をやかましくいっているのです。これでは日本を真似たことにはなりません。すべての大学で研究と教育を両立させる必要があります。

「面白い」研究(したがってノーベル賞はとれるが経済成長にはすぐに結びつかない研究です)は今まで通り旧大学が行う力が温存されており全く影響を受けません。潤沢な資金を持っているからです。厳しい評価の対象になるのは80いくつの新大学です。

結論としては、イギリスの教育改革が経済成長につながるかどうかは未知数ということになります。日本の大学人は自分の天分さえ犠牲にさせられてきたことは上にのべましたが、イギリス人にはとても我慢できないし真似もできないでしょうから。

イギリスが始めた公共的な高等教育の評価、質の保証(quality assurance)は急速にに広がり今や世界的な流行といってもいいでしょう。91年には"The International Network of Quality Assurance Agencies in Higher Education (INQAAHE)"が設立され、01年にインドで行われた第6回国際会議にはは46の国と地域の代表300人が参加しています。

 

7)日本の国立大学法人の将来に期待されるもの

日本は国立大学の法人化にあたってイギリスの評価制度を導入しようとしていますが、その目的はイギリスとは全くちがうことに注意してください。

日本は長い経済不況にさらされているだけではありません。いまや中国は言うに及ばず韓国、台湾、香港、シンガポールなどのいわゆるNIES諸国の経済成長はめざましく、多額の外資が投入され、安くて質の高い労働力が大量に近代産業に投入される時代になっています。上質で安価な輸入品は増え、わが国の企業もどんどん工場を移転しています。それだけではありません。「知」のグローバル化により、企業は優秀な外国人を日本の本社にも沢山採用するようになりました。

(1)「学」の活動は、「官」や「政」が力を発揮できる範囲を超えている

かって、今からそう遠くない時代にアメリカも日本から同じような脅威にさらされました。日本の産業は従来の分野では現在でもアメリカを圧倒しています。しかし、みごとに克服できることを示しました。それは1.7.1.10.で説明したように、ひとことで言えばアメリカの社会成熟度が高いからです。研究者個人が「面白い」と思って熱中する研究を援助してやらせておく仕組み(これは研究者にしかできません)があれば、いずれ新しい重要な発見につながり、最後には研究者の多様性が新しい産業までも爆発的に発展させることを証明したのです。これらのことは「官」や「政」の力が及ぶ範囲のことではありません。日本の「官」や「政」も「産」もそのことに気づき、その方向に向かって進まないと日本に未来はないことを知りました。そのためには大学人の天職である「知」への好奇心が不可欠であり、大学人を「官」の支配から開放せねばなりません。

法人化によって大学が独立し「知」のプールにならねば日本に未来はありません。ちなみに人口1000人当たりの大学院学生数は、米国の7.7人、英国の4.9人、フランスの3.5人に対して、日本は1.3人にすぎないのです。アメリカで実現しているように(1.10.を参照)「文明の進歩を支える基本原則」に則って個人の天賦の才能が幅広い分野で活用されないといけなにのです。目先の効果に目がくらんで自然科学だけに注目するのではなく、人文科学や社会科学の発展もおろそかにしてはいけないのです。

(2)公的評価制度の効力とその限界

また、公的な評価は、低いレベルにあるものを向上させることでは有効ですが、高いレベルのものをより高くする力は無いことを認識しておくことが大切です。イギリスでも旧大学が公的評価による統制の被害を受けることはなく大学の自主、自治が揺らぐこともありません。アメリカが公的評価制度の導入に積極的でない点もよく考える必要があります。かれらは、研究も教育も公的権力の介入を避け大学人が自主的にやろうとしています。

(3)日本には大衆化された高等教育を実施してきた50年の歴史がある

イギリスと違って日本は高等教育の大衆化を実施してきた50年の歴史があります。これはひとつの実験であり、われわれはその結果をわれわれ自身でよく吟味し根本的に検討することが重要です。良いところは残し、改めるべきところは優先順位をつけて改善のために導入する内容と方法を注意深く決めねばいけないのです。つまり戦後50年の高等教育政策の総括が必要なのです(この言葉は浅間山荘事件を連想させるので日本人は使いたがらないようです)。

 

8)国立大学法人の運営に関する本研究所の提言

しかし現実には何もされていません。文科省の官僚に期待できることではない。その力が無いことは明らかです。法人化後は高みの見物でしょう。大学サイドは当然予想される大混乱の中に現実に身をおかねばならないのです。大学法人を軌道にのせ大学人が研究と教育に納得して従事することができるようになるまでには長い年月にわたる苦労と試行錯誤を覚悟せねばなりません。おどかす訳ではありませんが、日本の将来が平成の高等教育改革の成功如何にかかっていることは明治の場合と少しも違いません。

(1)リーダーシップのあるべき姿─諸刃の剣

国立大学法人の運営について詳しいことは3.でのべますが、ここでは最も重要と考えられる点を指摘しておきましょう。現在の独法化案では、国立大学の運営組織およびその運営における国立大学と文科省との関係はつぎのようになっています。

1:役員会:学長、副学長および学外者の役員からなり、特定の重要事項の審議と議決をおこなう。

2:運営協議会:学長、副学長の一部および大学経営に関する学外の有識者(非常勤)からなり経営について審議し、学長が意志決定する。

3:評議会:学長、副学長の一部、研究科長、学部長、病院長、研究所長、その他必要な学内者からなり、研究・教育について審議し、学長が意志決定する。

4:教員採用人事や研究・教育予算の配分については学部の教授会の権限は制限され学長や学部長がより大きな役割をもつ。

5:2名の監事(うち少なくとも1名は学外者)が全ての業務を監査し、必要に応じて学長、文科大臣に意見を提出する。任命、解任は文科大臣が行う。

6:大学評価・学位授与機構:国立学校設置法に基づいて設置された国の機関で、専門的な見地から国立大学法人の教育研究に関する評価を行う。

7:国立大学評価委員会:文科省に設置され、国立大学法人の運営全体に関する評価を行う。

8:大学は国立大学評価委員会と協議して中期目標・中期計画を定め文科大臣の認可を得て実行する。

9:大学に交付される運営交付金の算定には国立大学評価委員会の評価が反映される。

このように国立大学の運営をリーダーたちのリーダーシップに期待するのは当然です。それには「知」のプールからのバックアップやリーダーの説明責任が不可欠なことは小泉純一郎が議長をつとめるいろいろな会議の場合と全く同じです。しかし、何度もくり返して説明してきたように、「官」への政策提言の丸なげ、「官」の専制の結果、国立大学で正しいリーダーシップを育てるインセンティブは育たなかった訳です。

しかし、それにもかかわらず日本の大学はこれまでも「知」のプールであり続けてきたのです。それを変なリーダーシップで壊されたくありません。今までの上から見る視点を改めてほしいのです。リーダーには1.7.でのべた「文明の進歩を支える基本原則」や「人間社会のパラドックス」、および「社会成熟度」を十分に理解し、下からスタートする視点を取ってもらわねばなりません。わたしが怖れるのは、新たにリーダーになるものが「文明の進歩を支える基本原則」を理解せず、流行にのって、競争的原理にもとづく資金配分、公的資金の重点配分、プロジェクト研究の推進、産学連携などに突っ走ることです。いまや政府の推進しているプロジェクト研究の予算を消化できない有り様です。最近の日本政府の研究助成についてはNature誌に興味ある批判があります(D.Cyranoski and K.Kandachi, Hints of age bias spur calls for grant reforms, Nature 421, 680, 2003)

(2)基本的に重要な大学の運営の思想

「知」の生産を天職とする人間の集まりである大学の運営で基本的に重要である考え方のいくつかを以下にまとめました。

1:ハーバード大学のシンボルであるジョン・ハーバードの像があるハーバード・ヤードは見事な芝生でおおわれています。大勢のひとが行き来していますが、かれらは必ず歩道を歩き芝生が荒らされることはありません。なぜでしょうか。それは、まず人に歩かせ、そこを歩道にしているからです。そのようにして出来た道は田舎の道と同じで見事なカーブを描いています。机の上で人が頭で設計した道はまっすぐで、道と道の交差は直角です。その道は人が歩くとは限りません。いくら注意してもすきなところを歩くので、いつまでたっても芝生はあれ放題です。どちらが正しいかは明らかです。

2:砂漠の中に高くて大きな木を育てようとしても無理です。背の低い潅木の林があれば、大木はその中に自然に生えてきます。大木を育てたければまず森を育てることに努力すべきです。

3:さる大学の高名な研究者をアメリカの大企業が招聘することになりました。そのときの条件は「好きな研究をしてください。企業としては10年後から利益が出れば結構です。」

4:イギリスの見事な芝生を見て感心した旅行者がききました。どうしたらこんなに立派な芝生ができるのかと。答えはこうでした。「簡単なことです。毎日水をやり芝を刈って100年経てばこうなります。」

5:「知」の生産には多様性がなによりも大切です。学長のリーダーシップに多様性を生む力はありません。「人間社会のパラドックス」があるからです。多様性は生まれてくるのを待つしかありません。学長にできることは多様性の芽を摘まないことだけです。

6:「明確な計画に基づき要求される」予算配分、プロジェクト研究が有効で、「自動的に一律配分される」予算、各自の勝手にまかせる研究は無駄である、と機械的に考えるのは素人のあやまりです。後者は、日本のこれまでの高等教育政策である"Doing Nothing-Policy" つまり無策の結果ですが、上で強調したように、これが日本を経済大国にしたのです。大方が予想もしなかったことです。イギリスの政策は、いわば "Doing Everything-Policy" です。アメリカの研究者がどれだけ日本のやりかたを羨ましがっているか、考えたことがありますか。

7:各大学へ一律の基準で配分してきた積算校費については当分の間従来の方針にしたがって大学へ配分することをお勧めします。ただし、学内での使用は大学の自由とし、支出を十分に監視し、研究活動が活発でない人には配分しない、予算消化のための支出は禁止する、余った予算は返上させる、単年度予算をやめる、など一切の無駄を省く。競争的資金についたは、テーマを決めない一般の研究助成金の総額を増やし申請の審査にも十分の余裕を持たせる。猫も杓子もプロジェクト研究、のやり方を改め、無駄に使われないよう助成金の種類や額を調節する。

(3)国立大学の法人化に対する俗論を排し正論を進もう

国立大学の法人化に対しては正論と俗論があります。正論とは、法人化が日本の大学を大学としてあるべき姿に少しでも近付けられる、とする姿勢です。目標はアメリカです。

先進国のなかで日本の大学ほど評価の低いものはありません。外国から日本の大学院に留学を希望する学生は、その逆の場合にくらべるとゼロといっていいでしょう。「官」や「政」は大学に全面的な責任があるように宣伝していますがそうではありません。大学からの発想が完全に抑えられており、大学に自治がないことに原因があるのです。たとえば学部や大学院の新設の協議を学長や学部長が文科省の若い係長相手にやらされるのです。

大学は「官」の支配する文科省の出先機関ではない、単年度予算は高等教育・研究には不適当である、といって主張をして大学を「官」の鎖から解き放つ法人化を最初に提案したのは三木内閣の文部大臣(1974年〜76年)であった永井道雄でした。かれは京大哲学科を卒業し、オハイオ州立大学でPh.D.の学位をとったのち、京大教育学部の助教授、東京工大教授を歴任しています。しかし、国民的基盤にたった大学改革を唱えて教壇を去ったのでした。その改革は長い間日の目をみませんでした。今やっと実現しようとしているのです。そして、それは全てにグローバル化が進んでいる今こそ最も必要なことなのです。

俗論とはこうです。経済財政諮問会議や経産省が、長期の不況下にある日本の経済を活性化させる道具として、国立大学を利用しようとしている。これが今回の法人化の真の目的であり、厳しい公的評価制度を課せられる。大学の自治どころか大学の国による管理が非常に厳しくなる。

大学の中にはこのような俗論をうのみにし、大学に未来はないから法人化後の大学を考えても仕方がない、という人がいます。千葉大学教授の南塚信吾が日経に寄せている意見(4/12/03日経)はその典型でしょう。誇張して危機感をあおり反対するだけで具体的な代案がない。このような態度は、文科省の支配下にあった大学人の従来型の反応で新味はありません。望ましい大学政策を社会にたいして訴える力はこれまでも持っていませんでした。日本の大学人の大きな欠点でしょう。たとえば、評価制度のあるべき姿にしても、きまったプロトタイプがある訳ではありません。評価する側とされる側が協力して育てていく性質のものです。現に評価の元祖であるイギリスではくり返し手直しをしているのです。大学が自主的に運営する権利を社会から与えられるためには、社会にたいする義務を手放してはならないのです。

 

9)「知的社会研究所」は必要な政策提言をする正しい動機と手段を持っている

この研究所は、法人化を果たした日本の大学が、本来あるべき「知」のプールとしての姿を一日も早く実現できるよう、積極的に政策提言をしていきたいと切望しています。そのことは3.独立行政法人となる国立大学への提言、の中でもっと詳細に取り扱います。

私は、1.10.で現在の日本の政治・経済・社会の諸問題を科学者の創造的思考(1.6.参照)によって総合的に考察し、独立シンクタンクの創設が問題解決の最も基本的な要件であるという結論を出しました。その根拠は、1.7.1.10.で詳しく説明しました。

そして、Institute for Studies on the Intellect-based Society (ISIS)、知的社会研究所(知的研)をネットで立ち上げることを決意するに至った動機を上で説明してきました。

これも1.7.1.10.で説明しましたが、人間の試みが成功するのは、1)「正しい動機」に基づくことが前提であり、2)「正しい動機」とは、「個人の個性」に根ざすものであり、3)その試みは個人に感動と生き甲斐を与え、4)したがって個人の才能が最高に発揮される、5)その仕事はその人にとって天命である、からだと結論しました。

私がこの条件を満足していることは4.私の広島大学最終講義、および5.自己紹介、で説明します。ここにはとりあえず簡単な略歴を書いておきます。

昭和10年(1935)大阪市に生まれる

昭和16年(1941)小学校が戦時体制の国民学校に替わった年に1年生

同年12月、日本の真珠湾攻撃で大平洋戦争が勃発

昭和18年(1943)自分のことは他人の力に頼らないで自分でやることを誓う

昭和20年(1945)国民学校5年生

公園の固いグランドを耕してさつまいもを栽培

大阪府豊中市で米軍の爆撃にあう、校舎半壊

防空壕からB29を眺め自分は何故この国に生まれたかと自問

同年8月、終戦、無条件降伏

米空軍の占領している伊丹空港へ草刈りに

昭和22年(1947)新制中学スタート、1期生として1年生

国民学校は小学校にもどる。

つねに社会の出来ごとに関心をもち、たとえ周りの人が全て反対しても自分の意見を表明せよと教えられる

昭和23年(1948)キリスト教プロテスタント教会の日曜学校に通う。

以後は聖書が人生の指針となる

昭和24年(1949)自前の中学校の建物が完成全校生徒が初めて一緒になる

昭和25年(1950)新制高校1年生(新制高校5期生)

同年6月、朝鮮戦争勃発、朝鮮戦争特需景気

昭和28年(1953)京都大学工学部、工業化学科1回生(新制大学5期生)

他と競争することは自分の視野を狭めることであることを知る

同年7月、朝鮮戦争休戦協定

昭和32年(1957)京都大学大学院(工学研究科、工業化学専攻)進学

大学のシステムを考えることに自分の研究と同じ重要性をおく

昭和35年(1960)ベトナム戦争本格化

昭和37年(1962)京都大学大学院、工学研究科博士課程単位習得退学

日本学術振興会奨励研究生

京都大学化学研究所助手(高分子構造部門)

高分子溶液の光散乱測定技術を日本で初めて確立し技術講習会を大阪で開く

昭和39年(1964)京都大学工学博士(Conformation of Synthetic Macromolecules in Dilute Solution)

日本の大学の研究ユニットのもつ根本的な欠陥について考える

(1964〜1966)米国ハ−バ−ド大学化学部研究員(Prof Paul Doty、DNA二重ラセン構造の動的性質)

フルブライト日米教育委員会より研究者旅費の援助を受ける

日米の社会成熟度の落差の大きさを痛感する

米国政府の戦争に対する世論操作を目の当たりにする

昭和42年(1967)京都大学講師(工学部工業化学科工業物理化学講座)

昭和44年(1969)ベトナム戦争は事実上敗北、米軍は撤退開始

大学紛争で東大が入試を中止

昭和45年(1970)米国ゴ−ドン研究会議,高分子分科会に参加

招待講演(高分子溶液の小角光散乱)

昭和47年(1972)京都大学助教授(工学部工業化学科工業物理化学講座)

統計力学入門,およびび反応速度論の講義を担当

昭和52年(1977)広島大学の5領域構想に共鳴

大学院整備計画の核とし新設された総合科学部教授の公募に応募、採用される

文系の大学人との交流、教養教育の担当で経歴の幅が広がる

生体分子構造論及び一般化学の講義を担当

研究ユニットとして研究グループ制を試みる

昭和53年(1978)新設の広島大学大学院環境科学研究科教授

(学年進行による)生体高分子構造論の講義を担当

昭和56年(1981)U.S.-Japan Seminar

On Self-Organization of Protein Molecules (米国コ−ネル大学)に参加、招待講演(タンパク質の構造形成の速度過程)

昭和57年(1982)U.S.-Japan Seminar

On Self-Organization of Protein Molecules (京都)に参加、講演(タンパク質の構造形成の速度過程)

昭和58年(1983)日本の大学改革を底辺からすすめる試みは無意味であると結論

ガン細胞の分子生物学の集中的研究を開始

工学部の東広島市移転で放棄されたプレハブをもらい公的資金で細胞培養室を整備

昭和60年(1985)新設の広島大学大学院生物圏科学研究科教授(学年進行)

平成2年(1990)広島大学で指導した院生が初めて博士号を得る

(1995〜1998)米国ソ−ク研究所と国際学術共同研究

(文部省科学研究費)(増幅したガン遺伝子の細胞外排出による癌細胞の正常化)

平成 5年(1993)総合科学部の東広島市移転により初めて自前の建物を持つ

平成10年(1998)停年退職

平成13年(2001)論文執筆活動からISIS立ち上げの仕事に重点を移す

平成15年(2003)研究ユニットとして研究グループ制の問題点に気づく

最後に、私はこの目的を達成する正しい手段を持っていること、従ってこの試みは必ず成功することを下で説明しておきたいと思います。寄付して頂いたお金は決して無駄にならないことを納得してください。

1:私は大学を平成10年に退職している:大学人の停年退職制は大変な差別であり社会の大きな損失である。ところが、年金で生活し、他の仕事にわずらわされずにボランティヤー活動に専念することを可能にする;この研究所の仕事は、金もうけのためではなく、集中することと十分な時間がないとできない;私ひとりなら生涯続けることができる。

2:インターネットのおかげで、デジタル媒体に記録した文書や情報を安価に、好きなときに素早く、公開し広範囲に配付することができる。したがって、基本的な活動に資金は必要ではない。

3:ホームページは印刷物に無い利点が沢山ある:スペースを気にする必要がない(引用、繰り返しの強調、改訂などが自由にできる);議論の進化の過程を公表できる;皆さんと対話し討議できる。

4:私は大学から7kmのところに住んでおり必要な情報を十分に入手できる:広島大学の図書館やメディヤセンターを利用できる(非常に充実しており職員も優秀である);総合科学部をはじめ自然科学、人文科学、社会科学など広島大学の広い分野の大学人と意見の交換をすることができる:大学事務職員とも意見の交換をすることができる。

5:寄付していただいた資金を利用し、資金量に応じて必要な人材を雇うなどして活動範囲を増やしていくことができる。

上記の1:に関連して、このような政策形成を目的とする研究所で働くものにとって非常に大切なことをお知らせしておきましょう。それは、生計をたてるといった金もうけの手段として雇用されて働く場合には、雇用という手段が目的化し、発想の自由が妨げられる危険が常につきまとうということです。たとえば、バランスを欠いて一面だけを誇張する、あるいは重要なことに触れないで目をつぶる、といったことをついやってしまう。とくに「政」、「官」、「学」、ジャーナリズムに身をおくものはこのことを常に自戒する必要があるでしょう。私は退職して年金生活をはじめてから初めてこのことに気づきました。政策形成のためのシンクタンクにとって独立していることが如何に大切であるか、ボランティヤー活動が政策形成にとって如何に大切であるか、ということです。

1.を閉じるにあたって、知的社会の構築において最も重要となる倫理観についてもう一度具体的にふれておきたいと思います。それは1.6.で「科学者の創造的思考」に関連して述べたことですが、「知」に対して最大の敬意を払う社会を確立することです。「知」の成果を生んだ人に対して最大の敬意を払うことです。「知」は天の与え給う神聖な恵みだからです。相手の年令、性別、社会的地位、宗教などと一切関係なくフェアーに評価しなければなりません。

自然科学者はとりわけ厳密にこの倫理観をもつよう訓練されています。なぜなら、自然科学の研究の発展とは、古い知識を新しいものが否定し塗り替えていくことなので、他人の業績を熟知して文献として厳密に引用することが重要なのです。

この倫理観がなければ知的社会は実現しません。手始めに、このホームページの内容を使われる場合はアドレス(URL)を出典として明記するようにしてください。

 

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