外科医が診るてんかん
2015年10月 7日
私が研修医時代の話です。ある手術後の方が異常な痛みに苦しんでいました。手術は成功、手術後の検査もすべて問題ありませんでした。それでも念には念を入れ検査を繰り返しても異常がないのです。
痛みには、①神経そのものが痛むタイプ②神経に入るセンサーが痛みを感じているタイプ、そして③自分の心が痛みを増幅させている「心因性」の3タイプに分かれます。手術をしておりますので実際に①と②はあると思いました。ただ、これらに効くお薬はすでにたくさん使っていたのに痛みは続いていましたので、③のご自身の心からくる痛み、と判断しました。
このまま①②に効く薬をたくさん用いても腎臓・肝臓を傷めてしまいます。すでに血液検査では副作用による異常が出始めています。そこで私は、乳糖という糖分のお薬を持ってその方の所に行きました。
「このお薬はとても痛みに効くお薬です。これで痛みから解放されると思います。しかし特効薬のため、あまりたくさんは差し上げらないことをご理解ください」。そう申し上げ飲んでいただきました。すると先ほどの七転八倒がうそのように治まり、この方はすやすやとお休みになりました。
これはすでに20世紀の話ですので、そのことを念頭に置いていただきたいのですが、「このやり方には問題がある」と考える方もいれば、「私ならそうして欲しい」というご意見まであるかと思います。
患者さんをだまし討ちにした悪い医療である。きちんと説明してうつ症状などが合併しているのであれば抗うつ薬などを用いて対応すべきであろう。いやいや、すでに腎臓・肝臓には異常が出始めていて、新たに違う薬を用いるのはリスクが高い、プラセボ効果を利用したうまい解決法、良い医療である。それともどちらともいえないグレーな医療とも解釈できるかと思います。
医療現場においては、このようにすべてルールに従ってはできないことが多くあります。例えば、「レントゲンで影」だとか「できもの」という言い方で医者は説明しますが、がんや悪性の腫瘍であることは医者自身の心の中ではわかっていても患者さんやそのご家族の心の動きを考えながら説明をするためにこのような表現=うそも方便=が必要になるのです。杓子(しゃくし)定規のルールにはすべて乗せられないのです。
しかしお薬の説明書(添付文書)はどうでしょう。完全なルールブックです。これを杓子定規に解釈するとほぼ使用は不可能になります。子供や妊婦さんに出せる薬なんてこの世には存在しなくなります。そこを医師の裁量で使用しているのです。
杓子定規の副産物にドラッグラグがあります。多くのガイドラインには「妊娠の可能性があれば抗てんかん薬は1種類(単剤)にしなさい」と書いてあります。しかし一部の抗てんかん薬は「併用」として2種類以上使わないと使用してはいけないものがあるのです。すでに世界的には単剤で使用許可されているものが日本では併用しなくてはならないのです。もちろん副作用も二倍、という訳です。
日本でのデータがないので改めて日本でデータを取り安全性を確認してからなら使用を許可しましょう、というスタンスがあるのです。これにより使いたい薬が使えない状況ができる時間をドラッグラグ、と言います。
日本には十数年間も新しい抗てんかん薬が導入されませんでした。迷走神経刺激療法も同様です。今ある新しいとされている抗てんかん薬は、世界レベルではもう10年以上前から使用されているのです。このドラッグラグがどれだけの人の人生にネガティブな影響を与えたか、と思うと残念でなりません。
様々な考え方や事情もあるのでしょうが、多くの人が救われるはずの医療が市場に出てこない、出てもきびしい条件が付いて使えない、という状況は不幸なことだと思います。杓子定規な考えにこだわりすぎるあまり、患者さんを主体とした発想が薄いままになっているのが日本の医療をとりまく現状だと思います。
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