ろーかる 北海道SP「“農業女子・はらぺ娘”の舞台“知られざる富良野”物語」 2015.10.07


「したら行ってくるね」。
「もしもし由佳?どした?」。
今年12月BSプレミアムで放送予定の北海道発地域ドラマ「農業女子はらぺ娘」。
そのドラマの撮影がこの夏上富良野町を中心に行われました。
主役を演じるのは女優の前田亜季さんです。
「お隣さんは黙っててや」。
はいカット!ドラマには他にも北海道出身の芹那さんやバービーさんが登場。
農家の娘に生まれ一人前の跡取りを目指す「農業女子」たちのハングリーな奮闘ぶりを描きます。
ところでドラマ「農業女子はらぺ娘」の撮影が行われた富良野といえば言わずと知れた日本有数の観光地なんですが…。
実はふだんの観光では決して知る事のできない意外な素顔がた〜くさんある場所なんです。
今回ご紹介する富良野地区とはドラマのロケ地上富良野町の他にも中富良野や富良野市など4つの市と町にまたがります。
なんとその町なかでは朝も早くからなぜか若者たちがぞ〜ろぞろ。
イェーイ。
全国から集まった若者は実に120人!一体何が始まるんでしょうか!?ここ富良野地区で最も広い面積を占める富良野市。
実はその富良野市の1/3の土地がとある大地主の持ち物だっていう事ご存じでしょうか?謎の大地主による一大プロジェクトとは!今回はその敷地に潜入です!更に富良野には45年の歴史を持つ奇妙な夜会がありました。
その名も「夜味なべの会」。
何だか怪しい名前です。
そこで繰り広げられていたのはと〜んでもない流儀の宴会。
あの名作ドラマの生みの親もこの宴会に参加していました。
他にも今年7月に亡くなった「ラベンダーの父」と呼ばれた人物の波乱万丈の人生。
そして富良野特産のおいしい野菜とその裏側に隠されたドラマも登場します。
北海道の中でも独自の文化を築いてきた富良野。
その知られざるストーリー。
いよいよスタートです!今も活動を続ける十勝岳連峰。
まずは山が見下ろす富良野の丘を彩る花の話題からまいりましょう。
ご覧下さい。
まるで紫のじゅうたん。
鮮やかに咲くラベンダーは6月下旬から8月上旬が見頃です。
こうした観光農園は富良野全体で15か所以上。
毎年大にぎわいです。
(聞き手)随分お好きなんですね。
はい好きなんです。
でも皆さんこのすばらしい風景がかつて絶滅の危機に直面していた事ご存じでしょうか。
その危機を救った立て役者が富良野のラベンダーの父と呼ばれた富田忠雄さんです。
今年7月83歳で亡くなりました。
富田さんが初めてラベンダーに出会ったのは21歳の時。
この瞬間から生涯ラベンダーを育てていこうと決めたといいます。
そもそも富良野のラベンダーは香水や化粧品の原料となるオイルを取るために栽培されていました。
摘み取った花に高温の蒸気を通して蒸留すると香り豊かなラベンダーオイルが出来上がります。
このオイル用にラベンダーを出荷する事で農家は生計を立てていたのです。
栽培のきっかけは終戦直後東京・日本橋の香料会社がラベンダーオイル作りに乗り出した事でした。
「人々の暮らしが豊かになれば香料を求めるようになる」。
会社はラベンダーの生産地を探しました。
それを知った富良野の農家が手を挙げて香料会社との契約栽培が始まります。
やがてラベンダーを作る農家は250戸に上りました。
ところが富田さんがラベンダーを育て始めて15年後悲劇が起こります。
東京の香料会社が突然買い取りを打ち切ったのです。
昭和48年の事でした。
このころ値段の安い外国産オイルの輸入が解禁されしかも人工香料の技術が発達した事が原因です。
出荷先を失った農家はラベンダー栽培から次々と撤退。
畑を他の作物へと変えていきました。
そのころ富田さんもやむなく畑を潰す決意をします。
結局富田さんは畑を潰せませんでした。
そしてその後も一円にもならないラベンダーを育て続けました。
富田さんの長男均さんはその当時の事を今でも鮮明に覚えています。
僕にとっては大きな言葉でしたね。
ああそう見られてるんだと。
そんな富田さんに大きな転機が訪れました。
買い取りの中止から3年後国鉄の観光カレンダーに富良野のラベンダー畑が掲載されたのです。
当時一般にはほとんど知られていなかったラベンダーを一目見ようと富田さんの畑に人が押し寄せます。
ラベンダーは旅行雑誌やテレビでも紹介され富良野の観光の花としてよみがえりました。
2003年にはこのお二方も富田さんの畑を訪れました。
天皇皇后両陛下。
富田さん自身が案内役を務めました。
こういう認められる…人生を懸けてラベンダーを守り通した富田忠雄さん。
今年7月4日波乱の生涯に幕を下ろしました。
今ラベンダーは富良野のあちらこちらで育てられています。
富良野を訪れる観光客に美しい花を楽しんでもらおうと市民たちも協力し町を挙げて応援しています。
一般のお宅ではラベンダーを使ったこんなお仕事も行われています。
乾燥させた花のつぼみを袋に詰めて作るサシェ。
ラベンダーの香りを閉じ込めたお土産物です。
(聞き手)いい香りですね。
(池田)そうですね…。
一度は大きな危機に直面したラベンダー。
今や富良野中の人々に愛される美しい花です。
お次は富良野特産の味覚に関する話題。
何やら人だかりができていますね。
ここは富良野市内にある野菜の市場です。
夏の時期の週末は大にぎわい。
なんでも富良野地区は一日の寒暖差が大きいため野菜の味も格別なんだとか。
こういういろんな…今富良野は北海道の中でも特に数多くの野菜が取れる場所として大きな注目を集めています。
最近では地元でも子供向けに食育イベントを開くなど野菜の町としてのPRに力を入れています。
(女性)黄色で緑色のしましま。
変わったトマトがあります。
ご覧下さい。
ミニトマトだけでも随分いろんな種類があるんですね。
(聞き手)真っ赤だね。
取れた。
(聞き手)食べてみてちょっと。
(聞き手)どう?おいしい。
(聞き手)よかったね。
実は富良野にはこうした野菜にまつわるちょっと変わった光景があるんです。
朝7時。
住宅街の一画を訪ねてみると…。
何やらぞろぞろと集まる若者たちの一団を発見!
(聞き手)おはようございま〜す。
イェーイ。
彼らは日本各地から集まった農業ヘルパー。
農協が用意した寮に泊まり込み農作業を手伝うアルバイトです。
寮で作ったお弁当を持ってこれから一日それぞれ担当が決められた畑で働きます。
集まったヘルパーは実に120人。
19年前から毎年募集されているんだそうです。
日本有数の観光地富良野では夏の農作業も大人気で全国から人が集まるというわけなんですね。
大阪から来たこちらの女性はミニトマト農家のヘルパーを続けてもう10年です。
収穫の手際は今や本職の農家にも引けを取らないんだとか。
富良野産のミニトマトは主に道内の食料品店に並びます。
ヘルパーの協力も得ておいしい野菜が作られる富良野。
なんて幸せなんでしょ!しか〜し皆さんそもそもこの野菜の楽園富良野の裏側には先人たちの苦闘の歴史があった事ご存じでしょうか?用意スタート!その秘密を探るため訪ねたのがこの日ドラマ「農業女子はらぺ娘」のロケが行われた上富良野町にあるとある施設。
農業に関する博物館「土の館」です。
数々の農機具が並べられる中上富良野の開拓の苦労を物語る特別な展示がありました。
高さ4メートル以上もある巨大な土の標本です。
上富良野町に広がる畑の下の土の層を切り出したものです。
実は上富良野町の中心部では畑のすぐ下に十勝岳から流れてきた泥流の層が分厚く積もっているのです。
大正15年十勝岳の噴火で発生した泥流が町を襲い144人が犠牲となりました。
その泥流には火山の硫黄分が含まれていたため畑は汚染。
復興は不可能だと思われました。
しかし上富良野の人々は必死に他の場所から土を運んでは泥流の上にかぶせついに畑をよみがえらせたのです。
実はこうした先人たちの苦労は上富良野町以外の地区でもありました。
こちらは富良野市に広がる田園地帯。
お邪魔したのは開拓農家の2代目伊藤賢次さん美知子さん夫妻の畑です。
今でこそ豊かな恵みをもたらしてくれる畑ですがここまで来るには途方もない苦難の歴史があったといいます。
伊藤さんの畑の土を掘り起こしてみましょう。
(聞き手)伊藤さんそれ何ですか?埋め込まれていたのは穴のあいたパイプです。
この穴を通して畑の土の中に含まれる余分な水分を抜くのです。
これがずうっと来てずうっと行って…実は富良野市に広がる畑の多くはこのように常に水を抜かなければなりません。
一体どういう事なんでしょう。
その謎を解き明かすため開拓当時の姿を今もとどめる森を訪ねます。
茂みの奥の地面にご注目。
足元の土に踏んだそばから水が染み出てきます。
富良野地区の土地はもともとはこのような湿地だったんです。
この湿地の正体とは…。
植物の繊維質が腐りきらずに残る泥炭です。
これがスポンジのように水を閉じ込めていたんですね。
伊藤さんは代々家族一丸となって水浸しの泥炭と闘い続けてきました。
地面に置かれているのはプラスチック製の暗きょが登場する以前に畑の中に埋めていた素焼きのパイプです。
素焼きのパイプは壊れやすいためその度に一家総出で埋めかえ作業を行ってきました。
この残骸こそ開拓の歴史そのものです。
厳しい条件をモノともせず農家が苦労を重ねてきたからこそ私たちを楽しませてくれる野菜の楽園。
本当に感謝です!さてお次は富良野のもう一つの名物のお話へとまいりましょう。
ここは観光客に人気のスポット。
あの有名なテレビドラマのロケ地です。
そういうアレをここでちゃんとアレしたし。
富良野を舞台に作られたドラマ「北の国から」。
電気も水道も無い富良野の家に引っ越してきた親子が自然と共に暮らす姿を描きました。
このドラマの生みの親といえばご存じ脚本家の倉本聰さんです。
「北の国から」を書く前昭和52年に東京から富良野に移り住みました。
もうここら辺も荒れ果てた森でしてここはもともと森だったですね。
当時モノがあふれますます便利になっていく日本社会に強い違和感を覚えたという倉本さん。
ここ富良野でとんでもない人々と出会います!その人たちとの交流は今も続いています。
(拍手)この日は仲間たちが倉本さんの80歳のお祝いに集まりました。
あ〜紫か。
いいね。
似合う似合う。
(拍手)祝いの席でひときわ存在感を放つのがこの大きな鍋。
この集まりは「夜味なべの会」と名付けられていて45年前から続くグループなんです。
うわ〜よく泡が立ってるわ。
ここでとんでもないモノが登場。
乾杯のビールはしびんで注ぐのが「夜味なべの会」のルールなんだとか!
(一同)乾杯!倉本さんが出会い衝撃を受けたこの「夜味なべの会」。
一体どんな集まりなのでしょうか。
日本が右肩上がりの成長を続けていた昭和の時代。
夜味なべの会の青年たちは周りに流されない富良野ならではの発展を探ろうと集まりました。
彼らのモットーは「常識外れ」。
ビールをしびんで注ぐというルールも自由な発想を忘れないという気概の表れです。
若き日の彼らの貴重な映像が残っていました。
「常識外れ」のどんな発言が飛び出していたのでしょうか。
倉本さんはここ富良野で夜味なべの会と出会い刺激を受け続けました。
倉本さんの記憶に残る出来事があります。
ある日夜味なべの会のメンバーに魚の燻製を作るための穴のあいた大きな丸太を届けてほしいと頼みました。
ところが丸太を運んできたものの家に続く林道が狭いためクレーンも入れず立ち往生してしまいます。
そこで夜味なべの会のメンバーがとった方法。
重さ数百キロある丸太をてこの原理でほんの数センチずつ動かしていきます。
クレーンが無いなら時間をかけて地道に運べばいい。
便利さに慣れた倉本さんにはなかった発想でした。
こちらが当時丸太を運んだ夜味なべの会のメンバー仲世古善雄さんです。
富良野の人々の暮らしに息づく自然のリズム。
倉本さんはそれをドラマ「北の国から」で描く事になりました。
(拍手)僕もそういう事になりました。
(笑い)
(倉本)何が。
(一同)ばんざ〜い。
脚本家倉本聰さんをひきつけた富良野夜味なべの会。
今では共にふるさとを愛する仲間です。
これからあと旭川経由で稚内行ってあとは小樽とか行って。
(外山)はいはいおつかれさまでした。
(一同)おつかれさまでした。
(一同)乾杯。
ハァ〜。
(笑い声)
(外山)だからラベンダーが咲く時とかは朝行かないと大変な目に遭うので…。
朝5時。
満開になったらもう5時に行かないと駐車場に入れないんだ。
最後は富良野の豊かな森にまつわるお話です。
富良野市の総面積の1/32万ヘクタールもの広大な森を所有するとある大地主がいるんですがご存じでしょうか?あの東京大学です。
一体なぜ富良野に東大の土地があるのか。
早速敷地内に入ってみましょう。
実はここは東大農学部が研究を行う演習林です。
世界的にも高い評価を受ける森の管理が行われています。
職員が選んでいるのはこれから伐採する木。
トドマツ62元傷D枝。
一部の木をあえて切る事で周辺の木への養分の流れや光の当たり方を変え全体としての成長を促しているんです。
そもそも富良野と縁もゆかりもない東京大学が国からこの森の管理を託されたのは明治32年の事。
当時は研究だけでなく切り出した木材を売って収入を得る事が目的でした。
背景には設立されたばかりの農学部の財政を安定させるという大学の事情があったといいます。
富良野には木を切り出すため各地から人が集められました。
雪が積もって丸太が運びやすい冬の3か月間人々は山に入りました。
開拓農家の3代目前田日出男さんの家もそうした働き手の一つです。
前田家は大正12年富山出身の祖父が家族を連れて富良野へ入りました。
祖父も父親もまず就いたのが東大演習林での造材の仕事です。
それこそあの〜…山では人々は飯場の共同生活を送りました。
こちらは父親が飯場の炊事役をしていたという…この東大演習林の伐採。
実はもう一つの国家的プロジェクトでもありました。
富良野の山間部の開拓です。
東大は木を切り出したあとの土地を冬の山で働く人々に安い小作料で貸し出したのです。
冬は山で木を切り夏は借りた土地を耕す。
各地から流れてきた人々が入植するうえで願ってもない話でした。
…と思って私は理解しております。
もともと東大が持っていた土地の一部は戦後僅かな金額で払い下げられ今に至っています。
父が飯場の炊事役だった布施さんももともとは東大の演習林だった場所で昔ながらの森の生活を楽しんでいます。

(たたく音)ハハッ。
どうですか皆さん。
日本有数の観光地富良野の意外な姿。
今私たちが目にする美しい風景の裏側には先人たちが長年かけて築き上げた苦闘の歴史がありました。
そんな富良野と北海道各地を舞台に現在制作真っ最中の北海道発地域ドラマ「農業女子はらぺ娘」はBSプレミアムで12月に放送予定。
北の大地に生きる人々の姿是非ご覧下さい!2015/10/07(水) 15:15〜16:00
NHK総合1・神戸
ろーかる 北海道SP「“農業女子・はらぺ娘”の舞台“知られざる富良野”物語」[字]

日本有数の観光地「富良野」の“知られざる素顔”に迫る!“ラベンダーの父”の波乱の人生とは!?「北の国から」倉本聰さんのエピソードも!絶品・富良野産野菜も登場!

詳細情報
番組内容
富良野名物といえば、ラベンダー。そのラベンダーが、かつて絶滅の危機に直面していたこと、知っていますか?富良野には45年の歴史を持つ奇妙な「夜会」があること、知っていますか?そして、富良野市の総面積の3分の1の土地を所有する“謎の大地主”とは!?普段の観光では決して見ることのできない「知られざる物語」ばかり。今年12月にBSプレミアムで放送予定の北海道発・地域ドラマの富良野ロケ情報も満載!
出演者
【語り】岩尾亮

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
情報/ワイドショー – グルメ・料理
情報/ワイドショー – 番組紹介・お知らせ

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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