あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「福島県富岡町 菅野利行さん」 2015.10.07


(テーマ音楽)福島県富岡町。
福島第一原発から10キロに位置し町内に第二原発が建つ原発立地自治体です。
原発事故で全町民が避難しました。
富岡町の職員で災害対策本部の中心的役割を担った…原発事故の情報が入らず対応に苦慮しました。
あの日菅野さんは津波避難者の対応に追われていました。
その時原発の事はほとんど意識していませんでした。
富岡町には原発立地自治体として綿密な防災計画がありました。
原発事故が起きた際には国が設置する応急対策の拠点通称オフサイトセンターから連絡を受けその指示に従って対応する事になっています。
しかし大熊町にあったオフサイトセンターは停電と発電機の故障で通信設備が使えず外部への連絡ができなくなっていました。
富岡町では原発事故を想定した防災訓練を毎年行ってきました。
訓練は原発から2キロ圏内の住民が町内の体育館に避難をして事故の収束とともに帰宅するという内容でした。
夜になり災害対策本部に発電機が設置されます。
ようやくついたテレビから原発の状況が入ります。
そして翌朝福島第一原発の状況悪化により避難指示は10キロ圏内に拡大。
富岡町のほぼ半分が避難対象となります。
富岡町は全町民の避難を決定します。
しかし問題が発生します。
町には1万6,000人を避難させる移動手段がなかったのです。
防災計画にはバスが足りない時は県に要請する事が記されています。
しかし県とは連絡がつきません。
町役場は防災無線でバスの提供を呼びかけます。
防災無線を聞いた地元のバス会社などが車両の提供を申し出てくれました。
そして避難開始からおよそ6時間後町から人影がなくなります。
福島第一原発1号機が水素爆発する1時間前でした。
2015/10/07(水) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「福島県富岡町 菅野利行さん」[字]

東日本大震災に遭遇した人々の証言。福島県富岡町の災害対策本部で中心的な役割を担っていた菅野利行さんは、原発事故の情報が入らない中、住民避難の対応に苦慮した。

詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。福島県富岡町の災害対策本部で中心的な役割を担っていた菅野利行さんは、原発事故の情報が入らない中、住民避難の対応に苦慮した。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

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