想像を絶する幸せ(体験談)
2015年 10月 08日
☆10年前の不幸がウソのよう.
旧ブログに掲載した母の70歳の誕生日プレゼントの写真を添付します。
ダイヤのように輝くスワロフスキー念珠の写真です。箱に収まった状態で撮影しました。全体がカットガラスでできた念珠で、キラキラ輝いています。母は誓願勤行会に持参していました」
このたび、母が誓願勤行会に参加しました。
広宣流布大誓堂(こうせんるふだいせいどう)で、親子二人が並び、広宣流布の祈りを捧げました。
その記事は、→ここをクリック!
私たちは、世界一幸せな親子になりました。^^
10年前の冬、私は母からの電話に凍りつきました。
「広幸、わたしは乳癌になった。手術をする」
「心配せんでもええんよ。必ず治すから」
携帯電話の母の声を聞き、私は道端にヘナヘナとしゃがみました。
ショックと悲しみとが私の心を締めつけました。
あとの話は覚えていません。私が何を話したかも記憶にありません。
ただ、「母は死んでしまう」との悲観が心に広がったのです。
私はすぐに帰郷しました。そして、医者の話を聞きました。
そして、用意していた30万円の包みを医者に渡しました。
「母によい手術をしてやってください」
その日は粉雪が降っていました。心は氷のようでした。
1週間ほどして、その医者から電話がかかってきました。
「お母さん、心臓弁膜症であると知りました。抗癌治療は弁膜症の手術が条件になります。当病院ではできません。そこで、良い医者をご紹介します」
そうして母は、岡山の大学病院の名医に手術をしてもらったのです。
幸いなこと に乳癌は初期で、乳房の間にあり、乳房を切除することなく終わりました。
問題は心臓弁膜症の手術でした。胸中央を切り、肋骨を外して心臓の手術をし、その後肋骨を埋め戻すのです。
心臓の手術の間は、血液を機械に循環させるのです。
気絶しそうになるような恐ろしい手術。失敗すれば母は死にます。
6時間を超える手術が行われ、翌日、ICUに意識のない母を見ました。
生きているのか、死んでいるのか‥
私は妻に看病をお願いし、東京に帰りました。
「母に親子孝行といえることを何もしていない」
そのことが悲しくて仕方ありませんでした。
御金言 に「冬は必ず春となる」とあります。
粉雪の舞い散る冬に帰郷し、医師に必死に懇願した母の手術。
それが今、まさかの母の健康です。しみじみと功徳を感じます。
母は満面の笑顔で言います。
「私は幸せだよ。こんなに幸せになれるなんて思ってもみなかった」
私もそうなのです。考えられない幸せです。
夢でも見ているような、そんな素敵な幸せです。
母は、私が70歳の時にプレゼントした数珠を持って誓願勤行会に臨みました。私は窓際族のとき300万遍を唱えたときの念珠で祈りました。
私たちはそれぞれの功徳を噛みしめて祈りました。
そして、これからの未来の広宣流布を祈りました。
母の念珠の記事は、→ここをクリック!
私の念珠の記事は、→ここをクリック!
皆さん、いかがだったでしょうか。これは自慢話ではありませんよ。
このような記事を書くと「自慢話!」と批判する人がおられますがそうではない。私は創価学会の功徳をお伝えしたいだけ。
私はこの信心で幸せになったのです。誰が何と言おうとまぎれもない事実です。
最後までご覧になって頂き、ありがとうございました。
以上で、今回の誓願勤行会のご報告を終了します。(完)
前回(昨年)の誓願勤行会は、→ここをクリック!
シリーズ最初の記事は、→ここをクリック!
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by sokanomori3 | 2015-10-08 06:21 | 体験談 | Trackback | Comments(2)
幸せは 感じるものだから
「自慢話!」と批判する人には 「あなた 幸せ?」って
聞いてあげるといいですよ(笑)
まぁ 中には 批判をする事に 幸せを感じている人も
いるかもしれないので それは ほっときましょう
「自慢話!」と批判する人には 「あなた 幸せ?」って
聞いてあげるといいですよ(笑)
まぁ 中には 批判をする事に 幸せを感じている人も
いるかもしれないので それは ほっときましょう
お母さん、元喜になってよかったですね。ガンだけでなく心臓まで手術とは、私には想像できません。
菊川さんとお母さんの笑顔を想像したら、嬉しくなりました。
それにしても自慢話と思う人がいるのですね。
人のことを、自慢話だとか言うのは幼稚園生でもできますが、ひらがな御書編纂は簡単ではありません。
まさか、そんなことはないと思いますが数年前から菊川さんのことをストーカーしては難癖つけている人がいるのかな?
これからも幼稚園生を演じ続けるのかな?
そんな人は日本にはいないと思います。
私は菊川さんのひらがな御書編纂に触発され耳が聞こえない人聞こえる人の橋になる思いを強くし、先週、手話通訳士試験を受験しました。今回は一次試験合格、来年二次試験合格を目標に二年計画です。
来週は、妻が夢であった東京でのコンサート、
耳が聞こえないハンディをどこまで乗り越えきれるか挑戦です。
私達夫婦のことも難癖つける人はいるでしょう。私達夫婦には、そんな人たちを相手にする時間はありません。
相手にしてもプラスになるどころかマイナスです。
自分が決めた、先生と誓った広布の道をコツコツ歩む人生でありたいです。
菊川さんとお母さんの笑顔を想像したら、嬉しくなりました。
それにしても自慢話と思う人がいるのですね。
人のことを、自慢話だとか言うのは幼稚園生でもできますが、ひらがな御書編纂は簡単ではありません。
まさか、そんなことはないと思いますが数年前から菊川さんのことをストーカーしては難癖つけている人がいるのかな?
これからも幼稚園生を演じ続けるのかな?
そんな人は日本にはいないと思います。
私は菊川さんのひらがな御書編纂に触発され耳が聞こえない人聞こえる人の橋になる思いを強くし、先週、手話通訳士試験を受験しました。今回は一次試験合格、来年二次試験合格を目標に二年計画です。
来週は、妻が夢であった東京でのコンサート、
耳が聞こえないハンディをどこまで乗り越えきれるか挑戦です。
私達夫婦のことも難癖つける人はいるでしょう。私達夫婦には、そんな人たちを相手にする時間はありません。
相手にしてもプラスになるどころかマイナスです。
自分が決めた、先生と誓った広布の道をコツコツ歩む人生でありたいです。